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37、魔法の優劣とチョコレート


「何故、栄誉ある功労賞を辞退などしましたの!?

わたくしを馬鹿にしているのかしら?こんな侮辱は初めてですわ」


何だか酷くお怒りのようですが、どうして私の辞退がお嬢様への侮辱になるんでしょうか?

訳が判りません。


「辞退が失礼にあたりましたのなら謝罪いたします。

ですが他意はございません。受けるに値しないと思ったまでです」

「そこがおかしいのですわ、何故そんな事になりますの。魔術師ならば自分の魔法を認めてもらいたいと思わぬはずがないでしょう」

 ああ、なんとなく話が見えてきました。


「そこをお間違えです」

「え?」

「私は魔術師ではなく薬師ですから」

「薬師ですって!?」

「はい、薬師にとって一番大切なのは患者さんの助けになる薬を作ること。

それ以外は些末(さまつ)なことです」

「さ、些末…」

 絶句するお嬢様。


でもそれが当然ですよ。

自分の価値観と他人の価値観がまったく同じな訳がありませんから。

その人にとって命より大切な物でも、他者にはガラクタでしかなかったりするのは世間ではよくあることです。


「私にとって大切なのは功労賞より患者さんの笑顔です」

 ダメ押しのように言ってあげれば、余程ショックだったのでしょうか。

ふらりと揺らぐと、そのままソファーに座り込みました。


「お嬢様っ」

 慌てた様子で、それまで背景と化していた御付きのメイドさんが駆け寄ります。


「わ、わたくしは…何に怒れば良いの」

 何だか支離滅裂なことを言い出しましたよ、大丈夫ですか?


で、よくよくお嬢様の話を聞いてみたら。


あの忠臣蔵事件から、没落してしまったロウズ男爵家を憐れむと同時に相手であるサザン家をよく知りもしないくせに色々と陰で(おとし)める貴族がいるのだそうです。


戦争中はそれどころではなく、そんなことは無かったのですが平和になった途端、ゴシップ好きの連中が面白おかしく事件のことを吹聴し、それは政務官であるサザン侯爵の執政にまで影響を及ぼす程に。


ならば自らの手で家の名誉回復をと火魔法の研究に勤しみ、やっと新たな魔法式を完成させ、これで陰口など言われなくなると思ったら同じ頃に私が【脱水】を申請。


お嬢様の火魔法・ファイヤーソードは炎を剣の形にして斬り付けるもので、威力もあり、すべてを魔法で行うことに意義はあるのですが。

剣に火魔法をエンチャントすれば同じことが簡単に出来るので、はっきり言って実用性は皆無です。


研究者がよく(おちい)る罠ですね。


例えば一昔前にアメリカで発表された全自動歯磨き器。

口を開けているだけで勝手に機械が歯を磨いてくれて便利ですが、そのお値段が日本円で200万円程したので、それだったら安価の歯ブラシを買って自分で磨いた方が良いと誰も買う人はいませんでした。


このように難しく考え過ぎて、同じような性能の既存品があることに完成してから気付くことは多いそうです。


しかも勧められるままに使用料を一千万エルにしたので、利用者がほとんどなく。

(だって白金貨10枚ですよ。そのお金があったら普通は他のことに使います)

ほぼ名誉だけの有名無実な成果となってしまいました。


比べて私の【脱水】は汎用性が高く、しかも使用料が安価で身近な魔法として人々の生活に役立っています。

利用者申請が認可から半年近くたった今でも途切れることなく続いていることがそれを証明してます。

どちらが優秀な魔法かと問われたら一目瞭然と、また陰で色々と言われ。


さらに私が功労賞を辞退した為、大した功績でもないのに身の程知らずなと家の名誉回復どころか、却って(さげす)まれるようになってしまったのだそうです。


それで一言文句をと、私を訪ねてきてみたら。

魔術師ではなく薬師で、しかも他者の評価など歯牙にもかけない人徳者(私が言ったんじゃないですよ、発言元はお嬢様です)だったので、文句を言いに来た自分が酷く矮小な者に思えてしまったと。


まさに踏んだり蹴ったりですね。

お家の為に奮闘努力したというのにそれを正当に評価してもらえず、逆にさらに貶める結果になってしまったことにそうとうストレスが溜まっていたようです。


「私が言うのはお門違いとは思いますが、気にする必要はないと思います。

言いたい人には言わせておけばいいんです。カロリーナお嬢様の魔法は、いずれ他の新たな魔法の礎となるはずです。『発明者に発明の独占を認める一方で、代わりにその発明を公表してそれを基に新たな技術開発を促進する』それが特許制度なのですから」


全自動歯磨き器は普及しませんでしたが、でもその発明が後の電動歯ブラシの誕生に繋がったのですから、まったくの無駄だった訳ではありません。


「あなたもお父様と同じことを(おっしゃ)るのね。

お父様も陰口など気にすることは無い。自分がしたことを誇れば良いのだと」

「はい、御父上様の言う通りです。そもそも陰口は正面切って言えない臆病者の戯言(たわごと)ですから」

 バッサリ切って捨てた私に驚きに目を見開いてから、お嬢様は此処に来て初めて笑顔を浮かべました。



その顔を見つめて気になったことを聞いてみます。

「僭越ながらお聞きしますが、カロリーナお嬢様はこのようなことが起こったりはしませんか?まず疲れやすい、だるい、めまい、息切れ、頭痛、肩こりなどです。それと研究に熱中するあまり、睡眠時間を過度に削ったりしていませんか?」


