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61、アキト・ヤサカの話


「それじゃあ、これで。いろいろありがとうございました」

 ペコリと頭を下げると、見送ってくれている誰もが笑みを浮かべて手を振ってくれます。


「またおいで」

「タコがあんなに美味いもんだと教えてくれてありがとな」

「うちの宿でも出すようにしますね」

 上から順に薬師ギルマス・シャーロンさん、冒険者ギルマス・ケイシーさん、ミリアムさんです。


昨日開いてもらった送別会で念願のタコ焼きを作ったら、これがバカ受け。

まだ球状の専用鉄板がないのでお好み焼き風にして一口大に切ったものですが、皆さん喜んで食べてくれました。

中に入っているのがタコだと教えたら、みんなビックリしてましたがこれから町をあげてタコ料理に挑戦すると言ってくれました。

頑張って下さい。


「世話になったな」

「いえ、こちらこそ」

「…皆の想い、それを生かすためにこれからは生きることにする」

「はい」

 最初に会った時に感じた辛さは、すべてではありませんが少しは軽くなったようです。

辛い過去を消すことは出来ませんが、未来まで辛くする必要は無いのですからエバンさんが笑って過ごせる日々が来ることを願うばかりです。


さらばデラント、また来る日まで。




「という訳で…これお土産です」

 此処はトスカの薬師ギルド、その主たるマスターの部屋です。

事件のあらましを報告し、デラントで買った干物セットを渡します。

「…ありがとの」

 無難なお土産なのに何でがっかりしてるんですか?


「トアちゃんのことじゃから、もっと凄い物をくれるとばかり」

「心外な、私のことを何だと思ってるんです」

「てっきりチョコ菓子に何か仕掛けをしてくるかと思ったんじゃが」

 だったら素直に辛子入りロシアンルーレットチョコを持ってきたら良かったですかね。

意外と楽しみにしていたとは知りませんでした。


「まあデラントのシャーロンから感謝に満ちた手紙ももらったからの。ご苦労さんじゃった」

「いえ、此方も収穫の多い旅でしたから満足です」

「そうかの、ならば次は…」

「ですが当分はトスカを離れる気はありませんので、御用は他の人に頼んで下さいね」

「チッ」

 露骨に舌打ちされましたよ。

遊び相手なら他を当たって下さい、こっちは忙しいんですから。


「そうそう、珍しい客が来ておったんじゃ。メルティエナ」

「お呼びですか、おじじ様」

 呼ばれて隣の部屋から出てきたのは、ウェルによく似たエルフさんです。

ウェルは金髪ですが、此方は腰まである長い銀髪。

ですがそれ以外に大きな違いが見当たらないそっくりな2人です。


「メルっ、珍しいな。そなたが里から出てくるとは」

「私だってたまにはね」

 ふふっと笑ってからメルさんは私に向き直りました。

「ウェルの従妹のメルティエナです。よろしくお願いしますね」

「あ、はい。こちらこそ」

 慌てて頭を下げますが、聞き捨てならないワードが出ましたよ。


「ウェルの従妹って…もしかして」

「ああ、メルはアキトの妻だった」

 やっぱりですか。

「あの、もしよろしければアキトさんのことを聞かせてもらえますか?」

 私の申し出に、ええとメルさんは気軽に頷いてくれました。



ああ見えて美少年ジジイも忙しい人ですから、仕事の邪魔をすると申し訳ないのでメルさんを私とウェルが泊っている宿にご招待。

部屋のリビングでお茶とデラントでもらったオレンジもどきとチョコを使った新作のオレンジショコラケーキを出してお話を聞きます。


「それで何を聞きたいのかしら?」

 小首を傾げる様は可愛らしいですが、目が完全に据わってます。

此方をバリバリに警戒してますね。

まあ、それも無理ないです。

ヤサカさんの死因が毒殺だとしたら、近付く者を警戒するのは当然です。

なので敢えて地雷を踏んでみます。


「ヤサカさんはどうして亡くなったんです?心労から来る病死と言われてますが、そんなヤワな人とは思えないのですが」

 私の言にビックリした様子で目を丸くしてます。

こんな時ですが…メチャ可愛い。


「…初めてよ。アキトのことをそんな風に言ってくれた人は」

 世間では残念な人扱いですからね。

「そうですか?伝記では面白おかしく書かれていますが、その行動だけを見れば結構(したた)かで賢い人だと思いますけど」

「本当に凄いわね。会ってもいないアキトのことをちゃんと分かってる」

「当然だ、私の友だからな」

 お決まりのセリフを言ってウェルが胸を張ります。

そんなウェルの姿を嬉しそうに見てから、メルさんは私へと顔を向けます。


「ウェルが友と呼ぶ貴女にならすべてを話しても大丈夫ね」

 ニッコリ笑うとメルさんは静かに口を開きました。


「アキトがアーステアに連れてこられたのは19歳の時で、大学という学校の学生だったそうよ。コンビニってお店で買い物をして扉を出たら足元が光って気付いたらアリウス神国の神官たちに囲まれていたんですって」

「その時に『出迎えはオッサンじゃなくてお姫様だろっ』とか叫んだり」

「よく知ってるわね、そう聞いてるけど」

 まあテンプレですからね。


「それから神官達にいろいろ説明を受けたらしいけど、聞いて思ったことは『胡散くせ~』だったそうよ。だから素直に言うことを聞くふりをして、様子を窺っていたら決定的なことを神官達が言っているのを盗み聞いたんですって」

