47、ねぇ知ってる?ドラゴンはね
「早くプリメリラさまの手当てをしないと」
王太子に抱きかかえられている御令嬢の下に屈み込み、アイテムボックスから取り出した回復薬を唇に寄せます。
ですが完全に意識を失っているため飲んではくれず、こうなったら口移しでと御令嬢の顎を持ち上げたら。
「その役目は私にやらせてくれ」
言うなり回復薬を取り上げ、王太子が御令嬢に口付けます。
先程の遣り取りからただの顔見知りではないとは思ってましたが、どうやらこのお二人、恋仲だったようですね。
回復薬が効いたようで御令嬢の顔色が少しですが良くなり、呼吸も落ち着いてきました。
それに感電して倒れた騎士さんや魔術師さん達も無事のようです。
呻き声を上げながら、起き上がる人も出てきました。
「…取り敢えず、お城に行こうか」
抱いている元ドラゴン、今は飛びトカゲを眺めながらウェルを見上げます。
「そうだな、此処でこうしていても何も始まらん」
ウェルの言葉を受けて王太子が御令嬢を抱き上げます。
「…すまない、プリメリラ」
やつれた面差しに痛々し気な呟きが零れ落ちます。
何の不自由もない生活を送っていたお嬢様が、いきなり没落し辛酸を舐めることになったのです。
その苦労と辛さはいかばかりのものだったか。
復讐に走る気持ちも分からなくはないですが、無関係の者まで巻き込もうとした事は許されません。
ですが一番悪いのは、御令嬢を影で操った人物です。
事件の真相を教え、復讐心を煽り、自分に出来ることは復讐しかないと思い込ませ、その手段として竜乞歌を教え、魔力増量薬を与える。
御令嬢が薬瓶を取り出した時、中身がかなり減っていました。
王城にドラゴンを誘導するために何度も飲んでは歌っていたのでしょう。
そんな無茶な使い方をすれば命はないと分かっていたはずです。
それでも良いと思うまで追い詰めた相手を、薬師として許すことは出来ません。
薬は人を助けるものであって、不幸にする道具ではないのです。
戦い終わって日が暮れて。
ドラゴンは雷を落とし、そのまま飛び去っていった。
と言うことになりました。
御令嬢が竜乞歌で誘導してきたことも、私が歌でドラゴンを眠らせたことも、すべてはなかったことになりました。
で、今は王宮の一室で王太子さま、私、ウェル、そして飛びトカゲサイズのドラゴンと仲良くお茶しているところです。
あの後、私の胸元で目を覚ましたドラゴンは驚きのあまりこう叫びました。
『何やこりゃあっ!』
なにやらメッチャ親近感のある叫びです。
あ、もちろんこれは念話と呼ばれるテレパシーみたいなものでの会話です。
使い魔契約をすると主と魔獣の間で出来るようになりますが、ドラゴンは契約とは関係なく選んだ相手と出来るそうです。
さすがは最強生物。
話が通じるのならばと今の状況を説明したら。
『空を飛んどったらな、えろう綺麗な声が聞こえてきてなぁ。誘われるまんまフラフラ飛んで気ぃついたらこの騒ぎや。武器持った人族に囲まれてどないしょと焦ってもうて、思わず雷落したんやけど。ほんま、申し訳なかったで』
と、流暢な関西弁で平身低頭で謝ってくれました。
マーチ君の例もあるので、言葉遣いについては敢えて突っ込みません。
突っ込みませんとも。
『いやぁ、メチャ美味やなぁ。この菓子ぃ』
ドラゴン襲来の余波で、王宮内は未だバタバタしているので、お茶とお菓子は私のアイテムボックスから出しました。
チーズケーキを完食して、今は顔をカスタードだらけにしてシュークリームを堪能中です。
「でも何でそのサイズに?」
私の疑問に、秘密やでと前置きしてから説明してくれました。
ねぇ知ってる?ドラゴンはね、食料調達が楽だから小さくなってるんだって。
再び豆でシバな子犬登場。
理由を聞いて白目を剥きそうになりましたよ。
本来の大きさだと満腹になるには大型魔獣が10頭ほど必要ですが、このサイズになればコッケ鳥の半身くらいで済むのだとか。
休むにしても、眠るにしても、小さい方が何かと勝手が良いので大抵のドラゴンは普段はこのサイズだそうです。
そりゃあ、目撃情報が少ないわけですよ。
飛びトカゲのふりして、そこらを徘徊しているんですから。
しかも剛の者だと、本物の飛びトカゲの群れに混じって街中でシティライフをエンジョイしているのだとか。
何それ、怖い。
カラスだと思ってホウキを振り回して追っ払ったら、実はその中にプテラノドンが混じっていたってなことでしょう。
ちなみにさっき大きくなっていたのは、竜乞歌がドラゴンの求愛の声によく似ているので、てっきりカワイコちゃんが自分を呼んでいるんだと思い、カッコウを付けるために本来の大きさに戻ったとのこと。
どの種族も男って生き物は見栄っ張りですねー。
眠ったら小さくなったのは、睡眠中にうっかり元のサイズに戻ったりしないよう意識が無い時は大きくならない魔法を自らにかけているからだそうです。
「ところでドラゴンさんのお名前は?」
今更ながらの質問に、カリカリと前足で頭を掻きながら答えをくれます。
『名前はまだ無いんや』
どこの我が猫ですか。
「お仲間からは何と呼ばれているんです?」
『まんま雷竜やね。ドラゴンは一匹で暮らすことが多いよって、あんま名前とか必要ないしなぁ。こんな風に誰かと話すんも久しぶりや』
