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72、鎖国の理由


「間違いって…どういうことですか?」

「んー、話せば長くなるんだけど」

 小首を傾げながらのイブさんの話を総合すると。


魔国では10年に1度武闘の全国大会が開かれ、その優勝者が魔王への挑戦権を得ることが出来、そこで勝った者が次代の魔王となるのが建国以来の伝統だそうで。


鎖国前はその大会に異種族の参加も認められていて腕に自信のある者、特に竜人族が中心となって毎回チャレンジをしていたそうです。

それでも基礎戦闘力が桁違いの魔族に対しては、良いところ3回戦止まりなのがお約束だったとか。


ちなみに竜人族の平均戦闘力が1だとすると魔族は5。

6人いる魔将軍なら50、その頂点たる魔王ともなると100を超えるんだとか。

何、その無理ゲー。


ちなみに弱肉強食な世界とか言われてますが、それは間違ってはいませんが正解でもないそうです。

実力主義の魔国では上に行くには強くないとお話になりませんが、だからと言って弱い者が虐げられたりはしないそうです。

魔族には強き者は弱き者を守らなければならないという掟があるからだとか。

今は守られねば死んでしまう弱者も、将来は強くなり好敵手として競い合う存在になるかもしれないから…だそうです。

本当に真からの戦闘好き民族なんですね。



で、120年前に腐れ勇者たちも大会に出場しましたが…結果は1回戦負け。

いくら伝説の勇者さまでも所詮は人族。

魔王に戦いを挑むどころか、側に近付くことも出来なかったと。


納得出来ないと再挑戦を望む腐れ勇者に人族として大会初参加である事や、その無謀な挑戦を評して魔王が情けを掛けて相手をしてやったそうです。


まあ100歳を超えた魔王にしてみたら16の人族の小僧なんて赤ん坊と同じ。

それがオモチャのような剣を振り回して『わるいまおーをやっつけてやるー』と向かってきたようなもの。

ああ、よしよしと幼い子供と遊んでやった感覚だったんでしょうね。


でも勝負は勝負と手加減はしなかったようで、結果は…ワンターンキル。

それでイブさん曰く『魔王に負けて泣きながら逃げていった』そうです。


「このことはまだ内緒なんだけど…その後が大変だったの」

「何がです?」

「勇者の子たちが通った街や魔都で見たことも無い疫病が流行したのよね」

「疫病っ?」

「ええ、魔族ってやたらと丈夫でしょ。だから少しくらい体調が悪くなっても気にせず動き回っていたら、突然バッタリ倒れてそれっきり。そんな感じで多くの魔族が亡くなったの。魔王も同じ病に罹って死にかけたけど何とか持ち直して。けどそれ以来、魔国は他国との接触を一切止める事にしたの。またこんな惨劇を起こさないために」

「その疫病ってどんな症状だったんですか?」

「私も聞いた話だからよくは知らないけれど、急に高熱が出て、頭が痛かったり、お腹を壊したりして、物を食べることも出来ずに弱って死んでいったって」

「…そうですか」


 イブさんの話に私の中で恐ろしい考えが浮かんできます。

症状からしてそれはインフルエンザの可能性が高いです。

地球でも毎年300~500万人がインフルエンザに感染し、25~50万人の死者を出しています。

たとえ魔族と言えども、それにまったく免疫のない状態で罹患したら重症化して命を落とす者も多かったでしょう。

なまじ最強民族で敵なしだった為に、未知の病気への恐怖は絶大だったはずです。



ですがこのアーステアにはインフルエンザという病気はありません。

そもそも発症させるウィルスが存在しないからです。


ではどうしてそれが発症し蔓延したのか。

この世界にウィルスを持ち込んだ者…腐れ勇者がいたからです。

恐らく、この世界に来た時に腐れ勇者はインフルエンザに感染していた。

けれどウイルスが排出されるのは発症の前日から症状が軽快してからおよそ2日後までなので、そう長くはありません。


ですがもし勇者が地球で身に着けていた物をアイテムボックスに保管していたなら時間停止機能によって、それらに付いていたウィルスも保存されたままです。


それを魔国で取り出し、飛散したウィルスに次々と魔族が感染してゆき、話のような大惨事になったとしたら。

討伐ではなく完全にバイオテロですよ、これ。



魔王が亡くなることはありませんでしたが、インフルエンザによる魔国の被害は甚大で、戦いではなく病によって簡単に死ぬことへのトラウマ。

多くの者が亡くなった事での生産性の低下と社会的コストも大きかったようです。


魔国側も疫病の蔓延に勇者一行が関わっているらしいと予想はついたものの(それまで何事も無くて、勇者たち人族が大会に初参加したらコレですからね)確たる証拠はなく、疫病については公表せず国を閉じることで防衛するしか無かったんですね。



一方、勇者が魔王を打ち取った混乱に乗じて攻め込むつもりだったアリウス神国を中心とした魔国侵略連合軍でしたが。

思惑が外れ、当の勇者が魔王にまったく相手にされないほど弱かったことに驚き。

結局、魔王討伐失敗の責任の擦り付け合いの末、仲間割れにより進軍は中止となり今に至っています。


 

