40、品評会 最終日
3日目、最終日の朝を迎えました。
ロブル君のことは初日に多くの人が屋台で働いているところを見ていたので、すぐに此方にも連絡が来たようです。
遺体はゼフさんの親友で、王都で焼き肉屋台を開いているロブル君の親方に当たる御主人が引き取ってゆきました。
ゼフさんに迷惑をかけて申し訳ないと何度も謝っていたそうです。
その人の話だと、初日が終わった後に上機嫌でこれで独り立ち出来ると友人に言っていたそうで。
どうやら自分の屋台を出す資金欲しさに、今回のことを引き受けたようです。
「目先の金に目が眩んで足を掬われやがって。それで死んだら元も子もねえだろうが」
悔し気に呟くゼフさんの肩に、宥めるようにジルさんの手が置かれます。
「今は俺たちのやるべき事をやるだけだ。嘆くのはそれからでも遅くない」
「…そうだな」
小さく頷くと気を取り直すように大きく頭を振り、ゼフさんがスタッフ達に気合を入れます。
「今日が最終日だ。最後まで気を抜くんじゃあねえぞっ」
「はいっ!」
大声で答えると、みんな小走りに持ち場へと散ってゆきます。
最終日は身分は関係なく、すべての客層が来場します。
なので商品展開は初日に戻しました。
前座ライブも1曲増やして3曲にし、最後のお祭りを盛り上げる予定です。
「盛況のようで何よりですな」
開場してすぐに恰幅の良いオジさんが貴族らしき人と共にブースを訪ねて来ました。
「これはデュポンさん、ようこそ」
はい、この人が国内最大の商会、フランツ商会の会頭…つまりラスボスです。
確たる証拠はありませんが、アンデッドの襲撃や門での犯罪ねつ造、魔石の持ち出しに関わっている可能性大です。
「おや、私を見知ってましたか」
「御高名はトスカにも届いておりますし、情報は商人の命綱ですから」
「ほほう、まだお若いのに大したものだ」
「お褒めにあずかり、恐縮です」
まさに狐と狸の化かし合い的な会話をお互いに笑顔で交わします。
「お前がトワリアか?」
そんな白々しい会話に痺れを切らしたのか、隣の貴族が前に歩み出てきました。
「はい、お見知りおきを」
「此方はバルテュス子爵様です。子爵様はあなたに大切な御用がありましてな」
「そうだ、お前が使役しているフェアリーバードを我が家によこせ」
「はい?」
とんでもないことを言い出したおっさんと、にやにや顔の狸を思わず見返します。
「名誉なことですな。子爵家に自らの使い魔を献上するなど。確か他にゴアラルがいるとか。そちらも渡されたらどうです?」
「おお、ゴアラルもか。良いぞ、他の貴族たちに自慢できるというものだ」
「残念ながらそれは出来ません」
勝手に盛り上がっている2人に笑顔で言葉を返します。
「何だとっ、無礼なっ」
まさか断られるとは思っていなかったらしく、子爵の顔が怒りで真っ赤に染まります。
「このような無礼者に店を開かせる訳にはゆかぬ。開店許可は出さぬぞっ」
どうやらこの子爵、商業管理関係のお役人らしいです。
自分を怒らせたら王都で店は持てないと脅している訳ですね。
狸の思惑が判りました。
権力に屈し、可愛がっているキョロちゃんやマーチ君を渡すことで私がダメージを負うも良し。
断って貴族に目を付けられ商売が上手く行かないようになれば、なお良しと踏んだ訳ですか。
国内最大商会のドンにしては遣る事がセコ過ぎません?
もしかしたらこの人は表向き用の傀儡なのかもしれません。
でなければこんなセコ狸が率いる商会が国内№1とかおかしいですからね。
真のラスボスは他にいるようです。
「そもそも、いもしないものを渡すことは不可能です」
「う、嘘をつくなっ。お前の下にフェアリーバードがいることは聞き及んでおる」
「誰からお聞きになりました?随分と古い情報を掴まされたのですね」
「何だと!?」
「どちらも既に私の手元にはおりません」
驚いて横のセコ狸を見る子爵と慌てるセコ狸。
「そ、そんなはずは。渡すのが惜しくて嘘を…」
セコ狸が言い訳がましく言葉を綴りますが、それをあっさりと打ち返してやります。
「すぐばれるような嘘をついて何の得が?調べていただければ判ります。どちらも繁殖期に入りましたので野に放ちました」
「野に放っただと!?」
驚きに目を見開く子爵に、はいと笑みを向けて言葉を継ぎます。
「フェアリーバードもゴアラルも希少魔獣です。この機を逃さず少しでも増えてもらえればと思いまして。それが主としての務めと存じます」
どうだ、これに文句は言えまいとばかりに見返せば、子爵は狸を睨んでから私へと向き直ります。
「う、うむ。天晴れな行いである」
「ありがとうございます」
軽く会釈をすると、後ろにある化粧品のセットを差し出します。
「いらしていただきました事を記念して、どうか此方をお持ちください。
使えば10歳はお肌が若返ると評判の品です。奥様にお渡しになればきっと大いに喜んでいただけるかと」
「ほ、本当か!?」
思い切り身を乗り出す子爵。
