45、国王陛下との謁見
さて、とうとうこの日がやって来ました。
王宮に向かうのは、私、ウェル、マロウさんの3人です。
迎えの馬車に乗り込み、内心ガクブルしながら窓の外を眺めます。
ちなみに本日の服装は…。
ウェルはエルフの祭礼装。ギリシャ風のストレートラインの白いドレスに腰に金の細かい刺繍が施された白の帯が巻かれています。
その上からオーガンジーに似た透け素材の新緑色のローブを羽織ってます。
足元は麻で作られたサンダル風の靴。
これがエルフの正式な民族衣装なのだそうです。
ウェルの怜悧な美貌によく似合っていて、惚れ惚れするほど綺麗です。
マロウさんは実家のアルン男爵家の紋章が入った黒の燕尾服ぽい礼服。
今回初めて知りましたがマロウさんは貴族でした。
本人曰く、母親が妾の四男なんぞ平民と同じ…だそうですが。
成人と同時に家を追われるように出され、それ以後は絶縁状態でしたが陛下に謁見すると聞きつけた父親が着るようにと礼服を押し付けてきたそうです。
いろいろ揉めましたが、今後は一切の干渉無用を条件に受け取りました。
そして私は…マリキス商会の総力を結集したものを身に着けてます。
ホルンさんが作った赤いハイヒール。
動く度に白い花と小鳥が踊る髪飾りはソフィアさん渾身の作品です。
着ているドレスは一見すると無地ですが、よく見れば細かい模様が染め込まれた紅色の生地は染物師ロアさんの入魂の作。
デザインはオフショルダーのフリル袖。
つまり肩が剥き出しのボーダーカラーから細く袖が伸びて、肘から先が花のように開いたフリルになっているものです。
下はボリュームたっぷりのベルラインスカートで、ウエストから幾つものフリルがらせん状に巻き着くように広がっています。
低身長をカバーするには、これくらいインパクトがないと目立ちませんから。
なにしろ今日の私は商会の歩く広告塔ですので。
長い時間をかけ、ようやく王宮入口に到着です。
それでもまだ馬車から降りません。
幾つもの門を抜け、大きな建物を4つ横切ったところでやっと謁見場がある本城に辿り着きました。
馬車を降りてからがまた長い。
案内の侍従さんに導かれるまま、延々と豪華絢爛な廊下を歩かされて何度も階段を上がり、ようやく目的地である一室の前までやって来ました。
これが王族の日常だとしたら、絶対になりたくないです。
ゆっくりと開かれる重厚な扉。
開かれた先には奥に続く赤い絨毯の道があり、その最終地点には一段高い玉座が見えます。
そこはまだ無人で、私達はその3m手前辺りで傅いて王様の到着を待ちます。
足元の絨毯を見つめていたら程なく人の気配がして、前後左右を囲まれます。
「面を上げよ」
凛とした男の人の声に顔を上に向けると、玉座にナイスミドルなおじ様。
その奥に上品な夫人…王妃様でしょう。
王様の周囲には国の重鎮と思われるおじさんの団体。
左側はそのがっしりした体格と重そうな鎧から近衛の騎士団関係者。
右は宰相を始めとした文官の人達…あ、宰相の隣にサザン侯爵発見。
此方を見る目が笑ってます。
後の気配は警護の兵士さんたちでしょう。
私達の為に出仕、ご苦労様です。
ちなみに持参した最後のチョコ菓子の詰め合わせは、侍従さんに渡し済みです。
鑑定士の人達が寄って集って調べまくったんでしょうね。
で、異常なしと判断されたので、みなさん御登場という訳です。
「マリキス商会のマロウ・ジョゼフ・アルン男爵子息。トワリア嬢。そしてSクラス冒険者・エルフのウェルティアナ殿。ようこそ参られた。活躍はこの王宮にも届いておる」
最初の声は宰相さまの物だったんですね。
男盛りのロマンスグレイ…厳つい面ですが目元は秀麗で、続けられた言葉も淀みなく、如何にも切れ者って感じです。
うん、間違いなく腹黒。
4人目認定ですね。
その後は格式に乗っ取った遣り取りが続き、最後に揃って頭を下げて謁見終了。
やれやれです。
ですがこれは前哨戦。
すぐに別所へと案内され、次は王族のプライベートルームに近い離宮です。
そこの花が咲き誇る奥庭で、王さま主催のガーデンパーティーが開かれます。
出席者は王族と伯爵以上の御家族とゲストの私達。
事前に名刺代わりに各家に商会の商品を贈ってありますので、最初の掴みはOK。
挨拶をして廻ると皆さん友好的に接して下さいます。
唯一、パウエル伯爵という脂ぎったおっさんからは睨まれましたけど。
どうやらフランツ商会とは深い繋がりの間柄のようです。
離れ際、マロウさんがコソッと教えてくれました。
まあ、今回フランツ商会の面目をメッコメッコに潰しましたからね。
で、いざ歓談タイムとなったらマロウさん大人気。
妙齢のお嬢様達に群がられております。
曲がりなりにも貴族ですし、イケメンな上に商会の筆頭取締役という財布持ちの優良物件ですからね。
三女、四女辺りなら嫁入り先に申し分なし…ってとこでしょう。
ウェルは騎士関係の人達に囲まれています。
その武勇伝を聞きたがったり、機会があれば手合わせをとの申し込みが多いみたいです。
桁違いのその強さに憧れている人が意外といて、此方も大人気です。
さて、私ですが…。
美容に命を燃やしている御婦人たちに360度囲まれてます。
薬師だということが知れ渡っているらしく、専門的な意見を求められます。
肌の不調を何とかしたい、ゴワつく髪質を変えたい、綺麗に見える化粧法、大まかに分けるとそんな質問がほとんどですね。
