65、ローズさんからの手紙
王都のローズさんに手紙を出して10日が経ち、ようやく待ちに待った返事が届きました。
「それで結果は?」
マロウさんを始めとする商会のスタッフ全員が見守る中、私は読んでいた手紙から徐に顔を上げます。
「ローズさんの親友を紹介してもらえました。魔国との使節団を務めたこともある人だから力になってくれるだろうって」
私の言葉に、その場にいた全員から歓声が上がります。
さすがに報酬はチョコ1年分というのが効きましたねー。
文面からも嬉々とした様子が伝わってきます。
ちなみにローズさんはまだ知りませんが、送り先は秘書のステラさんです。
当人に渡したら絶対に仕事をしなくなるので、ステラさんにしっかりと管理してもらいます。
でも手紙にはチョコのお礼だけでなくて、これで魔国との交易が再開されるかもしれないと多くの者が期待しているので頑張ってほしいともありました。
その為ならギルドを挙げて全面バックアップをしてくれるそうです。
まあ商業ギルドのマスターならば交易再開は願ってもないことでしょう。
ですが不思議です。
どうして120年の間、誰も交易再開をしようとしなかったのでしょうか。
その疑問に、マロウさんが頭痛を堪えるような顔で説明してくれました。
曰く、魔族はすべての基準が戦闘力によって決められる一族であり。
よって国のトップたる魔王は一番の実力者がなるため、人族の王家のような世襲はありえない。
力無き者に明るい未来は訪れない弱肉強食の世界。
なので当然、魔族の戦闘能力は他の者たちとは比べ物にならぬくらい強く、向こうの気分次第で、いつ此方の首が飛ぶか判ったものではない。
そんな相手と交易など命が幾つあっても足りない。
金は欲しいが、それよりも命の方が大事。
魔族に対しては、そういった考えが普通なんだそうです。
まあ飼いならされていて大丈夫と判っていても、隣にヒグマやライオンなどの肉食獣が来たら普通はビビりますからね。
しかも賭けるカードは自分の命ですから、怖気付くのも無理もないです。
でも平和ボケとの誹りを受けるでしょうが、肉食獣であっても言葉が通じるなら何とかなるんじゃないかというのが私の考えです。
人間でも言葉の通じない人は多いですが、それだって此方の対処一つでかなり改善されると思いますよ。
通じないのなら、通じるように話を持ってゆけば良いだけのことです。
前世でも無理難題を吹っ掛けてくるクライアントは多かったですけど、何故そんな要求をするのか、その原因を探して対処し、次善の条件を提示すると大抵は引き下がってくれました。
『担当者が生理的に虫が好かない』と言われた時はさすがに困りましたが、いろいろと聞いたり調べた結果、昔クライアントを振った女性と私が似ていたから気にくわないと判明しましたので。
(ビジネスに私情を持ち込むなと言いたいところですが)
そのクライアントの前でだけ口調や化粧法、衣装を変えて別人に成りきることでクリアしました。
まずは話すこと。
そうすれば自ずと進むべき道が見えてきます。
話すと言えば、アーステアでは幾つかの言語が使われています。
ちなみに人族にはエスポラ語という共通言語があり、その他にお国訛りのようなその土地だけの言葉があります。
日本で東京言葉が共通語の中、東北弁、関西弁、九州弁など地方言葉が存在するのと同じ感じです。
ですが魔族や竜人族がいるノース大陸で使われるシュエール語は、まったく別の言語。
英語やフランス語のようなものです。
ちなみに獣人族やエルフ、ドワーフは人族との付き合いが長いので種族内で使う言葉の他にエスポラ語を公用語としています。
おかげで他種族間で日常会話に困ることはありません。
師匠が残してくれた手書きの植物図鑑の主な生息域の説明文に、エスポラ語とシュエール語の両方が書かれていました。
それを丸暗記してあるので読み書きは何とかなります。
対してヒヤリングの方はまったく判りませんでしたが、此処に救世主が。
レリナさんが語学に堪能でした。
密偵たるもの何処でも支障なく活動が出来るようにしておくのは基本中の基本だそうで、特にシュエール語を得意としてました。
で、レリナさんに教えてもらいながら只今ウェルと2人で猛勉強中です。
何とか会話に苦労しない程度にはシュエール語が出来るよう頑張ってます。
話の通じない相手との商談なんて、それこそお話になりませんからね。
それからは魔国交易プロジェクトを成功させるべく、連日スタッフのみんなと会議です。
まず魔国に行くメンバーは私とウェルのみ。
