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51、森の来訪者


春爛漫の今日この頃、皆様にはいかがおすごしでしょうか。

おかげさまで日々は平和に過ぎていっています。


近況報告をしますと。

リンナちゃんのアイドル活動は順調で、トスカにもファンクラブが出来た程です。

専用のステージ小屋も建ち、連日大盛況でグッズの売れ行きも好調だとか。

握手会は毎回長蛇の列だそうです。


その余波で商会内に歌謡部が出来ました。

就業後に私が教えたものをスタッフで歌い合う集まりです。

意外にもサム君が楽器が扱えたので、彼が伴奏してくれてます。

仕事終わりのカラオケ大会みたいなもんですね。


会場設置を手伝ってくれた大工さんに、報酬の一部としてパネル工法の特許を無料で使用出来るようにしましたら。

品評会でのことが評判を呼んで、家造りに忙しい日々を送っているとのこと。

これで人口が増え続ける王都の家不足が緩和されると良いですね。


絵描きの卵さん達も、パズルがちょっとしたブームとなりその恩恵で絵の勉強に必要な画材代が賄えるようになったそうです。

(此方も報酬の一部として特許を無料で使用出来るようにしました)

絵の勉強はお金がかかるので、大抵は家がお金持ちかパトロンとなってくれる人がいないと出来ません。

ですがパズルのおかげで自分で稼いだお金で勉強が続けられると、皆さんとても喜んでいるそうです。

良かったです。


先日、待望のカオオ豆が王都から馬車2台で届けられました。

早速チョコ工房を設立して、只今作業をしてくれる人達が鋭意操業訓練中です。

王都での販売も始まり、おかげで空前のチョコブームが巻き起ってサザン侯爵様は笑いが止まらないようです。

身体を壊さない程度に頑張って下さい。


チョコ工房では下働きに20名の子供たちを雇うことが決まりました。

彼らは家の経済状態の悪さから無料学校に行けない子達です。

雇用条件は学校に通うこと。

午前中は神殿で授業を受け、給食を食べて休憩を取った後、午後から夕方までチョコの包装などを手伝ってもらいます。

工房の経営が軌道に乗ったら、徐々にそんな子供たちの数を増やしてゆく予定です。



王太子様からは事件の続報をいただきました。

パウエル伯爵包囲網は確実に狭まってるそうで、王手(チェックメイト)はもう間もなくとのこと。

頑張って下さい。


さらに魔力増加薬が入っていた薬瓶を回収して調べたところ、その成分に覚醒剤に近いものがあったと。

元々あった歌巫女としての素養を、薬によって無理やり開花させられたようです。


ちなみに歌巫女が女性ばかりなのは、その使用音域にあります。

魔力を効率よく歌に乗せるにはソプラノ以上の高音が必要で、成人前の男の子でもソプラノの音域は出せますが、子供では魔力量が足りず。

必然的に女性のみが歌える訳です。

ならば魔力持ちの女性ならば誰でも歌えるのかと言うと、そうでもなく。

生まれつき素養があり、それを開花させるための厳しい修行に耐えられる精神力と使いこなす才能がないとダメだそうです。

なので出現率はだいたい1万人に1人の割合だとか。


ですが今回はドーピングによって無理に誕生させることが出来ましたから、また同じような目にあう女性が現れる可能性が大きいです。

二度とこんなことが起こらないよう暗部の皆さんの活躍に期待します。


竜乞歌と言えば、サンダー君経由で竜族の里長に注意喚起を促してもらうようお願いしました。

女の子の甘い声で誘われても、ホイホイ付いてゆくなってことです。

美味い話には裏があると肝に銘じて欲しいものです。


これでドラゴンが竜乞歌に反応しなくなれば、ドラゴンを利用することを相手も諦めるでしょう。

早くそうなると良いんですが。



 

