32、王都へ 3 ギルドランクとささくれ
トスカの町を出てしばらくは麦畑や草原が続き、穏やかに時が過ぎてゆきます。
1号車に私とウェルと『赤き翼』の副リーダージャンプさん。
2号車はマロウさんと『赤き翼』のホッブさんとテップさん。
3号車がゼフさんとお弟子さんに『赤き翼』のリーダーゴードンさん。
4号車にジルさんとお弟子さん+『勇猛の剣』の3人。
しんがりの5号車には『雷鳴の牙』のお姉さま方という配置です。
敵との遭遇率が高い先頭と最後尾、それと狙われ易い真ん中に戦闘力が高い人を置くのが隊商のセオリーだそうで、こうなりました。
ちなみにランクは
Sランク ウェル
Aランク ゴードンさん、
Bランク ジャンプさん、ミーケさん
Cランク ホッブさん、テップさん、トーラさん、ブッチさん
Dランク ロズ君、ジョエル君
Eランク リンナちゃん
一般的な認識では F・見習い、E・駆け出し、D・一人前、C・中堅、B・ベテラン、A・超人、S・レジェンド となります。
全員が御者のスキル持ちなので時間を決めて交代しながらの旅です。
(私もウェルに特訓してもらい体得しました。間に合って良かったです)
持参する食料を考えると人数はあまり増やさないのがベストとか。
「トアちゃんは幸運の女神なのかもな」
「はい?」
1号車の御者台で手綱を操るジャンプさんが、いきなりそんなことを言い出しました。
私はその隣で手綱捌きを見学中です。
覚えたとはいえまだど素人の域ですからね、見ることも勉強です。
「そろそろ街道沿いを縄張りにする魔獣が出てもおかしくないのに、姿はおろか気配すら無い。幸運の女神が付いているとしか思えないだろ?」
「ぐ、偶然じゃないですか?」
そうは言いましたが…すみません、心当たり大有りです。
実はウェルに頼んで全部の馬車をポロロの葉の香り付きの風で囲んでもらってます。
効果はハルキスハウスとは比べ物になりませんが、街道沿いの魔獣くらいなら簡単に追っ払ってくれます。
ですので道中の心配事は盗賊や妨害行為だけです。
そうこうするうちにお昼となりました。
「ここらにするか」
経験豊富なゴードンさんが休憩場所を決め、そこに馬車を止めます。
そこから少し離れた所にウェルが土魔法で小部屋を作ってくれました。
はい、簡易トイレです。
これは全員に喜ばれました。
旅先で一番不自由するのはお風呂とトイレです。
普通、野外ではいつ敵が来るか判らないので背を向けて四方を囲んでもらい、その中で用を足すのだとか。
これは男も女も変わりなく平等です。
何、その羞恥プレー。
もちろん、小部屋は此処を離れる時にちゃんと元の土に戻しておきますよ。
自然に優しくです。
「俺らの出番だな」
「携帯食なんぞの不味い飯は食わせんから覚悟しとけ」
ホッブさんとテップさんが土魔法で作った竈の前に陣取るとゼフさんとジルさんの指揮の下、手際よく昼食が作られてゆきます。
どうやらメニューはロコモコ丼のようです。
御飯にとろけるチーズと和風ソースが掛かったハンバーグと目玉焼き、千切り野菜が添えられていて見た目も色鮮やかで実に美味しそうです。
私ですか?私はその横でどこでもコンロの【中火】でデザート製作です。
作るのは新鮮卵とミルクを使ったカスタードプリンケーキ。
これは同じ材料でも天板に湯を張り、オーブンで蒸し焼きにすることで湯に浸かった部分はプリンに、その上はケーキになるというお菓子です。
継ぎ目が判らないのでビックリケーキとも呼ばれます。
材料にチーズを加えてチーズケーキにしても美味しいですよ。
砂糖を焦がしたカラメルソースを掛けて召し上がれ。
「うむ、この丼ぶりも美味いが、トアのケーキも美味い」
満足げに頷くとウェルは両方のお代わりを要求。ちなみに4回目。
私や屋台店主のお2人やお弟子さん達は見慣れた光景ですが、他の人は思いっ切りドン引いてます。
「よく食うな」
「まあ、いつものことですけどね」
呆れるマロウさんにそんな言葉を返していたら。
「お代わりっ」
ウェルに負けない大食らいがいました。
もっともデザートに限りますが。
「おい、それ以上食ったら太る…」
「…何か言った?兄さん?」
ギンとリンナちゃんに睨み付けられてロズ君が怯えた顔で一歩下がります。
