52、治癒師と詐欺師
竜乞歌を使った事件の黒幕が初代勇者のヨネハラカナメだと判明しました。
何が彼をそんな風に歪めてしまったのか判りませんが、力によって戦争を無くすと言う彼のやり方に賛同は出来ませんし、許すことも出来ません。
その所為で師匠は亡くなった訳ですし、師匠だけでなく多くの者が夢や希望を果たせないまま死んでいったのです。
彼がまた同じようなことをすると言うなら全力で止めます。
今回は虚像だった為、私の怒りは伝わらなかったようなので、その分も含めて首根っこ捕まえてマジ説教かましてやりますよ。
泣いてもやめてやりませんからね。
ですが謎なのは、その姿が召喚時の16歳からあまり変わっていないことです。
前に神様が言っていた不老不死の恩恵でも貰ったんですかね。
ちなみに虚像を送るのは闇魔法の一つだそうです。
座標を固定して転送するんですが、魔素が濃い死の森の中でハルキスハウスの周囲だけが結界で無素状態になっているので、そこに当たりをつけたのだろうとはウェルの弁です。
まあ彼は私の地球産の知識を必要としてますので、早々に抹殺とかはないでしょう。
何より修行から帰ってきて事の顛末を聞いたウェルがやたらと張り切ってまして、勇者と戦えることをメッチャ楽しみにしてます。
くよくよ悩まないところはさすがです。
それより報告を聞いたマロウさんと王太子の方がヤバいです。
狙われているのは私ですし、すぐにどうこうなるとも思えないのにこの世の終わりみたいに打ちひしがれてます&そうです。
このままだと仕事に支障が出ますので、さっきマロウさんには直接、王太子にはアランさん経由で言っておきました。
「先のことを今からウダウダ考えても仕方ないでしょう。困ったらその時に考えればいいんです」
「…お気楽だな」
「それくらいでないと楽しく生きられませんから。もっと肝を太くしておいた方が身体にも良いですよ。某アイドルも言ってます。『ストレス溜めるなら金貯めろ』と」
何故か疲れたような笑いを浮かべてましたが、それからは通常運転に戻って仕事を始めてくれましたので良かったです。
『トアはん、今日はどないします?』
「んー、朝ご飯がすんだら町に行く予定だから少しカッチリ目に纏めてくれる」
『まかしときー』
小さな手を器用に動かして、サンダー君が私の髪を櫛で梳き始めます。
いくら居候とは言え、毎日食っちゃ寝ではさすがに申し訳ないとサンダー君が言い出しまして。
気にしなくていいよと言ったんですが、何かさせてほしいと懇願しますので毎朝、私の髪を結ってもらうことにしました。
前世はずっとショートでしたので、纏めるのが面倒だったんですよね。
バッサリ切ろうかとも思ったんですが、何故かウェル、キョロちゃん、マーチ君に猛反対されて今に至ってます。
私の申し出にサンダー君だけでなくウェル達にまで呆れ返った顔をされましたが『これが姐さんだぜ』とマーチ君だけがウンウンと頷いてました。
『出来ましたで~』
白いリボンを組み込んで、両脇から編み込みにして最後に一つに結うという凝った髪型に、サンダー君がやり切ったと言った顔をしてます。
「ありがとう。今日も素敵ね」
「トアの為に毎日ヘアカタログを見て勉強しておるからな」
「そうなの?」
ウェルの言に驚いてサンダー君を見やれば、いやーと照れた顔で頭を掻きます。
『やり始めたらな、結構これが楽しいんや』
本人が楽しんでくれているなら頼んだ方としても嬉しいです。
これからもよろしくお願いします。
「トアさんに面会したいという方が来てるのですが」
その日の午後、薬師ギルドに顔を出したら受付のカレンさんが私の下へやって来ました。
「面会…ですか?」
約束はないはずですが。
首を傾げる私に、ええと頷いてからカレンさんが口を開きます。
「事前通達なしの飛び込みです。お断りしたんですが『会うまで帰らない』と頑なで」
「どなたです?」
勇者の刺客という可能性が皆無ではないですが、たぶん違うでしょうね。
「王都から来た治癒師でサマリンさまと」
「治癒師?」
そんな人が王都からわざわざ何の用ですかね。
薬師が内科医&薬剤師だとすると、治癒師は外科医と言った感じです。
回復薬では広範囲に渡る傷や致命傷に近いものを一度に治すことは出来ません。
また切断された指や手足など、欠損した部分を完全に復元することも。
それを治癒魔法で一瞬で治せるのが治癒師です。
なので治癒院は救急救命指定病院のような役割をしていて、大きなケガをした時の駆け込み寺です。
反対に薬師は町医者ですね。
じっくりと患者さんと向き合い、必要に応じた薬を処方して治療してゆきます。
どちらも無くてはならない、命の守り人です。
ウェルと連れ立ってギルドの応接室に行くと、2人の人族が待っていました。
片方は50歳くらいの冷徹な雰囲気のおじさんですね。
治癒師のユニフォームである白いローブを羽織っています。
胸にあるバッチにあるのはAランクのマーク。
かなりの地位にある人のようです。
一方、その後ろに控えて立つのは25歳くらいの赤い髪のお嬢さん。
やはり白いローブを羽織っていて、胸のバッジはDランクを示しています。
何故かその人からメッチャ睨まれているんですけど。
「お待たせしました。私がトワリアです」
「ふざけないでっ!」
「は?」