「何故それをご存じなの?」

 私の問いにお嬢様だけでなく、御付きのメイドさんまでが驚いた顔をします。

何故か?それは目の前にあるお嬢様の爪がスプーン状に反り返っているからです。

見えている部分の肌も真っ白ですし。

どうやら過度の厚化粧も、その顔色の悪さを隠す為のようです。


「そんな症状が出るのは、お嬢様が鉄欠乏性貧血だからです」

「それはいったい…」

 困り顔で首を傾げるお嬢様に貧血について説明します。


鉄欠乏性貧血は体内の鉄分が不足することによって起こります。

不規則な生活習慣や偏った食事、生理時の出血量が多いことなどがその要因です。


体内の鉄分が不足すると赤血球の生産量が減り、ヘモグロビンも減ってしまいます。

それによって酸素を運びにくい状態になるのですが、心臓や肺が少しでも酸素を運ぼうとするので、動悸や息切れなどの貧血の症状が出るのです。

貧血の人の肌が青白いのは、ヘモグロビンの赤味が足りなくなるからです。


また睡眠不足も貧血の要因となります。

寝ている間に人は鉄分を多く吸収しますので、睡眠時間が足りないと赤血球をたくさん作ることができなくなります。

この場合、睡眠時間を改善すれば貧血の症状も治まります。


貧血になった時にはバランスのとれた食事を取ることが基本ですが、鉄分が多く含まれた食べ物や飲み物を摂取することも効果的です。

ヨーグルトや野菜ジュース、干し葡萄、小魚、レバーや緑黄色野菜を多めに取ると良いですよ。


とか偉そうに言ってますけど、これは全部主治医の先生の受け売りです。

前世の私も貧血が酷くてよく叱られてました。


「でもわたくし…野菜が苦手で」

 消え入るような声で答えるお嬢様の後でメイドさんが大きく頷いてます。

どうやら筋金入りの野菜嫌いのようです。 


「野菜を美味しく食べられるレシピをメイドさんにお渡ししておきますね。

後はそうですね、手軽なところでチョコレートがあればお勧めしたいのですが」


チョコレートには鉄分が含まれているため、貧血解消の助けになります。

ですが食べ過ぎには注意して下さいね。

チョコだけで1日の鉄分摂取量を補おうとすると相当量を食べなければならず、カロリーオーバーとなり逆に健康に悪影響が及びますから。


「チョコレート…ですか?」

「はい、カカオ豆。此方ではカオオ豆でしたか。それがあれば作れるのですけど」

 

 サース大陸の周辺にある諸島連合に属するトリン島で産出されるという話は聞けたのですが、まだ現物は見たことがありません。

栄養満点なのですが、そのままでは苦みが強いため常食はされず現地では非常食として備蓄扱いになっているそうです。

なんてもったいない。


「それなら家にありますわ」

「はいぃぃ?」

「お父様のご友人に諸島連合の高官の方がいらして、その方が滋養に良いからと大量に送って下さいましたの」

「それっ、売って下さいっ」

「え、ええ。我が家では苦いので誰も口にしませんから、大丈夫だと思いますわ」

「ありがとうございますっ。

それにそのカオオ豆を使ってお家の不名誉な噂を払拭出来るかもしれません」

「本当ですの!?」

「確約は出来ませんが、やってみせますっ」

 グッと拳を握り締める私に、お嬢様は頼もし気な眼差しを向けてくれました。



その日の内に届けられたカオオ豆、大袋で30。

鑑定してみたらビンゴでした。

しかもすべて焙炒(ロースト)済みで、工程が一つ少なくなって助かります。


ならば次は磨砕(グラインド)

【粉砕】でカカオ豆を細かく砕き「カカオマス」という状態にします。


次いで混合(ミキシング)

カカオマスに粉糖、【脱水】で水分を飛ばして粉化したミルクを少量ずつ加えながら綺麗に混ぜ合わせます。


それから精錬(コンチング)

さらに滑らかさを出す為に【撹拌】で時間を掛けて練り上げます。


さらに調温(テンパリング)

【加熱】で50℃⇒25℃⇒45℃と温度を変えつつ、チョコの状態を整えます。


最後が型取り(モールディイング)

好みの型に流し込み成型。【冷蔵】で冷やし固めて完成です。


「こ、これは…なんという美味さだ」

「美味しいですぅ」

「うめえっす」

「…美味いな」

 試食してもらったウェル、シャオちゃん、サム君、マロウさんの全員から絶賛されました。


「チョコはこうして固めて食べてもいいけど、液状にしてお菓子やアイスに混ぜても美味しいし、多様性のある食品なの。これをサザン・チョコレートの名で今回の目玉商品として売り出したいんだけど」

 名前を使わせてもらうことはお嬢様経由で承諾をいただいてます。


チョコレートが広まれば、サザンの名を聞いても事件ではなくチョコのことを思い浮かべるようになるでしょう。

そうなれば自然と悪い噂も消えてゆくはずです。

身体を壊すまで研究を頑張ったお嬢様の力に少しでもなれるようにしたいです。


私の相談に、誰もが笑顔で頷いてくれました。


よっしゃ、頑張るぞ!





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