54、治癒師と詐欺師 3
「次にエルマさん」
「は、はい」
ビクッと身を震わせて恐々と此方を見ます。
別に取って喰いはしませんから、そんなに怯える必要はないですよ。
「ヨハン君がこうなった一因はあなたにもあります」
「はい、私がもっとちゃんと面倒をみていたら…」
「違いますよ」
「え?」
「あなたはもっとヨハン君を突き離すべきだったんです」
訳が判らないと言う顔をするエルマさんに、静かに問いかけます。
「子供が目の前で転んだら、あなたはどうします?」
「それは…急いで駆け寄って抱き起こしますけど」
唐突な質問に首を傾げながらエルマさんが答えます。
「間違ってはいませんが、正解でもありません」
「どうしてですかっ、普通なら」
「見ず知らずの子ならそれで良いでしょう。ですが育てている子ならそれをしてはダメです」
「何故っ」
納得がゆかないといった様子のエルマさんに理由を教えます。
「転んだら自分で立ち上がるまで黙って見届けるのが愛情だからです。確かに転べば痛い、だから子供はその経験から次は転ばないように注意し、工夫しようとします。でも歩く道にある石をすべて拾って、転ばないようにしてあげたらその子はずっと転ぶ痛さを知らないままです。判らずに無茶をして、もっと酷いケガを負うかもしれません。子供から学ぶという経験を奪ってはならないんです」
私の話に、ようやく自分の行動が間違っていたことに気付いたらしくエルマさんの肩がガックリと落ちます。
「確かに私はヨハンのことを大切に思うあまり、間違った道へ進まないようにと修行の邪魔になるものはすべて排除してきました。立派な治癒師になるようにと、修行以外のことは何もやらせませんでした。良かれと思ってしたことですが…それが逆にヨハンから学ぶことを奪っていたんですね」
本当に箱入り息子だったんですね。
幼い時に引き取られてから、ずっと治癒師になる為の英才教育を受けるばかりで精神がまるで育っていない。
見掛けは16歳ですが、心はまだ幼いままなのでしょう。
ウェルを見る目が完全に子供のそれでしたからね。
「今からでも遅くはないですから、これからはヨハン君にいろいろな経験をさせてあげて下さい。もちろん手助けは無しです。ある程度大きく育った子に育てる側が出来るのは、相手のことを信じて見守ってやることだけです。後は行く先に迷って相談に来たらアドバイスをすることくらいですか。難しいことですが育てる側がこれを出来ないと、子供はいつまで経っても独り立ち出来ません」
「判りました。そうします」
コクリと頷くエルマさんに、頑張って下さいとエールを送ります。
さて、次は…。
「サマリンさん」
名を呼んでニッコリと笑えば、サマリンさんだけでなくゴードンさんまでが顔を青くして後ろに仰け反ります。
その横ではエルマさんとヨハン君が手を取り合って震えているし。
失礼な、確かに怒ってますけどMAX時からみたら今は1/10程度ですよ。
「今回の件で一番悪いのはあなたですよ」
「わ、わたしですか?」
心当たりがないらしく首を傾げてます。
「ええ、まず導師なら親も同然です。弟子の一生を左右する存在なんですから。治癒師としての技量を教えるばかりでなく、生き方もきちんと教えなければ完全な片手落ちです。ましてやヨハン君は物心が付くか付かないうちに治癒院へ来たのですからより一層のケアが必要でしたのに、それを怠った」
私の言に、確かにとサマリンさんは申し訳なさそうに口を開きます。
「ヨハンのような幼い弟子を持ったのは初めてで勝手が分からず、世話を懐いていたエルマに任せっきりにしていたのは事実です。大きくなってからも、そのことが負い目となり接し方もぎこちなくなってしまい、修行以外で口を利くこともなく…大切な弟子なのに、どうやって触れ合えば良いのか判らなくて此処まで来てしまいました。すべては私の不徳の至りです」
子供にどう愛情を示して良いか判らない不器用なお父さんでしたか。
「でも良かったですね」
「は?」
怪訝な顔で此方を見るサマリンさんに笑んだまま言葉を継ぎます。
「完全に取り返しが付かなくなる前に気付けて。誰だって間違いは犯します。大切なのはそのことに気付いた後、どうするかです。間違うことも勉強です。治療一つとっても予定通りに進むことは無いでしょう?どこかにイレギュラーが起こって、その対処に追われる事の方が多いし、完璧な正解なんて誰にも判らない。だから患者さんにとって何が正解なのか、みんな必死になって探している」
