表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
26/124

26、トラブル発生と奴隷


『くぅぅ~、そこはぁぁ』

 朝っぱらから妖しい声を上げて悶えるコアラ。


何のことは無い、足つぼならぬ肉球マッサージです。

試しにやってあげたら見事にハマりまして、ブラッシングの後で行うのがデフォとなりました。


「はい、お終い」

『ふぅぅ、最高ですぜ。しかし姐さんも罪なお人だ。俺っちはもうこれなしじゃ生きてゆけねぇ身体になっちまいやしたぜ』

 誤解を受ける言い方は止めていただきたい。


「次はキョロちゃんね」

 声を掛けると、待ってましたとばかりに私の膝の上に頭を乗せて来ます。

『あるじー、はやくー』

「はいはい」

 キョロちゃんは耳の後ろを中心にマッサージされると喜びます。

首回りや羽の付け根もポイントらしく、撫でてあげるとフルフル震えて可愛いです。


「トア、客だ」

 宿の獣舎で朝のマッサージタイムを堪能していたら、ウェルが声を掛けて来ました。

「誰だろ?」

 人を訪ねるにはいささか早い時間です。

緊急の用でしょうか?


「早くにごめんね。トアちゃん」

 姿を見せたのはカレンさんでした。

話を聞いたら依頼した薬が期日を過ぎても届かず、しかもその量が多いため手すきの薬師を総動員して対応に当たっているとか。

昨日の危惧が現実になってしまいました。


「作る薬はなんですか?」

「石化解除薬よ。西の方でコカトリスが異常繁殖していて、人里にやって来る可能性が高いから事前に依頼しておいたんだけど…」

 それが届かず、しかも懸念していた被害が出てしまったと。


ちなみにコカトリスは、トカゲの脚と尻尾を持った鳥の魔獣です。

その(くちばし)には触れたものを石化させる能力があり、触れられた者は(ゆる)やかに石になってゆきます。 

徐々に死が近付くその恐怖はいかばかりのものか。

被害に遭ったら一刻も早い対応が求められます。


「薬草の数は足りてますか?」

 石化解除薬に使うテトル草はコカトリスの餌でもあり、この草に解除作用があるのでコカトリスは自身の嘴で身繕いをしても石化しません。

つまりテトル草の群生地はコカトリスの生息地でもあり、入手が困難な薬草なのです。

こういった入手困難な薬草で製薬をする場合、通常はギルド側が薬草を用意し薬師に依頼します。


「それがね、あまり在庫が無い上に、依頼した薬師の管理が悪くて預けた薬草のほとんどが使い物にならないの」

 弱り目に祟り目ですね。

ならば。


「ダメになってしまった物で構いません。テトル草を回収して下さい」

「何をする気だ?」

 首を傾げるウェルに笑いかけてから後を見やります。

「出番だよ、マーチ君」

『合点、承知の助。すぐに採れ立てに戻してみせやすぜ』

「そうか、マーチの能力ならば可能だな」

 頷くウェルの横で、カレンさんが飛び上がらんばかりに喜んでいます。


「ありがとう、トアちゃん。すぐに回収してギルドに持ってゆくわ」

「私たちもギルドに向かいます。今あるだけでも薬にしておきますから」

「お願い」

 言うなりカレンさんは風のように駆け出してゆきました。



 それから2時間の後。

「はい、これでラストです」

 出来上がった解除薬を鑑定係のジェレミーさんに渡します。


「うん、ランクは上級で間違いなし。急いで現場に届けよう」

 集められた薬師さん達と協力して何とか時間内に数を揃えることが出来ました。

良かったです。


輸送はティールバードと呼ばれる巨大なスズメに似た騎獣が請け負うそうです。

確かに空を飛ぶのが一番の早道ですからね。


「だから俺の所為じゃない。奴隷の奴が薬草の世話をサボったのが悪い。全部あいつが」

 ホッとしたのもつかの間、灰色の髪の男が喚きながらギルドに入って来ました。

その後ろには怯えた様子の犬耳の12歳くらいの男の子。

()せた細い首には黒い隷属の輪が嵌められています。


「それに薬は間に合ったんだし、大騒ぎする必要はないだろうがっ」

 あ、ダメだ。まったく反省の色なしです。


「それとこれとは話が違います。ゲィリーさんが依頼を遂行出来なかったことに変わりはありません。奴隷の失態であっても責任は主であるあなたにあります。だいたいどんな管理をしていたんです?」


