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23、おいでませ、屋台街


「誠に申し訳ないっ。これでは護衛失格だっ」

「仕方ないよ、家から町の外までずっとキョロちゃんの横に付いて飛行してたし」

「あれくらいで疲れるものか。すべては私の不覚だっ」

 肩を揺すって起こした後のウェルの動揺と後悔は半端無く、さっきから謝り倒してます。


「この上は腹を切って詫びを」

「しなくていいからっ」

 腰の剣を抜きかけたので慌てて止めます。

「それにせっかく新しくしたのに、そんなことに使われたらマーチ君が悲しむよ」

「そ、そうだな。マーチを悲しませる訳にはゆかぬ」

 ウェルはキョロちゃんのことも可愛がってますが、マーチ君とは馬が合うらしく私を介してよく2人で話をしています。


昨日、町に行くなら剣を研ぎに出したいとのウェルの言葉を聞いたマーチ君が『此処は俺っちに任せなっ』と張り切って時魔法を発動。

お腹の袋にウェルの剣と、ついでに鎧もいれて瞬く間に新品にしてくれました。


『やっと仕事らしい仕事が出来やしたぜ。姐さんと来たらパン生地の発酵だの味噌漬けやシチューを寝かすことしか頼まねえし』

 何だか盛大に愚痴られましたが。

いいじゃないですか、平和利用ですよ。


「それより少し早いけどお昼にしようよ。屋台街を案内してあげる」

「おお、トアが教えた料理が食べられるのだな」

 途端に上機嫌になったウェルに秘かにホッと息をつきます。

真面目なのは良いのですが、すぐに極端に走るのは直してほしいところです。


会議が始まるのは資料を揃えたりする必要があるので、早くても昼過ぎになるでしょうからまずはウェルとお昼です。

嫌なことは後回しにしておきます。



「トアちゃん、久しぶりだな」

 屋台街に行くと知り合いのご亭主から声をかけてもらいました。

「ジルさんもお元気そうで。お好み焼きの売り上げも良さそうですね」

 湯気の立つお好み焼きの上に掛かった茶色のソースと白いマヨネーズ。

その上の青のりが食欲をそそります。


「はは、ありがたいことにな。特にこのソースの評判がいいんだ」

 もともとソースらしき物があったので、ジルさん達と新たに果物や香辛料を加えたりして開発したお好み焼き用の泥ソースです。

地球産にほぼ近い物が出来たと自負しています。

しかし青のりにマヨネーズは揃えられたのですが、鰹節だけは…。


やはり一度、マリアの故郷の港町トレドへ行ってみましょう。

探せばきっと似たような物があるはずです。


「う、美味いっ」

 唸るように呟いた後、ウェルは無言でせっせっとお好み焼きを口へ運んでます。

でも勢い良く食べるので口の周りがソースでべたべたです。

食べることだけに集中している様は、いっそ(いさぎよ)い。

挙句、箱に折ってあるラップの葉を開いて残ったソースを舐めようとしたので慌てて止めます。


ちなみにラップの葉箱は、お察しの通り私が教えて流行らせました。

使い捨てパック代わりとして最近では何処の屋台でも活用してます。


屋台でも折った物を用意してますが、大抵は商品が出来上がるまでの暇つぶしに

お客様に箱を自作してもらってます。

葉だけだと弱いので商品を渡す時に底に薄板を添えて出し

食べ終わったら葉はゴミ箱に、板はお店に返すシステムです。


「トア、あれは何なのだっ?」

 お好み焼きを完食したと思ったら、すぐに次の標的をlock-on。

「ラクレットだよ。茹で野菜や小さく切ったパンの上に、火で(あぶ)ってとろけたチーズを乗せるの」

 ジューシーな野菜とチーズのハーモニー。

広がる少し焦げたチーズの香りがたまりません。

「美味そうだ」

 だから(よだれ)…せっかく拭いたばかりの口元が別物で汚れてゆきます。 

此方もすぐに完食、私はお好み焼きだけでお腹一杯なので見学です。


肉、赤パプリカ、肉、トウモロコシ、肉、玉ねぎ、肉、ピーマン、肉が刺さった串焼きを3本。

他にも焼きたてジャンボ餃子、ガーリックが利いた唐揚げとフライドポテトセット。

チーズと照り焼きのハンバーガー2種に醤油ラーメンを食べたところでストップをかけます。


「ダメだよ、これ以上食べたら…」

「私はまだ食べられるぞ」

