55、お花見に行こう
さて、本日は商会主催の『お花見大会』です。
春先から少しずつ周知をしてきましたので、桜に似たオウメの花の下あちこちで小規模な花見の宴が開かれていましたが、今日は公園広場を借り切ってお花見を開催します。
公園中央には大きなオウメの樹があり、ピンクの花を咲き誇らせています。
それを囲むようにして、元祖ハンバーガー屋台店主のゼフさんを始め多くの屋台が参加してくれまして広場は大変な賑わいです。
今回の商会の目玉商品は『綿あめ』です。
砂糖液を煮詰めたものをフォークの先に付けて空中で振ると、細い糸状になります。
それを魔道具作りの職人さんに見せて、熱した砂糖を風の力で綿のように出来ないか相談しましたら。
見事に火と風の魔石を使った綿菓子製造機を完成させてくれました。
出力はそう大きくないので使う魔石も小さくて済み、お手軽価格で販売可能ですよ。
後日、王都で売り出すことが決定しました。
オウメの花と同じピンクの綿菓子を、大人も子供も嬉しそうに食べてます。
うん、お祭りと言ったらこうでなくちゃ。
そうなるとやはり屋台のラインナップに『たこ焼き』が欲しいですね。
原料や作り方はお好み焼きと大差ないのですが、肝心のたこが手に入りません。
鰹節のこともありますし、近いうちに海辺の町に行きたいです。
とか考えていたら、不意にウェルが私の手を取って近くのベンチに座らせます。
「トアは働き過ぎだ。少しは休め」
「あー、うん」
困り顔での言葉に苦笑と共に頷きます。
その言葉、前世でもさんざん言われてましたねー。
でもじっとしているのって苦手なんですよ。
カツオやマグロが泳ぎ続けていないと死んでしまうように、私も何かしらをしていないとダメなタイプみたいで。
けどその所為で健康診断で再診を言い渡されても、忙しいと後回しにして病気で早死になんて笑い話にもなりませんけど。
ウェルの言う通り、今世ではスローライフを心掛けたいと思います。
焼きそば、お好み焼き、焼きフランク、串焼き、綿あめ、ベビーカステラをベンチに並べ、満開のオウメの花を眺めます。
『春やなー』
『まったくだぜ』
『おはな、きれー』
ウチの3人組もその美しさに見とれてます。
「ふむ、焼きそばとは初めて食したがなかなかに美味いものだな」
ウェルだけは通常通りでブレません。
3つ目の焼きそばを堪能しつつ、その横には5つのお好み焼きが並んでます。
「はい、三色団子だよ」
ピンク、白、緑と順に串に刺されたカラフルなお団子をカバン経由でアイテムボックスから出すと、花に見惚れていたキョロちゃん達が目を輝かせます。
まさしく花より団子ですねー。
『わーい、おだんごー』
『美味そやないか』
『こいつはこの前、採った草ですかい?』
緑のお団子を指差すマーチ君に、そうだよと笑みを返します。
「みんな頑張っていっぱい採ってくれたからね」
春の味覚を求めて森を散策していたら、よもぎに似た草を発見。
鑑定したらビンゴでした。
嬉々として摘み始めた私に、何でそんなもので喜ぶのかと不思議な顔をしていた一同でしたが、美味しいお菓子になるんだよと教えたら物凄い勢いで手伝ってくれました。
その日の内に草餅にして出してあげたらメッチャ好みの味だったらしく、キョロちゃんやマーチ君だけでなくウェルとサンダー君も爆喰いしてました。
「私はこの前に食したタケノコとやらがまた食べたい」
『せやねー、あれはごっつう美味かったわ』
『たけのこー、すきー』
『ああして掘り立てを焼いて食うのが通ってもんでさぁ』
筍ですか、確かに美味しかったですね。
竹林ぽい所があったのでウェルに索敵魔法をかけてもらって掘ってみたら、ありましたよ。
見事な筍が。
せっかくなので掘り立てをどこでもコンロたる【強火】で皮ごと焼いて、串が通るくらいに柔らかくなったら、そのまま縦に切って軽く塩を振っていただきました。
ホクホクでわずかなえぐみと甘さが口の中に広がって最高に美味しかったです。
あまりの美味しさに、ウェルがもっと食べたいと辺り一帯を土魔法で掘っくり返してしまったのには驚きましたが。
あ、ちゃんと元通りにしておきましたよ。
このままだと来年は生えてこないと言ったら、大慌てで元に戻してました。
「旬が終わらないうちにまた食べに行こうね」
アイテムボックスの中に採り立てが入ってはいますが、やはり自分の手で掘った物を食べるのは格別ですから。
「ああ、楽しみだ」
嬉し気に頷くとウェルは最後のお好み焼きを口に入れ、三色団子へと手を伸ばします。
その時、広場中央から大きな声が響き渡ります。
