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76、魔性の女?


「ただいま戻りました」

 神殿の奥之院にある神官長室に入り、イブさんが優雅な動きで会釈をします。

「おお、イブ殿。待ちかねましたよ」

 出迎えたのはいかにも貴婦人といった感じの白髪のおばあさん。

イブさんと同じ白い鱗なので光龍の家の出ですね。

白地に金糸で花の刺繍がされた長袖のチャイナ服を着ていらして、それがよくお似合いです。


「初めまして、トワリアと申します」

「ウェルティアナだ。良しなに頼む」

 2人揃って頭を下げると、どうぞお楽にとの声が掛かります。

お言葉に甘えて勧められた椅子に腰を下ろし、神官長さまの言葉を待ちます。


「私は神官の長を務めます、ティールです。ところで魔国に行きたいと聞きましたが」

「はい、出来たら魔国で商売をしたいと思っています」

「やはり魔国産の鉱石が目的ですか?」

 探りを入れるように此方を見ます。

それを欲して人族が暗躍した訳ですからね。疑うのも分かります。


「いえ、鉱石より魔国産の薬草を買い取りたいです。彼の国は希少な薬草の宝庫ですから」

「ああ、貴女(あなた)は薬師でしたね」

 納得したように頷くと改めて此方へと視線を向けます。


「前にあんなことがあったでしょう。私達としても安易に人族を仲介するのは躊躇(ちゅうちょ)します」

「御尤もです」

 竜人国としてはそうでしょうね。

魔国とのトラブルは下手をこくと国の存亡に関わりますから。

せっかく上手く行っているところに無用の波風は立てたくはないでしょう。


「でもね、私としてはこのままでは良くないと思うの」

「はい?」

 思わず見返せば、悪戯を企む子供の顔で神官長さまが笑います。


「長命種である私達は人族と違ってとろりとした蜜のような緩やかな時間の流れの中で生きているの。でもゆっくり過ごす中でも変化は必要だわ。恐らく貴女は湖に投げ込まれた小石。最初は小さな波紋しか起こさないけれど、でもそれは次第に大きな波となって湖全体へと広がってゆくでしょう」

 何だか随分と過大評価をしていただきました。

それだけ竜人国としては今の魔国の閉鎖的な状況を変えたいようです。


ノース大陸は魔国という桁外れな強国が存在することで、他国からの侵略を免れてきた側面があります。

120年前にアリウス神国が馬鹿を遣らかしましたが、インフルエンザの蔓延というイレギュラーを抜くと、まったくと言って良いほど侵略計画は進んでおらず。

そういった意味では魔国は未だ負けなしの国なのです。

ですが自給自足が出来ると言っても、まったく外からの物が入らないというのは国力の低下を招くだけです。

守るだけではジリ貧ですからね。後は緩やかに衰退するだけです。

そろそろ大々的に国を開く時期が来ていると竜人国は考えているのでしょう。


「自分ではそこまでの者とは思えませんが、ご期待に応えられるよう努力して参ります」

「よろしくお願いするわ。ということでイブ殿」

「はい」

 嬉しそうにイブさんが神官長さまに答えます。

「あなたを親善大使に任命します。トワリアさんと共に魔国に向かって下さい」

「謹んで拝命いたしますわ」

 軽く会釈をするイブさんに頷いてから神官長さまは今後のスケジュールを口にします。


「魔国に貴女の意向を伝えて入国の許可申請をしても、その許可が下りるのは早くて5日は掛かります。それまではルゼの街を楽しんで下さい。出来たら薬師ギルドにも顔を出してほしいわ。魔力回復薬が不足気味なの。貴女くらいの薬師なら多くお持ちでしょう?」

