66、商会のお引越し
早いもので季節は春から初夏へと変わりつつあります。
おかげさまで魔国交易計画は順調に進んでます。
え?アホ領主から反対されていたんじゃないかって。
それは大丈夫です。
既に商会はトスカの町から隣領のデラントの町に引っ越しましたから。
もともと交易計画の一環として、拠点となる港が必要だったんですよね。
その候補に挙がったのがデラントの町です。
クラーケンに壊された港の南側を再建するなら、少し手を入れて大型帆船を受け入れられるようにして、此処を交易の中心にしようという計画です。
幸いなことに私の進言は宰相様の根回しのおかげで無事に王宮議会で受理され、再開発が決定しました。
魔国とのことが無くとも、竜人国との交易拠点はいずれ必要になりますから丁度良い機会だったようです。
クラーケンの件でやらかした元領主は、闇賭博の借財の補填に公金を使い込んでいたのが今回のことでバレて地位剥奪のうえ蟄居となり。
代わってサザン侯爵の親戚筋のヘロン子爵が新たな領主として赴任しました。
引っ越し後、何度かお会いしましたけど、なかなかに能吏な方で商会へも全面協力を約束してくれました。
で、商会本部もトスカからデラントの町へと移転した訳です。
もちろん職人さん達との遣り取りがありますから、支部として数人はトスカに残ってます。
アホ領主からの呼び出しの後、会見の一部始終を話して移転のことを相談したら全員の賛成を得まして。
人は怒りのゲージが振り切れると笑うんですね、初めて知りました。
スタッフ一同が怒りながら笑うと言う異常なテンションで、次の日から引っ越し準備開始ですよ。
職人さん達にも理由を話して移転を快諾してもらい、移転後の事もしっかり取り決めましたから混乱も起こりませんでした。
デラントの町へも移転を打診しましたら、商業&薬師ギルマスのシャーロンさん、冒険者ギルマスのケイシーさんを始め、町中の人がもろ手を挙げて歓迎してくれました。
どうやらクラーケン討伐の時のことが過大に伝わってしまったようで、私とウェルは英雄扱いになっているようです。
クラーケンを倒したのは冒険者さん(とサンダー君)なんですけどね。
どうしてこうなったのやら…謎です。
ということで呼び出しから10日後には、居残り組(1ヵ月ごとに順次メンバーが交代します)を残してさっさとお引越しです。
町の人には領主さまに出てゆくように言われた(嘘は言ってません)と説明したので、皆さん此方を責めることなく泣きながら別れを惜しんでくれました。
良かったらデラントの町に来て下さいね。温泉もあるしお魚も美味しいですよと別れ際に宣伝しておきました。
で、今はヘロン子爵様の紹介でミリアムさんの宿の近くにある貴族の別荘を格安で譲ってもらえたので、そこを商会本部&宿舎として使ってます。
もちろん温泉付き♡。
着いたその日からスタッフ一同、温泉をたっぷりと堪能してます。
デラントの町に着いてから事態を知ったアホ領主から『すぐに戻るように』とのメッチャ慌てた様子の手紙が届きましたが、知ったこっちゃありません。
隣領に移ったのですから文句は言わせませんよ。
しかし馬鹿なことを口走ったものです。
今回の件はレリナさんが嬉々として宰相さまに報告書を上げてましたし、アランさんもすぐに王太子の下に飛んで行きましたから、名を出されたセロン侯爵の権勢を削ぐための良い口実として使われるんでしょうね。
せいぜいいろんな方面から叱られて下さい。
まあ、アホ領主もまさか出てゆくとは(しかも商会ごと)思ってもみなかったんでしょうね。
ですが商会を私物化するような認識の領主の下にいても百害あって一利なしです。
こちらから三下り半を突きつけさせてもらいました。
「ちょうど良かった、トアちゃんに紹介したい人がいるんだよ」
商業&薬師ギルドに顔を出したらギルマスのシャーロンさんに呼び止められ、マスター室に誘われました。
ちなみに今回訪ねたのは、海鮮天丼のレシピを特許申請するためです。
トスカでは魚や貝は干物しかなかった為に天ぷらは野菜オンリーでソバやうどんの付け合わせ扱いや、天丼も野菜のみであまり人気が無くて。
ですがデラントには新鮮な魚介がたくさんありますからね。
改めて『海鮮天丼』として登録しました。
試食してもらったら大好評で、タコ焼きと並ぶデラントの新名物になりそうです。
「紹介したい人ですか?」
「うん、新しい商業ギルドのマスターなんだけど…」
「チェンジでっ!」
部屋に入ってその顔を見た途端、そう叫んだ私は悪くない。
「酷いのぅ、せっかくの再会じゃというに」
