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50、ある密偵のつぶやき


私の名はレリナ・クライアル。

これでもサクルラ国・マデウェス宰相閣下直属の暗部に籍を置き、指南役からもその才能を認められ、密偵の中でもエリートと呼ばれている。


そんな私に下された命令が、最近力を付けてきた成長著しいマリキス商会の内情を探れというものだった。


次々と申請される、誰も見たことのない斬新な特許。

それはすべてトワリアという14歳の少女が成したもの。


宰相は彼女はお飾りで、誰か別の人物が裏にいるんじゃないかと考えて、その人物を特定せよとのことだった。


表に出てこれない事情があるなら、その弱味を手に入れることで件の人物を国に取り込みたいとの考えのようだ。



王都の商業ギルドのマスターからの紹介状を用意したから、潜り込むのは簡単だった。

仕事も私からしたらお遊びみたいなもので、こんな程度のことで四苦八苦してる同僚たちを馬鹿じゃないのと何度も思った。


でも目立つ訳にはゆかないから、周りのレベルに合わせてワザとミスをしたりして、自分の優秀さを上手く隠していた。


だから切れ者と噂のアルン男爵家子息のマロウという筆頭取締役も私のことを微塵も疑っていないし、潜入は完璧だと自負していた。


そんな風に適当に仕事をこなしながら真の特許発案者を探したけれど、どの案もトアという娘が考えたとしか思えない事実しか出てこない。

余程、巧妙に隠しているらしい。


絶対に私の手で暴いてやると意気込んでいたら。

勤め始めて5日が経った頃、そのトアという子に呼ばれた。


名目上はこの子の特許料が商会の資本金だから実質的なオーナーなんだけど4、5日おきに商会に顔を出すだけで、後は本業の薬師をしている。

経営にはあまり口を出さないらしいから本当にお飾りなんだと思った。

まだ成人したての14歳の子供だし、当然よね。


子供とは言え、一応オーナーだからちゃんと相手をしてあげなきゃと笑顔で対応してあげた。


そして渡された一通の封書。

軽い気持ちでそれを見て…硬直した。


それから起こったことを、私は一生忘れない…いえ、忘れられないだろう。


「こ、これは…」

「ですから成績表ですよ。密偵としてのね」

 バレていた?いつから?潜入は完璧のはずなのに。


「まず『動作』が1、隠しているつもりでしょうが動きに隙が無さすぎます。

そんな一般人はいません」

 そんなの密偵のベテランである上司から注意されたこともない。

上司も判らないくらい僅かな動きの違いから私の正体に気付くなんてありえない。


「次の『言葉遣い』これも1、謙譲語の語彙が豊かすぎるので、高貴な方に仕えていたのが丸わかりです」

 私と会話なんてほとんどしたことないじゃない。

それとも最初から私を疑って、ずっと私の言葉をチェックしていたって言うの?


「次が『計算』これも1、能力の高さを隠すつもりだったんでしょうが普通に間違えたのとワザと間違えたのでは、見る人が見ればすぐに判ります」

 見る人が見ればって…あんたの目はどんな構造をしてるのよ。

行動偽装に関しては暗部の指南役からもお墨付きをもらっているのに。


そして最後に読み上げられた総評結果は…屈辱以外の何物でもなかった。


「一般人に擬態しようとする努力は買いますが、すべてが空回りしていて見ている方が痛いです。

何より出来る仕事をワザと出来ない振りをして、周囲に迷惑をかけてもこれが任務だと開き直り、罪悪感すら覚えないのは人として終わってます。

次の任務では、そこのところを直してから臨んだ方が良いと思いますので頑張りましょう。…ではこれを持って宰相様のところにお戻り下さい。ああそれと、新たに寄こすならもう少し使える者にしてほしいと伝えて下さいね」


何なの、それ。

だって任務が一番大切なのは当たり前のことじゃない。

それを遂行するのに罪悪感なんて覚える必要なんてないじゃない。

しかも『もう少し使える者にしてほしい』って、私ではお話にならないってこと?


