67、行くぜ、魔国…の前に竜人国
『絶景かな、絶景かな』
『たかーい、はやーい』
私の後でマーチ君とキョロちゃんがはしゃいでます。
はい、こんにちは。
只今サンダー君の背中の上で快適なフライトを堪能中です。
ウェルが風魔法で周囲に空気の壁を作ってくれているので、風圧も寒さも感じなくて助かってます。
ですがいくら竜人国とはいえ、ドラゴンで移動しているのがバレたら大騒ぎになりますので、ノース大陸を縦に走る竜の背骨と呼ばれる長大な山脈に沿って飛行中です。
岩肌がサンダー君と同じ黒なので、保護色になって目立たないので良かったです。
「そろそろ昼にするか?」
「そうだね」
頷く私の真後ろで『ごはんー』とキョロちゃんが羽をバタつかせてます。
「サンダー君。良さげなところで降ろしてくれる?」
『ええでー』
ゆっくりと降下した先にあるのは小さいけれど綺麗な泉。
うん、昼食を取るにはもってこいの場所ですね。
『ふぃー』
のんびりとした息を吐いてサンダー君がSサイズへと変わります。
「お疲れ様。乗せてくれてありがとうね」
今まで乗っていた背を労わるように撫でると、サンダー君が嬉しそうに目を細めます。
『こんくらい大したことあらへんで、せやけどそう言うてもらえると嬉しいなー』
「お昼は何にする?サンダー君の好きなものにするけど」
『せやなー』
少し考えてからこの前食べたアンパンをリクエスト。
ならばとアイテムボックスから作り置きしておいたアンパンとクラブサンド、角切り野菜とベーコンを炒めてトメトスープで煮込んだミネストローネを取り出します。
今回の旅用にいろいろと作ってきたんですよね。
いくら時間が経っても冷めも腐りもしないので本当にアイテムボックス様々です。
キョロちゃんとマーチ君には採り立てのポロロの葉を出します。
こちらも2ヵ月は大丈夫なくらいの量を摘んできたので、心置きなく食べて下さいね。
泉の側にラグを敷いて折り畳み式テーブル(またの名を卓袱台)を出し、料理を並べて新鮮なミルクたっぷりのミルクティーを淹れます。
アンパンには牛乳と相場は決まっていますが、私としては香りと後味の良いミルクティーを押したいです。
「やっぱり木は針葉樹が多いんだね」
辺りを見回して泉の周囲を観察します。
森の様子からすると地球のカナダに近い感じですかね。
北に向かうに従って動植物の変化が顕著で、見ていて楽しいです。
ノース大陸では他の大陸より同じ種でも体格が大型化します。
これは身体を大きくすることで体内熱量を保ち、酷寒に耐える為です。
しかし変温動物である爬虫類系はそれが出来ないので、ノース大陸に蛇やトカゲなどの魔獣は存在しません。
同じように寒さに弱い虫系の魔獣もあまりいません。
多くいるのは寒さから身を守る毛皮を持った熊や狼、虎といった魔獣ですね。
真っ白な毛皮のヒヒの魔獣であるホワイトエイプは有名です。
個体としての戦闘力はそう高くないのですが、大抵は群れで襲ってくるので厄介です。
ちなみにギルドの魔獣ランクは個体だとCで群れだとAクラスだそうです。
とは言うもののサンダー君がいるおかげで、魔獣との遭遇はさっぱり御無沙汰ですけど。
「今はどの辺りになるの?」
次々とクラブサンドを口に運ぶウェルに問いかけると、腰のポシェットから地図を取り出します。
「…此処らだな」
指差す場所はノース大陸の左下から少し中央寄り。
距離にして東京→札幌間くらいですか。
デラントを出たのが朝の9時過ぎですから3時間弱のフライトで海を越えて此処まで来るとは、さすがドラゴン。
この調子なら明後日の昼前には竜人国の首都ルゼに到着出来そうです。
食休みの後、再び北に向かって飛び続け3時のお茶休憩を挟んで飛んだらすぐに火州の州都であるラグが見えてきました。
今日は此処で宿泊予定です。
少し離れた森に降りてもらい、そこからはキョロちゃんとお馴染みウィングボードでの移動です。
竜人国にはドラゴンの種類にちなんで光、闇、雷、火、水、風、土の7つの州があり、首都ルゼは光州にあります。
意外なことに竜人国は民主主義制。
国民の投票によって選ばれた議員が集まって政策を決めるのだそう。
竜人族の起源は人化したドラゴンと他種族とのハーフなので、元のドラゴンの種によって鱗の色が違うそうです。
王都のギルマスのローズさんは赤い鱗でしたから火竜の家の出になりますね。
ドラゴンの血筋ではありますが竜化は出来ません。
ですが身体能力が高く魔力も多大なために自らの力に誇りを持っていて、それ故にメッチャプライドが高いそうです。
個人差もありますし一概にこうだと決めつけられませんが純粋な戦闘力でみると
1、魔族(すべてにおいて最強)
2、竜人族(実技、魔法ともに得意なオールラウンダー)
3、獣人族&エルフ(主に格闘特化&魔法全般特化)
4、ドワーフ(主に力技特化)
5、人族(身体能力・魔法ともにそこそこ)
なので魔法はもちろん、剣技もSクラスなウェルはエルフの中でも珍しい存在なのだとか。
ですがこう見るとヒエラルキー最下層の人族なのに、魔族と対等に戦った勇者のポテンシャルってとんでもないですね。