だから何で此処にいるんですか美少年ジジイ。
「おじじ様!?」
「トスカのギルマスはどうしたんです?」
驚く私とウェルに、しれっと美少年ジジイが言い返します。
「いや、ワシもいい年じゃから少しでも環境の良いところで働きたいと思っての。転属を願い出て、先日受理されたんじゃよ」
「デラントの町はこれからどんどん大きくなるだろうからね。今みたいに僕が商業と薬師の両方のギルマスを続けるのは無理があると思って、サンザに協力をお願いしたんだよ」
ニッコリ笑って追加説明するシャーロンさん。
善人面してますが、やはりギルマスをしてるだけのことはあります。
しっかりと腹黒でした。
「お茶ですよー」
さらに言ながら部屋に入ってきたのは…。
「か、カレンさんまで」
「どうしたというのだ?」
私達の疑問に、悪戯が成功した子供みたいな顔でカレンさんが答えます。
「だって此処は温泉もあるしお魚も美味しいって言ったのはトアちゃんじゃない。それにトアちゃんがいないトスカなんて退屈でつまらないし」
私はいつから娯楽提供者になったんでしょうか。
「それに屋台連合のゼフさんやジルさんも、お弟子さんに屋台の引き継ぎが終わり次第こっちに来るって言ってたわよ」
「はい?」
「奴らだけではないぞい。職人や冒険者のほとんどがデラントへの移住を考えとるそうじゃ。何しろトアちゃんから直々に『良かったらデラントの町に来て下さい』と誘われたんじゃからな」
ちょっと待ったぁぁ。
私が来てほしいと言ったのは、あくまで観光としてであって。
決して移住して来てほしいわけでは…。
焦る私の肩にポンとウェルの手が乗せられます。
「諦めるのだな。皆トアのことが好きなのだ」
そんなこと自信を持って言い切らないでいただきたい。
でも今から考えると移転後のことで職人さんの誰もがゴネたり不安がったりしてませんでしたし。
冒険者の人達も頑張れよーと軽い感じで送り出してくれました。
皆さん、移住が前提としてあったので別れがあんなにあっさりだった訳ですか。
「でも職人さんはともかく、冒険者さんはダンジョンに通うには遠すぎませんか?」
「その心配はなかろう。どうしたことかトスカまでの直線路が出来たことじゃし」
ニヤリと笑う美少年ジジイ。
「本当に不思議なことがあるものですねー」
白々しい笑いを浮かべる私と硬直するウェル。
やっぱりバレますよね。
いえね、さすがにハルキスハウスからデラントまでは遠くて、キョロちゃんの脚でも1日掛かりになります。
一番の問題は標高はそう高くはないのですが、やたらと横長な岩山の存在。
これの所為で大きく迂回することを余儀なくされているからです。
直線距離で考えれば、キョロちゃんなら半日もかかりません。
で、岩山を何とか出来たら良いのにと何気に呟いたら…。
『任せときー』と叫んで何処かに飛んでいったサンダー君でしたが、戻ってきた時には遣り切ったと言った顔の3匹の土竜を連れてました。
ちなみに古い知り合いの三つ子の兄弟だそうです。
『初めましてだぎゃ』
『どえりゃあ美味いもん食わしてくれるってホントやか?』
『雷竜ばっかけなるいがや。わしらも食わしてちょーせんか』
何故に名古屋弁…と突っ込むのは止めておきましょう。今更ですから。
という訳で美味しいご飯&お菓子と引き換えに、土竜さん達が土魔法を駆使して岩山に幅3mほどの切れ込みを入れて渓谷を作ってくれてました。
両壁は土魔法で補強したので、滅多なことでは崩れないそうです。
はい、これでデラントまで最短で一直線の通路の出来上がりです。
良かったですね…ってなことになるかー。
作るなら一言相談して欲しかったというのは、今更ながらの繰り言ですか。
これはもう気付いたら自然に出来てましたで押し通すしかないと思い定めた次第です。
ちなみに土竜さん達へのお礼に、もしやと思って味噌カツ、手羽先唐揚げ、きしめん、あんかけスパゲッティに小倉トーストを出してあげたら。
『こんな美味みゃーもん初めて食べたがや』と大好評でした。
『何かあったらまた呼んでちょーだゃあ』と
お土産のういろとカエルまんじゅうを山ほど持ってご機嫌で帰ってゆきました。
そんなことがありつつも、明日はいよいよ魔国に向けて出発です。
さて、どんなことが待っているのでしょうか。
総合評価が700ptを越えました。
拙い作品を気に入っていただき、どうもありがとうございます。(*´▽`*)ノ゛
ところで作中に出て来る名古屋弁ですが、一応名古屋生まれの友人に
チェックして貰ったのですが、おかしな点がありましても笑って
流していただけると助かります。