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53、治癒師と詐欺師 2


「現場に行ってみよう」

「おう、私が捕まえてみせよう」

 立ち上がった私に、そうウェルが請け負うと。

「私どもも行きます」

「早くヨハンを保護しないとっ」

 サマリンさんと何処かズレたエルマさんの言を聞き流しながら、公園広場へと向かいます。


「先に行く」

 言うなり上空へ上がり、広場目指して飛んで行くウェル。

私も入口で待機していたキョロちゃんに飛び乗ります。

「公園広場まで大至急お願いっ」

『わかったー』

 そのまま猛ダッシュで走り出すと、背後でエルマさんが何か叫んだようですが後で聞きますよ。

ちなみにマーチ君はキョロちゃんの上で爆睡中、こんな状態でも落ちないのはさすがです。

『何事でっか?』

 横を飛んでるサンダー君とキョロちゃんに偽薬事件のことを説明します。


『そりゃ捕まえな、あきまへんな』

『あるじにめいわくかける、ゆるさないー』

 闘志満々の2人に、お手柔らかにねと言いつつ広場へ急ぎます。


しかし王都の次はトスカですか。

でも考えたらそうなりますよね。

小金持ちの冒険者が多く、しかも美食の町として訪れる人も多いトスカは王都の次にお金が動くところですから、十分にターゲットに成り得ます。



「ウェルっ」

 広場に着いたら若い男の喉元に剣先を突きつけているウェルの姿が飛び込んで来ました。

「こ奴がヨハンのようだ。もう一人は逃げたが探査の魔法で足取りは追っておる」

 さすがはSクラス冒険者、やることに卒がないです。


「あなたがサマリンさんの弟子のヨハン君で間違いない?」

「な、なんで俺の名を…」

 突きつけられた剣先に怯えながら此方を見るのは、赤茶の髪に真青な瞳、鼻の辺りにそばかすが散った男の子。

「王都からサマリンさんとエルマさんがあなたを探しに来てるからよ」

 その言葉にヨハン君の顔色が明確に変わります。


「動けば斬る」

 咄嗟に逃げ出そうとしますが、ウェルにそう凄まれて慌ててその場に留まります。

「おとなしくしていた方が身の為ですよ。ウェルはSランクですから」

「マジかっ!?…エルフってことは魔剣の姫っ」

 何が彼の琴線に触れたのか、恐怖も忘れてキラキラした目でウェルのことを見つめています。

まるで野球少年があこがれのプロ選手に会った時みたいです。


「トアちゃんじゃないか、何をやってんだ?」

 そこへ『赤い翼』のリーダー・ゴードンさんが通りかかりました。

「ちょうど良かった。お手数を掛けますが彼を薬師ギルドまで連れてゆくのを手伝ってくれませんか」

「構わんが、コイツは何をやらかしたんだ?」

「偽薬で詐欺を働いたんですよ」

「そりゃあ…」

 私の話にゴードンさんが呆れ顔を浮かべます。


「よりによってトアちゃんのお膝元でそんな命知らずなことをするとはなぁ」

 命知らず?どういう意味ですか?