警護上の観点から、私と一緒に他者を守り続けるのはさすがのウェルでも難しいからです。
次に持ってゆく物。
無難なところで食品、主に菓子類はどこでも喜ばれる物だと思いますから。
次いで文具、化粧品や装飾品は好みの問題もあるので少数精鋭で。
衣類は人族と違い、魔族には背に羽や手足がヒレ状な者がいたりするので此方は次回プレゼンということに。
輸送方法は、此処は仕方がないので企業秘密を暴露です。
私のバッグに偽装したアイテムボックスとウェルのアイテムバッグに分けて持ってゆくことにします。
移動はサンダー君が申し出てくれたので、有難くその背に乗せてもらうことにしました。
森の奥で元のサイズに戻ってもらい試乗しましたが、意外と安定性があって快適でした。
天候と風向きによって変わりますが、ウエース大陸の北東にあるトスカからノース大陸の中央にある竜人国・首都ルゼまでサンダー君なら3日もあれば楽勝で到着するそうです。
馬車でなら1ヵ月以上はかかる道のりを3日で行けるのは本当に助かります。
サンプル商品の他に、サンダー君の好きな和菓子をたくさん持って行こうと思います。
ノース大陸に着いたらアサド洞窟にも行きたいのですが、あそこは魔国と竜人国の境にあるので、調査には両国の許可が必要です。
勝手にやっても良いのですが、後々のことを考えたらちゃんと手順を踏んだ方が無難でしょう。
交易が再開できたら、是非とも挑戦したいです。
そんな風に出発準備を整えていましたら、唐突に領主のサンデイト子爵様から呼び出しを受けました。
はて?何の御用でしょうか。
「そなたがトワリアか」
領主館で迎えてくれたのは痩せたちょび髭のおじさんでした。
通された応接室はこれでもかとばかりにキンキラで、成金趣味全開。
もうこの部屋だけで領主さまの為人が判ります。
「お召しにより参上いたしました。如何な御用でしょうか?」
スカートを摘まんで淑女の礼を取りながら尋ねれば。
「うむ、マリキス商会が。特にそなたが魔国との交易を望んでいると聞いてな。真であるか?」
「その通りでございます」
「それは罷りならん」
「は?」
いきなり何を言い出しますかね、このおっさんは。
「理由をお聞きしても?」
「マリキス商会は我が領を代表するものである。そんな危ない橋を渡って失敗したらどうする?私の顔を潰す気か?」
いつから商会はおっさんの私物になったんですか?
トスカの町の急速な発展のおかげで、王都でのおっさんの評判が上がったことは知ってますが、その地位を守るために商会運営に口出しするのは明らかな越権行為ですよ。
「ですが新たな市場を開拓しませんことには…」
「それが余計なことなのだ。市場なら他にもあろう。よりによって魔国などとあのような野蛮な国との交易など必要ない。セロン侯爵さまもそうおっしゃっておるのだ」
セロン侯爵…たしかロウズ男爵家を陥れたパウエル伯爵の寄り親でしたっけ。
どうやら王都でサザン侯爵と親しくしてチョコ製造の委託したことへの意趣返し、または牽制のつもりで横槍を入れてきましたか。
で、このおっさんはその腰巾着と。
「では商会としてではなく、薬師である私個人での行動としてまいります。魔国には其処にしか生息しない希少な薬草が多々あります。それらを採集しに行くということで…」
「それもならん」
個人の行動まで束縛しますか。
これは何を言っても妨害しかしませんね。
「どうしても行くというのならマリキス商会の取締役を辞すか、この領から出て行くのだな。私に迷惑を掛けぬように」
「…承知いたしました。領主様のおっしゃる通りにいたします」
そう頭を下げれば、おっさんが満足げに大きく頷きます。
「うむ、良き心掛けである。おとなしく今まで通りのことをしておれば良いのだ。今後も私の為に励め」
無言で再び頭を下げた私に、おっさんは上機嫌でそんなことを言ってます。
ま、好きに言っていて下さい。
「良いのか、トア。あのように無体な…」
黙って私の後に立っていたウェルが、館を出るなりそう話しかけて来ましたが。
「と、トア…」
「何?」
ニッコリ笑って見せれば、ウェルが怯えた様子で一歩後ろに下がります。
私のMAXな怒りを感じ取ったようです。
あのアホ領主め。
自分が言ったことを、たっぷりと後悔させてやろうじゃありませんか。
話をすれば判り合えるが私の信条ですが、ケンカを売ってくる相手にまでそれを通すつもりはありません。
やられたことも、やってもらったことも倍返し…これも私の信条ですから。
少し早いですが魔国交易構想をスタートさせましょう。