73、竜騎士登場
「イブさまっ、どちらに御出でです!?」
続いた声は緑リーダーですかね。
どうやら街道から戻ってきたようです。
「何かしら?」
軽く息を吐いてからイブさんは席を立って窓辺へと歩み寄ります。
私とウェルもその後ろに立って外を覗き込むと(此処は2階なので)すぐ下の広場っぽいところにさっき見た青と混成の両チームが集まってます。
「みんな集まってどうしたの?」
まさしく天女の微笑みを浮かべて問いかければ、下にいる誰もが魂を抜かれたような顔で此方を見ます。
うん、凄く判り易い。
「あ、あのっ」
どうにか頭が再起動した緑リーダーが焦った様子で口を開きます。
「ローズさまの御友人は…」
「心配してくれてありがとう。大丈夫よ、ちゃんと会えたから」
そう言うとイブさんが振り返って私とウェルを手招きします。
「高いところから失礼します。先程はありがとうございました」
会釈をしてそう言えば、皆さん…特に青チームが途端に挙動不審になります。
一応、来客に無礼を働いたという認識はあるようで…。
「そのような者共がローズさまの御友人とは信じられませんっ。偽物なのではありませんか!?」
どうやら青リーダーには無かったようです。
しかしプライドが高すぎるというのも考えものです。
それが邪魔をして真実を歪めてしまうんですから。
「あら、ちゃんとローズからの紹介状を持っているわよ」
「それも本物の御友人から奪ったに違いありません」
うーん、これは何があっても私達を認めないつもりですね。
「どうする、トア?」
「放っておけばいいんじゃない。別に彼に認めてもらう必要は無い訳だし、相手にすると面倒臭そうだもの」
この手の人は実害がないなら放置プレイです。
まあ好きに言って下さい。
でもイブさんが友人と認めている以上、言えば言うほど自分の立場が悪くなることに早く気付くといいですね。
「つまり私に人を見る目がないと言いたいのね。悲しいわ」
へにょりとイブさんが眉を下げると、そんなことはありませんと緑リーダーが前へ進み出ます。
「エギの戯言など聞く必要はありません。イブさまが御友人と呼ぶ方々が悪人のはずがありません」
猜疑心の塊と化している青リーダーもどうかと思いますが、緑リーダーの盲信ぷりも困ったものです。
イブさんが黒と言ったら、白い物でも黒と言いそうです。
どうにも面倒臭いのばかりが集まってますね。
「…大変ですね」
同情を込めてそう声をかければ、あらとイブさんは笑顔で言葉を返します。
「あの子たちのこと結構好きよ。見ていて楽しいから」
まあイブさんが楽しいのなら此方に異存はありません。
「今日はありがとう、もう警備に戻っていいわよ」
そうイブさんが言えば、まだ何か言いたそうな青リーダーを引きずるようにして両チームが解散してゆきます。
「それじゃあ神官長に魔国へ行く許可をもらうわね。これでも神殿所属だから勝手に動くと怒られるの」
「え?でも鎖国は解除…」
「あら、私も行くわよ。だってトアちゃんと一緒だと楽しそうだもの」
その顔は笑ってますが、目は完全に捕食者のそれです。
「えっと…」
思わずサンダーくんへと目を向けると、千切れんばかりの勢いで首を縦に振ってます。
どうやら逆らってはいけない相手のようです。
「何かしら?」
笑んだまま小首を傾げる様は大変に可愛らしいですが、目は相変わらず此方をlock-onしてます。
「…よろしくお願い致します」
「嬉しいわ、久しぶりのお出掛けだもの」
許可がもらえたら連絡するわと約束して、イブさんと別れました。
何だか凄く疲れましたが、これから首都ルゼの商業ギルドのマスターとの商談がありますから気合を入れ直しましょう。
「ようこそルゼへ」
