44、サザン侯爵邸にて
「豪華っ」
サザン侯爵家の門前に立って、思わず出た言葉がこれ。
昔、赤坂の迎賓館見学会に参加した時もその規模と豪華さに圧倒されましたが、侯爵邸も負けてないです。
王家の外戚で、広大な領地を持ち、政務官としても活躍されているお家ですからね。
ちなみにロウズ男爵家と揉めたのは現当主の父親、つまりカロリーナお嬢様のお祖父さんですね。
事件の責任を取る形で、今は領地に引っ込み隠居の身だそうです。
王宮に行く前の度胸付けのつもりで招待を受けましたが、少しばかりの後悔が胸を過ぎります。
何しろ前世も今世も生粋の庶民or平民ですから。
一応、礼儀作法は頭に叩き込んではきましたが、所詮は付け焼刃ですからね。
いつボロが出てもおかしくないので不安はMAXです。
「トア、どうかしたか?」
立ち止まったままの私に、ウェルが不思議そうな目を向けます。
「いや、凄く立派なお屋敷だなと思って」
「そうだな。さすがは6家しかない侯爵家だけはある。令嬢が美味いものをたくさん用意しておくと言っておったので楽しみだ」
さすがなのはブレないウェルの方だと思います。
でも変わらぬマイペースさに、肩に入っていた力が自然と抜けました。
余談ながら、サクルラ国にいる貴族は公爵が2家、侯爵が6家、辺境伯4家、伯爵15家、子爵25家、男爵39家(本来は40家でしたがロウズ家が消えたので)準男爵50家です。
正確には準男爵は貴族ではなく平民です。
敬称は騎士爵と同様ですが、一代限りのナイトと違って世襲になってます。
国王陛下に謁見が叶うのは伯爵までで、それ以下は高位貴族の付き人としてでしか王宮に上がれません。
なのでポッと出の新参商会の関係者、それもバリバリの平民が陛下と謁見とかどんだけイレギュラーなのか分かりますでしょう。
あの美少年ジイちゃん、どんな奥の手を使ったのやら。
門番の人に名を告げると、すぐに屋敷の中へと案内されました。
奥の間に入る前に簡単なボディチェックを受け、ウェルは剣を預けるように言われます。
ロウズ家の家臣から襲撃を受けてますからね。
これくらいの用心は必要でしょう。
「ようこそ、お待ちしておりましたわ」
案内されたサロンには、既にカロリーナお嬢様が待っていました。
大きな窓からは日差しが溢れ、華美ではなく品の良い調度が置かれている様はさすが侯爵家、センスが良いです。
その中に立つお嬢様は濃い黄色のドレスがよくお似合いで、弾けるような素敵な笑顔を浮かべています。
野獣にされた王子様が一目ぼれした娘さんみたいに魅力的です。
「本日はお招きいただきありがとうございます」
「世話をかける」
スカートを摘まんで頭を下げる私と同じタイミングでウェルも会釈します。
「さ、お座りになって」
促されるままソファーに腰を下ろすと、すぐさまメイドさんがテーブルに優雅な動きでお茶を置きます。
飲んでみたら味も温度も完璧、プロフェッショナルです。
「お持ちいただいたお菓子でございます」
別のメイドさんが手土産として渡したチョコレートケーキを切り分けてくれました。
「まあ、これもチョコですの?」
「はい、ザッハトルテというケーキです。
チョコレート味のバターケーキを作り、酸味の強いジャムを塗った後に、溶かしたチョコレート入りの糖衣でコーティングしたものです。口直しに砂糖を入れずに泡立てた生クリームを添えて食べたりもします」
私の説明に頷きながら、お嬢様は興味深そうにケーキを見つめています。
「ゴクッ」
小さなその音に気付いて入口の扉を見れば、隙間から6つの目が覗いています。
ウェルが警戒していないので敵意は無いのでしょうが。
「まあ、何をしていらっしゃいますの。お父様、お母様、ルーノ」
「はい?」
お嬢様の呼びかけに驚いていたら、扉から品の良い紳士と淑女、それに10歳ほどの男の子が姿を現しました。
「いやその、噂のマリキス商会の取締役に私も会ってみたくてね」