「それってどんな?」

「…『今回は楽で良いですな。前回はやたらと正義感の強いガキで扱いづらかったですから』『何、今回も役に立たないようなら前と同じに始末すればいい』

『そうですな、代わりはいくらでも呼べますから』って』


「百年前でそれですか。やっぱりあの国は腐ってますね」

「ええ、だからアキトは馬鹿な振りをして奴らの言うことを聞き続けて信用を勝ち取り、魔獣のスタンピード平定を口実に逃げ出したの。置き土産を残してね」

「置き土産…ですか?」

「ヒントは勇者召喚よ」

 ふふっと笑ってウィンクをしてきたメルさん。

その言葉とこれまでの経緯を総合すると…あの腐れ勇者が120年前、アキトさんが100年前、その後一度たりとも勇者召喚は行われていない。

となると。


「召喚陣の破壊ですか?その資料もろとも」

「あなた本当に凄いわね、その通りよ」

 感心しながらメルさんはアキトさんの言葉を教えてくれました。

「勇者召喚なんて言葉はカッコイイけど所詮は誘拐だ。これ以上被害者を出さない為にも、こんなものは壊す。徹底的に…そう言ってたわ」

 その方法も凄かったのと微笑みながら教えてくれたのは…。


「黒色火薬って知ってる?魔法を使うことなく爆発を起こせるの」

「そんなことが出来るのか?」

 不思議そうなウェルに、ええとメルさんが頷きます。

「詳しいことは私も知らないのだけれどアキトがいた世界にあった物ですって、それと時が来たら火を放つ魔道具を召喚陣と神殿書庫に仕掛けて、アキトがイース大陸に向かった夜に爆発させたんですって」

 それにねとメルさんは悪戯に成功したみたいな顔で先を続けます。 


「神殿で仲良くなった歌巫女たちにお願いして『自然の(ことわり)を曲げた召喚という行為を神が怒ってらっしゃる』という神託を受けたことにしてもらったの。それを裏付けるように、どんなに調べても魔力の痕跡が発見できないから今でもその炎は神罰だと思われているのよ」


黒色火薬ですかー。

アーステアには火薬という物が存在しません。

もっと簡単に使える火魔法があるから当然ですが。

確かにその存在を知らない人からしたら、火薬による爆発は神罰と思われても不思議はないです。

さらにただ破壊するだけでなく、その後の再研究が出来ないように巫女さん達を使って(くさび)を打ち込む辺り、なかなかの策士ですね。

こうなるとイース大陸でのことも裏にはいろいろあるのでしょう。


「もしかして30人の奥さん達のほとんどがアリウス神国か、勇者の力を狙う他国の息がかかった者だったり?」

「ええ、人族と獣人族全員とドワーフの1人がそうだったわね」

「女好きにしては度を越してるとは思いましたが、やっぱりですか」

「でもアキトがマヨネーズの次に女の子が好きなのは本当よ」

 マヨネーズの次ですか…そこは変わらず残念な人のままなんですね。


「だからちゃんと全員平等に扱ってたわ。ちょうど30人いたから、毎晩1人ずつ相手をして1月たったら最初に戻るローテーションだったわね」

「それって…」

 当人は毎晩していても、相手の女側は1ヵ月に1回。

これで子供が出来たら奇跡に近いですよ、いや逆にそれを狙っていたのかも。


「立ち入ったことをお聞きしますが、月経中は出来ませんから各自の周期も参考に日取りを決めてました?」

「ええ、私達エルフや竜人族は繁殖期は半年に一回だから関係ないけど人族や獣人族のは毎月しっかり調べていたわね」

 やっぱり妊娠しそうな危険日を避けていたわけですね。

勇者の血…その破格の力をアーステアに残さぬために。


私の考えを肯定するようにメルさんが寂しそうに呟きます。

「アキトがよくいっていたわ。自分はこの世界の異物だって、本来ならば存在してはならない者だって…そんなことないのに」

 別世界から来た孤独。

それは常に彼に付き纏い、生涯消えることはなかったのでしょう。

確かにこうなると召喚という所業は『誘拐』であり、決して許されるものではありません。


「今日、この町に来たのはね。ずっとアキトが食べたがっていた物の一つが売りに出されてると聞いたからなの」

「食べたがっていた物ですか?」

「ええ、チョコレートよ。もう一つはカレーライスとかいう物ね」

 まあ日本人ならその2つは、あれば是非にも食べたいでしょう。


ちなみにカレーは再現出来るよう、鋭意研究中です。

あと香辛料のターメリックとガラムマサラに似た物が見つかれば完成というところまでは来ています。

完成したら大々的に売り出しますよー。



「その為にわざわざ里から出てきたのか?健気なことだ、アキトが死んで90年近く経つというに」

 呆れたように言うウェルに、あらっとメルさんが悪戯な笑みを浮かべます。

「90年じゃないわ。ホンの20年くらいよ」

「は?」

 驚くウェルに、メルさんが笑んだまま言葉を継ぎます。

「あなたは剣の修行に忙しくて、あまり里に帰ってこなかったから知らないのも無理ないけど…アキトはあれからずっとエルフの里に隠れ住んでいたのよ」

「はあぁ?」

「…ですよねー」

 そこまでの策士が簡単に毒殺されるとは思えませんから。

死んだふりをしてアリウス神国の刺客から逃れたと言われた方が納得が行きます。


「最期は心安らかに逝けたのでしょうか?」

 いきなり異世界に連れてこられ、他人の勝手な都合に振り回されて、それでも歪むことなく自らの信念のままに生きた人。

最後に此処に来て幸せだったと思えたのなら良いのですが。


「ええ、死に顔は笑っていたわ。私ともう一人の妻のサラレノアのお尻を撫でながら息を引き取ったの」

 うおぃ、最後くらい感動させろや。

ある意味ブレない、本当に残念な人です。






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[一言] 二十年ズレか。たまたまなのか、だからこそなのか。
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