38、品評会開催
さて、やって来ました品評会初日。
マリキス商会のブースは前日まで何の作業も行われておらず、場所の悪さから尻尾を巻いて逃げたとの噂が飛び交っていたとか。
それが当日の朝になって来てみたら、一夜にして大型施設が完成していたので関係者全員が度肝を抜かれたそうです。
ふっふっふ、これこそ豊臣秀吉が行った墨俣の一夜城作戦ですよ。
種を明かすとパネル工法です。
建物の構造体となる床・壁・天井を規格化したパネルとして別所で生産し、現場に搬入して組み立てる工法です。
此方には無い工法なので驚くのも無理ないです。
それにこれなら建設中に妨害工作をされることもないですしね。
今は店舗の周りをウェルに頼んで高さ4mほどの土壁で囲ってもらってます。
オープンと同時に消してもらってお披露目ですよ。
壁の内側ではスタッフ全員がスタンバイ済み。
右半分が『元祖ハンバーガー』『本家お好み焼き』『新発売・チョコアイス』の屋台とクッキーやサザンチョコレートなどが置かれた食品ブース。
その前に土魔法で作った石のテーブルと椅子があり、フードコートになってます。
もちろん、風が出る魔道具で匂いが周囲に広がらないようにしてます。
商品に匂いが付いたと難癖を付けられても困りますし。
左はファッションコーナー。
最新のおしゃれ小物、靴、洋服、化粧品などが並べてあります。
鉛筆やクレヨン、折り紙などの文具もこちらですね。
新商品のパズルは10ピースから200ピースまでを揃えました。
画家の卵さん達に丈夫な厚紙に絵を描いてもらい、それを曲線を駆使した形にカットして見本の絵と一緒に売り出します。
その横には高さ2m、直径5mほどの丸い舞台。
此処で午前と午後の2回、ファッションショーを開きます。
オプション付きで。
食品ブースはゼフさんとジルさんが陣頭指揮を執ってくれてます。
何でも王都の屋台で同じようなバーガーとお好み焼きを食べてみて、そのパチモンさに2人揃って激怒したとか。
王都の連中に本物の味ってヤツを教えてやるっと意気込んでます。
「と、トア」
「何?その服、凄く似合ってるよ」
「…本当にやるのか?」
「もちろん、その為にみんなで練習したんだから」
「しかし…」
この場になっても決心がつかない様子のウェルに、安心させるようにポンとその背を叩きます。
「ウェルが今、克服しなくちゃいけないのは羞恥心だよ」
「羞恥心?」
「恥ずかしくて逃げ出したいと思う自分の弱い心との戦いだよ」
「戦い…ならば負けるわけにはゆかぬな」
「うん、ウェルなら絶対勝てるよ」
「おおっ、見ていてくれ。トア」
簡単に納得してくれて良かったです。
それにウェルだけはスカートに慣れていないからと短パンで、他のメンバーに比べたら羞恥心の度合いは少ないんですから。
ちなみに他は膝上丈のフレアミニのスカートです。
フリルをたっぷり重ねたスコートを穿いてるので、覗いても中は見えませんよ。
ジャケットはスカートと揃いのチェック柄、白シャツにネクタイやリボンタイをしてます。
足元も揃いの黒のニーハイブーツ、太股の絶対領域はきっちり確保。
そうこうしているうちに開場の時間です。
貴族院のお偉いさんや、心なしかやつれた印象のギルマス・ローズさんの挨拶が終わり、一斉にお客様がなだれ込んできます。
それを見て手で合図を出すと、楽団の人達が高らかに音楽を奏で始めます。
流れるのは日本のダービーのオープニングファンファーレ。
あれって凄くワクワク感がありません?
初めて聞く曲に人々の眼が此方に向きます。
ファンファーレ終了と同時に土壁が消え、そこに現れたのは…。
「花畑…だと」
「なんて綺麗。でももう花は終わったのに」
「地の果てまで続くようだ。いったい何故!?」
どよめくギャラリー。
その目の前にあるのはマリキスの花が咲き誇る広大な花畑と青空。
何処までも続くその様に誰もがポカンと此方を見ています。
マリキスの花畑、これ以上うちの商会の看板に相応しいものはないでしょう。
もうお気づきだと思いますが、正体は巨大パネルを使ったパノラマです。
遠近法を使い奥行きを持たせた花畑の絵の前に、奥から手前に来るに従って少しずつ大きくなるマリキスの造花を設置してます。
花は内職を引き受けてくれた奥様方の力作です。
千点以上は作ってくれましたからね。
春先に咲くので見頃は過ぎていますから生花は無理だし、長持ちもしないのでこうなりました。
背景のパネルも絵描きの卵さん達や大工さんが頑張ってくれて素敵な物が出来ました。
驚きが収まれば、次に来るのは興味です。
誰もが我先にマリキス商会のブースを目指して走ってきます。
通過コース上にあるお店の店員が声を張り上げて呼び止めようとしますが、誰も聞く耳を持ちません。
まっすぐに最奥に向かって走ってきます。
かなりの人が集まってきたところで、本日のメインイベントです。
ファッションショーの前座を開始。
円形舞台に沿うように設置された回り階段を昇り、ウェル、ミーケさん、トーラさん、ブッチさん、リンナちゃん、それに私が続きます。
