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56、春の海


お正月の定番BGMじゃありませんよ。

正真正銘の春の海です。


唐突ですが、こんにちは。

只今、春の日差しの中で海を見つめております。

何故に私が此処にいるかと言いますと。

事の起こりは、久しぶりに登場の美少年ジジイことトスカのギルマスの依頼からです。


「ところでトアちゃんや」

「はい?」

 差し入れのガトーショコラを完食したところで、ギルマスがちらりと此方を見ます。

「お代わりは無いですよ」

「いや、そうではなくての」

「レシピならもう特許申請済みです」


バレンタインで定番のガトーショコラの作り方は超簡単。

材料はチョコレート、バター、砂糖、薄力粉、卵、ベーキングパウダー。

それと飾り用の粉砂糖。

1、砂糖と卵を空気を含ませるようによく混ぜます。

2、細かく砕いたチョコとバターを溶かし、混ぜておきます。

3、2つを混ぜ合わせたら、薄力粉・ベーキングパウダーをふるい入れ

  ヘラで切るように混ぜます。

4、容器型に流し入れ、型の縁を軽く叩いて中の空気を抜きます。

5、オーブンで25分ほど焼きます。串を刺して何もついてこなければOKです。

6、完全に冷めたら、粉砂糖をふりかけて完成です。


ハート型に焼くと可愛らしくなって良いですよ。



さて、何故に今までスルーしていた料理レシピの特許申請をしたかと言いますと王都で料理のパチモン無双ぷりを目の当たりにし。

(TVで観た海外のなんちゃって日本料理並みのインパクトでした)

