29、新年の祝いと死のノート
「明けましておめでとう!」
「何なのだ、それは?」
「私の故郷の年明けの挨拶だよ」
「そうか、ならば私も 明けましておめでとう」
2人して微笑み合ってから炬燵の上におせちとお雑煮を置きます。
重箱は簪作りに命を燃やしているソフィアさんのお父さんにお願いしたら、繊細な彫りに色石を嵌め込んだ豪華で素敵なものを作って下さいました。
日頃、娘が世話になっているお礼だそうです。
素敵なお父さんです。
お父さんと言えば、門番のボリスさん。
年末に会ったら、顔を見るなり号泣されました。
何事っ?と焦ったら、なんでも反抗期真っ盛りでロクに口も利いてくれなかった娘さんが、感謝の気持ちだと手編みのマフラーをプレゼントしてくれたのだとか。
「トアちゃんのおかげだ」
「いえ、口に出さずともボリスさんのことを娘さんが愛しているからですよ。私はそのきっかけを作っただけです」
そう言ったらさらに泣かれて大変でしたけど。
明日の休みには久しぶりに家族で食事に行くそうです。
幸せそうで何よりです。
「じゃん」
重箱を開くと、ウェルが興味津々な眼差しで中を見つめます。
一の重は紅白かまぼこ、伊達巻、きんとん、昆布巻き、田作り、黒豆は見つからなかったので大豆で代用。
二の重はお煮しめ、こんにゃく以外は似た物があったので何とか作れました。
マーチ君のおかげで干物を鮮魚に戻すことが出来たので、すり身にしてかまぼこと伊達巻が作れて良かったです。
余談ながら、かまぼこを手作りする時は
白身魚(タラがお勧め)を細かく切ってから冷水にさらし、すり身にして塩を入れてさらに擦ります。
形を整えて1時間ほど寝かします。
ここで寝かせておくことによってプリプリ感が出て弾力あるかまぼこになります。
続いて蒸し器に入れて蒸します。
蒸し上がったら氷水に入れて身をしめて、水気を切ったら出来上がりです。
伊達巻はもっと簡単。
すり身(はんぺんで代用可)と卵と砂糖、出汁醤油を混ぜて厚さ1㎝くらいに平らに焼いて、ロールケーキの要領で巻いて固定しておけば完成。
「初めて食すものばかりだが美味いな」
和食好きのウェルなら気に入ってくれると思いました。
特にかまぼこが好きなようで、元が魚だと教えたらエラく驚いてます。
「この雑煮とやらも美味い」
「本来のお餅とは違うけど、これはこれで美味しいね」
「そうなのか?」
小首を傾げたものの、ウェルは気にせずお雑煮を口に運んでいます。
あちこち探しましたが残念ながら餅米は見つかりませんでした。
なのでお米を【粉砕】で上新粉にして、熱湯で練って形を整えて蒸してお餅もどきを作りました。
要はお団子の餅バージョンですね。
「トアが作るのは何でも美味いが、魚を煮たものがあのように美味いとは知らなかったな」
まじまじと最後のかまぼこを見つめながら呟くウェル。
「次は味噌で煮た物が良い、その次はダイコと煮たものが食べたい」
サバ味噌&ブリ大根ぽいものですね。
干物の鮮魚化に気づいてから調子に乗って魚料理が続いてますが、飽きることは無いようで良かったです。
と、此処までは平穏だったのですが。
お屠蘇代わりに出した果実酒(アルコール度数高め)が進むうちにウェルの様子がおかしくなって来ました。
「でなぁ、初めて会ったハルキスはぁ、まるで怯えるルキーのようにぃ可愛くてなぁ」
ちなみにルキーとはタヌキに似た臆病な魔獣です。
ペットにしている人も多いとか。
「一度ぉぉ、隙をついてぇぇ、抱きまくぅらぁのようにぃ抱いて寝たらぁ、何故かぁ、それ以降ぅ、側にぃ寄るとぉ、逃げられるのだぁ。もちろんぅ、すぐにぃ捕まえるがぁ」
哀れ、師匠。
完全にぬいぐるみ扱いされてます。
小柄とは言えちゃんとした成人男性なのに。
男としてのプライドをメッコメッコにされる日々だったようです。
「ハルキスもぉ、可愛かったがぁ、トアもぉ可愛いぞぉ」
ヤバイ、矛先がこっちに向いた。
「はいはい、ありがとう。もう寝ようね」
「まだぁ、飲むぅぅ」
「ちゃんと寝たら、夜はウェルの好きなサバ味噌を作るから」
「本当かぁぁ、なら寝るぅぅ、トアぁ、大好きだぁぁ」
「はい、お休みなさい」
炬燵の横に布団を敷いたら、あっという間に熟睡。
ウェルがお酒に弱いとは知りませんでした。
しかも結構、絡み上戸。
でも顔を真っ赤にして呂律があやしいところが普段と違って可愛いから許す。
可愛いは正義。
料理を片付けて、さてどうしようかと考えます。
まだ日が高いですし、編みかけの靴下の続きでもしましょうか。
毛糸一式を仕舞ってある引き出しを力任せに引いたら…。
