33、王都へ 4 ガールズトークと襲撃
「女の子の爪は男に比べて薄いから割れやすいの」
ささくれのケアをして、そのまま爪の手入れ法をレクチャーします。
「だからハサミやナイフで切るんじゃなくて、こうしてヤスリで少しずつ削って形を整えてあげて。その方が割れにくくなるし、深爪も防げるから」
説明しながらリンナちゃんの手を取って、爪にヤスリをかけてあげます。
今は夜、夕食を済ませテントの中でガールズトークの真っ最中です。
「ミーケさん達は特に念入りに。猫族にとって爪は武器の一つでもある訳ですし」
私の話に頷きながら3人のお姉さま達は渡した爪ヤスリのサンプルを使って自らの爪のお手入れに余念がありません。
「これはいいね」
「ほんと、自慢の爪がさらに綺麗になって嬉しい」
「もう手放せないわー」
気に入ってもらえたようで何よりです。
「でもブラジャーのことはもっと早くに知りたかったな。
ずっとさらしを巻いていたから、苦しいわ、動き辛いわで大変だったの」
嘆くリンナちゃんと同じ声が多くのお客様からも寄せられ、スポーツタイプだけでなく通常のホックで止めるタイプも売り出しました。
付け心地も良いし、安定するし、何よりさらしよりずっとオシャレですからね。
おかげさまで発売と同時に完売という事態が長く続きました。
「そうだね、さらしだと形が悪くなったり、発育にも影響があるって話だし」
「うそぉぉ!」
私の言葉にリンナちゃんから悲鳴が上がります。
「このまま大きくならなかったら、絶対にダンジョンに潜ってばかりいた兄さんの所為だっ。一生恨んでやるんだからっ」
ちなみにリンナちゃんのは…キゥイくらいかな。
「だ、大丈夫だよ。まだ成長期だし。それにチッパイには夢が詰まってるとも言うし」
「…トアさんにだけは言われたくない」
ジト目で胸の辺りを睨まれて困る私にウェルが助け舟を出してくれます。
「気にするな、私よりずっと大きいではないか」
「エルフは対象外っ」
バッサリ切って捨てられましたが、ウェルが気にする様子はありません。
「大きすぎては戦いの邪魔になるだけだろう。むしろ無い方が…」
「脳筋は黙っててっ。これは女の尊厳の問題なんだからっ」
おお、エキサイトしてますね。
「でも大きいのもそれなりに不便よ」
「重いし、肩は凝るし」
「うう、そう言うセリフを一度はいってみたいぃぃ」
トーラさんとブッチさんの言に、リンナちゃんが拳を握り締めて唸ります。
その時、突然ウェルが剣を取って身構えました。
「どうやら客人のようだ」
辺りに張り巡らせていた探査の魔法に賊が引っ掛かったようです。
「相手は何人?」
さっきまでのおっとりとした雰囲気を消し去ってミーケさん達も自らの得物、長剣、双剣、棍を手に戦闘態勢を取ります。
「30人程だな。人族と獣人族の混成部隊だ」
「魔術師はいます?」
愛用の杖を構えてリンナちゃんも闘志満々です。
「強い魔力を感じる者が…4人いるな」
「なら初手はファイヤーボールだね。焼け出されたところを狙って皆殺しって魂胆でしょう」
こういった経験が豊富なミーケさんが賊の計画を見通して報告します。
「ならばそうなる前に打って出るか」
「それが最善だね」
立ち上がるなりミーケさんがリンナちゃんに顔を向けます。
「あんたは此処に残ってトアちゃんを守るんだ。怪我一つ負わせるんじゃないよ」
「判りました。必ず守ります」
覚悟を込めた目で見返すリンナちゃんに頷くと、ミーケさん達3人が先陣を切ります。
「闇夜での戦闘は夜目が利く猫族が有利。初手は私らが貰うよ。魔剣の姫」
「ああ、任せた」
「どうか気を付けて」
ウェルと私の言葉に笑って片手を上げ、3人の姿はたちまち闇に消えてゆきます。
「トアは此処を動くな」
「了解。帰ってきたらお腹が空いてるだろうから何か作っておくね」
「それは楽しみだ。…行ってくる」
「はい、いってらっしゃい」
上機嫌で外に出てゆくウェルを見送り、さてとカモフラージュ用のカバンを通しアイテムボックスから大鍋と小豆を取り出します。
「トアさんのカバンもアイテムバッグだったのね」
「うん、師匠から譲ってもらったの」
元々はハルキスのカバンですからねー。
初めは緊張していたリンナちゃんでしたが、私が通常営業なので落ち着きを取り戻したようで、今はまったりとお餅もどきが出来上がる工程を眺めてます。
「トアさんは料理上手でいいなぁ」
「薬師だからねー。手先が器用なのが取り得だし」
今回は丸餅にしました、それを蒸し器に並べて一気に【強火】で蒸上げます。
小豆は3回ほど茹でこぼしをして苦みや渋みを抜きます。
その後で弱火でじっくり煮て、小豆の芯まで柔らかくなってからお砂糖を加えます。
かくし味にお塩を少々加えるとさらに美味しくなりますよ。
砂糖と小豆が馴染んだら器に盛って、丸餅を入れたらお汁粉の出来上がりです。
遠くで聞こえる剣撃の音は極力気にしないことにしてます。
