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62、アキト・ヤサカが残したもの


「それであなた達に頼みたいことがあるの」

 そう言うとメルさんは一冊の手帳を取り出しました。


「これは?」

「アキトの形見よ。見たことのない文字で書かれているから内容はさっぱりだけど」

 手渡されて中を見てみると予想通りに日本語です。

「私が戻るまでこれをしばらく預かってほしいの」

「どこぞに行くのか?」

「ええ、少し調べたい事があるから。チョコレートをアキトの墓前に供えに里に戻ってから旅に出るわ」

「そうか、気をつけてな」

 毅然と顔を上げるメルさんからは並々ならぬ覚悟が感じられます。


「危ないことはしないで下さいね」

「ありがとう。でもウェルほどではないけど、私もそこそこ戦えるから大丈夫よ」

 ニッコリ笑うメルさんに向けウェルがとんでもないことを言います。

「そこそこどころではなかろう。腕利きのドラゴン殺しであろうに」

「はい?」

「氷華のメルと言えば氷魔法の使い手として有名でな。氷漬けにした火竜は1匹や2匹ではないぞ」

「いやね、昔の話よ」

 もじもじと恥ずかしがる姿は可愛いですが、さすがはウェルの従妹。

その実力はとんでもないですね。


「それよりその菓子、食べぬのなら私がもらい受けるが?」

 話すことに忙しくて出されたままのオレンジショコラにウェルの手が伸びますが…。

「ピシッ」

 なんということでしょう、ケーキの周囲に鋭い氷柱(つらら)製の柵が。

「もらい受けるが…って?」

「…すまぬ、何でもない」

 おお、あのウェルが食べ物を前にして押し負けました。

まあ目の前の、あの氷の微笑に勝てるとは誰も思いませんが。


聞いたらメルさんはヤサカさんの勇者パーティーメンバーだったそうです。

強いわけです。

メルさんが魔法担当、同じく妻だったサラレノアさんは光魔法が得意で回復担当、他に人族の女騎士と狼族の女性格闘家という構成だったとか。

うん、ヤサカさんの趣味全開ですね。



「うーん、こんなに美味しいものがあると知っていたら、里に引き籠ったりするんじゃなかったわ」

 最初の楚々とした印象は、もはや欠片もありません。

さすがはウェルの従妹、嗜好も行動パターンも一緒でした。

あれから3人で屋台街に繰り出し、端から回っていったのですが。

ウェルに負けじとメルさんも食べる、食べる。

ハンバーガー、お好み焼き、ラーメン、かつ丼、ジャンボ餃子、グラタン、クレープ、アイス、シュークリーム。

どこの大食い選手権だって勢いで屋台料理の完食街道驀進中です。


「これらは皆、トアが考えたものなのだ」

「そうなのっ?」

「しかも此処の料理も美味いが、トアが作ってくれるものは最高に美味いのだ」

「そうなのぉっ!」

「さっき食したケーキがその証だ」

「そうだったのねぇ」

 大きく相槌を打ってからクルリとメルさんが私の方に向き直ります。

「ねぇトアちゃん」

「はい?」

「急いで男になるから私のお嫁さんになってぇぇっ」

「はいぃぃ?」

「それで毎日、私の為にご飯を作ってほしいのっ」

 オーソドックスなプロポーズ、キターーーー!



その後ひと悶着はありましたが、嫁にならなくとも好きな時に好きなだけ美味しいものを作ると約束しましたら、メルさんはあっさりとプロポーズを引っ込めてエルフの里へと帰ってゆきました。