成績表の一番下に書かれた『落第』の文字が私を打ちのめす。


「わ、私は…」

 我慢できなくなって反論しようと口を開いたけど、目の前の笑顔がそれを許してくれない。


「何か言いたいことでも?言い訳ならいくらでも聞きますよ。その度に叩き潰しますけど」

 綺麗な弧を描く口から紡がれる言葉と共に、その全身から放たれる威圧は大型魔獣を前にした時の何十倍。

いえ、そんなものが可愛らしく思える紛れもない…恐怖。


小柄で、まだ成人したばかりの彼女がどうしてこんなに怖いのか分からない。

でも身体を支配する恐怖は本物で。

ガクガクと膝が笑ってる。


すぐにでもこの場から逃げ出したいのに、私の足は石になってしまったようにピクリとも動いてくれない。


それから私が同僚たちを小馬鹿にしていた傲慢な考え。

少しばかり優秀なことに胡坐をかき、努力しようとしない怠慢。

正体を暴露されて、咄嗟に何の対応もできない無能さ。

 

それらを手厳しく指摘され、暗部のエリートとしてのプライドを粉砕された。

しかもそれがすべて言い逃れ出来ない事実で、そのことに更に落ち込んだ。


私は今まで何をしてきたんだろう。

エリートと持て囃され、自分より能力の低い者を見下していい気になっていた。


でも私の有能さなんて酷く狭い世界の中で通用する程度のもので、世の中にはもっと有能な人間が山ほどいるのに。

此処にいるトアさんのように。


話してみて判った。

彼女はお飾りなんかじゃない、実質的なこの商会のトップだ。

あの数々の特許も彼女が考えたもの。

でなければ、あんなに的確に商品化の指示なんて出せない。


「も、申し訳ありませんでしたぁぁっ」

 気付けば泣いて土下座していた。


馬鹿なのは此処の同僚たちなんかじゃない。

一人でいい気になっていた私が一番の馬鹿だった。

しかも他人に指摘されて、ここまで言われないと分からなかった大馬鹿だ。


てっきりこのまま王都に帰されると思っていたら、トアさんはもう一度、私にチャンスをくれた。


「諜報活動はいくらしても良いですけど、それで仕事に支障をきたすようなら即刻解雇しますからね」

「え?あの…」

 諜報活動はいくらしても良い?どう言うこと?


「密偵としての仕事もこなさないとあなたが困るでしょう。商会の仕事と並行してやる分には何の文句もありませんから、好きに調べてくれて結構ですよ。私は調べられて困ることは一つもないですから」


その器の大きさを目の当たりにして、言葉も無かった。


後日、宣言通りに密偵の仕事をすべく自宅に帰るトアさんの跡を付けようとしたらSランク冒険者に抱えられ空高く舞い上がられて、追跡を断念させられた。

何それ、ズルい。


数日後、不満を顔に出した訳でもないのに、すぐに察したらしくトアさんが別に隠すことでもないからと自宅の場所を教えてくれた。


希少な薬草採取の為に『死の森』に住んでる?

この国でも1、2を争う危険地帯に?

でもSランク冒険者が護衛についているなら、それも可能かと納得したけど。

戦闘がCランクの私が行けるわけないじゃないっ。


途方に暮れて思わず半泣きになっていたら、マカロンというお菓子をくれた。

前にもらった時、そのさっくりとした淡雪みたいな食感と中に挟んであるクリームとの相性が抜群で、こんなに美味しいお菓子がこの世にあったんだと感激したのをしっかり見られていたらしい。

トアさんの洞察力が凄すぎます。


そういえば宰相様も、トアさんに調子こいたら趣味をバラすと脅さ…叱られたらしい。

それを調べ上げた手際は見事としか言いようがなく。

暴露されるのが趣味くらいなら良いけど、トアさんなら次は宰相様の息の根を(政治的に)簡単に止められるネタをぶち込んでくるだろう。


宰相様もそれが分かったから、すぐに『申し訳なかった』との返事を寄こした。

この国で一番怖いのはトアさんと確信した瞬間だった。


結局、私は王都に戻ることなく、引き続きマリキス商会の…いえ、トアさんの動向を宰相様に随時報告してゆくことになった。

でも報告書の添削をトアさんがしてくれてるから、あまり意味はないとは思うけど。



「レリナさーん、これお願いねぇ」

「はい、喜んで」

 いろいろあったけど今は此処にいるのも悪くないと思える。

同僚はみんな優しいし、何よりきちんと仕事をすると感謝してくれる。

王都に居た頃は、やれて当たり前で誰も感謝なんてしてくれなかったからそれが嬉しい。


何より3時のお茶の時に出されるトアさんの手作りお菓子はどれも絶品だし。

密偵なんか辞めて、此処にちゃんと就職しようかなと本気で考える今日この頃だ。





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