48、I will be back
王都から帰って、早2週間が経ちました。
時間がメッチャ早く過ぎていった王都とは違い、トスカの町はゆったりとしていて気が休まります。
サザン侯爵から教えられたように、王都での一連の事件の犯人はソーム商会の会頭ユルザとなり、彼を筆頭に関係者の多くが捕まり犯罪奴隷となりました。
フランツ商会は新しい会頭のミゲルの下、以前と変わらぬ繁栄を続けているそうです。
まあ、元々裏で彼が行っていたことですからね。
大勢に変化はないでしょう。
今まで通り経済の活性化を推進してほしいものです。
マリキス商会の方は、おかげさまで品評会で名を売った成果が出て業績は右肩上がりです。
さっき予約分の荷が王都に向けて出発しました。
職人さんに負担をかけないよう注意しながら、出荷量を増やしてゆく予定です。
で、それを見越して輸送部門を新たに立ち上げることにしました。
今までは業者に委託していた荷運びを、新たに担当者を決めて定期的に運行してゆきます。
その担当部長となったのが元冒険者のアランさん。
そろそろ落ち着いた暮らしがしたかったと応募に手を挙げてくれました。
茶髪に碧眼の精悍なナイスガイです。
副部長にやはり元冒険者のジェフリーさんを迎え、月に3回のペースで交代で冒険者さん達と一緒に王都とトスカを往復してくれることになってます。
ちなみにジェフリーさんは金髪碧眼の正統派イケメンさんです。
あと、新たなスタッフとして事務方にレリナさんという21歳のお姉さんが商会に入りました。
こちらは青髪に紫眼の口元のホクロが色っぽい美女さん。
マロウさんの秘書で小麦色の髪に蒼い瞳の知的美人のセーラさんと並ぶ姿は一見の価値ありです。
彼女の仕事はセーラさんの補佐です。
書類を揃えたり、資料を作成したり、小売店の要望を聞いて商品を手配したりといろいろ手広くやってくれてます。
最初の頃は慣れない所為か、いろいろとポカをやらかしましたが今では人が変わったようにキビキビと働いてくれるので助かります。
『トアはんも人が悪いわ。アランはん達、顔が真っ青やったで』
私の隣で新作のクリームブリュレを食べてるサンダー君がそんなことを言ってますが、私は悪くないと思いますよ。
私はただ出発前のアランさんと見送るジェフリーさんにこう言っただけです。
「王太子様によろしくお伝え下さい」と。
「あの2人は殿下の…」
絶句するマロウさんに、そうと事も無げに頷きます。
「役目は私の監視と護衛でしょうね。王都でいろいろやらかしたから心配なんじゃない?」
私の側に飛びトカゲがいると聞いた時は、生きた心地がしなかったんじゃないでしょうか。
ですが短い付き合いの中でも私の為人は判っていただけたようで、国に対して牙を剥くような真似はしないと信用はしてくれているようです。
でなければ即、抹殺対象でしょう。
それでも対処くらいはしないと、と言うことであの2人が派遣された訳です。
「顔色が悪くなるくらいで済んで良かったではないか。レリナの時は泣いて土下座して…ん、おったぞ」
クリームブリュレを口に入れながらのウェルの言に、マロウさんの目がこれ以上無いくらい見開かれます。
「…まさか」
「こっちは宰相様の手の者ですね」
しれっと言ってのける私に、マロウさんは二の句が継げれない様子です。
3人共、鑑定を誤魔化すスキルの『偽装』や魔道具を持ってましたが私の鑑定レベルはMAXですので無駄なんですよ。
失礼とは思いますが商会スタッフは全員、面接の時に鑑定をかけさせてもらってますので、怪しげな人は雇いません。
今回だけは断っても別の人が派遣されるだけだと分かってましたから敢えて雇いましたけど。
「はい、これ」
「…何でしょう?」
働き出して5日目、手渡された封書にレリナさんが怪訝な顔をします。
「あなたの成績表です。5段階評価になってますから今後の参考にすると良いですよ」
「はあ…」
訳が判らない様子で封書の中を見たその顔が硬直します。
「こ、これは…」
「ですから成績表ですよ。密偵としてのね」
固まったままのレリナさんにその詳細を説明します。
「まず『動作』が1、隠しているつもりでしょうが動きに隙が無さすぎます。そんな一般人はいません」
マーチ君から格闘を教えてもらいましたからね。
心得があるかどうかくらいは動きで判ります。
「次の『言葉遣い』これも1、謙譲語の語彙が豊かすぎるので、高貴な方に仕えていたのが丸わかりです」
そもそも尊敬語と謙譲語の違いは、
尊敬語 → 相手を立てる時に使う言葉。
謙譲語 → 自分をへりくだる時に使う言葉 です。
謙譲語は目上の人に対して、自分を下げることで相手を立てるという意味合いがあります。
普通に暮らしている中では、あまり使われることのない言葉使いです。
「次が『計算』これも1、能力の高さを隠すつもりだったんでしょうが普通に間違えたのとワザと間違えたのでは、見る人が見ればすぐに判ります」