『ええ匂いやなぁ』

『ほんとー』

『出来上がりが楽しみですぜ』

 3人でお尻をフリフリさせながら大鍋の中を覗き込んでいます。

うん、可愛い。


ただいまハウス脇のテーブルで、森で見つけた苺っぽいものを煮てジャムを作っている最中です。


作り方は超簡単。

鍋にヘタを取って半分に切ったものを入れ、レモン汁をたらし砂糖をまぶして1時間ほど放置。

そうすると果肉から水分が滲み出してくるので、そのまま弱火で煮ます。

少し煮るとアクが出て来るので、こまめに取って下さい。

30分ほど煮てとろみがついたら煮沸消毒した瓶に入れて熱いうちに蓋をします。

粗熱が取れたら冷蔵庫で保存します。

私の場合はアイテムボックスに直行ですけどね。


煮上がるまでの間にベリーを使ったシフォンケーキでも焼きましょうかね。

森の奥で魔獣相手にウェルが剣の修行中ですから、帰ってきた時のお茶受けに丁度良いでしょう。


「ん?」

 見間違いかと目を擦りますが、どうやら間違いないようです。

ゆっくりと此方にやって来る人影。

ですが私より気配に敏感なキョロちゃん達がまったく反応していません。


「なるほど」

 やって来る相手の足元を見てその理由に気付きます。

あるはずの影がありません。

つまりあれは実体のない…虚像です。


「何か御用ですか?」

 私の声にようやくキョロちゃん達が相手に気がついて、戦闘態勢に入ります。


『なんや、お前ェ』

『だれーっ』

『姐さんに手ぇ出しやがったら承知しねぇぜっ』


「大丈夫だよ、何も出来ないから」

 いきり立つ3人を宥めてから相手に向き直ります。


「それで?」

「やぁ、噂通り…いや、噂以上かな。まったく心に動揺が感じられない」

 ニッコリ笑う相手は、黒髪に黒い瞳…地球のアジア系の顔つきです。

歳の頃は…16か17、ですがその落ち着き具合から見た目通りの年齢ではないでしょう。


「すみませんね、図太くて」

 何しろ神様から太鼓判をもらってますからね。

「僕が此処に来たのは君の勧誘の為さ。君の有能さを買って協力をお願いしようと思ってね」

「協力?」

「そう、僕はこの世界から戦争を無くしたい。その為に君の力を借りたい」

「私の?大した力はありませんよ」

「ご謙遜、君の地球の知識は十分武器になる」

「なるほど目的は私の地球産の知識ですか。それを知っているということは貴方も地球世界から来たということになりますが?」

 その問いに彼は静かに笑うことで答えます。


「戦争を無くすことは私も賛成です。ですが具体的にどうするんです?」

「簡単なことだよ、戦う相手を無くせばいい」

「は?」

「相手がいるから戦いになる、だったら無くせばいい。僕に与しない者はすべて塵一つ無く」

 無邪気に紡がれる言葉。

その恐ろしさに思わず肌が粟立ちます。


「…もしかして竜乞歌を使って戦場にドラゴンを呼んだのは」

「そう、あれのおかげで戦争は終わっただろう」

「結果としてはそうですが、その所為で多くの人が死にました」

「うん、あれは尊い犠牲だったね。でも平和の礎となれたんだからただの戦死よりマシだろう」

 罪悪感のかけらもない笑顔、その顔を思い切りブチのめしたいと心から思います。


「戦いを終わらすには、それ以上の力でもって圧し潰す。もう戦う気なんか起こさなくなるように。それが一番の近道だよ」

「それでサクルラ国の王城をドラゴンに襲わせた訳ですか?」

「ああ、あの国は次の戦いに備えて軍備を増強すると決めたからね。お仕置きしようと思って」

 そういえばヨウガル国に不穏な動きがあるということで、軍備増強が決まったと王太子が言ってました。


「失敗しましたけどね。…ロウズ家の御令嬢は亡くなりましたよ」

「ドラゴンは気まぐれだからね。此方の思惑通りにならないのは仕方ない。

次はもっと確実な方法を取るよ」

 しれっと恐ろしいことを言う相手を軽く睨み付けます。


御令嬢のことはスルーですか。

それは彼の中で取るに足らない事と思われているからに他なりません。


「一つ質問ですが」

「何だい?」

「あなたは風邪をひいた時どうします?」

「え?」

 ポカンとした顔をする相手に、軽く肩を竦めてから言葉を継ぎます。


「私なら薬を飲んで消化の良い温かい物を食べて寝ます。

風邪に限らず病気になった時は、適した薬剤の投与だけでなく休息と栄養補給が必須ですから」

「まあ、そうだろうね」

「此処に飲めば一気に治す薬があったとします。ですがそんな強い薬だと必ず副作用があります。ヘタをすればそれで死ぬかもしれない。飲めば確実に治るとしても、私はそんな危険な薬を使おうとは思いません」


「…それが君の答え?」

「ええ、何を治すにも時間がかかります。体調を診ながら適した投薬とリハビリ。ですがそれが完全に治すための一番の近道です。劇薬は必要ありません」


「そうか…残念だよ」

「私もです。で、最後に確かめたいのですが」

「何をだい?」

「簡単な掛け声ですよ。…8時だよっ」

「全員集合っ!…って」

 反射的に答えた相手に、ニヤリと笑いかけます。


「それがすぐに出るということは、子供の頃に慣れ親しんだものだからですよね。ねぇ、ヨネハラカナメさん?」

「…どうして」

 愕然とする相手に種明かしをしてあげます。


「アーステアで地球の事を知っている人物。私が知る限りそれは2人の勇者です。

ウェルから聞きましたけど、もう一人の勇者のヤサカさんは自分のことをマヨラーと言っていたそうです。この言葉が一般的になったのは2000年代に入ってからです。つまり彼は平成生まれ。だとしたらこの掛け声にこうも機敏な反応はしない。ならば残るは一人です」

 ニッコリ笑いかけてから、さらに言葉を重ねます。


「初代勇者の伝記を調べたらヨネハラさんの口癖は『カラスの勝手でしょ』だったそうです。これは1980年代前半によく使われていた言葉で、これを日常的に使っていたのならヨネハラさんは昭和40年代生まれとなりますね」

「…たいした洞察力だね」

 呆れたようにこっちを見てますから、どうやら正解のようです。


「懐かしいのならもっと言いましょうか?『なめたらあかんぜよ』『ほとんどビョーキ』『24時間戦えますか』『積み木くずし』『人間やめますか』『亭主元気で留守がいい』とか」

「…それを知っているってことは君も」

「ええ、あなたと同じで見掛けは若くても中身は立派なおばちゃんですよ」

「なるぼど、手強いわけだ」


「神様からいただいた称号からして人類最強人種(おばちゃん)ですからね。貴方の計画は気に入りませんのですべて潰しますよ」

「…僕のことを言い当てた明晰な君と敵対するのは本当に残念でならないよ」

 その言葉を最後にヨネハラカナメの虚像は綺麗に消え去りました。


『奴の正体を簡単に暴いてみせるなんざ、さすが姐さんですぜ』

『あるじー、かっこいいっ』

『惚れたでっ』

「はい、ありがとう」

 笑顔で手を振り返しながら、今後のことに思いを巡らせます。


今回は舌戦でしたから何とかなりましたが、物理で来られたら勝ち目はありません。

腐っても勇者ですからね。闇堕ちしてますが。

対抗策を考えないとですね。






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[一言] 近道は最も脆く遠い
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