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70、爆弾娘との出会い(マロウ視点)


「では後のことをお願いします」

「ああ、行ってこい。商会の事は俺に任しておけ」

 ペコリと頭を下げるトアにそう言い返すと、実に嬉しそうに笑う。


「私がこんな風に好き勝手出来るのは、全部マロウさんのおかげです。感謝してますよ」

「しおらしいことを言う暇があったらさっさと行け。時間が惜しい」

「はいはい、行ってきます」

 まるでそこらに使いに行くような気軽い返事をして出かけてゆく。


その傍らにはSクラス冒険者のウェルティアナがいるし、使い魔たちも下手な護衛より役に立つ。

しかも内緒事だが最強のドラゴンも付いているのだ。

これ以上に安心な旅路は他にはないだろう。

それでも一抹の不安がある。


「また何かやらかさなければ…いや、やらかさない方がおかしいか」

 ため息と共に俺は去り行く小さな背中を見つめた。



トアと初めて会ったのは商業ギルドでだった。

第一印象は田舎から出てきたばかりの小娘。

だが物言いは歯切れよく、頭の良さを感じた。

其処を見込んで薬師の資格試験を受けられるようにしてやった。


思った通り見事に合格し、しかも作ってきた薬はどれも一級品だった。

どうやらこれは当たりを引いたと気分が良かった。

良いように使ってせいぜいギルドに貢献してもらおう。


しかしそんな俺の思惑は、あっという間にトアに蹴散らされた。

回復薬の丸薬化?新魔法を発明した?

しかもそれを無償で教えるだと!?

特許申請制度に真っ向からケンカを売るつもりかっ、この馬鹿はっ!。

思わず怒鳴り付ければすぐに反省して此方の言うことを聞いたので、この調子で簡単に操れるとほくそ笑んだが…。


それすらもトアは粉砕してみせた。

特許料を通常の10の1だと!?

この爆弾娘がっ。

自分の儲けに興味がないとでも言うつもりか?

いいだろう、なら此方で好きに使わせてもらう。

言葉巧みにいろいろな特許を申請させ、まだ特許対象になるものを隠し持っていることは明白だが、取り敢えずはそこで開放してやった。

次には全部吐き出させるつもりで。


と、思った自分が甘かった。

あいつは既に街でいろいろやらかしていたのだ。

ハンバーガーにアイスだと?

別れ際にもっときっちり絞めておけば良かった。


しかしその後、待てど暮らせど一向にトアは姿を現わさない。

そのうち不穏な噂まで流れ始めた。

ギルドでの騒ぎが外の者たちに知られ、良からぬ連中にトアが殺されて金を奪われたと。

慌ててギルドから連絡要請を行ったが、それでもトアからは何の報せもない。

もし本当に噂の通りだとしたら、それは取り返しのつかないギルドのミスだ。


じりじりとした日々を送っていたら、ひょっこりと何でもない顔で現れたトアに思わず拳骨を喰らわせた俺は悪くないはずだ。



「良かったな。明日からギルドでも回復丸の売り出しが始まる。そうなればさらに増えるだろう。もう働かなくとも遊んで暮らせるぞ」

 金貨の袋を前にしてニヤリと笑ってそう言ってやったら、トアが冷え切った目でこっちを見返す。


「そうですねーっとか言うわけないでしょうが。だいたい大した努力もしないで手に入れたものに何の価値があるんです?人間、額に汗して働いてなんぼです。それに使いこなせない物や力を手にしたところで、自分だけでなく周りも不幸にするだけ。そんな生き腐れな人生、私は御免です」

 真っ直ぐに見返す瞳には一片の迷いも誤魔化しもなく、本気でそう言っているのがよく分かった。


その真摯な目を見て思った。

こいつは化けると。

今も十分化け物じみているが恐らく俺の想像もつかないくらいに大きくなり、そしてとんでもないことをやらかすだろう。

その行く末を見てみたいと思った。


「決めました。私、商会を立ち上げることにします」

「商会だと?」

「はい、私が種を蒔き、それをソフィアさん達みたいな職人さんに育ててもらい、花を咲かせ、実ったものはお客様の元に届けるための商会です。その運営費は特許使用料で賄います」