「そういうことだったの。その…インフなんとかって怖いわねー」

「まったくだ、我らも気を付けんとな」

 私の話にイブさんとウェルが恐ろし気に感想を言い合います。

「確かにインフルエンザは怖い病気だけど、きちんと治療して安静にしていれば治るものだから」


インフルエンザに罹ったら。

1、身体を冷やさないよう暖かい場所で安静にし水分を十分に摂るようにします。

2、空気の乾燥に気をつけること。マスクを着用するなどの方法で喉の湿度を保つことが重要です。

3、外出はなるべく避けて、うつしたり、うつされる機会をなるべく減らすことが大切です。

4、ウイルスは熱に弱いので、微熱はあえて下げる必要はありません。熱が高く苦しい場合などに解熱剤を使用します。

5、食事が摂取できないなどの場合は砂糖と塩を含んだ補液など飲むと良いです。


 ※ ですが脳症や肺炎を併発して重症化すると命に関わるので、異変を感じたら皆様はすぐに最寄りの医療機関に行くようにして下さい。


発症時間は平均で7日ほど。

この前後でだいたい平癒してゆきます。

ただ感染者が他人へウイルスを伝播させる危険があるので、症状が軽快してから2日は人が多く集まる場所へ行くのは控えた方が良いです。


 2人を安心させるようにそう説明すれば、サンダー君がしみじみと言葉を綴ります。

『魔族はそれが判らんで動き回りよったさかい死んだんかぁ』

「そうだね。この時は病気に対しての正しい知識が無かったのと魔族達が自分の丈夫さを過信していて、罹患しているのに移動した所為でウイルスが周囲に撒き散らされて被害が大きくなった訳だし。それにタイミングも最悪だったしね」

『どういうこっちゃ?』

 首を傾げるサンダー君に、私の考えを伝えます。


「物に付着したウィルスの生存時間は着いた物によって変わるけど、最長で20時間ほどと言われているの。アイテムボックスに時間停止機能があるとはいえ、これで感染したっていうのはかなり珍しいことだもの」

 病気に対しての無知と初期対処の誤り、そして稀有的な感染経路。

この3つが見事に揃ってしまったがために起きた惨状でした。



「病はともかく、アリウス神国が何故そこまで魔王を下に見ていたのかが判らぬ。簡単に倒せるような相手ではないことは明白であろうに」

 呆れるウェルに、そうねーとイブさんも賛同の声を上げます。

「随分と呼び込んだ勇者の力に自信があったのね」

「それだけ勇者の力が突出していたんでしょう、あくまで人族としてですけど。けどそのことに舞い上がってしまい、これなら魔王を倒せるとでも思ったんじゃないですか」

 まさに捕らぬ狸の皮算用ですね。

 

「まあ魔王だけでなく普通は自分がどれくらい強いかなんて正直に言う人はいませんし。王ともなれば国の機密扱いですからさらに言いはしませんよね。けどそんなことも判らなくなるくらい魔国の鉱山が欲しかったんでしょう。お宝に目が眩んで正常な判断が出来なくなってたんだと思いますよ」

 魔国侵略に加担した国の浅はかさに軽くため息をついてから、イブさんに尋ねます。


「それで何が間違いなんです?」

「ああ、それね。魔国はもう鎖国なんかしてないのよ」

「はい?」

「10年前くらいだったかしら。病に怯えてばかりでは何も始まらないって事で、主だった国の首脳部に鎖国解禁を通達したけど、エルフやドワーフの国はともかく人族の国はどこもそれを国民に知らせなかったの。魔国と付き合っても良いことは無いって思ったみたいよ」

「…なるほど」

 120年前の事とは言え、当時のことを知る長命種の多くは未だ健在です。

なので国交を回復して魔国側から侵略戦争の真実が大っぴらになったら困る国々からストップが掛ったんでしょう。

つまり下手に藪を突いて蛇を出したくないとばかりに、厄介事から目を背けたんですね。



どうりで魔国行きの許可が簡単に出た訳です。

本来ならもっといろんな所から横槍が入るはずですからね。

あまりにあっさり国を出られておかしいとは思いましたが、こんな裏があったとは…。

縫いぐるみスキーのオッサンでもさすがは一国の宰相。

腹黒度が高いです。

開国の事実拡散反対な国々への手前、私達に重要情報を一切渡さず。

失敗しても一商会がした事としらばっくれるつもりなんでしょう。

上手くいったらいったで、しっかり税金という上前を撥ねる気満々で送り出したに違いありません。


帰ったら爬虫類嫌いの宰相様に超リアルな蛇の縫いぐるみを送り付けてやろう。



「でもガリウスさまも知らなかったようですが」

「ガリ君?たぶん聞いてないと思うわよ。元々竜人国とは交流があるからわざわざ鎖国を止めたなんて報せる必要は無いし。魔族ほどじゃないけど竜人も他国にそんなに興味がある訳じゃないから」


プライドが高い竜人は、さっきの青リーダーのように他族を下に見ることが多いそうなので、その弊害が出ましたかね。


「それに鎖国を止めても魔国民は未だに病が怖いみたいで、頑なに国から出ようとはしないし」

「まあ健康に自信があった人程、病気に罹ると気弱になりますから」

『それで引き籠もり扱いされとったんやな』

 サンダー君の言に、あらっとイブさんが眉を寄せます。


「誰?そんなこと言ったの」

『青い鱗の生意気なジャリン子や。トアはんやウェルはんのことも「矮小な者共は道の端を行けば良いだろう」とか言うとったで』

 ジェスチャー付きでモノマネして見せるサンダー君に、まあとイブさんは頬に両手を当てます。

「エギ君ね、本当に困った子だわ。この世界で竜人が一番偉いって思い込んでいるの」

 そうイブさんが深く息をついた時でした。



「イブさまぁぁっ!」

 神殿に響き渡る大絶叫。

「この声は…」

 噂をすれば影、どうやら青リーダーの登場のようです。






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