74、運命の一曲
「準備はいいかぁぁっ!」
「おおぉぉっ!」
赤、青、緑、紫、白、黒、茶色の鱗がキラキラと日を弾いて綺麗です。
私とウェルは何故か竜騎士たちの宿舎脇にある修練場に来ています。
大通りで出会ったバリス団長と挨拶を交わしたら、そのままさらわれるように此処に連れてこられました。
で、竜騎士たちが何をしているかと言うと…トーナメントを開いて、その勝者はウェルと戦える権利を得られるとかで大変盛り上がっております。
そんなことウェルは一言も言ってはいませんけど。
「竜騎士と戦えるとは、腕が鳴る」
まあ当人がやる気満々なので良いでしょう。
で、私は何もしないで見物というのも申し訳ないので薬師として救護所の手伝いをしようかと…。
「何これぇ」
でも救護所に足を踏み入れて思わず呆れの声を上げましたよ。
丈夫な鱗を持つ竜人は、滅多なことではケガをしないために医療用品は申し訳程度しか置いてありません。
魔法も得意で、大抵の者が治癒魔法を使えることも大きいのでしょう。
その所為か常備薬のほとんどが消費期限切れ。
この惨状に医療担当者の竜人さんを見やれば、バツが悪そうにチロリと舌を出してました。
おっさんのテヘペロは可愛くないですよ。
「まったくもう」
ため息と共に薄っすらと埃が積もる救護所に【掃除】【イオン殺菌】を発動。
綺麗になった棚に自作の回復薬や傷薬、毒消し、目薬などを置いてゆきます。
これらも期限切れで廃棄される可能性が高いですが、万が一ということもありますからね。
常備しておくことは必須です。
そうこうしているうちに聞こえ始めた剣戟の音。
修練場でトーナメントが始まったようです。
さすがは国防の主力、さっきの青リーダーとは身体つきも気合もまったく違います。
得物は青竜刀ぽい湾曲した剣か薙刀みたいな槍が多いですね。
あ、赤竜人さんの手先からファイヤーボールが出ました。
剣技だけでなく魔法攻撃もありですか。
確かにこの実力なら他種族が矮小や脆弱に見えるでしょうね。
でもその竜人族でも勝てない魔族ってどんだけ強いんでしょうか。
「すまん、救護所を掃除してくれたそうだな。置いてもらった薬の代金は後で請求してくれ」
「いえ、お節介でやったことです。薬はサービスしておきます。その代わり」
「ん?」
小首を傾げるバリスさんに、ニッコリ顔で言い渡します。
「ケガをした時にどう対処するかちゃんとしたルールを決めて徹底周知しておいて下さい。戦闘中に治療が出来るとは思えませんしね。ケガを勝手に治すのが当たり前になれば、いざと言う時に動けなかったり、治癒で消費した魔力の所為で肝心な時に攻撃魔法が撃てないとか本末転倒です。訓練で出来ないことが実戦で出来るとは思えませんから」
「あー、こいつは参った」
私の話にバリスさんがガリガリと頭を掻きながら口を開きます。
「確かにあんたの言う通りだ、どうも竜人ってヤツは自分勝手に動くことが多くてな」
「隊のまとめ役としては頭の痛い問題ですね」
救護所の惨状が表すもの。
ケガをしても自分で治してしまう為に無用の長物となっている。
つまりそれは戦場での救護体制がまったく出来ていないということ。
好敵手たる魔族は国から出ることはなく、他の国の兵士では純粋な戦闘力では竜人にはまったく歯が立たない現状。
何しろ二千年前の建国以来、他国と戦争になったのはたったの3度だけという強国ですからね。
おかげで竜騎士が戦うのはSクラスの魔獣が街に近付いてきた時のみ。
皆が一丸となって戦わないといけないような強敵がいないことで協調性というものがまったく育っていない。
平和なのは良いことですが、その平穏な時間が竜人たちから共闘の必要性を奪ってしまったのです。
腐れ勇者のこともありますし、力押しだけでなく奸計を用いて国を危機に陥れる方法はいくらでもあるのです。