「確かにそうですな。どんなに最善の治療をしても、これで良かったのかと必ず後悔が湧きます。けれどそれをそのままにすることなく、次に生かせば前よりもより良い医療になります。今回のことも次に繋がるよう努力いたします」
「ええ、微々たる歩みでもそれを続ければ必ず『正解』に辿り着けます」
私の言葉に、サマリンさんは強く頷き返しました。
「サマリン様もエルマ姉ちゃんも本当にごめんっ」
その時、静かだったヨハン君がいきなり立ち上がりました。
「俺、ずっとサマリン様は冷たい人だとばかり思ってた。エルマ姉ちゃんも口うるさく言うのは、治癒師としての体面が大事だからって。俺のことなんて誰も本気で考えたりしてないって…そう思ってた」
辛そうに自らの想いを吐露します。
「いつも規則とか課題ばっかに縛られて…だから自由な冒険者になりたかった。でもその夢すら頭から否定されて、もうどうにでもなれって。こうして事件を起こせば治癒院を追い出されて、晴れて冒険者になれるって」
でもとヨハン君は下を向いていた顔を上げて言葉を継ぎます。
「その所為でたくさんの人を酷い目に遭わせていたなんて、言われるまで気が付かなくて…本当に自分が馬鹿だって分かった。今ならエルマ姉ちゃんが言ってたことが本当で、あいつらが言っていたことが嘘だって判る」
「…ヨハン」
泣きそうな顔でエルマさんがヨハン君を見返します。
「ちゃんと罪を償って…そしたらまたサマリン様の弟子にしてもらえるように頑張るから。今度こそちゃんとした治癒師になるように」
自らの覚悟を語るヨハン君に、サマリンさんが優しい眼差しを向けます。
「ヨハンが戻ってくるのを待ってますよ」
「ずっとずっと待ってるから」
サマリンさんとエルマさんの言葉にヨハン君の目から涙が溢れます。
自分を信じて待っていると言ってくれる人。
長い人生の中でも、それはとても得難い人ですから大事にして下さいね。
「話は終わったか?」
そこへ意識のない簀巻き状態の人物を小脇に抱えたウェルが部屋に入ってきました。
ウェルにしては帰りが遅いとは思ってましたが、どうやら私の説教タイムが終わるのを外で待っていたようです。
ウェルの肩にいるサンダー君がバツが悪そうに目を逸らしてますからね。
この2人、空気を読むのが最近さらに上手くなっているようです。
「この人は?」
「トアと名乗った者だ」
「はい?」
ウェルの言葉に思い切り疑問の声を上げます。
だって縛られているのは小柄ではありますが、間違いなく男の人ですから。
「正体を隠すために女のふりをしていたようだ」
「そうなの?ヨハン君」
私の問いに、コクコクとヨハン君が頷きます。
「女の方が客の受けがいいからって」
「…なるほど」
見れば大した美形でもないし、何処にでも居そうなただのオッサンです。
こんなのと間違えられたかと思うとメッチャ腹が立つんですけど。
「と、トア。落ち着けっ」
『そ、そやで。短気は損気や』
怒りのオーラが漏れていたらしく、ウェルとサンダー君が慌てて宥めに入ります。
カレンさんに頼んで衛士さんを呼んでもらい男を引き渡すと、共犯であるヨハン君もその後ろに続きます。
ついてゆこうとしたサマリンさん達を『自分がしたことだから自分で責任を取る』と諫めた顔は男のものになってました。
この短い間に、彼なりに成長出来たようです。
お手間を取らせたゴードンさんにお礼を言って、ヨハン君の拘束料を払おうとしたら笑顔でいらないと断られました。
逆にお礼を言いたいくらいだそうです。
ゴードンさんも2人の子供のお父さんですからね。
子育ての良い勉強になったと言ってました。
後日、ヨハン君を唆した詐欺グループが王都で摘発されました。
全員が捕まって犯罪奴隷として鉱山に送られたのですが…。
その名簿に見覚えのある名が。
詐欺グループの使い走りをしていた男で、なんとあのクズ伯父でした。
トアの名を使ったのは、年末の一件でトスカに居られなくなったことへのクズなりの意趣返しだったようです。
ですがそれがきっかけで捕まることになったのですから因果応報としか思えません。
人を呪わば穴二つってホントですねー。