64、戦争の真実と封印の洞窟
会ったその日に判り辛いプロポーズして即行でお断りされたミゲル氏でしたが、何故かその顔を晴れ晴れとしたものにして帰ってゆきました。
何だか最近、求婚されてばかりいますね。
バッサリ断ったことにセーラさんが大ウケしてました。
曰く『何でも自分の思う通りになると考えているヤツには良い薬』だそうです。
元雇い主に対して辛辣ですねー。
レリナさんはワクワクした様子ですぐに姿を消しましたが、きっと宰相様に事の顛末を知らせるため報告書を書きに行ったのでしょう。
(バードランという専用の伝書鳥を使うと1日で着くんだそうです)
「まったくお前は…ジェスの名手であることを逆手にとるとはな」
呆れるマロウさんに、軽く肩を竦めて言葉を返します。
「ああいった理詰めで物を考える人はイレギュラーに弱いんですよ。此方が逃げられないように周りを駒で囲んで追い詰めたつもりになっていたんでゲーム盤を掴んで駒ごとひっくり返してやったら、あの通りですからね」
これくらいで狼狽するようではまだまだですね。
精進せいや。
「だが本気か?魔国と取引など」
鋭い眼差しで聞いてくるマロウさんに、もちろんと満面の笑みを返します。
「腐れ勇者の件でも魔国に用がありますからね」
「…どういうことだ?」
「いえ、加害者側の情報だけでは片手落ちだと思いまして。被害者の話も聞いてみないとフェアじゃないでしょう」
何故、アリウス神国は魔国に戦いを仕掛けたのか?
ヤサカ手帳によると、魔国が文字通り『宝の国』だったからです。
元々ノース大陸には優秀な鉱山が多くあるのですが特に魔国内には多く、オリハルコン、アダマンタイト、ミスリルと言った神話級の金属鉱石を始め、他にも多種の宝石鉱山、石炭などの可燃鉱石など有用な鉱物資源の宝庫なのです。
その利権を求めての侵略戦争、それが120年前の人魔大戦の真相です。
それについて魔国側の話も聞いてみたいんです。
あの戦いの時、いったい何があったのか?
何が原因で腐れ勇者があんな風に歪んでしまったのか?
その理由がはっきりしないことには説教のしようがないですからね。
幸いにして魔族は長命種なので、当事者の多くはまだ存命中でしょうから。
ちなみに人族と獣人族の寿命はだいたい同じで100歳まで生きられたら大往生。
ドワーフ族はそれより少し長めで150歳。
魔族が300歳、エルフと竜人族が400から500歳だそうです。
参考までに、魔獣は種族差が大きいですが凡そ70から80歳くらいで、ドラゴンは千歳を超える者がゴロゴロいるらしく、正確なところは当人達にも判らないとか。
大戦の所為で鎖国状態の魔国からの鉱石の輸出はストップしたまま。
おかげでミスリルなどの希少金属の値段は高騰し、当然のことながら武器や防具の値も上がり、反面その質は低下。
120年前の旗振り役はアリウス神国ですが、その背後には戦争を後押しした数多くの国が存在します。
その国々から希少金属の高騰の責任を問われたアリウス神国は、懲りもせず第二次侵略戦争を仕掛けようと再び勇者召喚を行いましたが。
他の国への戦争開始の根回しに時間を取られて(前回見事に失敗してますからね)いるうちに神国の思惑に気付いたヤサカさんが逃亡。
召喚陣も破壊され、計画は頓挫しました。
で、女の子を宛がって逃げたヤサカさんを懐柔しようとしましたが失敗。
ならば勇者の血を引く子供を手に入れ、その子を次の勇者として育てようとしましたが、送った女の子の誰一人として身籠ることが出来ずにこれも失敗。
国からの矢の催促に焦った何人かが別の男との間に子供を作ったりしましたが、勇者の子ではないので、鑑定をかければ特筆した力がないことがすぐにバレて母子共々、送り先の国に帰されてしまい。
万策尽きた神国は真実が漏れてさらに責任を追及されることを恐れ、真相を知るヤサカさんの暗殺を計画。
事前にそれを察したヤサカさんは自分が死んだことにして、真から愛してくれたエルフの妻の里に避難し、そこで生涯を終えました。
すべての始まりは人の欲から。
制御できるうちは良いですが、箍が外れてしまった欲望ほど恐ろしいものはないなと思う今日この頃です。
「それに魔国の国境には探している封印の洞窟の一つがありますし」