「いいじゃない、レベル上げのためとか言ってダンジョンに籠ってばっかで、こんな美味しいものがあったなんて全然知らなかったんだから」
兄さんの所為だからねと、さらに睨まれるロズ君。
聞けばダンジョンでの食事は携帯食の干し肉や固パン、乾燥野菜ばかりという味気ないもので甘い物などほとんど口に出来なかったとのこと。
食べ盛りなのに気の毒に。
「だったら旅の間に美味しいお菓子をたくさん作るから、いっぱい食べてね」
「ほんと?ありがとう。…あの、さっきはその…ごめんなさい」
「いえ、私の言い方もきつかったし」
笑みを返すと、ホッとした様子でケーキを口に運びます。
ですがその手には。
「ちょっと手を見せてもらっていい?」
「構わないけど」
小首を傾げながらフォークを持っていない方の手を差し出すリンナちゃん。
「…やっぱり」
指の所々にささくれが出来ています。
ささくれが出来る主な原因は肌の乾燥によるものですが、栄養不足や栄養の偏りでも起こります。
皮膚の原料となるタンパク質、肌の状態を健康に保つビタミン類、ミネラル類が不足しているサインでもあるのです。
ダンジョンでの不規則で偏った食事がリンナちゃんの身体に害を及ぼしていたようです。
「ロズ君とジョエル君もお願いします」
言われて差し出された手には同じようにささくれが。
「2人共、そこに正座っ」
「へ?」
「な、何だ?」
不思議そうな顔をする2人に、ささくれの原因と栄養失調の怖さを懇々と言い聞かせます。
内臓が影響を受けて肝臓がしぼみ胃酸の出が悪くなることで消化不良を起こし、食欲が落ちて体力・気力を失う。
腸の吸収能力が弱くなり下痢が起こる。
血圧が下がる。
脱水症状になる。
それが高じて最悪、死に至るケースもある。
私の話に3人の顔色がどんどん悪くなってゆきます。
「特に女の子であるリンナちゃんへの影響は深刻です。
鉄分不足は貧血を起こしやすくなりますし、栄養の偏りは生理不順の原因にもなります。将来、子供が出来辛い身体にでもなったらどうするんですかっ。2人共、年長者なんですから彼女のことをもっと気にかけてあげて下さい。特にロズ君はお兄さんであり、チームのリーダーでもあるんですから」
過度のダイエットによって栄養失調を起こすと、生理不順による不妊やホルモンバランスの乱れによる婦人病を併発することは有名です。
特に10代はその影響が絶大です。
「す、すみません」
深々と頭を下げるロズ君を前にしてため息を一つ吐いてからゴードンさんに向き直ります。
「ギルドでは冒険者に栄養講習とかを受けさせないんですか?」
「そういったものはないが、食料が尽きて帰ってきたら次にダンジョンに向かうのは5日ほど休んでからと言い習わされててな。その栄養なんとかの症状が出るまで間を置かず潜り続けるなんてバカはそうはいないからな」
バカの烙印を押されて、ロズ君の身がさらに縮こまります。
「まあ、昔から言われ続けている事にはそれなりの訳があるのさ。お前らもこれに懲りたらもう少しジジイ達の言うことを聞いた方がいいぞ」
ダメ押しにゴードンさんにそう言われて、思いっきり項垂れる3人でした。
「取り敢えず3人は食後にこれを飲んで」
「これって?」
渡された錠剤にリンナちゃんが不思議そうな顔をします。
「栄養補給剤よ。これを飲み続ければ、症状が改善されるから」
「トアが作ったのか?」
ウェルの問いに頷きながら効能を説明します。
「これには足りない栄養を補う成分が入っているの。でもあくまで補助に過ぎないから正しい食生活を続けること」
「作ったって…トアさんは薬師なんですか?」
「でもマリキス商会の取締役ですよね」
驚くジョエル君とロズ君に肩を竦めながら言葉を継ぎます。
「本業は薬師よ。商会は特許料を使い切るために始めたものだから」
「はぁ?」
頓狂な声を上げる彼らに、どう説明したものかと少しばかり悩みます。
「えっとね…」
当たり障りのない事柄を並べつつ、顛末を話すとジョエル君とロズ君だけでなくウェルとマロウさんを抜かす隊商全員に驚愕されました。
どうやら私の常識は彼らにとっての非常識。
自分がしていることが、普通と少しズレていることにようやく気付いた次第です。
何か、ほんとすみません。