その時に好き勝手に動くばかりで、力を合わせるということが出来なければ国や民を守ることは出来ません。
これは一度、ガツンとその鼻っ柱をへし折って協力の重要性を教えておいた方が良いですね。
何しろ竜人は火竜おじいちゃんの可愛い子供たちですから、困るのが判っていて見過ごすのは気は引けます。
「ウェル、ちょっといい」
「どうした?」
ウォーミングアップをしていたウェルを呼んで私の考えを伝えます。
「ふむ、そういうことか」
「ごめんね、ウェルの戦士としての矜持を曲げさせることに…」
「そんなもの、トアの願いの前では塵にすぎん。しかも竜人たちの為だ。私に異存はないぞ」
いつもながらの漢前発言に痺れます。
「バリスさん」
「おう、何だ?」
「ウェルがトーナメントの勝者ではなく、全員と一度に戦いたいそうです」
「は?」
私の申し出に呆れ返った顔をするバリスさんでしたが、その条件を伝えると途端に顔が引き締まります。
「で、その効果は?」
「そうですね、短い間ですがドラゴンと対等に戦えた…とだけ言っておきます」
「…そいつはまた」
絶句してからまじまじと私とウェルを見つめます。
「ただこれは私達の切り札でもありますから他言無用でお願いします」
「分かった、協力に感謝する。俺もその必要性を感じていたところだ。いい機会かもしれないな」
さすがは騎士団長、ただの脳筋ではありませんね。
ちゃんと共闘の重要性が分かっています。
「皆、集まれっ」
バリスさんの声に何事かと竜人たちが此方にやって来ます。
あ、情けない顔をした青チームと混成チームもその中にいますね。
どうやらイブさま親衛隊の全員が竜騎士の下に連れてこられたようです。
「今から魔剣の姫と名高いウェルティエナ殿との試合を始める」
「しかし隊長。まだ相手は…」
異を唱える騎士の声を無視してバリスさんが先を続けます。
「ウェルティエナ殿の御厚意により、我ら一同と同時に戦ってくれるそうだ」
「はあぁ?」
集まった全員から信じられないと言った声が上がり、その中には我々を馬鹿にしているのかと此方を睨んでいる騎士もいます。
ですがそれも無理はありません。
いくらウェルが強いと言っても、此処にいる50人以上の竜人と1度に戦うのは自殺行為に他なりません。
しかしウェルは…正確には私と共にですね。
2人で力を合わせれば、これだけの竜人を相手にしても引けは取りません。
「では…始めっ」
バリスさんの声に、戸惑いながらも竜人たちが戦闘態勢を取ります。
それを機に私も大きく息を吸い、次いで歌い始めます。
曲はウェルのお気に入り…千本の桜です。
歌い始めた途端、ウェルに力が漲ってゆくのが判ります。
「参るっ」
言うなりウェルの姿が視界から消えました。
その姿を見失ってうろたえる竜人たちが、次々とウェルの剣の餌食になってゆきます。
あまりに高速な動きに誰一人として付いてゆくことが出来ずにいるのです。
だからって攻撃魔法を乱れ撃ちしても、姿が捉えられていないのに当たる訳がありません。
この調子だといくら竜人の魔力量が多いとしても直に枯渇状態になりますよ。
しかも周りのことを考えずに撃ち捲るものだから仲間の竜騎士に当たってます。
そちらの方がウェルの攻撃より被害甚大なんですが。
ある程度、予想はしてましたが…此処まで酷いとは。
誰もが好き勝手に戦うばかりで、まったく統制が取れていません。
共闘経験が無いのが丸判りですね。
まあ、それだけ今のウェルが桁外れに強いってことなんですが。
以前、勇者戦を想定してウェルがサンダー君に挑戦したことがありました。
勝てないのは明白でしたが、どこまでやれるか試したいとのことでサンダー君も快諾してくれてまずはround1。
はい、元のサイズに戻ったサンダー君の前足の攻撃で一発KOでした。
で、round2は私も参戦。
と言っても歌で応援と言うか…バフ掛けですね。