「ちゃんと日に一度、水を掛けさせていたさ」

「馬鹿なことを言わないで下さい。テトル草は湿気に弱いんです。

そんなことをしたら腐るに決まってるじゃないですかっ」


カレンさんの言う通り、他の薬草と違いテトル草を保管するなら冷暗所に置き、水はやらないのが常識です。

なので摘み取ってから7日以内に製薬しないと薬効が望めません。


「職員を半ば脅して無理やり請け負って行ったうえに『こんな物、あっという間に作ってやるさ』と大口を叩いた挙句がこのざまですか」

 おおう、カレンさん激オコです。

確かに謝罪するどころか、あそこまで開き直られたら怒って当然ですけど。


「あなたへのペナルティは後日、通告させてもらいます。

取り敢えず腐らせた薬草の弁償をして下さい。テトル草は貴重ですから1束で5,000エル。それが30束で150,000エル、金貨15枚です」


「弁償?。ふざけるな!薬草は時魔法で元に戻ったって聞いたぞ」

「ですからそれとこれとは話が違います。あなたが腐らせた事は厳然とした事実です」

「だからそれは無かったことになったんだろうがっ!」

 完全に堂々巡りに(おちい)ってます。

こうなると絶対に自分のミスは認めないでしょう。

盗んだお金を返したからと言って、窃盗罪が帳消しにならないのと同じなのに。


前世の取引先にもこういった人がいました。

トラブルを起こしても、そんな状況にさせた相手が悪い。

俺は悪くねぇと自分に都合の良い正義を振りかざします。


「ならば仕方ないの」

 騒ぎを凛とした声が静めます。

「弁償金を払わんのなら衛士に突き出し、借金奴隷とする」

 相変わらず嫌味なくらい美少年なマスターの言葉に相手が顔色を変えます。


マスターが言うようにアーステアには奴隷制度があります。

犯罪奴隷と借金奴隷です。

前者は刑罰の一種として刑期を終えるまで奴隷として使役され、大抵は土木関係や鉱山などの環境の厳しいところに送られます。

後者は借りた金額に見合った分の働きをすれば解放されます。

こちらは奴隷でもきちんと人権が保護され、虐待や無理強いをすると罰せられます。


しかしそれはあくまで表向きのことで、裏では了承なしに娼館に売られたり、鉱山に送られたりといった非道がまかり通ってはいますが。


「ま、待ってくれ。いきなりそんなことを言われても持ち合わせがない。そうだ、ならコイツを売る」

 言うなり後ろにいた子の腕を掴んで前に押し出しました。

「こいつの借金は150,000エル。金貨15枚だ。十分だろ」

 男の言葉にその子が驚いて首を振ります。

「い、いえ、僕は100,000エルで」

「余計なことを言うんじゃない。お前が去年ウチに来てからの飲み食いの分が入ってんだよっ」

 

 男の言い分に誰もが呆れ返っています。

食事代が借金に加算されるなんて聞いたことがありません。


「話にならんの、誰か衛士を呼んでくれんか」

「チクショウ!全部お前の所為だっ」

 叫ぶなり男が奴隷の子を殴り付けようと腕を振り上げます。

あくまで自分の非を認めず、弱い相手に八つ当たりする外道ぷり。


「止めなさいっ」

「トアっ」

 男とその子の間に素早く立ち塞がった私(マーチ君との稽古の成果が出ました)。

その私を庇って前に立ち、男の喉元に剣先を突きつけるウェル。

さすがはSクラス冒険者、抜き手がまったく見えませんでした。



結果として男は衛士さんに連れられてゆき、男の子はギルドで手当てを受けています。

よく見たら服の下や目立たない所に殴ったり蹴ったりの暴行の跡があったんです。

弁償金だけでなく、これで虐待でも十分な捕縛の理由になるそうで、しばらくは牢獄ぐらしだろうとのことです。

こうなると薬師資格剥奪もあり得るとはマスターのお言葉です。


「あ、あの、庇ってくれてありがとうございました」

 おずおずと頭を下げる男の子、名前はコウ君。

先の戦争で村を焼かれ、日々の糧にも事欠くようになった両親が泣く泣くコウ君を借金奴隷として売ったそうです。

まだ小さい弟妹がいたので本人も望んでの奴隷落ちでしたが、買った相手がアレでしたので随分と苦労したようです。


「コウ君はこれからどうなるんです?」

 私の問いにカレンさんが少し困った様子で言葉を(つづ)ります。

「弁償金の担保としてギルドが一時的に預かることになると思うけど、いずれは競売に掛けられると思うわ」

 奴隷は個人の財産扱いなので、それは仕方ないことですけど…。

どんな相手に引き渡されるかと不安げに揺れる眼差しが痛々しいです。


「う~」

 此処で安易に助けて良いものか悩む私に向かい、ウェルが笑いを堪えた顔で口を開きます。

「無駄な抵抗は止めておいた方が良いぞ」

「ですよねー」

 請け負う覚悟を決めましょう。

商会に連れて行けば何かしら仕事はあるでしょうし、しばらくはスタッフ用の住居に居候させます。


マロウさんのお小言は必須でしょうけど。


あ、忘れずマスターに唐辛子煎餅を渡しておきましたよ。

思惑通りに泣きまくってくれたので満足です。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