ガコンっ!と引き出し全部が出てきてしまいました。
どうやら私も自覚がなくとも少しは酔っていたようです。
「やっちゃったかー」
ため息と共に元に戻すべく引き出しを持ち上げた時。
「ん?…何これ?」
なんということでしょう、引き出しの裏に3㎝幅の別の引き出し口が。
この引き出し、二重構造になってました。
こうして隠してあるということは、ヤバイ匂いしかしません。
このまま見なかったことにするのが正解なのでしょうが。
「気になって夜も眠れなくなるのがオチだもの」
私の性格からしたらそうなるでしょうね。
ふぅと大きく息を吐いてから引き出しを開けます。
中にあったのは…。
「ノート?」
30枚ほどの紙を束ねたノートらしきもの。
その内容は。
「ビンゴっ」
思った通り、煙玉の製造方法でした。
しかもそれだけでなく万能薬の製法まで。
一気に酔いが吹っ飛びました。
「あ、これはダメだ」
書いてあることを読んで師匠が此処に隠した訳を理解します。
煙玉の威力は3段階に分かれていて、初級の範囲は10m四方。
中級は50m、上級は100mの範囲の生き物を無差別に殺傷します。
しかもこれは神経毒、吸い込んだら生き残っても重い障害が残ります。
まさに悪夢の殺戮兵器です。
それを無力化出来る唯一のものが万能薬。
ですが製薬に必要な薬草は希少で入手困難なものばかり。
さらにトドメがドラゴンの生き血。
それも採取して10分以内でないと効力が消える。
何、その無理ゲー。
師匠もさすがにドラゴンの血の入手は無理で、仕方なく亜竜のワイバーンのものを使って実験したようですが。
でもそれだと望んだ10分の1程の薬効しか得られなかったとあります。
やはりドラゴンの血は必須のようです。
しかし現実問題として、世界中を駆け巡って薬草を集めてドラゴンを倒してその場で製薬なんて…。
それこそ伝説の勇者さまが一緒に行ってくれない限り不可能です。
これは師匠と同じく此処に封印しておいた方が世界平和の為のようです。
『あるじー、まーち、おきたー』
タイミング良く一階からキョロちゃんの声が。
嫌なことはさっさと忘れて、モフモフに癒されよう。
「明けましておめでとう」
そう挨拶したら、不思議そうな顔のまま同じ挨拶を返してくれました。
うん、可愛い。
「今日はいいお天気だから外でブラッシングしようか」
『そいつはいいや。やっぱお天道様の下が一番ですぜ』
『おひさま、すきー』
と言うことで、みんなして外に出て深呼吸です。
ひんやりとした冬の空気が美味しいです。
せっかくなので年の初めの歌を口遊みながら、2人にブラシを滑らせます。
『姐さんの歌のおかげですかねぃ。最近レベルの上がりが凄いんでさぁ』
『ぼくもー』
私の歌にそんな効果が?
首を傾げながら2人に鑑定をかけてみます。
そうしたら。
【フェアリーバード… Lv30 草食 風魔法の使い手。
最高時速80キロを誇る駿足、騎獣として人気、好物・ポロロの葉。〈契約主〉トワリア】
【ゴアラル… Lv37 草食 常時睡眠中、時魔法の使い手。
格闘家、好物・ポロロの葉 〈契約主〉トワリア】
ちょっと待ったぁぁ、どうしたこの上がり具合。
でも言われてみれば最近のマーチ君の技の切れが半端ないし。
キョロちゃんも脚を振っただけで寄ってきた魔獣を風の刃で真っ二つにしてたよね。
え?ってことは私も?
慌てて物凄く久しぶりに自分を鑑定してみたら。
〈 トワリア(山田十和子) 〉
14歳
Lv. 40
HP 920/920
MP 1150/1150
力:D
敏捷:C
知識:S
知恵:S
運:SS
〈レアスキル〉
鑑定LvMAX
〈スキル〉
格闘Lv5
アイテムボックスLvMAX
生活魔法LvMAX(冷蔵庫、洗濯機、ガスコンロ、電子レンジ、エアコン、掃除機
ミキサー、LED照明)
魔力制御Lv10
調合Lv10
製薬Lv10
毒耐性Lv10
料理LvMAX
裁縫LvMAX
歌LvMAX
〈称号〉
人類最強人種 不屈の精神 臨機応変
サバイバル上級者 ハンクラマスター 今世紀最高の聖歌師
〈加護〉
創造神の加護
※ どの魔法も1回の使用が1MPで済む。
〈使い魔〉
フェアリーバード(キョロちゃん)
ゴアラル(マーチ君)
だぁー、思わず膝から崩れ落ちましたよ。
何、このとんでもないステータス。
しかもレベルMAXって…。
今世紀最高の聖歌師なんてふざけた称号はいりません。
特に何かした覚えもないのに、どうしてこうなった?
犯人はやっぱり…神様ですかね。
本当に私に何をやらせたいんですか?
年明け早々、めっさ疲れました。