 確かに魔力回復薬は何処でも高額買取してもらえますから、常に在庫は多めに持ち歩いてます。

これがあれば旅先でも資金に困ることは無いですからね。

「判りました。明日にでも伺います」

 いろいろと便宜を図ってもらいますからね。

それくらいのことは喜んでやりますよ。


「ウェルティアナ殿には再び竜騎士たちとの手合わせをお願いしたいわ。好敵手の存在は、何より力を向上させるものですから」

「承知した、私も彼らと戦えることは良き修行になる」

 ウェルも異存はないようです。

これでウェル本来の実力で戦えますね。

良かったです。



『あ、姐さん』

『ふぇーん』

「えっと…なんかゴメン」

 神官長さまの下を辞してキョロちゃん達が待つ獣舎へやってきたらサンダー君はともかく、残りの2人が泣きそうな顔をします。

まあそれも仕方ないですね。


「あら、可愛いフェアリーバードとゴアラルね」

 麗しい笑顔を浮かべてますが、イブさんは最強生物のドラゴンの中でもランキング№1の光龍ですから。

マーチ君とキョロちゃんがビビるのも無理はありません。


「この人はイブさん。これから一緒に魔国に行ってくれることになったの。

サンダー君と同じように仲良くしてくれたら嬉しいんだけど」

 私の言葉に覚悟を決めたように頷くと、2人して笑顔でイブさんに挨拶します。

『へい、姐さんの味方なら何の問題もありやせんぜ。宜しくお願えしやす』

『仲良くするー。よろしくねー』

 

「私が近付いても逃げないなんて根性がある子達ねぇ」

 感心するイブさんに、そやろと何故かサンダー君が自慢げに胸を張ります。

『何しろワイと一緒に寝起きしとるんやからな』

「そうなの、凄いわね」

 本気で驚いてますが、それだけ2人は稀有な存在ってことでしょうか。


『主が主やからなー。自然と肝が据わるんとちゃうか』

「それなら納得ね」

 何やら失礼な会話が聞こえてきましたが、此処はスルーを決め込みます。

それより遣る事が山ほどありますからね。


魔国行きのメンバーが揃っているので今後の予定を相談して、するべき事の順番を決めます。

神官長さまの御好意で敷地内にある来客用の離れを貸してもらえるようになったので、其処を当座の拠点にします。

で、何故かイブさんも一緒に住むことになりました。

理由は明白。

「聞いたわよ。トアちゃんのお料理って凄く珍しくて美味しいんですって?私も食べたいわ」

 だそうです。

期待に満ち満ちた眼差しを向けられては、応えないわけにはゆきません。

頑張って美味しい物を作りますよ。




「お早うございます。神官長さまからご依頼を…」

「貴女がトアさんねっ、待っていたわぁ」

 翌日、薬師ギルドを訪ねた私とウェルを迎えたのは緑の鱗を纏った少しばかり横にスマートな体型のおば様でした。


ちなみにキョロちゃん達は、また獣舎でお留守番は可哀想なのでサンダー君と一緒に街の外に遊びに行ってもらいました。

夕方には帰るように言ったら『はーい』と3人から同時に良いお返事をもらいました。


「私は此処ルゼの薬師ギルドマスターのプリウスよぉ。早速で悪いんだけど魔力回復薬を卸してもらえるぅ?」

「はい、大丈夫です」

 取り敢えず手持ちから30本を取り出してカウンターに並べます。

 

「助かるわぁ、在庫が尽きかけていて困っていたのぉ」

「でしたら丸薬にした物もありますよ。これなら薬効期間が延びますし、持ち運びにも…」

「凄いわっ!これが噂に聞いた脱水本家の丸薬なのねぇっ」

 おおう、プリウスさん大興奮。

鼻の穴を広げながら丸薬をガン見してます。


ですが脱水本家って何ですか?

いつから私は家元みたいになったんでしょうか。


興奮するプリウスさんに話を聞いたところ、【脱水】の魔法は竜人国でもかなりセンセーショナルだったとか。

製薬だけでなく、冬が長い竜人国では保存食は命綱なのでその作成にも大いに役立っているそうです。

時間を掛けずに一気に水分が抜けるので美味しさが増すのだとか。

まあフリーズドライみたいなものですからね。

通常より栄養素があまり壊れることなく保存できるので、味も落ちないのだと思います。


「竜人族は皆、貴女に感謝しているのよぉ」

「お役に立てたのなら良かったです。…あの聞いて良いですか?」

「何かしらぁ?」

「どうして魔力回復薬が品薄なんです?」

 確かに主成分であるルルーシュ草は魔素が多い森にしか生息せず、入手困難な上に採取した側から枯れてゆくという扱いが面倒で、製薬が難しい薬ですが作れない訳ではありません。