やはり口伝には限界があると思い知りまして、レシピはちゃんと申請しようと反省した次第です。

その分の使用料は他のことで還元すれば良いと開き直りました。


「ではなくて、海に行きたいと言っておったじゃろ」

「まあ…そうですが」

「そんなトアちゃんにピッタリの依頼じゃ」

「…何でしょう」

 このギルマスのことです、容易い依頼ではないでしょう。

用心しつつ、次の言葉を待ちます。


「トスカから西に向かうとウースル領・デラントの町があってな。漁業が中心じゃが、アマモという海の中で育つ薬草の産地でもある」

「そこに行けと?」

「おう、そうじゃ。最近アマモの出荷量が激減しとってな。様子をみてきて欲しいんじゃよ」

「ですがそれは私でなくても出来ますよね?私が行く理由は何です?」

 そう突っ込めば、ギルマスがヨヨと泣き崩れます。


「せっかく骨休めにと簡単な依頼を勧めたというに、疑われるとは悲しいのぅ」

「…………」

 怪しい、怪しすぎる。

このギルマスがそんな優しいタマでないことは自明の理です。

「そこは良い温泉がある事でも有名なんじゃが」

「温泉ですかっ!?」

 ヤバイ、思い切りテンションが上がりましたよ。

その様にニヤリとギルマスが癖のある笑みを浮かべます。


「そうじゃ、豊富な海の幸と温泉が有名でのう。行きたくはないかの?」

「うぐぐ…」

 美少年ジジイの思惑に乗るのは悔しいですが、それを抜いても温泉は魅力的です。


内陸にあり、水源もあまり豊富でないトスカではお風呂はとても贅沢なものです。

なので此方では寝る前にお湯で身体を拭くのが一般的。

私も洗濯フルコースがあるので、思い返せば湯船に浸かったのは王都の宿屋だけ。

それだって個人風呂でしたから大きな湯船はとんと御無沙汰です。


ちなみに温泉という文化を持ち込んだのは2代目勇者のヤサカさん。

最初は混浴を作ろうとしましたが、周囲の猛反対を受け男女を分けるスタイルに落ち着いたそうです。

本当に分かりやすい人です。


ですが何だかんだ言ってもヤサカさんは、マヨネーズを始めとした様々な地球の文化を伝えて、アーステアの人達の生活を豊かにしているんですよね。

反対にあの腐れ勇者は、戦歴は華やかですがそっち方面での貢献はまったくしてません。

表立っての活動期間が1年弱と短いからかもしれませんが、両極端な2人です。


腐れ勇者といえば、歌巫女候補のエルラちゃんは無事に王都の本神殿に行くことが決まりました。

調べの玉という判定機の前で歌ったらバッチリ反応が出たそうです。

本神殿に行けば、さすがにあの腐れ勇者も手出しは出来ないでしょう。



「…分かりました。行きます」

「ほう、それは良かったの。これがデラントの薬師ギルドマスターへの紹介状じゃ」

 楽し気にデスクから白封筒を取り出す美少年ジジイ。

これは絶対に裏に何かありますね。

まあ、良いでしょう。何かあってもその時はその時です。


商会の方は春夏の新作発表は終わってますし、当分はその対応ですのでそちらはマロウさんの得意分野ですから私の出番はありません。

なのでしばらくトスカを留守にしていても大丈夫です。


「ん?話は終わったのか?」

 それまで一心不乱にガトーショコラを食べていたウェルが顔を上げます。

「うん、デラントの町に行くことになったよ」

「そうか、だが何処だろうと私はトアの隣に立つだけだ」

 おお、相変わらずの漢前発言ですねー。

「で、其処は何が美味いのだ?」

 うん、決してブレないウェルが好きですよ。

「海の近くだからきっとお魚や貝とか美味しいものがたくさんあるよ」

「それは楽しみだ」

 嬉しそうに頷くウェルの姿に、美少年ジジイから派手なため息が漏れます。


「ウェルティアナは食い気しかないの。いつになったら嫁をもらってくれるのやら」

「ですからおジジさま、私は男になる気も嫁をもらう気も…」

 はい、ここからエンドレスです。

年寄りの身内の嫁取り話は長いですからね。



そんなことがあった2日後、私、ウェル、キョロちゃん、マーチ君、サンダー君とお馴染みのメンバーでトスカを出発しました。

デラントの町はキョロちゃんの脚なら1日で到着です。

マーチ君と私はその首と背に乗せてもらい、サンダー君は自前の羽で、ウェルは1mほどの楕円形の板を風魔法で飛ばせてその上に乗って移動です。

つまりウェークボードの風移動版ですね。

飛ぶより此方のほうが魔力消費が少ないので、私が提案して採用されました。


余談ながら、これに風魔法を付与した魔石を動力源として付ければ魔力のない人でも乗れるようになります。

あまり上昇すると危ないので出力調整をし、高さ制限を設けて販売する計画が進行中です。

もちろん、街中での使用は禁止。

地球の自転車くらいの感覚で使ってもらえたら良いかなと思ってます。



「海だぁー」

「着いたな」

『うみー、ひろいー』

『潮風が気持ちええなぁ』

『絶景かな、絶景かな、春の眺めは(あたい)千金だぜ』


 目の前には青く広がる春の海。

それぞれ思い思いの感想を言い合って笑います。


「さて、まずはデラントのギルマスに会いに行かないとね」

 海岸沿いに進んだ先に町が見えます。

あそこが今回の目的地のデラント。


「ん?」

 町に近づくに従って様子がおかしくなってゆきます。

「これは…」

 まるで大きな手がすべてを浚っていったかのように、港の半分がえぐれて無くなっています。

「何があったと言うのだ?」

 周囲を(うかが)ってからウェルが少し離れた所にいる漁師らしき人に向かってゆきます。


しばらく話してから軽く頭を下げて此方に戻ってきました。

「どうやらまた厄介事のようだ」

「やっぱりー」

 まあ予想はしてましたけどね、あの美少年ジジイの依頼が一筋縄で行くはずがありませんから。


「で、何があったの?」

「それがな…」

 

ウェルが聞いた話では昨日の昼にデラントの町をクラーケンが襲ったそうです。

その被害は甚大で多くの船が沈められ、たくさんの死傷者が出て、町は未だに機能不全に陥っているとか。


どうやらギルマスが私達をデラントに向かわせたのは、こうなる予兆のようなものの報告が上がっていたからでしょう。

だけどそんなことおくびにも出さなかったじゃないですか。

出発のタイミングが違っていたら、私達もクラーケンと御対面でしたよ。


ちなみにクラーケンとは巨大なイカの魔獣です。

水魔法を巧みに使い、海中においての戦いでは敵なしの強者ですね。

惜しい、タコだったら率先して狩ったのに。

と、冗談はさておき、町の救護施設に急行です。

薬師として何か出来ることがあると思いますから。



「急いで町に向かうね」

「おお、トアの守りは任せろ」

『ゆくよー』

『がってん承知の介っ』

『わいの出番がありそうやな』

 ワキワキと指を動かしてるサンダー君。

確かに水棲魔獣に雷攻撃は必殺ですからね、頼りにしてます。

さ、行きましょう。



帰ったら美少年ジジイに辛子入りロシアンルーレットチョコをプレゼントしてあげよう。

いつ辛子に当たるか判らない恐怖に(おのの)くがいい。






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[一言] 〉本神殿に行けば ……巣だったりして
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