まあ、其処に目を付けられてアリウス神国に利用されたんでしょうが。
ちなみに人口比率は、人族4、獣人族2.5、ドワーフ1.5、エルフ1、竜人族0.5、魔族0.5の割合です。
長命種は出産率が低いので増えにくいようですね。
「なかなか良さげな街だな」
入街審査を待つ間、ウェルがそういって辺りを見回します。
人族の町とは違って石壁や大門などなく、簡単な柵しかないので周囲が良く見渡せるのです。
つまり街の外にいる魔獣など恐るるに足らずということで、これも個々が持つ戦闘力の高さ故でしょうね。
竜人国は魔国と違って鎖国をしている訳ではないので、数は少ないですが人族や獣人族、エルフにドワーフの姿も見えます。
建物は白い石と黒い木を使ったシックな作りで、水墨画のようなモノトーンの世界です。
その白い石畳の上を極彩色豊かな鱗を持った竜人達が闊歩してます。
身に纏う衣装はチャイナ服に似た身体にフィットした動き易さ重視のもので、腰には緩くカーブした曲刃を下げている人が多いです。
ちなみに此処ラグの街は竜人族発祥の地だそうです。
建国の地でもあり竜人国で一番古く歴史のある街で、日本の京都みたいな立ち位置のようです。
「次っ」
街行く人を眺めていたら私達の番になりました。
「サクルラ国から参りました薬師のトワリアです」
「同じくサクルラ国所属Sクラス冒険者のウェルティアナと申す」
それぞれの身分証を差し出すと、ふむと係官の竜人が確認します。
「後にいるのはお前の使い魔だな」
「はい、フェアリーバードのキョロちゃんとゴアラルのマーチ君です」
「…そこの飛びトカゲは?」
「使い魔ではありませんが大切な旅の仲間です」
その言葉に嬉しそうにサンダー君が私の肩に停まります。
「まあ良いだろう。だがこの国では飛びトカゲは神の使いとされ、大切に敬う存在だ。くれぐれも粗末にしないようにな」
どうやら奈良公園にいる鹿のような扱いらしいですね。
「承知いたしました」
軽く会釈をすると、通ってよしっと身分証を返してくれました。
どうやら私達のシュエール語はちゃんと通じるようです。
特訓してくれたレリナさんに感謝です。
でも私の習得スピードは異常とレリナさんが呆れてましたね。
ウェルたちエルフは元々人族より言語スキルが高いので、そう苦も無く覚えられても不思議ではないそうですが。
私の場合はどうやら『臨機応変』という称号の効果のようです。
文字通り状況に応じて事に当たる能力が飛び抜けているらしく、異世界のアーステアに簡単に馴染めたのも、この称号のおかげみたいですね。
無事に町に入れてホッとしていたら…。
「そこの者達っ」
突然3人の竜人に呼び止められました。
「我らは神官長たるガリウスさまの使いである。ローズ殿の友人とはその方らで間違いないな」
綺麗な赤い鱗を持った竜人さんが前に出てきてそう問います。
「はい、マリキス商会のトワリアです。此方は護衛役のウェルティアナです」
私の答えに頷くと、此方へと先に立って歩き出します。
連れてゆかれた先は街の外れにある白い大神殿。
裏手には黒色の険しい山が聳えていて、尊大感バッチリです。
聞いたところ竜人国ではドラゴンを神と崇めていて、それに仕える神官は州知事よりも権威は上なのだそうです。
つまり私達を呼んでいるのは、実質的なこの火州のトップという訳です。
「よお来たの。お前たちのことはローズから聞いておる」
迎えてくれたのは見事な白髭の竜人さんです。
赤褐色の鱗が過ごして来た年月の長さを伝えています。
「儂は此処の神官長を務めておるガリウスじゃ。ローズは儂の孫になる」
「お初にお目にかかります」
軽く屈んで淑女の礼を取る私の横で、ウェルも騎士の礼を返します。
御付きの人も下がらせて3人きりでの謁見です。
ローズさんからの紹介ということで随分と信用されてるようですね。
「この度はローズさんに大変お世話になりました。ありがとうございます」
「いや、相変わらず書き物が嫌いで周囲を困らせておるんじゃろ」
「…否定はいたしません」
取り繕ったところでバレバレの事実ですからね。
ここはちゃんと認めますよ。
「そうか、そうか」
何故か上機嫌で髭を撫でながら頷くと、ガリウスさまはウェルへと視線を向けます。
「サンザ殿はご健勝かの?」
「おじじ様をご存じなのですか?」
驚くウェルに、軽く手を振りながら言葉を継ぎます。
「古い昔馴染みよ。…姿は相変わらず若いままか」
「はい、変わっておりません」
そうかと深いため息を吐くガリウスさま。
その瞳には紛れもない憐憫が刷かれています。
美少年ジジイのあの姿はエルフ特有の年齢不明状態なのかと思ってましたが、どうやら何か訳ありのようです。
そんなことを考えていたらガリウスさまが徐に口を開きます。
「痛ましき事よの。魔族との戦いの中、エルフ随一と謳われた魔法のほとんどを封じられ、姿も変わらぬ『時止めの呪』を掛けられるとは」
「はい?」
今、とんでもないことを聞いた気がするのですが。
「それはいったい…」
ウェルも知らなかったらしく目を大きく見開いてます。
「そなたには話しておらぬのか?サンザは勇者と共に魔族と戦った一人ぞ」
なんですとぉぉっ!