しかし首都の薬師ギルドで品薄になっているということは、地方では在庫が無い状態なのではないでしょうか。


「それがねぇ」

 私の問いにプリウスさんがため息と共に口を開きます。

「春先に薬草の産地で大規模な山火事が起こって全滅に近い状態なのぉ。しかも火事の原因が火魔法の不始末だっていうのが情けないわよぅ」

「火魔法の不始末?」

 思わず聞き返した私に、そうなのぉとプリウスさんが眉を寄せたまま言葉を継ぎます。


なんでも近衛の新兵たちが修練中に魔獣の群れと遭遇して、そのうちの一人が良いところを見せようと最大火力で火魔法を放ったそうです。

それに驚いて魔獣の群れは退散しましたが、冬枯れの草が多く残っていた森にあっという間に引火して、辺り一面を焼き払ってしまったのだとか。


ちなみに竜人国には3つの兵団が存在するそうです。

1つが神殿を守る神兵団、此方は前に説明した通りお飾りに近いものです。

2つ目が竜騎士団、国防の要たる最強軍団です。

3つ目が近衛兵団、此方は国内を守る…警察のような働きをする兵団です。


「水魔法が得意な子たちが頑張ってくれたみたいなんだけどぉ」

「無理ないですね。春先は乾燥してますから多少の消火ではそれこそ焼け石に水状態だったでしょうし。他に産地は無いんですか?」

「ある事はあるのだけど…そこは深淵の森なのよねぇ」

 確か腐れ勇者がレベル上げをしていたS、Aクラスの魔獣が闊歩する危険地帯でしたね。


「近いうちに責任を取って近衛兵団が薬草採取に向かうんだけどぉ。意地があるらしくて竜騎士団が一緒に行くことを(かたく)なに断っているのぉ」

「あー、気持ちは分かりますけど命あっての物種ですよね。素直に申し出を受けた方が良いと思いますよ」

「聞いた、ガルム?私もそう思うわぁ」

「え?」

 私を通り越したプリウスさんの視線の先に居るのは紫の鱗の竜人さん。

その人が渋い顔をして此方を見てます。


「彼は近衛兵団長のガルムよぉ。私とバリスとは小さい頃からの付き合いで幼馴染なのよねぇ。だから余計に意地になっちゃってぇ」

「うるさいっ、バリスの手は借りずに薬草は取ってくる。それが俺の矜持だっ」

「…ホント、困ったものよねぇ」

 派手なため息を吐くプリウスさんですが、何故そこで私を見るんですか?

嫌な予感しかしないんですけど。


「それほど腕に自信があるなら、現地で製薬してもらう薬師はトアさんで良いんじゃなぁい。神官長さまの御推薦もあることだしぃ」

「はいぃっ?」

 

(たお)やかな貴婦人面してましたが、やはり長とよばれるだけはあります。

神官長さまもしっかり腹黒でした。

私を連れてゆくことで竜騎士団の協力を得ずにはおけない状況を作った訳ですね。

巧いこと(はめ)られましたよ。


断っても良いのですが、此処で竜人国に恩を売っておくのも良手ではあります。

そっと隣のウェルを見やれば大きく頷いてくれました。

と言うか事の成り行きにワクワクしているのが傍で見ても判ります。

此処は覚悟を決めましょうか。







読んでいただきありがとうございます。

総合評価が900ptを越えました。

これも読んで下さった皆様のおかげです。本当にありがとうございました。


ですが大変申し訳ありません。

年末年始多忙のため、投稿をしばらくお休みさせていただきます。

年明けにはまたガンガン投稿しますのでよろしくお願い致します。<(_ _)>

それでは皆様、良いお年をお迎え下さい。

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[一言] 『脱水本家』。クリーニング屋さんかな?
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