「私たちが用があるのはトアっていう薬師よっ。早く出しなさいっ!」
何でしょうね、いきなり偽物扱いされましたけど。
「落ち着きなさい、エルマ」
「ですがお師匠さまっ」
「良いから静かになさい」
おじさんに窘められ、しぶしぶとエルマさんが口を閉じます。
「失礼した。私は王都の治癒院で導師をしておるサマリンと申します。此方は弟子のエルマ。ところであなたの名はトアではないと?」
「いえ、トワリアが本名ですけど、愛称として近しい方はトアと呼びます」
私の答えに2人の顔に困惑が浮かびます。
「あなたが探しているトアさんかどうか私には判断がつきませんが、今日お尋ねしたのは偽薬事件についてお聞きしたいことがあったからです」
「偽薬…ですか?」
首を傾げる私に、サマリンさんが事件について説明してくれました。
先月、王都の広場で万能薬を売る者が現れた。
人々の前でケガ人に持っていた薬を掛けると、欠損部分さえも見事に再生した。
治癒師に診てもらうと最低でも10万エル、症状によっては50万エルにもなる。
1瓶5万エルと高額ではあったが、病に苦しむ者やケガの後遺症に悩む者にとっては福音だった。
だが瓶の中身は普通の回復薬で、本来の薬効以外まったく効果は無かった。
完全な詐欺事件ですね。
低級の回復薬なら1,000エルで買えます。
それを万能薬と偽って50倍の値で売りつけたんですから。
その薬を売っていた薬師の名がヨハン。
助手として隣にいた女の名がトア。
で、名を頼りに私を訪ねてきたと。
「それは私ではありませんね。先月の頭には確かに王都におりましたが、品評会の準備に忙しかったので薬を売り歩いている暇はありませんでした」
「品評会!?なんであんたがっ」
「トアはマリキス商会の取締役だからな」
続けられたウェルの言葉に、エルマさんの顔から血の気が引いてゆきます。
「だって薬師って…」
「商会の仕事は副業です。本業が薬師ですね」
そこへお茶を持って来たカレンさんが口を挟みます。
「薬師としての腕は折り紙付きですよ。魔力回復薬の上級が作れる5人の内の1人がトアさんですから」
「…そんな」
何だか愕然としているエルマさんを見やりながら、サマリンさんに向き直ります。
「どうも話が見えないのですが」
「誠に申し訳ない。完全に此方の勘違いです」
「すみません。…てっきりヨハンを騙した相手とばかり」
深々と頭を下げるエルマさんの話によると。
薬師と名乗ったがヨハンはサマリンさんの弟子で、エルマさんが弟分として世話をしていた治癒師見習いで、16歳になったばかりだと言う。
5歳で治癒師としての才を見出されて以来、親元を離れて王都の治癒院でエルマさんと共に修行に励む日々を送っていたが、3ヵ月前くらいから様子がおかしくなった。
修行をサボって何処かに消えたり、給金の前借りをしたり、態度も粗暴になり、見かねたエルマさんが注意しても『ほっといてくれ』と取り合わない。
このままではいつ破門されても文句は言えない。
何とか心を入れ替えさせないと、と思っていた矢先に起こった偽薬事件。
タネは簡単、ケガ人に回復薬をかけた時にヨハンがこっそりと治癒魔法を使っていた訳です。
そうするようにと彼を唆したのが、トアという女。
常にフードを目深に被っていたため、人相風体は不明。
事件以来、彼らは王都から姿を消してしまい。
また同じような事件を起こす前に捕まえないと治癒師全体の信用問題に発展する。
師として弟子の不始末をこのままにしておくことは出来ず、サマリンさん達は必死にヨハン君の行方を捜していた。
そんな2人にトスカにトアという名の薬師がいると教えてくれた者がいて、やっと掴んだ足取りに大急ぎでトスカにやって来たと。
「私のことはどなたに?」
「ジョエルって元冒険者よ。今はリンナっていう歌姫の付き人をしてるわ。酒場でトアという薬師見習いを知らないかって聞いて回っていたら、トスカにいると教えてくれたの」
「あー、ジョエル君ですか」
相変わらずの猪突猛進ぷり。
どうせ前後の話を聞かず、トアという名だけに反応したんでしょう。
「すみませんね。私の知り合いですが彼は人の話を聞くのが得意ではなくて、ついでによく考えもせずに発言する癖があるんです」
おかげでサマリンさん達はとんだ無駄足ですよ。
ちなみにエルマさんが私が追っているトアではないと思ったのは、王都でも有名な商会の取締役、しかも上級が作れるような裕福な薬師が詐欺行為をして小金を稼ぐ必要が無いからです。
「ですがお聞きした状況からですと、そのトアという人のことはよく知らないのですよね。どうして彼女が唆したと判ったのですか?」
「そんなの決まってます。ヨハンがそんな悪いことをするはず無いからですっ」
興奮した様子で言い切るエルマさんに、私だけでなくウェルとサマリンさんまでが白々とした眼差しを向けます。
脳裏に『母親の盲目的な愛情に反抗して非行に走る息子』という図が浮かんでしまったのは秘密だ。
「お話し中、すみません」
そこへお茶を置いてから受付に戻ったカレンさんが、慌てた様子で再び入室して来ました。
「見慣れぬ薬師が町の公園広場で万能薬を売っているとの情報が入ったのですが」
「はいぃぃ?」
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