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25、感謝のプレゼントと勇者さま


「トア、これは何なのだ?」

「年末には少し早いけど、私からウェルへの感謝の気持ち。

いつも守ってくれてありがとう」

 会議が終わり、入口の前に立ち護衛役を務めてくれたウェルに用意しておいた包みを渡します。


「いや、私は護衛とは名ばかりで…」

「そんなことないよ。町に入ってからずっと周囲に探索の魔法をかけて警戒してくれてるじゃない」

「…気づいておったか」

 少し照れた顔をしたウェルだったけど、すぐに手元の包みに目を落とします。

「開けても良いか?」

「どうぞ、気に入ってもらえるといいけど」


「これは…」

 包みから出て来た翠のロングスカーフをウェルはまじまじと見つめます。

「マスターから聞いたんだけど、戦いに行く者には守護の模様を刺繍した布を渡すんだってね。ウェルが怪我したりしないようにってぇぇ?」

 勢い良く抱き着いてきたのでビックリしましたが、ウェルは余程嬉しかったらしく肩を震わせています。

「トアの気持ちは嬉しい、男になったら必ずトアを嫁に貰う」

「はいぃぃ?」

 どうしてこうなった?


「すまぬ」

「いや、悪いのはマスターだからね」

 エルフ界では守護の刺繍がされた布を渡す=プロポーズだそうです。

あの見掛けは美少年or中身は狸じじい、完全に面白がってますね。

後で唐辛子煎餅(激辛)でも差し入れてやろう。

思い切り泣くがいい。



「トアは何か欲しい物はあるか?私もトアに感謝の気持ちを渡したい」

「んー、そうだね」

 特に欲しい物は無いのですが、此処で断るのも無粋でしょう。

ふと視線を上げると図書館が見えます。

それで思い出しました。


「だったら勇者さまの話の本が欲しいかな」 

 何かと忙しくて調べるのをすっかり忘れてましたよ。

「アキトの話か?」

「はい?もしかしてウェル」

「ああ、90年前に会ったぞ。いろんな意味で残念な男だったが」

「マジですか」

 世間は広いようで狭いです。

こんなところに生き証人が。



年末年始に向けての感謝キャンペーンの準備(飾り付けや商品の確保)でアイデアを出したり相談に乗ったりしていたら、早いものでもう夕方です。

ウチの商会は繁忙期は別ですが基本残業は無しのホワイトですので、また明日とスタッフ一同さっさと家路に就きます。


今回は準備のため2、3日は泊まる予定でしたのでウェルと共に予約していた宿にGOです。

キョロちゃんとマーチ君のことを最優先に考え、快適な獣舎付きの宿を探しました。


途中で商会プロデュースのなんちゃってイタリアンレストランに寄り、私は季節野菜のバーニャカウダとペペロンチーノパスタを。

ウェルは

特製前菜3種の盛り合せ。

生ハムとホワイトキノコのシーザーサラダ。

しゃかしゃかフライドポテト&ソーセージとクルルの実のピザトースト。

白身魚とキノコの包み焼き バーニャ味噌ソース。

コッケのもも肉ロースト・パイン(もどき)炒め添え。

ベーコンとナナスのトメトソースパスタ をそれぞれ2人前ずつ。


Sランク冒険者で高給取りだからと譲らず、いつもと違って食べた分割りではなく此処はウェルが(おご)ってくれました。

ゴチになります。



「奴の名はアキト・ヤサカ。トアと同じ黒髪で目も黒かった」

 約束通り勇者の本を買ってもらい、宿でウェルから勇者さまの話を聞きます。


何とビックリ、この世界には勇者と呼ばれる人は2人いるそうです。

1人目はカナメ・ヨネハラ。


120年前に行われた人魔対戦。

聖アリウス神国が異世界より召喚した勇者とその一行により魔族軍は敗走。

ノース大陸最北端にある魔都に籠城するまで追い詰められましたが、何故か勇者がそこで進軍を取り止めてしまい、そのまま終戦となりました。

一説には勇者が『戦いの真実…仕掛けたのは人族の方』を知ってしまったからとも言われています。

以来、両種族は不可侵条約を結び一切の接触を絶って今に至っています。


マリアの記憶に魔族のことが無かったのはこの為のようです。

今更ながらになりますが、アーステアには魔族の他に人族、獣人族、エルフ族、ドワーフ族、竜人族が居ます。

人種差別などはほとんど無く、人族がウエース大陸に多いように獣人族はサース大陸、エルフ族とドワーフ族はイース大陸、竜人族はノース大陸に多く住んでいます。


「戦いの後、カナメ・ヨネハラは姿を消し、未だにその行方は判らぬ」

 まあ、人間なら120年も生きはしませんからね。

何処かでアーステアの土に還ったのでしょう。


「それから20年が経ち、再び現れた勇者がアキト・ヤサカだ」

「また魔族と戦うために?」

「いや、アキトの場合はうっかり召喚だ」

「はい?」


聖アリウス神国の神官が大戦以来、禁忌とされていた召喚の魔法陣を年に一度の大掃除の時にうっかり発動させてしまい、それで呼び出されたのがアキト・ヤサカ。

何、その情けない理由。


帰る術もなく、遣る事もなく、数年間はアリウス神国で居候(いそうろう)と化していたアキトだったが、ついに活躍の場が。

イース大陸で起こった魔獣の大暴走(スタンピード)