「ええ、それにこの花のポプリ。わたくしとても気に入りましたの。他にもないかお聞きしたくて」
「僕はそのチョコのケーキが食べてみたい」
お嬢様によく似た可愛らしい坊ちゃまがザッハトルテをlock-onしたまま言葉を綴ります。
「もう、何をおっしゃってますの。トアさんとウェルさんはわたくしのお客様です
のに」
怒った口調のお嬢様を宥めるように、前に進み出ます。
「お初にお目にかかります。マリキス商会取締役のトワリアと申します。
此方は護衛をお願いしていますウェルティアナです」
「よしなに頼む」
揃って頭を下げる私達に、侯爵ご一家が笑顔で頷きます。
それから全員が席に着き、ザッハトルテを味わいながら弟君のルーノ坊ちゃんはウェルから冒険の話を聞いて目を輝かし。
お嬢様と夫人は、私から伝えられるおしゃれ情報を身を乗り出して聞き入ってます。
ザッハトルテだけでなく、ウェルの為に用意された王都で銘菓と名高いお菓子の数々もテーブルに並び。
ウェルとルーノ坊ちゃんが競うように口に運んでます。
その間に私はお嬢様と夫人に、謁見での礼儀作法の最終チェックをお願いします。
下手こいて首が飛ぶような真似はしたくないですから。
そうやって楽しい一時を過ごしてから、私とウェルは侯爵の執務室へと呼ばれました。
「此度の件、感謝する」
言うなり頭を下げた侯爵に、慌てて止めるようお願いします。
「いや、良いのだ。それだけのことをトア殿にはしてもらった。何により事件以来、塞ぎ込んでいたカロリーナが見違えるほど明るくなった。ロウズ男爵令嬢は魔法学校での級友でな。娘とは仲が良かった。それだけに事件のことが堪えたのだろう。我が家の悪名を払拭し、事件のあらましを正しく伝える。そうなればロウズ家の名誉も守れるのではないかと。それしか自分に出来ることはないと魔法の研究に没頭しておった」
お嬢様が身体を壊すまで頑張ったのは、そんな訳があったんですね。
「だがトア殿のおかげで、今では貴族の間ではサザンの名は悪名ではなくチョコレートの名になりつつある。贈ってくれた詰め合わせの一つを陛下に献上したのだが、たいそうお喜びでな。そなたらと会えるのを楽しみにしておられる」
「お、恐れ多いことでございます」
献上したんですか、あのチョコ。
自信作だからいいんですけど、庶民が作ったものを王族がホイホイ口にして良いんでしょうか。
「ところでチョコはまだ残っておるか?」
「はい、もう僅かですが」
「それは重畳、陛下だけでなく、王妃様や王子、王女様方も楽しみにしておられるのでな」
つまり謁見の時に持ってこいってことですよね。
毒入りとかの警戒はしないんでしょうか?
私の疑問に気付いて、侯爵が笑いながら説明してくれました。
王宮には王族専用の鑑定士が数多く控えていて、身の回り、特に口に入れる物は何重にも鑑定されるので大丈夫なのだそうです。
ん、と言うことはトールギスの計画って最初から意味ないですよね。
今回は毒の持ち込み経路が判らなかったので騒ぎになりましたが(まさか飲んだ本人が犯人とは誰も思わなかったんですね。そこだけは計画成功でしたが)優秀な鑑定士がいるなら毒への脅威は皆無ですし、事件そのものはあまり重要視されていなかったのでは。
なのでトールギスが颯爽と解毒剤を持っていっても、実力を認めさせる前にご苦労さんとあしらわれて終わりでしょう。
本当に穴だらけの…穴しかない計画だったんですね。
そんなことを考えていたら、侯爵が居住まいを正して私を見ます。
「トア殿に折り入って頼みがあるのだが」
「何でしょう?」
「私には諸島連合の高官とのパイプがある。これを使いこの先カオオ豆は優先的にマリキス商会に卸させるようにしよう。その代わり、王都でのチョコレート製造は我がサザン侯爵家に一任してもらいたい」
さすがは政務官、チョコの将来性に目を付けましたか。
ですが悪い話ではありません。
遥か遠くにある諸島連合からカオオ豆を確保するには一商会では手に余ります。