まあそれは後でよいでしょう。

それより優先事項を済ましましょうか。


「ウェルは逃げたもう一人を捕まえてもらえる?」

「任された」

 言うなりウェルは屋根を飛び越えて視界から消えてゆきます。


『ウェルはん、かっこええな』

『ほんとー』

『Zzz…』

 感心するサンダー君とキョロちゃん、この騒ぎの中でも眠り続けるマーチ君。

うん、いつも通りですね。



「ヨハンっ?どうして縄なんてっ。早く解いて下さいっ」

 後ろ手に縛られて薬師ギルドに連れて来られたヨハン君の姿に、エルマさんが驚きと怒りを現わにしてゴードンさんに詰め寄ります。

「そういう訳にはいかねえなぁ」

「何故ですっ?」

「こいつが罪人だからだよ。お嬢ちゃん」

「それは違いますっ。ヨハンは騙されただけですっ」

 罪人という言葉にエルマさんが声高に反論しますが、ゴードンさんは聞き入れません。


「たとえ騙されたとしても、こいつが売った偽薬で被害が出ているんだ。罪人である事には変わりないぜ」

 幸いトスカでは販売前に押さえることが出来ましたが、王都では数多くの被害者がいます。


「でもっ」

「やめろよっ、あんたには関係ないっ」

 2人の遣り取りにたまらずヨハン君が口を挟みます。

「関係ないって…何をいうのっ、ヨハンっ」

「その通りだろ、血も繋がってない赤の他人なんだから黙ってろよっ」

「それは…そうだけど、私はあなたの為を思ってっ」

 必死に言葉を綴るエルマさんに、忌々し気にヨハン君が言い返します。


「そいつが余計なんだよっ。俺の為?違うだろっ。俺があんたの思い通りにならないから、注意するといって俺を支配しようとしてるだけだろっ。だが俺はあんたの操り人形じゃないっ」

「わ、わたしは…そんなつもりじゃ」

 このままじゃ収拾がつきませんね。


「いったん落ち着きませんか。お互いが勝手に言い合っていては(らち)が明きません」

 私の言葉に、ゴードンさんとサマリンさんが頷き、ギルドの一室を借りて

再スタートです。


「そもそもどうして偽薬詐欺なんてしたんです?」

 私の問いに、縄から解放されたヨハン君が少しばかりの逡巡(しゅんじゅん)のあと口を開きます。

「まとまった金が必要だったんだよ。冒険者になるために」

「ヨハン、あなたまだそんな事をっ」

「お静かに」

 声を荒げるエルマさんを(いさ)め、話を続けさせます。


「冒険者ですか?治癒師ではなく?」

「そうさ、俺はずっと冒険者になりたかったんだ。けど…誰も俺の夢を分かってくれなくて、真面目に修行しろとしか言われなかったよ」

 まあ、そう言われるのも無理はありません。

冒険者は実入りは大きいですが、それ相応に危険が伴います。

それだって高レベルになれたらの話で、頑張ってCクラスになれれば良い方で大抵の者はD、Eクラスで終わって引退するか、もしくはクエスト中に死亡するかで、ギャンブル性の強い生き方です。


反対に治癒師は、技量によって変動しますが安定的に高収入が得られ、ある程度の地位も約束されています。

上級国家公務員みたいなものですね。


「いつまでも子供みたいなことを言わないでっ。冒険者なんて危険な事ばかりする野蛮で最低な人間じゃないっ。そんな者になっても良いことなんて何もな…」

「はい、そこまでです」

 パンと手を叩いてエルマさんの言葉を止めます。

「その冒険者が此処にいることをお忘れなく」

 私の言に、バツが悪そうにゴードンさんを見やってから黙り込みます。


「それに人々を魔獣の脅威から守ってくれているのは冒険者です。貴重な薬剤が手に入るのも彼らが危険地帯に入って採ってきてくれるからです。『職業に貴賎なし』これは私の故郷の言葉ですが、その通りだと思います。人を助ける…この点に関しては治癒師も冒険者もしていることは同じです。治癒師が偉くて、冒険者が野蛮で最低とは言えないと思いますよ」