それを機に流れ出す音楽。
「間違えても構いませんから絶対に止まらないこと。
それと最後の決め手は笑顔です。終始笑みを絶やさない、これさえ出来れば私達の勝ちです」
「分かった」
「頑張るね」
私の言葉に頷くウェルとリンナちゃん、ミーケさん達もいい笑顔で親指を立てます。
ではキバってゆきましょう。
軽快な曲に合わせて歌い踊る6人の娘たちに、誰もの目が釘付けです。
本家より42人ほど足りませんが、そこは情熱でカバー。
会社の忘年会の出し物で、数合わせでオバさんの私まで駆り出され、歌詞と踊りをガッツリ覚えさせられたのが役に立ちました。
2曲続けて歌い、終わりの礼をした途端に大歓声と割れんばかりの拍手。
どうやら気に入ってもらえたようで一安心です。
それからはメインのファッションショーがスタート。
商会で扱う服や靴、アクセサリー、髪飾りを付けて順に舞台の上にあがってターンを決めます。
さすがはみんな腕利きの冒険者。
運動神経も勘も良く、教えたダンスもウォーキングもバッチリです。
「あのお姉さん達が着たり身に着けている物は、全部商会で扱ってるっす。
数に限りがありますんで、お早めに購入することをお勧めするっす!」
サム君の叫びに、お客様たち…特に女性が我先にブースへ突撃してゆきます。
「美食の町トスカを代表するハンバーガーとお好み焼きだぁ。これを食わなかったら一生後悔するぜっ!」
「美味しいアイスクリームはいかがですか?口に入れると雪のように溶けますよー。新作チョコアイスもありまーす」
ゼフさんとシャオちゃんが負けじと声を張り上げると、此方は男性客が中心となって屋台の前に並び出します。
「新製品のサザンチョコレートはいかがですか?」
「甘くてとっても美味しいですよー」
私とリンナちゃんはショー終了後、舞台衣装に着なおしてお菓子コーナーで売り子です。
ちなみにウェルとミーケさん達は休憩を取ってもらってから冒険者に戻って周囲の警護に当たってもらう予定になってます。
するとすぐに私たちに気付いた人達が寄ってきました。
可愛いや素敵だったと誉めてくれながら、ちゃっかりお茶や食事の誘いをして来ますが、そこは上手く受け流して商品を勧めます。
「サザンってあの?」
「はい、侯爵様が原料のカオオ豆を取り寄せて下さったおかげで誕生したお菓子ですので。どうぞ食べてみて下さい」
試食用の小片を勧められ、見慣れぬ焦げ茶の物体にビビりながらも口に運べば、すぐに誰もが驚きながらその美味しさを絶賛します。
6個入りで500エルと少々お高めの値段ですが、今後のカオオ豆の輸入コストを考えるとこれくらいが妥当かと。
お試し用にバラ売りもしているので、予算に応じて皆さん買っていって下さいます。
ブースの斜め後ろでは交代制で楽団の人達にBGMとしてジ〇リ音楽のメドレーを演奏してもらってます。
名曲揃いなので、買い物が一段落したお客様が静かに聞きほれています。
お、これはラ○○タですね。
そういえば昔、息子の『男だったら1度は女の子が空から降ってこないかって思うよな』との呟きを聞いて、強く生きろよと思ったのは秘密だ。
「面白いを飛び越してとんでもない子だね。あんたは」
「これはローズさん、ごきげんよう」
近付いてきた人影の正体に気付いて軽く会釈します。
「仕事は終わりました?」
「…あんたのおかげでね。その上もう絶対に溜め込まないと約束させられたよ」
「下の者からしたら当然の要求ですね」
「分かってるさ、これからは溜めないように…努力するよ」
しないと断言しないところがこの人らしいですね。
まあ、一朝一夕で悪癖は治りませんから仕方ないです。
「では此方をお持ち下さい。新製品のサザンチョコレートの詰め合わせです」
用意してあった紙袋を渡すと、ローズさんが怪訝な顔をします。
「どういった風の吹き回しだね?」
「王都の商業ギルドにはこの先もお世話になりますから御挨拶代わりですよ。仕事を頑張ったローズさんへのご褒美も兼ねてますけど。職員の皆さんとどうぞ」
ニッコリ笑ってみせれば、ローズさんは気が抜けたような顔になります。
「は、そうした張本人が何を言うやらだ。でもそういうことなら遠慮なくもらっておくよ。あんたのおかげで面白い物も見れたしね」
「面白いもの?」
「狸ジジイ共の当てが外れまくったマヌケ面さ。此処まであいつらの歯ぎしりの音が聞こえてきそうだね」
「あら、それは私も見たかったです」
「小娘とあんたを甘く見た奴らが馬鹿なのさ。ま、それは私もだけどね。あんただけは敵に回しちゃいけないと肝に銘じたよ」
「それはどうも。やられたことも、してもらったことも倍返しが私のポリシーですから」
「ああ、忘れないよ」
軽く手を挙げると、ローズさんはブースを離れてゆきました。
この後、チョコの虜になり、チョコ無しでは生きてゆけない身体になったローズさんを、ギルド職員さん達が仕事をサボったらチョコ禁止令を出すと脅すことで仕事が実にスムーズに進むようになったそうです。
めでたし、めでたし。