ヤサカさんが残した『宝は封印の洞窟』という謎の言葉。
で、いろいろと調べたところ、そういった正式名称の場所は無し。
けれど仮称や言い伝えでは3ヵ所ほどがヒットしました。
その内の1つがノース大陸にあるアサド洞窟です。
魔国と竜人国の境にある大洞窟で、入ったら出られない帰らずの穴とも言われています。
魔国に行ったらそこの調査もしたいんですよね。
「だが現実問題として鎖国状態の魔国とどうやって渡りをつける?いきなり行っても良くて門前払い、悪くすれば命はないぞ」
「もちろん仲介役を通しますよ」
「仲介役?」
怪訝な顔をするマロウさんに、ええとその構想を伝えます。
「人魔大戦の時に表立って魔族と争わなかった唯一の国が竜人国です。この2つの国には今も交流があると聞いてます。ですから竜人族の人に仲立ちをしてもらえればと思って」
ちなみに勇者パーティーの中にドワーフ族はいませんが、勇者一行に専用武器を作って渡したりと支援をしていたので同罪と見做されたようです。
「ふむ、確かにそれなら話くらいは聞いてくれそうだな。だが誇り高い竜人族が人族の頼みを聞いてくれる可能性は低いぞ」
「それは大丈夫です。協力してくれそうな人がいますから。マロウさんもよく知っている人ですよ」
そう言われて考え込みましたが、すぐに思い当たったようです。
「王都の商業ギルドマスターかっ」
「ええ、ローズさんならチョコを差し出せば、大抵のことは便宜を図ってくれると思いますよ」
チョコ禁止令が怖くて真面目に事務仕事をしているそうですから大丈夫でしょう。
丁度良いのでレリナさんの報告書と一緒に私の手紙も送ってもらいましょう。
ローズさん用と宰相様用の2通を。
魔国との取引は一商会が勝手にやったことで、サクルラ国とは何の関係もないと周知してもらう必要がありますからね。
このことで他の国から難癖を付けられても困りますから。
特にアリウス神国には。
それと交易再開後の展望も書き添えておきましょうか。
「話は終わったのか?」
ドアの外で警護してくれていたウェルが戻ってきました。
「それがね、またトアちゃんたらプロポーズされたのよ。今度はフランツ商会の会頭に。すぐに断られたけど」
そのネタ、そんなに気に入ったんですか。
セーラさんが楽しくてならないと言った様子でウェルに報告してます。
ちなみにメルさんのプロポーズ騒動は、屋台街のど真ん中で行われた為にすぐに町中の噂になりました。
『美女同士でくっ付いてどうすんだっ』『一人くらいこっちに来てくれぇぇ』 というクレームと嘆きがあちこちで上がったとか。
お騒がせしてすみませんでした。
「会頭とは先ほど出ていった男か?」
「うん、そう」
頷く私に、そうかと言葉を返すウェルは通常営業。
メルさんの時のように、張り付いて離れないと言うことにはなりませんでした。
「あら、この前みたいに焼きもちを焼かないの?」
プロポーズ騒動の時のウェルの行動も知れ渡ってますから、セーラさんの疑問はもっともですが。
「あの程度の男がトアをどうこう出来るとは思えぬからな」
その答えに、セーラさん再び大ウケ。
ライバル視どころか完全に眼中無し扱いのようです。
そんなミゲル氏に、強く生きろよと思ってしまったのは内緒だ。
「夏頃には魔国に行けたらいいね」
「そうだな、ノースの冬は厳しいと聞く。行くなら夏だろう」
『旅ですかい。そいつは楽しみですぜ』
『こんどは、あるじといっしょー』
『魔国かいな、遠いなー。なんなら乗せてったろか?』
おお、サンダー君から嬉しい申し出が。
確かにドラゴンなら1ヵ月はかかる大陸横断も2、3日で済みます。
「その時はよろしくね」
『任しときー』
ポンと胸を叩いて見せるサンダー君に笑みを向けて今後の予定を立てます。
ローズさんからの返事待ちですが、上手く竜人族とのパイプが出来たらそれを頼りにまずは竜人国へ向かいます。
第一目的は販売ルートの確立ですが、出来れば大戦のことを聞きたいです。
竜人族にも当時のことを知る人は多くいると思いますので。
其処を足掛かりに次はいよいよ魔国へ。
鎖国状態ならば、新しい物品や知識に飢えているはずです。
口先の魔術師の本領発揮とゆきましょう。