歌はウェルのリクエストで大好きな千本の桜にしたのですが。
これの効果がとんでもなかったんです。
ウェルの戦闘力が軽く3倍になりましたからね。
サンダー君の雷攻撃も素早さで簡単に回避し、数段高くなった跳躍力で顔の近くまで飛び上がり剣に魔法を纏わせてのコンボ攻撃。
その様は某『一狩り行こうぜ』のゲーム画面を見ているようでした。
『これ以上やったらシャレにならんで』
というサンダー君の言葉で戦いは終了となりましたが、最強のドラゴンを相手に短時間ですがまったく引けを取りませんでしたからね。
試しに他の歌でもやってみましたが、千本の桜以上の効果は得られませんでした。
どうやらウェルにとってこの歌は運命の一曲だったようです。
「何をしているっ、バラバラに掛かっても勝ち目はないぞっ」
バリスさんの指示にようやく竜騎士たちが陣形を取り出します。
ウェルを包囲することで、その動きを止める作戦に出たようです。
「笑止っ」
ですがそんなことはウェルも予想済み。
包囲の薄いところをピンポイントで狙い、簡単に突破してゆきます。
あ、包囲網の外でおたおたしていた青チームがウェルの剣の餌食になって全員が地に這いつくばされました。
まさに瞬殺ですね。
他種族を下に見ていた彼らには良い薬でしょう。
「そこまでっ」
フルコーラス歌い終わったところで試合も終了。
修練場で立っているのはウェルだけです。
さすがはブーストが掛かったSクラス冒険者。
しかもすぐには立てないよう全員の足の腱を切る辺り、まったく容赦無し。
なので竜騎士たちは倒れたまま、呻くばかりです。
「はい、おとなしくしていて下さいね」
バッグ経由でアイテムボックスから回復薬を取り出し、順にケガをしたところに掛けて回ります。
取り敢えず傷が塞がれば、後は自らの治癒魔法で回復出来るでしょうから。
しかし歌でバフ掛けされたウェルの力はとんでもないですね。
5分ほどで国防の要たる竜騎士団をノックアウトしましたから。
え?魔力を乗せた歌は滅多に使わないんじゃなかったのかって。
それは大丈夫です。
精進の結果、歌の効力を限定出来るようになりましたから。
普通は歌を聞いた全員にその効力が現れるはずで、その為に『力の歌』が歌えても歌巫女たちを戦場に連れて行けないのです。
敵味方関係なくパワーアップしてしまいますからね。
でも私の場合、聞かせたいと思った相手にだけ効力が現れるようになりまして…。
なので対象外の人が聞いても、それはただの歌に過ぎません。
おかげでサンダー君から『チートもええとこや』と呆れ果てたお言葉をいただきました。
「皆、回復したな。では竜舎に集まれ」
ニヤリと笑ったバリスさんに、私とウェル以外の全員の顔に見事な斜線が入りました。
どうやらこれからマジ説教が始まるようです。
ガンバです。
「すみません、厨房をお借りしてもよろしいでしょうか」
「構わんが?」
竜舎に向かうバリスさんにそう声を掛ければ、不思議そうに此方を見ます。
「皆さん、動き回ってお腹が空いているでしょうから何か作っておきますね。
取り合えず肉料理中心で」
「何から何まですまんな」
恐縮するバリスさんに、お気になさらずと手を振り教えてもらった厨房に向かいます。
と、その前に。
「お疲れ様、ウェル」
「いや、久しぶりに思い切り戦えて楽しかったぞ」
そう言って笑うウェルですが、本当なら自分の実力のみで戦いたかったはずです。
それなのに私の願いを叶えるために、志を曲げてくれた。
感謝してもしたりませんが、ウェルが欲しいのは感謝の言葉ではないのは判ってますので。
「さすがはウェルだね。私の自慢の友達だよ」
そう言うと本当に嬉しそうに笑います。
「まずは洗濯フルコースだね。さっぱりした後はウェルの好きな物を作るから」
「ああ、楽しみだ」
笑顔のウェルと共に厨房へと急ぎます。
さて、何を作りましょうかね。