「…ごめんなさい」

 小さな声で謝罪するエルマさんに、ゴードンさんが頷くことで謝罪を受け入れます。


「冒険者になりたいのは分かりました。でもどうして纏まったお金が?良い武器や防具は値が張りますが、それだって治癒師の給金を貯めればすぐに」

「そんな物はもう用意してる。必要なのは高ランクチームへ入る為の紹介料さ」

「はい?」

 高ランクチームへ入る為に紹介料が要るとは初耳です。


ですが治癒師なら紹介などしてもらわなくても、何処でも引っ張りだこでしょう。

チーム内にいてくれたら怪我をしてもすぐに治してもらえますから、クエストの危険度が大幅に下がりますからね。

冒険者になりたいと言ってるのに、それを知らないとかありえないんですが。


「誰がそんなことを?」

「王都の酒場で知り合ったバルっていうオヤジさ。元Bランクとかで有名チームの『赤き翼』のリーダーと知り合いだから口を利いてやるって」

 そうなのかとゴードンさんを見ると、千切れんばかりの勢いで首を振ってます。


「トアという薬師見習いは?」

「そいつもバルのオヤジが紹介してくれた、今度の事も全部そいつが考えたんだ」

「…なるほど」

 エルマさんが過保護になるのも無理ないですね。

(まご)うことなき世間知らずのボンボンです。

でもそう育てたエルマさんや導師であるサマリンさんの責任は重いですね。


「ここにいるのがその『赤き翼』のリーダー・ゴードンさんですよ」

「ホントかっ!」

 嬉々としてゴードンさんを見るヨハン君に、ええと頷いてから笑顔で言葉を継ぎます。

「私が口を利いてチームに入れてもらえるように頼みましょうか?入れたらあなたは高ランクチームの一員として、難しいクエストに挑み成功させ、一躍憧れの的です。あなたのことを多くの人が絶賛してくれるでしょう」

「ちょっと、何をっ」

 慌てるエルマさんを目で制して、どうします?と聞けば。


「入るに決まってるじゃないかっ。やったっこれで俺も一流冒険者だっ」

 高ランクチームに入れたからと言って、当人が一流かどうかは別ですけどね。

大喜びしているヨハン君を見やりながらゴードンさんに問いかけます。

「入れてもらえます?」

「悪いが断る」

 予想通りの答えに、打って変わってヨハン君が愕然とした顔をします。


「な、なんでだよっ」

「ん?当たり前だろう。冒険者は常に生きるか死ぬかの戦いをしているんだ。自分の大事な背中を詐欺を働くような者に預ける訳がなかろう。お前だって嘘ばかり吐く相手と仕事なんてしたくないだろうが」

「そ、それは…そうだけど」

 悔しそうに唇を噛むヨハン君に、静かに問いかけます。


「せっかく目の前に現れた希望が消えて悲しいですか?悔しいですか?でもそれと同じことをあなたはしたんですよ。偽薬を売った相手全員に」

「あ…お、俺」

 急にオドオドし始めたヨハン君に言い聞かせるように言葉を継ぎます。


「失くした手足が戻る。長く苦しんだ病が治る…そう喜ばせておいてどん底に突き落とす。さぞ気分が良かったんじゃないですか?彼らの嘆きの分だけどんどんお金が貯まってゆくんですから」

「ち、違うっ。俺はそんなつもりじゃ」

「ではどんなつもりで?人の夢や希望を踏み躙ったお金で買うあなたの夢はさぞ素晴らしいのでしょうね。でもその夢はもう騙した人達の恨みや嘆きで真っ黒に汚れてますけどね」

「お、俺は…」

 どうやら私に言われてようやく自分がした事の重大さに気付いたようです。

目に涙を溜め、真っ青になって震えています。 


「もうやめてっ、ヨハンだって悪気があった訳じゃ」

 見かねてエルマさんが声を上げますが、それを綺麗にぶった切ります。

「悪気がなければ何をしても良いんですか?病人やケガ人に酷いことをしても?そういう人達を一番に助けなくてはならないのが治癒師ではないのですか?」

「そ、それは…」

 黙り込んでしまった2人を前にして、ゆっくりと息を吐くと懇々と言い聞かせます。


「まずヨハン君がしなくてはならないことは、騙した人達への贖罪です。お金を返して誠心誠意謝って回って下さい。それでも許してもらえるかどうかは別問題ですけどね。それとこれは一人でやること、誰かに手伝ってもらってはダメです。それくらい出来ないのであれば冒険者どころか一生、卑怯者で終わりますよ」

「…はい」

 神妙に頷くヨハン君を見やってから、次にエルマさんに目を向けます。


さて、お説教第二弾です。

三弾も控えてますから急ぎますよ。





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