77、竜人国の衣と食
「分かりました。ご一緒します」
「ホント?良かったわぁ」
「お、おいっ!」
思ってもみなかったらしく、私の返事にガルムさんがメッチャ慌ててます。
「何処へ行くのか知っているのかっ!?深淵の森だぞっ」
「ええ、ルルーシュ草は魔素が多い森にしか生息しませんから大体の様子は予想が付きます」
「しかしっ街の外には危険が…」
「此処まで無事に旅してきましたが。何か?」
「トアのことは私が守る。貴殿たちの手を煩わせはせん」
私とウェルの言い返しにガルムさんが絶句します。
あなたも神官長さまに嵌められたクチですからね。
此処に呼び出された以上、覚悟を決めた方が良いですよ。
「それで何時、何処に集合すれば良いですか?準備もありますから早めに知っておきたいのですが」
「…3日後に東門の前だ。8つ鐘が鳴ったら出発する」
観念したように口を開くとギッとプリウスさんを睨みます。
「私を睨んでも仕方ないでしょうぉ。そろそろウルムの渡りが始まるんですものぉ、魔力回復薬はどうしたって必要なんだからぁ」
ちなみにウルムとはヘラ鹿に似た魔獣で、暖かさを求めて大陸中を移動するという、渡り鳥のような習性を持っています。
彼らが近くを通るのには何の問題も無いのですが、それを追って大型の肉食魔獣もやって来てしまうので、人里に近付いたものを討伐するのが毎年の習わしなのだそうです。
「それにこれは首相と神官長の総意なんですものぉ。文句を言う暇があったら早く竜騎士団と打ち合せした方がいいんじゃなあい」
「チッ、分かってるっ」
露骨に舌打ちしてから憤然とガルムさんはギルドを出てゆきました。
「巻き込んじゃってごめんなさいねぇ」
ガルムさんの姿が見えなくなった途端、プリウスさんが深々と頭を下げます。
「お気になさらず。こうでもしないと2つの兵団が協力しなかったのでしょう?」
私の言葉にプリウスさんは深いため息を吐きながら頷きます。
「そうなのよぉ、バリスはともかくガルムはすぐに意地を張るから。最近それが行き過ぎなところがあってぇ心配なのよねぇ」
此処でも竜人族の個人主義の弊害が出てましたか。
ガルムさんにも協力の重要性を認識してもらった方が良いですね。
そういうことでしたら喜んで薬草採取に同行させていただきますよ。
サンダー君が一緒ですから、まず魔獣の脅威とは無縁でしょうし。
「でしたら魔力回復薬の製薬に必要な薬剤や瓶を売っていただけます?大量生産となるとさすがに手持ちの分では足りないと思うので」
「それなら依頼の条件として此方から無料提供するわよぉ。出発までには用意しておくわぁ。ウチの薬師も何人か同行させるしぃ。ホントにありがとうねぇ」
胸を叩いて請け負ってくれたプリウスさんと軽く打ち合わせをしてギルドを
後にしました。
「何やら面白いことになりそうだな」
ウェルが楽し気に言葉を綴ります。
「竜騎士だけでなく近衛とも共に戦えるとは」
戦うことが大好きなウェルにしたら願ってもないことでしょう。
「その前にトアの身の安全が最優先だがな」
それでも私を一番に考えてくれるところは、相変わらずの漢前です。
「ありがとう。…そうだ、森に行ったらご飯の材料集めも兼ねて魔獣を狩ってくれる?」
プリウスさんの話だと参加者は近衛兵団が15名、竜騎士が10名、薬師が3名、そして私とウェル、全員で30名になるそうです。
これだけの人数の食事…しかも竜人は人族の軽く3倍は食べますからね。
いろいろと用意したいと思います。
美味しい物を食べて不機嫌になる人は居ませんから。
これが双方が歩み寄る切っ掛けになったら良いですね。
「しかしそれでは…」
「ウェルが狩りに行ってる間はサンダー君やキョロちゃんやマーチ君に守ってもらうから大丈夫だよ」
「分かった。大物を取って来よう」
上機嫌でウェルが約束してくれます。
このところずっと護衛として私の側にいて森での修練が出来てませんでしたから、魔獣を相手に戦えるのが嬉しいのでしょう。
「でも現地で大量に調理出来て美味しい物かぁ」
頭を悩ませつつ、ウェルとルゼの街の探索ツアー開始です。
「それとこれを…そうだな、3つもらおうか。トアはどうする?」
「私はもういいかな」
緩く首を振ると、そうかとウェルが満面の笑みで出された料理を受け取ります。
ウェルの希望もあり、まずは食からと屋台街に繰り出しました。
竜人国の料理は地球の中華に似ています。
それも四川風の辛いものが多いですね。
カラムという唐辛子に似た香辛料があり、特に肉料理には必ずと言って良いほど使われてます。
頻度はちょっと辛いくらいから激辛まで。
好みに応じて調整できますが、大抵の人が大辛くらいのを食べてます。
料理法は煮たり、炒めたり、蒸したりと素材に合わせてよく考えられていて竜人さんたちがグルメなのが判ります。
ちなみに今ウェルが食べてるのが白身魚を蒸して細かく刻んだ野菜を炒めた辛いソースが掛かったものと、夏ミカンに似た果実をくり抜いて器にし、その中にデラブという蟹そっくりな身を詰めて蒸したものです。
此方も辛めのタレを掛けていただきます。
街の近くに白河と呼ばれる大きな河があり、そこで多種多様な魚が取れるので内陸ですが魚料理の種類は豊富なようです。
デザートは杏仁豆腐ぽいものや柑橘系の果汁をゼリー状にして冷やしたものなど、さっぱり系が多いかな。
辛い料理が多いので自然とそうなるみたいですね。
果実売り場ではポップルというリンゴに似た果物を発見っ。