ラグの商業ギルドから私達が訪ねることを連絡してもらっていたので、すぐにルゼのギルマスとの面会が叶いました。
焦げ茶色の鱗と黄色い角が綺麗な美女さんです。
ちなみにラグからルゼまでの高速移動については、企業秘密ということで不問にしてもらっています。
ただアーステアには転移結晶という移動用のアーティファクトがあります。
もちろんダンジョン産。
ドラゴンみたいな強敵と出会ってしまった時に、対象物を別の場所に転移させ逃れる魔道具です。
一回きりの使い捨てなうえに目玉が飛び出るくらい高価なので、緊急避難用の切り札としてしか使用しませんが、それを使ったと思われているようです。
「ラグのギルドからの報せ通りに素晴らしい品ばかりですね」
同じように菓子や文具の商品サンプルを見てもらいましたら、此処でも高評価をいただきました。
「特に菓子類は魅力的です。こういった柔らかな食感の物は今まで竜人国には無かったですから。何よりこのチョコレートには驚かされました」
嬉々として言葉を綴るギルマスですが…。
別に取り上げたりしませんから、チョコの袋をそんなに力いっぱい握り締めなくても大丈夫ですよ。
ローズさんの例もあるように、どうやら竜人族(特に女性)にはチョコは大人気になりそうですね。
「ところで神兵の方は簡単に神殿を離れて良いのですか?」
どう考えても12人もの兵が一度に動くのは、休暇でも休憩中でもありえないので商談の後で出されたお茶を飲みながら聞いてみます。
「勝手に離れたら懲罰ものですが…」
不思議そうに此方を見ますので、青と混成チームと出会ったことを話します。
「ああ、イブさま親衛隊ですね。彼らの事は司祭長様も頭を痛めているようです。最初は休憩時間を使って彼女の好きな物や喜びそうなものを探したりするくらいだったので、周囲も微笑ましく見守っていましたが。最近ではイブさまの為と任務を放り出して好きに動き回るので困っているとか」
やっぱりそんな事でしたか。
人を好きになるのは良いことですが、節度というものを守ってのうえです。
「おい、お前たち」
商業ギルドで良宿を紹介してもらい、神殿で待っているキョロちゃん達を迎えに行く道で声を掛けて来たのは5人の仲間を引き連れた青リーダーでした。
青チーム勢揃いですね。
「何か御用ですか?」
「お前たちの事で司祭長さまからお叱りを受けた。それを聞いたイブさまからも務めを疎かにしないように言われたんだっ。こんな屈辱は初めてだっ」
「それがすべて私達の所為だと?」
「そうだっ」
「…本当にそう思っているのですか?後ろの皆様も?」
そう問い掛ければ、お仲間達はバツが悪そうに視線を逸らします。
どうやら彼らは叱られた理由が分かっているようですね。
でも憤懣やるかたなくて、私達に八つ当たりにきたってところでしょうか。
「それでその屈辱とやらを晴らすために何をするつもりです?私を殺せば気が済みますか?」
「そ、それは…」
まあそんなことをしたら大好きなイブさまに嫌われるのは必定ですからね。
「あ、謝れっ」
「はい?」
「我らに恥を掻かせたのだ。それについて謝れば許してやろう」
いきなり何を言い出しますかね、このボンクラは。
やっぱりこの手のアホは放置プレイに限ります。
「許してもらう必要はありませんので、これで失礼します」
クルリと背を向ければ、そんな答えが返ってくるとは思わなかったようでしばらく間を置いてから慌てて追いかけてきました。
「ぶ、無礼だぞっ」
「どちらがですか?神殿を守るという大切な任務を放り出して街道まで出てきて他の神兵たちと揉め事を起こしたことが悪くないと?それを大好きなイブさんに咎められたと逆恨みして私達に難癖をつけてきたあなたの何処が無礼ではないのですか?」
