28、年の瀬にクズとの遭遇
「まったくお前は」
「はい、すべて私が悪うございます」
不機嫌顔のマロウさんに、ヘコヘコと頭を下げます。
「まあいい、春の品評会に向けて人手は多いほど助かるからな」
「あ、ありがとうございます」
さらに頭を下げる私に僅かに苦笑を浮かべると、マロウさんは秘書であるセーラさんに顔を向けます。
「その子の奴隷契約はトアではなく商会名義で申請してくれ。ウチで雇う限りは衣食住完備だ。給金は見習いと同じ、働き如何によっては昇給も考える」
えっと、それって奴隷契約じゃなくて雇用契約ですよね。
ちゃんとコウ君のことを考えてくれて嬉しいです。
「何だ?」
「いえ、やっぱりマロウさんは優しいなと思って」
でなければ堅実な雇用先のギルドを辞めて、私の夢物語のような計画に乗っかったりはしないでしょう。
しかも私の意を極力曲げないように尽力してくれます。
本当に感謝しかありません。
「馬鹿なことを言っている暇があったら冒険者ギルドと屋台連合に行ってこい。王都まで最低でも馬車5台規模の隊商になるだろう、その護衛依頼だ。それと品評会場で出店してもらえるよう根回ししろ」
「へ?私でいいの?」
それは筆頭取締役のマロウさんがやった方が良いのでは?
「俺は忙しいんだ。それに俺が行くよりお前の方が受けがいい」
「受けがいいって」
私はいつからお笑いの人になったんでしょうか?
「いいからさっさと行け。帰りにシュークリーム工房に寄って味をチェックしてくるのを忘れるな。それとポプリの製作状況もだ」
「うへぇ」
自分から言い出したこととは言え、忙しさ半端ないです。
「何か文句でも?」
「無いですっ。行ってきますっ」
確実に私以上に忙しいであろうマロウさんに睨まれて、慌てて外に飛び出します。
「楽しそうですね、筆頭。ギルドを辞めて大正解と言ったところですか」
「セーラに言われたくはないぞ。ライバルであるフランツ商会の支店主任を辞めてウチに来たお前にはな」
「ええ、上からは無理難題、下からは不満をぶつけるサンドバッグ。おまけに女のくせにと勝手に人の企画を握り潰すような職場から解放されて幸せですよ。それに此処は人種や性別で差別せず、その人が持つ力を正当に評価してくれますから」
「それがトアの方針だからな」
「お互い、良い上司に恵まれましたね」
「少し違うな、トアなら上司ではなく仲間と言い換えるだろう」
「ですね」
「こんにちはー」
「失礼する」
「おう、トアちゃんと魔剣の姫か。寒かったろう」
小雪が舞う中、冒険者ギルドへ行くとマスターが直々に出迎えてくれました。
ちなみに魔剣の姫とはウェルの二つ名です。
魔法と剣技のどちらもがパーフェクトだから付いたとか、さすがです。
「早く奥へ。今、お茶を淹れるわ」
「あ、でしたら皆さんでどうぞ。ドライフルーツ入りのクッキーです」
受付のシェラさんに年末売り出し用のサンプルを多めに渡します。
「いつもありがとうね。トアちゃんくらいよ、こうして手土産をくれるのは」
上機嫌で受け取ってくれました。
いえいえ、味が良ければ口コミで宣伝してくれますので却って助かってますよ。
「マリアっ!」
背後から突然上がった声、と同時に。
「…それ以上、近づくな」
私の肩を掴もうとした相手の喉笛にウェルの剣先が突き付けられます。
相変わらずの早業。
おおっと周りの冒険者さん達も感嘆の声を上げます。
「何者だ?」
ウェルに問われて、相手…17歳くらいの男の子が慌てた様子で口を開きます。
「マリアっ、俺だよ。ジョエルだよっ」
言われてその顔を見つめれば、確かにマリアの記憶の中に似た顔があります。
ジョエル君はマリアの父親の店の店員だった人の息子で、よく一緒に遊んだ幼馴染ですね。
彼もまた大海蛇の被害者でマリアと同じように両親を亡くし、どうやら冒険者になったようです。
細マッチョの身体を皮鎧で覆い、バスター型の大剣を背負ってます。
「えっと、人違いだと思います。私の名はトアです」
言いながら雪除けに被っていたフードを取り、改めて向き直ります。
「黒髪、…マリアじゃ」
「ありませんね」
此処はきっぱり否定しておきます。
確かに身体はマリアのものですが、中身は地球産のオバちゃんです。
まったく別の存在ですし、申し訳ないですがジョエル君に対して何の感傷もありません。
「そ、そうか。すまない、よく似ていたものだから」
「いえ、お気遣いなく」
笑顔で軽く会釈してからマスターに歩み寄ります。
「今日は護衛の依頼で伺ったんですが、お時間はありますか?」
「護衛?それなら魔剣の姫がいるだろう」
「いえ、私個人では無くて別件です」
「ほう、人数と期間は?」
「そこを相談したくて」
「分かった、俺の部屋に来な」
先を行くマスターについて歩き出す私の背にジョエル君の視線を感じます。
どうやらまだ完全に疑いは晴れてはいないようです。