これはノース大陸特産で、他の大陸ではあまりみられません。
もちろん大量買いしましたよ。
ですが果肉が竜人国仕様でガチガチに硬いので生食には向きません。
後でアップルパイやコンポートにしましょう。
「麦玉を細く伸ばすのかい?」
小麦粉を水で練って丸めたものを挽肉や野菜と一緒に煮込んだ屋台料理で、客足が今一つな為に暇そうにしていたオバさんに声を掛けました。
「ええ、その方がこの辛いスープによく絡んでさらに美味しくなると思いますよ」
そう説明してから実際に麺にしてみせます。
前世で蕎麦作りにハマって蕎麦打ち道場に通ったことが役に立ちましたよ。
「どうでしょう?」
「う、美味いっ!」
「本当だねえ」
店主のオバさんはもちろん、試食してくれた常連さんからも高評価をいただきました。
「擂ったゴマ…じゃなくてマゴをスープに多めに入れても美味しいですよ」
スープを飲んだ時にピンと来たんですよね。つまりなんちゃって担々麵です。
「作り方を判り易くするために今回はすべて手作業でしたが、捏ねたり切ったりするのを土魔法や風魔法でやればもっと早く手軽に出来ますから」
「そいつは有難いね、早速やってみるよ」
喜ぶオバさんに頑張って下さいとエールを送って屋台を離れました。
ちなみに今回は麺状にすることを教えただけなので特許は発生しません。
スープは屋台のオリジナルですしね。
まあそんな感じで元々あった料理を地球風にアレンジしたり、あまり盛況でない屋台には肉まん、小籠包、水餃子などを教えて回りました。
辛くなくても好評なのは竜騎士さん達で実証済みですしね。
皆さん大いに喜んでくれたので良かったです。
その後で服屋さん巡りをして、やはり女性はチャイナ服、男性はカンフー着ぽいものが好まれているのが判りました。
いきなり西洋風のドレスを勧められても抵抗があるでしょうから、商会で扱う品もそれに倣ったものにしようと思います。
ただ使っている布は前のトスカと同じで単色染のみです。
柄染めは無いようなので、発売すれば喜んでもらえそうです。
簪や髪飾りはそのままで売れそうですね。
男の人は短く刈り込んだ人が多いですが、女性はだいたい腰くらいの長さでポニーテールのように結ったり、三つ編みにしてカチューシャ状に頭に巻きつけている人を多く見かけます。
それと猫族と同じように爪が武器にもなりますので、皆さん爪をよく手入れされていますね。
ですが兵士でない限り戦うことは稀ですから、マニキュアを売り出してネイルを紹介すれば流行ると思います。
試しにイブさんに勧めて感想を聞いてみましょうか。
「トアちゃん、貴女なにしたの?」
「はい?」
帰ってきたキョロちゃん達を連れて神殿に戻るなりイブさんが私に詰め寄ります。
「屋台街の人達から私に料理の問い合わせが殺到してるの」
「え?どうしてイブさんに?」
「街中で貴女がエギ君に難癖を付けられていたのを見てた人が多くいたのよ」
「ああ、それで私がイブさんの友達だと判って」
「そういうこと、でもその数が凄いの。軽く百件は越えてるわ」
「マジですか!?」
竜人さん達がグルメなのは屋台を巡って判りましたが、まだ半日足らずですよ。
美味しいものに対する竜人族のポテンシャルを舐めてましたねー。
「大体の料理は特許認定されてますから参考にして下さいとは言いましたが、その他に何が?」
「貴女のお墨付きが欲しいそうよ」
「元祖とか本家とか言った感じでしょうか?」
「ええ、竜人って負けず嫌いが多いから自分が一番って言いたいのよ」
「にしては数が多くないですか?」
「他は自分も直々に教えてほしいって要望ね。一番は好きだけどそれと同じくらい他人と違うってことに魅力を感じるのよ」
「…なるほど」
特許を見て作るのではなく、その発信元である私から教えを受けたと他との差別化を図りたい訳ですね。
だとしたら竜人国では既製品はあまり売れませんね。
オートクチュールのように自分だけという付加価値があった方が良いようです。
ところ変われば品変わる…お国柄がでますね。
いろいろと勉強になりました。
この後、イブさんにネイルを勧めて高評価を得たまでは良かったんですが…。
神殿で多くの生徒さんに桜色の地に金で花を描いた爪を見られて、料理の時以上の問い合わせが来てしまい、その対処に丸1日忙殺されることに。
何で生徒さんかと言うと、イブさんのお仕事が神殿内にある国立学校の歴史科の先生だからです。
何しろ建国前から生きてますからね、実体験込みの知識を基にした授業は分かりやすいと評判が良いそうです。
ちなみにトスカの町の神殿学校と同じように此処も学費は無料。
長命種の宿命か竜人族は出産率が低く、子供は宝という認識がとても強くて養育費や学費などは国から支給されるからです。
なのでこの国では子育てに関してはすべてが無料です。
親が亡くなっても親戚や村長、町長などが引き取って育てるシステムが出来上がっていて、本当に大切に育てられています。
奴隷になったコウ君のように貧しさから子供を売る親が多い人族や獣人族からしたら、うらやましい限りです。
ですが再び騒動に巻き込まれたイブさんが軽く怒になり、慌ててアップルパイを献上して許してもらったのは良い思い出です。
なのでこの国で新しい物を出すのは、時と場所を選んでからにしようと心に誓った次第です。
明けましておめでとうございます。
本年も楽しいお話を書いて行きたいと思いますのでよろしくお願い致します。
間もなく魔国編が始まりますので、乞う御期待♡