そんな調子ですべての項目で1が付けられた成績表を前にして、私が総評を読み上げます。
「一般人に擬態しようとする努力は買いますが、すべてが空回りしていて見ている方が痛いです。
何より出来る仕事をワザと出来ない振りをして、周囲に迷惑をかけてもこれが任務だと開き直り、罪悪感すら覚えないのは人として終わってます。
次の任務では、そこのところを直してから臨んだ方が良いと思いますので頑張りましょう。…ではこれを持って宰相様のところにお戻り下さい。
ああそれと、新たに寄こすならもう少し使える者にしてほしいと伝えて下さいね」
痛くもない腹をいくら探られようと、へでも無いですが。
それで商会の仕事に差し障りが出るのなら話は別です。
彼女がワザとやらかしたミスを、まだ慣れてないからと笑って許し、自分の仕事を抱えながらフォローに回ったシャオちゃん達のことを思うと簡単に許すわけにはゆきません。
「わ、私は…」
「何か言いたいことでも?言い訳ならいくらでも聞きますよ。その度に叩き潰しますけど」
ニッコリ笑うと、真っ赤だった彼女の顔がどんどん青白くなってゆきます。
あれ?なんでウェルまで青くなっているんです。
それにじりじりと後に下がってゆくし。
サンダー君までが半べソかいてウェルの腕にしがみ付いてます。
前にサム君から『トアさん、滅多に怒らないっすけど。怒った時、特に他人の努力を蔑ろにする相手への威圧は凄まじいすよね』と言われました。
そうですか?
ですが今に満足することなく、たとえ微々たる歩みでも前へ進もうと努力する。
それを馬鹿にしたりすることは誰にも出来ないはずです。
ですが世の中には相手が自分より下だと認識した途端、上から目線でその相手の努力を蔑ろにする者がいます。
挙句、その努力を無駄と決めつけ邪魔をし、失敗を嘲笑う者も。
私はそんな輩を許そうとは思いません。
ちなみに怒りがMAXの時の私は、禍々しいオーラを放ったまま笑みを絶やさず柔らかい声音で理攻めにして、相手を容赦なく追い詰めてゆくそうで。
その姿は恐怖そのものだとか。
やられた方は軽くトラウマだそうです。
怒った記憶はありますが、そこまでしましたっけ?
自分のことですがよく判りません。
「も、申し訳ありませんでしたぁぁっ」
で、最後はレリナさん泣いて土下座して終了。
心底から後悔しているようなので諜報活動はいくらしても良いが、それで仕事に支障をきたすようなら即刻解雇すると言い渡しました。
宰相様にはことの顛末を書いた手紙を出し、レリナさんはこのまま商会に置いておきますが、またおかしな真似をしたら商会の総力を以て貴殿の趣味を国中にバラしますと通告しておきました。
ちなみに宰相様の趣味は縫いぐるみ集めです。
謁見前の寸志に何を贈ろうかと周囲をリサーチしたところ、お嬢様への贈り物として頻繁に縫いぐるみを購入していることが判明。
しかしお嬢様はアウトドアを好み、乗馬やコルトというゴルフに似たスポーツが趣味で縫いぐるみを欲しがる方とは思えません。
奥様も同じで、お嬢様の趣味はお母様譲りのようでした。
つまり頻繁な購入は自分の為という結論に達し、裏を取るために宰相邸のメイドさんに秘かにチョコを渡して確認したらビンゴでした。
通告内容を手紙にしたためたら即行で『申し訳なかった』との返事が来ました。
でも別にいいと思いますよ。
激務の癒しを縫いぐるみに求め、寝室が百を超える可愛らしい縫いぐるみで
溢れていても。
それに囲まれてニヤついているのがムサイおっさんだとしても。
「…まったくお前は」
派手なため息をつくマロウさんの肩を労わるようにサンダー君が叩いてます。
そういえばサンダー君の正体を教えた時も大変でしたね。
我を忘れてパニくるマロウさんという珍しいものが見られました。
『迷惑はかけへんから安心してや』と
当のサンダー君に宥められ、何故か脱力してましたね。
「それじゃあ、後のことはよろしくお願いします。4日後にまた来ますから」
「ああ、分かった」
「お気をつけて~」
マロウさんとシャオちゃんに見送られ、ウェルと2人でハルキスハウスへと帰ります。
前に帰ろうとした時、レリナさんが跡を付けてこようとしましたがウェルに抱えられ【飛翔】の魔法で空高く舞い上がったところで諦めたようです。
別に隠すことでもないので、希少な薬草採取の為に『死の森』に住んでると教えたら半泣きになってましたね。
家を訪ねてきても良いですけど、命の保証はしかねますよ。
ウェルのおかげで道中は超楽です。
そのうえポロロの葉が無くても、モノホンのドラゴンが近くを飛んでますからね。
魔獣の影すら見えません。
休憩を入れつつ2時間ほどで懐かしのハルキスハウスに到着です。
おや、入口辺りに何かいますね。
あのシルエットは間違いなく…。