そうトアが言い切った時、俺の心は決まった。

行く末を他所から見るのではなく、トアの近くで共に同じ景色を見たいと。


その決断が間違っていなかったことはすぐに証明された。

トアが立ち上げたマリキス商会はたちまちトスカだけでなくサクルラ国を…いや、ウエース大陸全土に影響を及ぼし出した。

それだけではない、いずれマリキスの名はこの世界すべてに轟くことになるだろう。

そうさせるだけの力がトアにはあるのだ。


見掛けは14歳の小娘。

使える魔法は風変りだが初級の生活魔法だけ。

身体能力も普通で、せいぜい格闘が出来る程度。

だがその頭脳は一級品だし、何より彼女が持つ心の強さは最高級だ。

どんな事態に陥っても、彼女が諦めると言うことはないだろう。

何とかしようと足掻き続けて、最後には思った通りの結果を出してみせる。

まあそれについては後日、称号に【不屈の精神】があると聞いて妙に納得したものだが。



「マロウさんって貴族さまだったんですね」

 感心するトアに思わず言い返す。

「母親は妾の四男なんぞ平民と同じだ」

 あの男がメイドだった母に手を付けて生まれたのが俺だ。

母共々、屋敷では使用人扱いで息子と呼ばれたことも無い。

やがて母が死に、俺を用無しとばかりに屋敷から追い出したくせに国王に謁見すると聞いた途端、父親面して近付いてきた時には反吐が出る思いだった。

男爵家の紋章が入った服を押し付けてきて、言うに事欠いてこれからは家の為に尽くせだと?

どの口がそれを言う。

病気になった母を薬師に診せもせず、見殺しにしたくせに。


「ではこうしましょう」

 殴り付けようとした俺を諫め、トアは笑顔で奴に言い渡した。

「マロウさんが紋章入りの服を陛下の前で着ることはお約束します。その代わり今後は一切の干渉無用をお願いします」

 馬鹿なと反論しようとした奴だったが、次のトアの言葉に震え上がった。

「光栄なことに陛下とはいろいろとお話をさせていただく機会があるのですが、その時にうっかりある方の醜聞を口にしてしまうかもしれません」

 奴の事だ、叩けば不味いことが山ほど出てくるだろう。

男爵領からの収入など高が知れているのに、妙に羽振りが良いのがその証拠だ。


「有難いことに謁見が終わった後も、多くの貴族の方との取引が続くようですし」

 ダメ押しのようにそう言われ、奴はスゴスゴと帰るしかなかった。

「…その、すまん。身内のことで迷惑を」

「あれってマロウさんの身内だったんですか?それは悪いことをしましたね。でしたらもっと丁重に扱いましたのに」

 しれっとそんな返しを言われ、笑うしかなかった。


「マロウさんはマロウさんですよ。私達の大切な筆頭取締役で商会の要です。その腕を好きなように振るってくれたらそれでいいんです」

「ああ、そうさせてもらう」

 それがトアの望みだというのなら、俺は望み通りに生きるだけだ。

お互いが幸せに生きる為のそれが最良の道だから。




「マロウさんには本当のことを言っておきますね」

 初代勇者とのことを話してくれた時、そうトアが俺に教えてくれた。


神に誘われて別世界…勇者と同じ世界から魂だけで此方に来たこと。

特許の元になったのも、すべてその世界の知識だと。

どうりで最初の頃に申請を渋っていた訳だ。

別の世界とは言え、他人の知識で対価を得るなどトアには許せないことだったのだろう。

トアはそういったところは潔い人間だから。

特許で儲けた金を商会運営に回したのも、トアからしたら不正な利益を少しでも笑顔に変えたくての思いからだ。

 

だからだろう、トアは未だに最低賃金しか受け取ろうとしない。

製薬だけで充分やってゆけるからと。

その分は他に回してほしいと。


その最たるものがチョコレート工房で雇った子供たちだ。

学校に通わせながら働かせる。

効率を考えたら無駄でしかない。

だが長い目でみれば、それは良き人材育成に他ならない。

読み書きや計算が出来る者が増えれば、地域の地力が上がる。

トスカだけでなく他の地域でも出来るようになれば、やがてそれは世界をも動かす力になりうる。


だがトアは笑って言うのだ。

「私は切っ掛けを作っただけ、その後で努力するのはその子たちなんですから。商会に関わるすべての人が笑顔でいられたら、それが広がってゆくことが出来たらそれで満足ですよ」と。



竜人国でも魔国でも好きなところに行くと良い。

そこで何かやらかしたとしても、それはその国にとって良い事なのだろうから。

やらかした事を責められても、お前にはマリキスの仲間が付いている。


いや、俺たちだけではないな。

トアの周囲には自然と多くの者が集まる。

彼女が与えてくれる嬉しい驚きと高揚感、そして幸せに誰もが魅せられ、その力になりたいと慕ってくる。

異世界の知識とそれを使いこなす発想と桁外れな行動力。

それは確かに大いなる力ではあるがそれだけではない。

一番は他の者に助力したいと思わせる彼女の人間力だ。


彼女によってこの世界は変わる、確実に。


俺が言えることはただ一つ。

この世界にトアという爆弾娘を連れてきてくれた神に心からの感謝を。

お前と出会えて良かった。






いつもありがとうございます。

総合評価が 800ptを越えました。

これも偏に読んでいただいている皆様のおかげです。

今後も楽しいお話を書いて行けるよう頑張ります。(ง •̀_•́)ง

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[一言] この作品と出逢えて良かった♪ 自分の明日、自分の心が元気に豊かになります。 癒されます。 ありがとう!
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