「マリキス商会主催・春の歌自慢大会の開催だぁ。優勝者にはなんと国王陛下も絶賛されたチョコレートの詰め合わせが贈られるぅ」
テール君、頑張ってますね。
サム君の部下で、今回初めて歌自慢大会のチーフを任されて張り切ってるのが遠目にも判ります。
大会は事前申請制ですが、飛び入りも可。
ルールは拍手が一番大きかった人が優勝というシンプルなもの。
甲乙が付けがたい場合はどちらにもチョコを渡す予定で、賞品は多めに用意してあります。
この後は同じ舞台で春夏用のファッションショーを開きます。
秋冬物は防寒がメインなのでシックなものが多かったですが、今回は暖かくなる気候に合わせて開放的な柄やデザインを揃えました。
中でもやはり春物は花をモチーフにしたものが多いですね。
そういえば今、結い上げた髪を飾っているオウメの花の簪はソフィアさんからプレゼントされたものです。
何でもオウメの花は黒髪によく似合うので、インスピレーションが湧いたのだそうです。
せっかくの御厚意なので有難く使わせてもらってます。
「お、次はシャオとレリナとセーラだな」
舞台に上がった美人3人組に見物客から派手な声援が送られています。
それに応えて手を振ってから、声を揃えて歌い出します。
「なかなか上手いではないか」
「頑張って練習してたからね」
感心したように3人を見つめるウェルに、そう言葉を返すと歌い終わってお辞儀をする姿に向け拍手を送ります。
次に舞台に上がったのは一人の女の子。
ストロベリーブロンドの可愛らしい子です。年は12才くらいかな。
ですが彼女が歌い出した途端、ウェルの眉が上がります。
同時に私も気付きました。
ほんの僅かですが、彼女の歌に魔力が乗っています。
歌巫女には到底及びませんが、その素養を強く持っているようです。
ちなみに歌巫女の力は不思議なことに人族にしか発現しません。
アリウス神国はそれを人族が神から選ばれた存在であることの証だと吹聴してますけど、真相は謎のままです。
「神殿に報告しておいた方がいいね」
「そうだな、あの令嬢のように厄介事に巻き込まれる可能性がある限りな」
私の言葉にウェルも同意してくれます。
歌巫女の素養があると判れば王都の本神殿で手厚く保護され、巫女としての教育が受けられます。
それで歌巫女の才が発現したら、今度は聖アリウス神国より迎えが来て巫女として神に仕えることになります。
才能が開花しなくとも高等教育を受けられるので就職にも有利ですし、貴族に見初められて玉の輿に乗ったりすることもあります。
彼女がそれをどう取るかは判りませんが、悪い話ではないでしょう。
それに今はあの闇落ち腐れ勇者が暗躍してますからね。
身を守る為にも神殿で保護してもらった方が良いでしょう。
腐れ勇者と言えば、どうやらギリのドラ〇エ世代みたいですね。
伝記によると移動の時の口癖が『不死鳥ラ〇ミアがいてくれたら楽なのに』だったそうです。
乗り物としての不死鳥の登場は3からですし、その発売が1988年で腐れ勇者の歳が16、7と考えると、発売されて間もなくに此方に召喚された可能性が高いです。
何故にそんなに詳しいかと言いますと、3の復刻版を息子がやり込んでいてクエストクリアの度に腕前を自慢してましたから覚えていたんですよね。
「そういえばサクラだったか、トアの故郷に咲いている花は」
さっきの女の子(エルラちゃんと言うらしい)が見事に優勝し、賞品のチョコを嬉し気にもらっている様を見てたら、唐突にウェルがそんなことを聞いてきました。
「うん、オウメの花によく似ていてね。春になると其処ら中で咲き出すの。故郷では一番愛されている花かな」
「うむ、だからか」
「何が?」
「アキトもこの花を好み、庭先に植えておった。花が咲くとよくサクラの歌を口遊んでおったらしい」
「桜の歌か…たくさんあるからね。どれだろう?」
「そんなにあるのか?」
「私が知ってるだけでも7、8曲あるよ。一番有名なのはこれかな」
小学校で習う唱歌のさくらを小さな声で歌います。
「言葉の響きがとても優しい良い歌だな」
「そうだね。私も好きだよ。あと賑やかなのは…」
続いて娘が好きだった千本の桜を歌います。
しかし昔だったら考えられませんね、バーチャル歌姫って。
「うむ、私は此方のほうが好みだな」
確かにウェル向きの歌ですね。
「今度、戦闘中のウェルに応援歌として歌ってあげるね」
「それは楽しみだ」
歌の力で攻撃力が倍になったりして…なんてね。
後日、これがフラグになるとは…。
滅多なことは言うもんじゃないですね。