「間違えてすまない。けど君の顔はマリーさんにそっくりすぎる。他人とは思えない」
案の定、用件を終えてギルドを出たらジョエル君が外で待ってました。
ちなみにマリーとはマリアの母親の名です。
彼女に優しくされる度、顔を真っ赤にしていた記憶がありますから憧れの人、もしくは初恋の人だったんでしょうね。
「そうだぜ、髪なんていくらでも染められる。こいつはマリアに違ぇねぇ」
建物の影から登場したのは、あのクズじゃないですか。
「伯父さんもこう言っている、正直に話してくれ。突然姿を消した君を心配してこの人はずっと君を探していたんだ」
そりゃ大事な金蔓ですからね。
クズの身形を見る限り、かなり困窮している様子。
マリアに逃げられ、借金の返済に家畜や畑を取り上げられて無一文ってところでしょうか。
2人が何処で知り合ったかは判りませんが、マリアを餌にクズがジョエル君に寄生しているようです。
「身を偽るほどのトラブルを抱えているなら相談に乗る。マリアのことは俺が守ってやる」
守るねぇ、一番危険にさらしてるのはその貴方なんですが。
此方が全否定しているのに聞く耳持たないとか。
悪い子ではなさそうですが、随分と思い込みの激しい性格のようです。
「マリアはすぐに泣いてしまう弱い子だから、いつだって守ってもらわないとダメだろう。俺や伯父さんが傍にいれば安心だ」
おっと、マリアのことを下げるのはそこまでだ。
弱い子?クズの虐待に3年も耐えて挫けず生き抜いたマリアが?。
彼女を馬鹿にするのもいい加減にして下さい。
「私の名はトアです。私がそのマリアという人だという証拠はありますか?顔が似た人は何処にでもいます。世界には同じ顔が3つあるとも言いますしね」
「し、証拠」
そう言い返されてジョエル君が口籠ります。
「証拠ならあるぜ。マリアの胸には大海蛇に付けられたデカい傷がある。馬鹿高い金がかかる治癒魔法でも古傷は消えねえからな」
勝ち誇るクズの言う通りに怪我をした直後ならば回復薬で綺麗に治りますが、時間が経った傷の跡を完全に消し去ることは不可能です。
「そうですか、では」
この手の輩に言葉をいくら重ねても無駄です。
全部、自分の都合の良いように解釈しますから。
此処はガツンと現実を直視させないと。
「お、おい。トア」
私の行動に気づいたウェルが止めに入りますが、構わず往来の真ん中でストリップを敢行します。
何事かと周囲の人達も驚いて立ち止まってしまってます。
「これで納得しました?」
露わになった胸には傷どころか痣すらありません。
魔狼にやられた傷と一緒に神様が治してくれたようです。
「トアは思い切りが良すぎるっ」
慌てて上半身裸の私に上着を掛けてくれるウェル。いつも通り漢前です。
「そ、そんなはずは…」
「すまないっ」
当てが外れて呆然としているクズと顔を赤くして頭を下げるジョエル君に向け、毅然と言葉を綴ります。
「私はあなた達を知りません。私はトアです、マリアではあり…」
「てめぇらっ、ギルドのアイドルになんてことしゃがるっ」
騒ぎを知り外に出てきたマスターが、私の言葉を掻き消して吠えます。
ちょっ、私の決めセリフが台無しぃぃ。
しかもアイドルって、いつの間にそんなものになったんですか?
「難癖をつけた挙句、若い娘を町中で裸に剥きやがって。このままただで済むと思うなよっ」
さすがは今もガチマッチョな元Aランク冒険者、ドスが利いてます。
しかも顔がこの上なく怖いです。
頭にヤが付く自由業の人ですら裸足で逃げ出す迫力です。
「お、俺は関係ねぇっ。そいつが勝手にやったことだ。俺は違うって言ったんだ」
「そんな、あなたが絶対に間違いない。早く聞けって」
「うるせぇ、俺は知らねえ」
言うなりクズ逃走。
どこまでも最低な男です。
「あいつをどうする?捕らえるのなら手を貸すが?」
探査の魔法で逃げたクズの居場所もしっかり把握済みらしく、マスターに引っ張って行かれるジョエル君を見やりながらウェルが問います。
「マスターが代わりにやってくれそうだからいいよ」
今は放置で良いでしょう、実害が出たら考えますが。
商会の取締役に就任してから、いろいろな人が私に近付いてきました。
大半は良い人でしたが、中には私のお金や地位を狙って策を弄す人もいました。
もっとも詐欺の天敵たるオバちゃんという人種を相手にするには力不足な連中ばかりでしたが。
ですが用心に越したことはありません。
私の肩には商会で働く人とその家族の生活が掛かっていますので簡単に足を掬われる訳にはゆかないのです。
「験直しに屋台連合に行く前に何か食べようか?」
「そうだな。トアのクッキーが美味すぎて、逆に腹が減った」
謎の理論を展開し足早になるウェルに、私も笑って横に並びます。
「寒いから温かいものがいいね」
「焼き立てのクリームパイはどうだ?」
そんな会話を交わしながら、2人して年の瀬の町を歩いてゆきます。