アーステアでは厚塗り化粧が主流で、その所為かお肌へのダメージが大きく。
みなさん、吹き出物や湿疹といった肌トラブルを抱えてました。
で、それを隠すためにさらに白粉を厚く塗る悪循環。
なので、まずは一般的な対処法を教えます。
肌の不調は生活習慣の改善と毎日の洗顔とフェイスマッサージで血行を良くすれば大抵は良くなります。
商会で売り出した肌質を整える美容液パックを勧めておきました。
髪については、こまめなシャンプーとリンス代わりにオイルを塗ることを提唱。
ヘッドスパのやり方を教えましたら、早速今夜からメイドさんにやってもらうと意気込んでました。
化粧法については、顔は一つとして同じものは無いので個々に相談に乗りました。
出来たら厚塗りは控えるように言い、ナチュラルメイクを推奨します。
新商品のチークを紹介し、それを使うことで肌に濃淡をつけ、顔立ちをはっきりさせる化粧法を伝授してゆきます。
それが一段落したところで、ようやくカロリーナお嬢様が近付いてこれました。
さっきから話しかけたがっていたのですが、御夫人方の気迫に負けてましたから。
「しばらくぶりですわ」
「はい、今日もお綺麗です」
春らしい若草色のドレスがよくお似合いですよー。
私に褒められて、少し顔を赤くしながらお嬢様が口を開きます。
「今度、我が家でチョコレート製造を手掛けるとお父様がおっしゃったら皆様とても喜ばれて、わたくしにも優しい言葉をかけて下さるの」
「それは良かったです」
早速、発表しましたか。
やりますね、さすがは侯爵様。
ですが事件以来、陰口ばかり言われていたお嬢様としては嬉しいことでしょう。
「それと皆さん、トアさんのドレスや髪飾り、それに足が綺麗に見える靴のことをとても誉めてましたわ。商会でお買いになれますとお教えしましたら、後で問い合わせるとおっしゃってました」
口コミありがとうございます。
下手な宣伝より、そちらの方が強力なことが多いですから有難いです。
そんな会話をしていたら王さまに呼ばれました。
いよいよ本丸ですか。
お嬢様に見送られて、ロイヤルファミリーの下へ足を運びます。
「本日はお招きいただきありがとうございます」
粛々とカーテシーをして敬意を表します。
ちなみにカーテシーとは、片足を斜め後ろの内側に引き、もう片方の足の膝を軽く曲げ、背筋は伸ばしたままする挨拶のことです。
練習なしでいきなりやるとバランスを崩してコケたり、筋違いを起こしたりするので要注意。
「そなたの話はいろいろと儂の耳にも入ってきておる。天賦の才を持つ薬師、または商いの天稟とな」
何ですか、その誇大広告。
王様の耳に入れた奴、出てこいや。ちょっと建物の影でお話しようじゃないか。
「身に余る呼び名でございます。どうかお忘れになって下さい」
「いや、あながち外れてはおるまい。茶会での毒事件を見事解決した手腕は見事である」
「ありがとうございます」
此処は素直に頷いておきましょう。
下手に否定すると藪から蛇ならぬアナコンダくらい出てきそうです。
「あのサザンチョコレートですか。とても美味しかったですわ。今後も作ってくれますのでしょう」
期待で一杯の目で此方を見つめる王妃さま。
そんなに気に入っていただけたんですか。ありがとうございます。
「はい、原料のカオオ豆が入り次第すぐに作りたいと思っております。王都ではサザン侯爵様にお作りいただけるようお願いいたしましたところ快諾をいただけました」
そう、侯爵様はあくまで此方の依頼を受けただけです。
領地経営以外で自分から金儲けに精を出すのは、卑しいことと貴族では思われているからです。
ほんと、貴族の社会って面倒臭いです。
「まあ、それは楽しみですわ」
嬉し気な王妃様の後では2人の姫様たちもキャッキャッと喜んでおられます。
可愛いなぁ。
「それよりお前の商会は武器は扱わないのか?食べ物や女が喜ぶ物ばかりでは国に尽くしているとは言えぬだろう」
物騒なことを言い出したのは第二王子のようです。
歳は確かマリアと同じ14歳。
ですが武器を扱えば国の為になる?アホですか、この王子は。
「わたくし共の武器は美味しい食べ物と女性を綺麗にすることですので。殿下はそのどちらもお嫌いということですか?」
「あらそうなの、お兄様」
「だったら新たに来たチョコレートは分けなくてよろしいわね」
私の言葉に反応した姉姫と妹姫さま達にやり込められ、違うと慌てて首を振ります。
「嫌いだなんて言っていないだろう。お前も変なことを言うなっ」
「それは失礼いたしました。ですが高位の方の言葉は、此度のように真意とは違うように取られることもありますのでご注意を」
「はは、これは一本取られたな。ディーノ」
「兄上っ」
割って入ってきたのはマリウス王太子殿下、19歳。
まさに王子さまという美形さんです。
「確かにお前の武器は剣や槍ではないな。菓子一つでサザンの名を復権してみせた手腕は見事だ。…お前のような切れ者が3年前に王宮にいてくれたらな」
しみじみとした呟きには哀愁がこもっています。
3年前というと、例のロウズ事件のことでしょうか。
そういえばこの王太子さまが率先して賄賂撲滅を進めているのでしたね。
どうやら事件には何やら裏がありそうです。
とか思っていたら、いきなり周囲が騒がしくなりました。
警備の兵士さん達が焦った様子で、あちこち移動してます。
そこへ駈け込んできた兵士さんが王様に報告します。
「王都近辺の上空にドラゴンが現れましたっ」
はいぃぃ?