【スリープ保存】や【真空チルド】が使える範囲は3mそこそこですし、静止している時に隙をついてとかなら効果がありますが、動き回る相手には通用しません。
本格的な戦闘に関して私は全くの役立たずですので、ウェル達を信じて待つしかありません。
だから待ちます、美味しいものを作って。
「終わったぞ、トア」
「お帰りなさい。怪我をした人はいますか?」
私の問いにロズ君とジョエル君が前に押し出されます。
「こいつらを頼む。大した傷じゃないが念の為だ」
ゴードンさんの言に頷くと2人を診察します。
「ロズ君が左腕に切り傷、ジョエル君が右足の打撲ですね」
症状に合わせて回復薬を微調整します。
「放っておいていいわよ、そんなの唾つけとけば治るから」
「お前な、少しは心配しろ。しかも食いながら言うな」
しれっと一足先にお汁粉に舌鼓を打っている妹の塩対応に、ロズ君が抗議の声を上げますが。
「どうせイイところを見せようとして、ジョエルが周りが止めるのも聞かずに突っ込んでいって、兄さんはそれを追いかけての負傷でしょ。自業自得じゃない」
「よく知っているな。見ていたのか?」
驚くウェルに、見なくても判りますとリンナちゃんが呆れの眼差しを向けます。
「今回は勉強させてもらうつもりで勝手な行動を取らずに先輩方の動きをよく見ようって話し合ったばかりなのに怪我したって事は、それが出来なかったって証明ですから。きっと2人の頭の中にはオガ屑しか詰まってないんですよ」
おおう、まったく容赦なし。
リンナちゃんの言葉にロズ君とジョエル君の肩がガックリと落ちます。
でも此処でちゃんと反省させないと、同じことを繰り返しかねませんからね。
「はい、回復薬です。これを飲んでしばらく安静にしていて下さい」
礼を言って受け取る2人に笑みを向けてから、戦ってくれた労をねぎらう為にお汁粉を手渡してゆきます。
疲れた時には甘い物、洋菓子と違って後を引かない甘さのお汁粉は皆さんの口に合ったようで、喜んで食べてくれました。
「さすがはギルドが推薦するチームだな」
「見事なものだ。これなら旅も安心だ」
ゼフさんとジルさん、お弟子さん達も顔を出し、一緒にお汁粉を食べながらミーケさん達と楽し気に談笑してます。
「トア、お代わり」
「私もっ」
「そんなに食ったら太…だっ」
ウェルに続いて手を上げたリンナちゃんに余計なことを言ってロズ君が足を踏まれてます。
そんな微笑ましいやり取りを横目に、マロウさんと一緒にゴードンさんの報告を聞きます。
「襲ってきた賊は28人、この辺りを根城にしている野盗の連中だ。全員捕らえて縛ってある。ジャンプが近くの村まで知らせに走ったから、朝には衛士が引き取りに来るだろう」
ちなみに捕まった盗賊は衛士さんの手ですぐに隷属の輪を嵌められ、そのまま奴隷商に犯罪奴隷として売り渡されるのだとか。
売り上げの8割が捕らえた者の取り分となります。
今回は活躍の如何に問わず、冒険者さん全員で仲良く山分けするそうです。
「さすがに手際がいいな。それで我々を襲った目的は?」
「当たり前だが金さ。今回は普通の襲撃のようだ。頭を捕らえて尋問したが、俺らがマリキス商会だと知ってエラく後悔してた。マリキスに魔剣の姫がいることは知れ渡っているからな。余程の命知らずでもない限りちょっかいは出さんさ」
「このまま王都まで何事もなければいいんですけど」
「そいつが一番だが、何処にでも金に目が眩んだヤツはいるからな」
ゴードンさんの言葉に軽くため息が出ますが、此処で考え込んでいても仕方ありません。
お汁粉を食べ終わった順に、皆さんに洗濯フルコースを掛けます。
動き回って汗を掻いているでしょうからね。
初めての体験に驚かれましたが、凄く喜んでもらえました。
こんなことで良ければいつだってやりますよー。
ご用命お待ちしてます。
「見張り役以外は休んでくれ。日の出と共に行動開始だ」
ゴードンさんの声を機に全員が割り振られたテントに戻ってゆきます。
「それじゃあトアさん、お休みなさい」
「はい、また明日ね」
リンナちゃん達と別れ、私もウェルと共にテントへと戻ります。
「ところでトア」
「何?」
真剣な顔で声を掛けてきたウェルに、今日の襲撃で何か不審な点でもあったのかと思わず身構えます。
「明日のデザートはカステラにしてくれ。あのフワフワして、それでいてしっかりとした味があるところが大好きなのだ」
「…うん、分かった」
どんな時もウェルはウェルでした。
おかげで知らずに入っていた肩の力がいい具合に抜けました。
どうやら神様からも太鼓判を押された私の図太さも、生まれて初めて命の遣り取りの現場を身近に感じて多少はダメージを負っていたようです。
ですが頼もしい相方のおかげで、今晩はぐっすり眠れそうです。
「ありがとうね、ウェル」
「ん?あれくらいの戦い、腹ごなしにすらならんぞ。もっと骨のある相手と戦いたいものだ」
しかしこれがフラグになるとは…。
次に襲ってきたのは確かに骨のある、ありすぎる相手でしたね。