「う、うるさいっ。人族の分際で生意気なっ」
私の指摘に、怒りも露わに喚く青リーダーですが。
此処が多くの人が行き交う大通りのど真ん中だということを忘れてませんか。
「どうせローズさまの御友人というのも嘘だろうっ。イブさまに取り入って何をする気だっ?」
あくまで偽者と言い張りますか、でしたら此方も遠慮なく反撃させていただきます。
「私達が偽物という根拠は何ですか?」
「決まっているっ。誇り高い竜人族が人族などという下等な者と友人になるはずがないからだっ。もし下賤な他種族を友と呼ぶような者がいたとしたら、そいつは竜人族の面汚しだっ」
得意げにそんなことを言ってますけどいいんですか。
何事かと集まって来た人達の眼がメッチャ怖いことになってますよ。
「ではあくまで私はローズさんの友人ではないと?」
「そうに決まっているっ」
「でしたらこれは何なのでしょう?」
取り出したのは当然のことながらローズさんからの紹介状です。
しかもこれには追加でガリウスさまの署名もあります。
「…あ、あれは間違いなくガリウスさまの」
お仲間の一人が震え声で呟きます。
さすがに神兵だけあって署名の真偽は判るようです。
「ええ、此処に来る前にガリウスさまから頂きました。お疑いなら問い合わせて確かめて下さい。神殿にある言伝の双晶を使えばすぐでしょうから」
ニッコリ笑顔で言ってあげれば、ブルブルと青リーダーの身体が震え出します。
「それも偽物に決まっているっ。この嘘吐きがっ!」
叫ぶなり腰の剣を抜いて斬りかかってきますが。
「…遅い」
呆れたようなウェルの呟きと青リーダーが地面とキスしたのは同時でした。
「竜人国の兵とはこんなものなのか?」
剣を鞘に納めながら不思議そうに首を傾げるウェル。
それほど手応えが無かったようです。
「自らの高き能力に頼ってばかりで、精進の跡がまったく感じられぬぞ」
「つまりどんな高価な宝石でも、磨かなければただの石と同じってこと?」
「その通りだ」
私の問いに後から別の声が答えます。
「おい、この恥知らず共を竜舎に叩き込んでおけ」
現れたのは身長が2mはある見事な筋肉と黒い鱗を纏った大きな竜人。
しかも歴戦の戦士らしく、身体のあちこちに傷跡が見えます。
「竜騎士だっ」
「バリスさまだっ」
どうやら有名人らしいです、周囲の人達が憧れがこもった目で見つめています。
後で聞いたら、神兵は良家の子息が箔付けにと志願することが多いお飾りのような兵団ですが。
竜騎士は国を守る剣であり盾、現役バリバリの実働部隊だそうです。
「司祭長から女のケツを追いかけてばかりの腑抜け共をどうにかしてくれと頼まれたからな。丁度いい、他の奴らも竜舎に連れてこい。なあに、夏終わりまで我らと同じ修練を積めば少しはマシになるだろう」
ニヤリと笑った顔は某ハー〇マン軍曹を連想させる迫力に満ちてます。
彼の部下らしき人が鱗よりも顔を青くしているリーダーとその仲間を引っ立ててゆきますが、彼らの目は絶望に満ちた涙目です。
イブさま親衛隊たちの未来が見えるようです。…思わず合掌。
死なない程度に頑張って下さい。
「そちらも迷惑をかけたな。改めて名乗らせてもらう、竜騎士団長のバリスだ」
「ご丁寧にありがとうございます。サクルラ国から参りましたトワリアと申します。此方は護衛役のウェルティエナで…」
「なんと魔剣の姫かっ、一度手合わせしてみたかった!」
嬉々としてウェルの手を掴むなり、ブンブンと上下に振ってます。
「待てよ、トワリア…脱水の主かっ」
グルンと首だけ回してこっちを見ないで下さい。
軽くホラーですよ。
しかも主って…いつから私は池や沼に住むようになったんでしょうか?
いろんな意味で賑やかな人のようです。