「デザートが美味しく食べられないよ」

「おお、そうだな」

 嬉し気に賛同してからとウェルはしみじみと言葉を継ぎます。

「トアの料理が一番美味いが、此処の物も捨てがたい」

「屋台には家庭料理にはない美味しさがあるからね」

「まったくだ」

 大きく頷くウェルを連れて、次はスィーツの屋台が集まっている場所へと向かいます。


「バニラとミントのアイス下さい」

「私は…そうだな。取り敢えず全種類だ」

 もはや何も言うまい。

甘いものは別腹とは言え、さっき5種類のクレープを食べたばかりですよね。

しかも生クリーム増し増しで。


余談ながら、鰹節同様に未だにチョコが見つけられていません。

これがあればスィーツの種類が飛躍的に増えるので、何としても見つけたいです。

サース大陸の周辺にある諸島連合に属する島に、似たような物があるという情報は掴んでますので、此方も一度行ってみたいです。


「ところでさ、ウェルは女であることに何か(こだわ)りがあるの?」

 アイスを食べながら疑問に思ったことを聞いてみます。

マスターの話だと生まれた時は全員が女、族長に認められた強さを身に着けた者だけが男となるエルフの世界では、男になれるのは名誉なことだそうです。


「特にはないが」

「ないの?」

「ただ男になって何の得があるという思いはあるな。

もともと中性的な容姿のエルフは男に変わったところで筋肉量が増えたり、体形が変化したりはしない。胸にあるささやかなものが引っ込んで無かったモノが生えるだけだ」

「…生えるんだ」

「だいたいあんなモノが股にぶら下がっていては戦いの邪魔になるだけではないのか?他にたいして役に立つとも思えぬし」

「いや、役に立つとは思うよ。まあ、いろいろと」

「そうなのか?」

「さ、さあ、私は持ったことが無いから良くは知らないけど」

 私の返事に、ふむとウェルが考え込みます。


「では今度マロウあたりに使い方を聞いてみるか」

「それは止めた方がいいと思う」

「…あのな嬢ちゃん達」

 その声に振り向けばエール売りのオジさんが呆れ顔でこっちを見てます。


「若い娘が真っ昼間の往来でする話じゃねえだろ。(つつし)みってもんを持ちな」

 気づけば辺りの人達もドン引いてます。

すみません、見掛けは若くても中身はこの手の話に免疫がありすぎるオバちゃんなもので。

「し、失礼いたしました」

 訳が判らず首を傾げているウェルの手を引き、此処はとっとと退散させていただきます。



「ん?あれは何なのだ」

 屋台街から脱出し、大通りを歩いていたらウェルが壁を指さします。

そこにあるのは鮮やかな色合いのA1サイズのポスターです。


「ウチの商会が主催してる新年に向けてのキャンペーンを告知してるの。

『歳の変わり目にお世話になった人や好きな人に感謝の言葉を伝えよう』って」

「ふむ、それは良いな。そういったことは何かきっかけが無いとなかなか言えぬものだ」

「その時、一緒にちょっとした物をプレゼントしたら喜ばれるかなと思っていろいろと準備してるところ」

 親や友人に日頃の感謝を伝え、相手が喜びそうな物を選ぶ。

つまりお歳暮とクリスマスをまとめた訳です。 


おしゃれで可愛い小物にキャンディーやクッキーなどの手軽なお菓子。

ハンカチや靴下、マフラーなどをお値段を通常より抑えめで提供予定です。


新製品のポプリもこれを機に売り出します。

ポプリは香りの良い花やハーブを使った芳香剤の一種で、乾燥させて植物から取り出した精油エッセンシャルオイルをたらし、密閉して暗所に2週間ほど置いて熟成させれば出来上がり。

(【乾燥】とマーチ君の時魔法を使えばさらに簡単です)

それを布袋に入れて持ち歩けば(ほの)かな香りを楽しむことが出来ます。

前世でもお祝い事で貰った花束を捨てることなく利用出来て重宝してました。


そして今回のキャンペーンの目玉商品が『シュークリーム』です。

ケーキだと値が張るので、子供のお小遣いでも買えるように1個30エルで売り出します。

原価割れギリギリですが、地球に比べて娯楽が少ないアーステアなので皆に少しでも楽しい思いをしてもらえたら御の字です。






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