どうやらビンゴのようです。
こんな風に尊大な態度を取る男の人は家では奥さんの尻に敷かれていて、その反動で外では偉そうな行動を取ることが多いのです。
「はい、今後も奥様に何か贈り物をされる時は我が商会をご利用ください。必ずお力になれると思います」
「分かった、覚えておこう」
「し、子爵さま」
思わぬ方向に話が進んで、おろおろしだすセコ狸。
嫌がらせに来たら、逆に顧客をぶん盗られた訳ですからね。
「これからもどうぞ御贔屓に願います」
頭を下げる私に頷くと、子爵は意気揚々と帰ってゆきます。
今日は奥様から文句ではなく、お褒めの言葉がいただけると良いですね。
その後を慌てて追いかけるセコ狸。
去り際、思いっきりこっちを睨んでましたが自業自得でしょ。
二度と来んな。
「相変わらず見事なものだな」
「おや、マロウさん。暢気に高みの見物ですか」
軽く睨んでやれば、肩を竦めながら呆れを含んだ声で言葉を返します。
「あの程度の道化、お前なら軽くあしらえるだろう」
「道化ですか」
やはり真のラスボスは他にいるようです。
私の視線に気付き、マロウさんが声を潜めて教えてくれます。
「実際に商会を動かしているのはヤツの息子だ。歳は18、名はミゲル。
商いの天才と呼ばれ、10に満たないうちから商会の裏トップとして君臨している」
「なるほど」
マロウさんの話に考え込みます。
「だとしたら今回の妨害工作はあのセコ狸の一存の可能性が高いですね。それ程の天才なら、そんなことをしなくともウチとは対等に戦えます。何よりバレた時のリスクの大きさも分かっているはずですし」
「そんなところだろうな」
「まあ、何はともあれ今日を無事に終わらせることを優先しましょう。いろいろと考えるのは後回しで」
「そうだな」
ため息交じりに頷くと、マロウさんは持ち場に戻ってゆきました。
私も前座ライブを成功させるべく頑張りましょう。
その後、特に事件が起こることなく時は過ぎてゆき。
残すところ1時間を切り、誰もの気が緩み始めた頃でした。
私は奥様達の力作・マリキスの造花を希望者に渡していました。
せっかく綺麗に作ってくれたので、このまま捨てるには忍びなかったので。
「ありがとう。きれいねー」
「どういたしまして」
花をもらって嬉しそう笑う子に微笑み返し、次の花を取ろうと手を伸ばしたら何故かバランスを崩しよろけます。
次の瞬間、私のすぐ横を突風が吹き抜けました。
「トアっ!」
焦ったウェルの声と同時に手を引かれたと思ったら、さっきまでいた地面が大きく切り裂かれました。
途端にあちこちで上がる悲鳴。
そんな中、私達のすぐ横の商会テントが巨大なナイフで切り付けられたように2つに裂けます。
「お客様たちを避難させてっ」
「任せろっ」
ウェルに守られながらの私の叫びに、マロウさんが先頭に立ってお客様をスタッフ総出で安全な場所に誘導します。
こんなこともあろうかと、避難誘導の手順を決めといて良かったです。
「そこかっ!」
ウェルの手から放たれた風の刃が見えない相手を捕らえます。
キンという高い音と共に火花が散り、空中に何かがいることを教えてくれます。
「だったらっ」
火花が飛んだ辺りを目掛けて、予備の泥ソースの壺をぶん投げます。
狙い違わず命中し、敵の姿がはっきりと見えるようになりました。
2mほどのカマキリに似た姿の魔獣です。
「でかした、トアっ」
嬉々とした声と同時にウェルが宙を飛び、カマキリに斬り掛かります。
機敏に躱し、反撃に出るカマキリ、それを軽くいなして蹴り飛ばし方向転換と共に再び斬り付けるウェルと。
見ほれる程の物凄い空中戦になりました。
ですがゆっくり見ている暇もなく、今度は会場の中央広場辺りに10体ほどの魔獣が光と共に出現。
クワガタや蛾、ムカデ、とどめが黒光りする体のGと、どれも3m級の虫の魔獣です。
「くそっ、魔獣玉かっ!」
愛用の斧を構えたゴードンさんが悪態を吐きます。
ちなみに魔獣玉とは、弱らせて捕らえた魔獣をカプセル型の魔道具に封じ、必要に応じて解放する…本来は戦争時に使う生物兵器だそうです。
正にモンスターのボール、ポ〇モ〇ですか。
ですがさすがはAランク冒険者のゴードンさん、手近な相手からバッタバッタと切り倒してゆきます。
真っ赤なムカデはロブ君たち『勇猛の剣』チームが。
見るのも嫌なGの相手はミーケさんたち『雷鳴の牙』。
カマキリを難なく倒したウェルは、続いて2匹の蛾を楽し気に追い掛け回し。
ホッブ、テップ、ジャンプの3人さんはクワガタを相手に善戦してます。
虫の魔獣は相対的に火に弱いのですが、まだ逃げている人が多い中では使えません。
なので皆さん、物理で殴りまくってます。
それも全員が眩しいくらいの笑顔で。
虫叩きはストレス発散に丁度良いのかもしれません。
そういえば後輩の子に連れられて行ったバッティングセンターで、仕事帰りのおじさんやお兄さんがあんな顔で球を打っていたなあと遠い目で思い返す今日この頃です。