もちろん、チョコ菓子をこれでもかと買い込んで。

でも買ったそばから食べてましたから、里に着くまでチョコが残っていると良いのですが。

一瞬、墓前にチョコの包み紙だけが供えられている光景が浮かんでしまったのは秘密だ。



「…ウェル」

「何だ?」

「私は何処にも行ったりしないよ」

「…分かってはいるのだが」

 さっきからウェルは、後から私の腰に手を回したまま離れようとしません。

メルさんのプロポーズに少しばかりショックを受けたようです。


何だか昔を思い出しますねー。

従妹の子供を2日ほど預かった時、その子が帰った途端まだ小さかった息子と娘が私に張り付いてしばらく離れませんでした。

お母さんを取られたと思っていたようです。

自分たちの方が年上なので我慢してたけど、帰ったからもういいでしょうとばかりにその日はずっと私の後を付いて回ってましたね。


「大丈夫、私の一番の友達はウェルだから」

 安心させるように私に回した手をポンポンと叩いてあげます。

しばらくしてコクリと頷くと、ようやく離れてくれました。

「…すまぬ、自分でもこんなに心が狭いとは思いもよらなんだ」

 ウェルにしては珍しく酷く自分を卑下しています。


「それが普通、誰だって大切にしている物が取り上げられそうになったら嫌だし、不安になるよ」

「…トアもか?」

「当然だよ。だけど私達の仲はこんなことくらいで揺らぐほどヤワじゃないでしょ?」

「そうだな」

 ようやく笑みを浮かべたウェルに、私も笑んだまま問いかけます。


「夕食は宿の厨房を借りてウェルの好きなものを作るね。何がいい?」

「デラントで食したタコ焼き。あれが良い」

「了解、美味しいの作るね」

「ああ、楽しみだ」

 嬉しそうに笑うウェル。

うん、ウェルにはいつだってそうして屈託なく笑っていてほしいです。



帰りに商会に寄ってデラント特産のフルーツと鰹節とタコについての報告書と仕入れの見積もりを出しておきました。

作っておいたオレンジショコラとお吸い物とタコ焼きを試食してもらったら、どれも大好評でした。

自信を持って今後の商品展開に力を入れたいと思います。




そうこうしているうちに夜となりました。

ベッドに腰かけ、預かった手帳を開いてみます。

さてさて何が書いてあるのやら。


読み込み終了。

痛み出した蟀谷(こめかみ)を指先で揉みながら内容を整理します。


良く此処まで精細に出会った女の子の容姿と性格、スリーサイズ、取り扱い注意事項が書き込めたものです。

その根気と意欲は評価しますが…。

アホかぁぁっと大声で叫びたい今日この頃。


ちなみにメルさんは怒らせてはいけない相手で、もう一人の妻・サラレノアさんは絶対に逆らってはいけない相手だそうです。

パーティー内のヒエラルキーが見えた気がします。


女の子一覧の合間に黒色火薬の作り方とか、それを使った簡易地雷の試作工程、時限爆弾の設計図とか物騒な物が混じってました。

ちなみに出典は某戦闘マンガ。

漫画からの知識なので実現化には少しばかり苦戦したとあります。


あの腐れ勇者が欲しがっているのは、この手の地球産の知識なんでしょう。

なので私の独断で消去しときました。

知れ渡ってもロクなことになりませんから。


それとヤサカさんは唯一の同胞たる腐れ勇者のことも調べてました。

人魔大戦後、ようとしてその行方が知られていないこと。

そしてアリウス神国の神官の『始末した』という言葉。

どうなったのか必死でその足跡を追っていたようです。


で、まず調べたのが勇者パーティーのメンバー。

アリウス神国から派遣された人族の聖騎士・ガラハッド

獣人族の格闘家・イネス

エルフの魔術師の女の子・シェール

回復役の人族の女性治癒師・ルーナス


獣人族の格闘家とエルフの魔術師というのはヤサカさんと同じです。

元々身体能力が高いけれど魔力が少ない獣人族に格闘家が多いのと魔力量が多大でその制御が得意なエルフが魔術師となるのは此方では当然のことなので、これは不思議ではありません。

大戦後、2人は故郷へと帰ったようです。


問題は人族の聖騎士ガラハッド。

勇者失踪後、彼は神国で教皇の補佐という高位職に付き名を残しています。

大戦では勝敗がつかず、これといった殊勲も上げていないのにです。

ヤサカさんじゃないですけど、メッチャ胡散くさ~。


それと女性治癒師のルーナスさん。

腐れ勇者とも交流が深かったようですが、彼女も大戦後に行方が判らなくなっています。


同じように魔術師のシェールさんも帰郷後すぐに行方が判らなくなり。

格闘家のイネスさんは5年後に故郷で蔓延した疫病に罹って病死。

そう手帳には記されてます。



イネスさんの件はともかく、腐れ勇者を含む3人が行方不明って。

何かあったとしか言いようがありません。

既にガラハッドは死んでしまってますから、当時の事情が聞けるのは長命種のエルフであるシェールさんだけ。

生きていればの話ですけど。


アリウス神国…本当に闇の深い国です。



「ん?」

 腐れ勇者の関連ページを何気なく眺めていたら、ある事に気付きました。

「これって」

 急いで別の紙を細長く折り、定規のようにして手帳のページに沿わせます。

「やっぱり縦読みですか」

 横書きの最初の文字だけを縦に読むと、別の文章になっている。

メールやサイトの書き込みでよく見かける手法ですね。


『宝は封印の洞窟』

 

 どういうこと?






総合評価が600ptを超えました。

これも読んで下さる皆様のおかげです。本当にありがとうございます。

今後も楽しんでいただけるよう頑張ります。(⋈◍>◡<◍)。✧♡

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