しかし侯爵家という後ろ盾があれば、それは可能です。
「承知いたしました」
私の返事にホッとする侯爵でしたが、ですがと言葉を継ぐと途端に顔が引き締まります。
「一つだけ条件がございます」
「何だね?」
どんな無理難題がと身構える侯爵に、笑みと共に条件を伝えます。
「今回、チョコの製造に携わった者達を侯爵家で雇っていただきたいのです。彼らなら製造工程をよく知っていますし、作業にも慣れております」
急遽のチョコ製作でしたので、まったく人手が足りませんでした。
そこで頼ったのがシャオちゃんを育てたお母さん先生の友人で、王都の孤児院の院長先生でした。
孤児院を卒業した子、またはこれから卒業する子で、根気があって単純作業に苦をあまり感じない子を紹介してもらいました。
14歳から19歳までの男女で15人。
3人づつのチームを作り、工程の担当別にそれぞれ【粉砕】【脱水】【撹拌】【加熱】【冷蔵】の魔法を教えました。
時間との戦いでしたので、みんなチョコレート作りの手順を必死で覚えて頑張ってくれました。
希望者は一緒にトスカに行き、いずれ作るチョコ工房で働いてもらおうと思っていましたが、侯爵家で雇っていただけるならそれに越したことはありません。
「…願ってもない申し出だが、何故それが条件なのかね?」
「もったいないからです」
「は?」
私の言葉に侯爵が呆けた顔をします。
「時間の無い中、苦労の末に身に着けてくれた技術です。その頑張りを死蔵させてしまうのはもったいないとは思いませんか?侯爵様のところで生かしていただければ幸いでございます」
「ふむ、トア殿はそう考える人間なのだな」
感心したように此方を見る侯爵に、はいと頷き返します。
「商会に関わる誰もが笑顔でいられること。お客様はもちろん、働く私達もそれが私が商会を立ち上げた目的ですので」
「分かった、そのように取り図ろう。トア殿に託された者達が笑顔でいられるよう私も心しよう」
「はい、よろしくお願いいたします」
深く頭を下げる私に、侯爵は満足げな笑みを向けてきました。
「トカゲの尻尾切り…か」
「どうした?トア」
ため息を吐く私に、ウェルが心配そうに聞いてきます。
「ん、さっきの侯爵様の話を思い返したら…ついね」
「確かに世の常ではあるが、腹の立つことだ」
納得の頷きと共にウェルも同意します。
帰り際に侯爵が内密だがと捜査情報を教えてくれました。
王宮の暗部の調べでは、呪術師への依頼はフランツ商会、門での犯罪ねつ造はその傘下のソーム商会で、ロブル君を唆したのもそこです。
彼を手に掛けたのと魔獣玉は、フランツ商会が雇ったシャドウムーンという金さえ出せばどんな依頼も請け負う闇の何でも屋の仕業。
ですがシャドウムーンについては謎が多く、捕まえることは難しいとのこと。
しかし魔獣玉事件からまだ2日ですよ。
ある程度の目星はつけていたようですが、国の暗部の捜査能力って物凄いですね。
そこまで判明していても、全ての犯行はソーム商会ということで手打ちとなるだろうとは侯爵の弁。
明確な証拠がなく、ソーム商会会頭のユルザが自分がやったと証言しているのでそれ以上はどうしようもないそうです。
その代わりフランツ商会の会頭はデュポンから息子のミゲルに交代だそうです。
何でもデュポンが身体を壊したので、養生する為に故郷に帰るからだとか。
品評会で会った時は健康そのものでしたけどね。
「何だか上手いこと利用されたって感じだよね」
「どういうことだ?」
「商会の裏ボス張ってる息子が、あのダメ親父の行動を把握してないはず無いもの。丁度いい機会だから自分が裏から表に出る為の理由付けとして黙認していて、予想通りに馬鹿を仕出かしたから、これ幸いと切り捨てたんじゃない?」
「なるほどな」
アーステアで3人目の腹黒発見です。
こっちから喧嘩を売る気はありませんが、売ってくるなら買いますよ。
その時にはロブル君を見殺しにした事を償ってもらいます。
ガッツリ泣かしてやるから覚悟しておきなさい。