「寂しくないですか?」
『そりゃあ、ちーとはな。…そや、ええ機会やからワイに名前付けてくれへんか』
とんでもない申し出に、それまで黙って私たちの会話を聞いていた(口を挟めなかったが正解ですが)ウェルと王太子が慌てて身を乗り出します。
「そ、それはトアと使い魔契約を結ぶということか?」
「それが他国に知れたらとんでもないことになるぞっ」
確かに最強生物のドラゴンを使役できるとなったら、私自身が兵器扱いでしょう。
他国にとっては脅威以外の何物でもありません。
それを取り払うため、早々に暗殺ってことになるでしょうね。
ですがそれを苦笑と共にドラゴンさんが否定します。
『使い魔契約っちゅうのは、主側と使い魔側のレベルが違いすぎとったら出来へんもんなんや。せやから人がドラゴンを使役するんは、まず無理や。お日さんが西から昇ってもありえへんって』
「そういうことでしたら…そうですね」
考え込みながらドラゴンさんを見つめます。
真っ黒な体に黄色いギザギザ模様…となれば。
「名前は…サンダー君で」
ブラックと言ったらサンダーです。
異論は認めない。
ですがこのチョコ菓子シリーズ、何処まで続くんでしょうね。
『サンダーかいな、かっこええ名前やないか。おおきに』
ペコリと頭を下げるサンダー君。
うん、可愛い。
「喜んでもらえて何よりです。それでこれからどうします?」
『せやな、今まで通りに山で暮らすわ。面倒はかけへんから安心してや』
「承知した。尊いドラゴンの言葉を疑いはしない」
王太子の宣言に満足げに頷くと、サンダー君は窓から外へと飛んでゆきました。
「これから忙しくなりそうですね」
「ああ、プリメリラの話の裏が取れ次第、罪人に相応しい罰を与えねばならん」
握られた拳、その指の先が白くなっています。
それが王太子の悔しさを伝えてきます。
「あの事件がなければ、プリメリラに身分差から正妃は無理としても側妃として私の下に来てもらいたかった。…幸せにしてやりたかった」
「でしたらそのことをプリメリラさまにお伝え下さい。一番大切なのは相手に自分の想いを言葉にして伝えることです。分かっているはず、そう思っているはず、は厳禁です」
私の言葉に王太子が小さく頷きます。
「そうだな、王都を出てゆくプリメリラから別れを言われた時、もっと食い下がってちゃんと話をすれば良かった。黙って見送ったりするのではなかった」
後悔の言葉を紡いでから、王太子は決然と立ち上がりました。
「いろいろと世話を掛けた。感謝する」
「いえ、サクルラ国民として当然のことをしたまでです」
淑女の礼を取る私と、胸に手を当て騎士の礼をするウェルを見つめてから王太子は部屋を出てゆかれました。
「…トア、あの令嬢はもう」
「うん」
先の言葉を紡げずにいるウェルに、私も頷くだけで答えます。
それから2日の後。
駆け付けたカロリーナお嬢様から新魔法を開発することでサザン家とロウズ家の名誉を取り戻そうとしたことを聞き。
王太子からも変わらず好きだと言われ、正式なプロポーズを受け。
自分がずっと一人では無かったと知って幸せそうに微笑んでからプリメリラさまは静かに息を引き取られたそうです。
辛い日々を送っていた彼女が、最期に幸せを感じられたのが唯一の救いでした。
名残は惜しいですが、そろそろトスカの町に戻りましょうか。
余談ながら例の毒消しの製作代金はなんと百万エルになりました。
口止め料と、お疲れさん料込みでこの値段になったそうです。
で、何故か判りませんが王都の薬師ギルドでは私用のファイルに『取り扱い注意』の札が貼られたそうです。…解せぬ。
町に残ってくれた人達にお土産を買い、行きと違い2台の馬車に分乗します。
ゴードンさん達は護衛として一緒にトスカに戻り。
(奥さんと子供さん、可愛い彼女さんが待ってますからね)
ミーケさん達はまだしばらく王都近辺で冒険者の仕事をするそうです。
そしてロズ君たちは…。
「ずっと兄さん達に付きあって上げてたんだから、今度は私に付きあってくれてもいいじゃないっ」
とリンナちゃんに凄まれて、ロズ君は彼女のマネージャーをジョエル君は付き人をすることになりました。
いえね、前座ライブが大好評で、これで終わりにするのはもったいないと劇団の人に口説かれまして。
誰もが断る中、リンナちゃんだけがOKを出し。
新たなメンバーを募り、彼女を中心としたチームを作って売り出すことになりました。
劇団スタッフにメンバーの似顔絵を売ったり、握手会を開いたりするといいですよと入れ知恵しておいたのは内緒だ。
そして王都最大のお土産が私の膝上に…。
『いやー、トアはんの作る菓子は最高やなー』
クッキーの袋に頭を突っ込んでゴソゴソしている様は、尊いドラゴンとはとても思えません。
菓子欲しさに付いてくると言われた時は、いいのかっそれでっと思いっきり突っ込んだ私は悪くない。
もう好きにして下さい。
何があっても私は知りません。
大変申し訳ございません。
作中に出て来る関西弁ですが、私は生まれも育ちも関東圏なので
使っているのはお笑いの人達のを参考にしたデタラメ関西弁です。
おかしな点がありましても笑って流していただけると助かります。