これを見事に平定させ、一躍アキトは英雄となりました。


戦いの傍ら彼はマヨネーズや算盤(そろばん)を始めとした幾つかの異界の文化を教え、アーステアの生活向上に貢献し大いに称えられたのですが…。

旅先で手を出しまくった女の子30人に詰め寄られ、結局全員を妻に迎えることに。


イース大陸に居を置き、米や味噌、醤油を開発しながら30人の妻たちの愛憎劇に巻き込まれ続け、安息とは無縁の生涯を送ったという。


「…………」

 ケントさんのお店の店員さんが言葉を濁した訳です。

確かにこんな話を進んでしたくない気持ち、よく分かります。


よくハーレムに憧れる人がいますが、現実はこんなもんです。

自分を愛してくれた女達だから、みんなで仲良くなんて夢物語にだってありません。

もともと女は恋愛に関しては男の数十倍は強欲で、独り占めが大好きで、他の女に出し抜かれることを何より嫌う生き物なんですから。


もし上辺だけでなく妻たちの仲が真に良好だとしたら、それは男との関係が完全に打算だからです。

嫉妬をするに値しない相手と思われているからに他なりません。


「私の従妹がアキトの妻の一人でな。確か人族が14人、獣人が10人、ドワーフ3人、エルフが2人、竜人族1人だったか。人族の中には高貴な姫も何人かいて、訪ねて行った屋敷は随分とピリピリした雰囲気だったぞ」

「まるでミニ大奥だね、妻たちの間の覇権争いが凄かったんじゃない」

「ああ、誰が一番優秀な子を産むかで争いが絶えなかった。

しかしどうした訳か誰一人としてアキトの子を宿す者はいなくてな」

 アーステアの人と地球の人間では遺伝子が違うのかもしれませんね。


「だが7年ほどして人族の姫が子を産んでな」

 あれ?

「それから獣人や他の人族の妻にも次々と子が生まれ始めたのだが…」

「父親はアキトじゃなかった訳ね」

「さすがはトアだ、よく判ったな」

「まあね」

 昼ドラじゃ定番の設定ですから。

だけど本当にいろんな意味で残念な勇者さまです。


「不貞を犯した者は子と一緒に実家へと帰され、子を望む者とは離縁した。

残ったのは2人のエルフの妻だった。エルフは人族より長命だ。

アキトを看取った後で再び嫁いでも何の支障もないのでな」

「なるほど、でもそれでようやく心の平安を得られたんだ」

「いや、その1年後にポックリ逝ってしまった。いろいろと心労が重なったのが原因らしい」

 最後の最後まで…。


1人目の勇者ヨネハラさんとの乖離(かいり)ぷりが凄まじいです。

とことん残念な人です。



「…寝ようか」

「そうだな、明日も早いのだろう」

「うん、個人的に新年の用意もしたいしね。おせちの材料を探したいんだけど」

「おせちとは何だ?」

「私の故郷のお正月料理だよ」

「それは楽しみだな。トアの料理は美味いからな」

「美味しいのが出来るように頑張るね」




隣のベッドにいるウェルの寝息を聞きながら、さっき聞いた話を思い返します。

ざっと目を通した勇者の本もウェルの話と内容に大差はありませんでした。

そのいかにも滑稽な感じに脚色されていることが、逆に真実を隠しているように思えてなりません。


うっかり?…禁忌とされた魔法陣がそんな簡単に起動するものでしょうか。

何か目的があって呼び出されたとしか考えられません。


魔族相手でないなら、人。

つまり戦争の駒として召喚した。

大暴走(スタンピード)を止めたほどの実力があるなら、勇者は存在するだけで十分な脅威になります。

核兵器と同じですね。

持っている国は、それだけで国際社会から一目置かれますから。


ヤサカさんはそれを嫌って、大暴走(スタンピード)を平定した後もアリウス神国に帰ろうとしなかったのでは。

ポックリ逝ったのだって本当に病死だったのでしょうか?

意に沿わないならと毒を盛られた可能性は捨てきれません。

最強の勇者で毒耐性を持っていたとしても、それを凌駕(りょうが)する毒を盛られたらひとたまりもありませんから。


商会経由で得た情報から考えても、それを遣りかねないのがアリウス神国という国です。

彼の国との付き合いは、用心に用心を重ねた方が無難のようです。






総合評価が200ptを超えました。

本当にありがとうございます。

拙いお話ですが、秋の夜長の友としていただければ幸いです。

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