20、聖歌師って何ぞや?
私の護衛役に就いてくれたウェルと同居を始めて早5日となりました。
さん付けは他人行儀なので辞めてほしいとお願いされたので、初日からお互いに名前呼びです。
起きたら一緒に朝食を取り、その後は私は製薬作業や作り置き用の料理を作ったり、編み物をしたり、マーチ君が起きていれば一緒に格闘の稽古をしたり。
ウェルは私が作ったお弁当を持って森へ行き、魔獣相手に剣の修行。
夕方に帰ってきたウェルとキョロちゃん&マーチ君と4人で洗濯フルコース。
それから夕食を取って、眠くなったら就寝。
最初は持参の寝袋を使ってましたが、それではゆっくり眠れないだろうと急いでウェル用の掛け敷布団を製作。
何かメッチャ喜んでもらえました。
自分用の個室がないとダメな人がいますが、私もウェルもその辺りは無頓着な性格らしく、普通に一部屋で生活してます。
ただトイレだけはウェルが土魔法で階段脇に小部屋を作り、そこに浄化の魔法を付与した便座を設置することにしました。
魔法って本当に便利。
何より一緒に食べてくれる人がいるって良いですね。
特にウェルは本当に美味しそうに食べるので、作り甲斐があります。
口一杯に頬張る様は食べ盛りの頃の子供たちを髣髴とさせてくれて懐かしいです。
好き嫌いは全くないウェルですが、中でも和食がお気に入り。
特に煮物系は満面の笑みを浮かべて食べてます。
ちなみに出汁の煮干しはスナック菓子感覚のおやつとして、昆布は携帯用の乾燥野菜の一種で町で売られていたので大いに利用させてもらってます。
これで鰹節があればパーフェクトなんですが贅沢は言えません。
あとスィーツに関しては…止めないといつまでも食べます。
甘いものは別腹以前の問題くらいに。
それなのに体形変化を起こさないとは…解せぬ。
『あるじー、まーち、おきたー』
1階に設置した古木の二股のところで寝ていたマーチ君の起床をキョロちゃんが教えてくれます。
「ちょうど良かった。お団子が出来たとこだよ」
『わーい、おだんごー♡』
『団子ですかい。そいつぁ良いや』
ポロロの葉しか食べないかと思ったけど、聞いたら草系なら何でも食べられるとのこと。
だったら動物性食品を使わない精進料理や和菓子は食べられるかなと試しに出したら精進料理は今一つでしたが、何故か2人とも和菓子にハマりました。
「こっちはウェルの分と」
大皿に盛ったお団子をラップの葉で包んで、残りをソバ茶と一緒にいただきましょう。
「はい、餡子とみたらしとゴマね」
天気が良く暖かいので昨日編み上がったばかりのロングストールを羽織り、外のテーブルに3個ずつ串に刺して、餡子と薄茶色のみたらし、甘さ控えめな黒ゴマだれを纏ったお団子を置きます。
ちなみにベンチもテーブルと一緒にウェルが土魔法で作ってくれました。
魔法バンザイ。
『おお、美味ぇぇっ』
『ほんとー、おいしー』
キョロちゃんは串なしのを、マーチ君は器用に串を持って食べてます。
『ウェルの姉さんはまた修行ですかい?』
べたべたになった手を舐めながらの問いに、その手を取って布巾で拭いてあげながら頷きます。
「うん、今日は西の方にある泉に行ってみるって」
『また遠くへ行きやしたね』
『でも、うぇる、とべるしー』
『まったくだ、ありゃあ驚きやしたぜ』
そうなんです、ウェルは3分間戦う某宇宙人のように空を飛べるんです。
剣技だけでなく魔法もエキスパートなSランク冒険者だったウェル。
風魔法の一つである飛翔は得意なものの一つで、自在に宙を飛び回って見せてくれました。
何しろ属性が火、風、土、光、闇ですからね。
残念ながら水魔法だけは使えないそうで、でもこれだけあれば十分だと思います。
なんだか物凄い人に護衛についてもらって、申し訳ない気がしてなりません。
ですが昨夜、また問題が発生してしまったのでウェルには傍にいてもらった方が私の為だけでなく、世界の為にも良さそうです。
だけど此処で声を大にして言いたい。
神様、気前良すぎっ!私に何をさせたいんですかっ!?
昨夜、鼻歌交じりに白と青と赤の毛糸でオックスフォードストライプのロングストールを編んでいたら、ウェルが修行から帰ってきました。
ちなみに歌っていたのは子供達とよく一緒に観ていた電車に乗るheroの二重働きの歌。
「あ、お帰り。今日は魔猪のしがらき焼きにけんちん汁、和風千切りサラダ、煮抜き豆腐だよ」
「い、今何をしていたのだっ?」
「はい?」
目を見開いて心底から驚いている様子に、思わず首を傾げます。
「歌を歌っておったろう」
「鼻歌だけどね。それがどうかした?」
「知らぬのか?」
「何を?」
私の様子にウェルが派手なため息と共に床に座り込みます。
「トアは今、聖歌を歌っておったのだ」
「聖歌?私、教会に行ったことないよ。知ってる讃美歌はクリスマスソングくらいだし」
「何を訳の判らぬことを言っておるっ。聖歌とはな」
興奮気味のウェルの話をまとめると、聖歌とは魔力を乗せた歌のことで神殿に仕える歌巫女だけが歌えるのだそう。
癒しの歌で聞いた者の治癒力を引き上げたり、勇気の歌で戦闘力を向上させたり、鎮魂の歌で死者に安らかな眠りを与えたり出来るそうです。
最後のファンタジーにもそんな職業がありましたね。
「身体は何ともないのか?」
「別に大丈夫だけど」
「聖歌は歌えば歌うだけ命を削る過酷な行為で、それが証拠に歴代の歌巫女は皆、短命だ。…だがトアは」
「私が何?」
「初めて会った時、トアからわずかだが神気を感じた。何か特別な加護を受けているのではないか?」
うわー、それって心当たりが有りすぎる。
そもそもこの身体は一度死んで、それを神様が復活させたものだから作りからして他とは違うのかも。
「それ以上に気になるのはトアが歌っていた歌だ。私は聞いたことがないものだったが、歌が持つ力が桁違いだった」
「歌の力?」
「そうだ、歌は多くの者の心を魅了する。その数が多ければ多いほど歌への思い入れが増し、歌そのものが持つ力も増す」
歌に対しての思い入れと聞いた人数が力となる。
そうだとしたら地球産の歌の力はとんでもないことになってます。
アーステアで一度に歌が聞けるのは大神殿を使っても数百人がやっと。
それに対して地球ではテレビ、ラジオ、ネットを通して億千万人の耳に届く。
だったら数百年に渡って歌い継がれてきた讃美歌やオペラや伝統民謡なんて絶対に歌えません。
世界的に有名な英国のグループの歌やアメリカンポップスのヒット曲なんてレコード売り上げが数千万枚とかがゴロゴロあるし。
思い入れのレベルでなら熱狂的ファンが多いアイドルやアニメの歌だってかなりyabai 。
「ぜ、絶対に人前では歌わない。聞いたのは今のところキョロちゃんとマーチ君だけだし」
「そうしてくれ。アリウス神国などに目を付けられたら厄介だ。
このことを知ったら無理やりにでもトアを歌巫女第一位である聖歌師に祭り上げようとするだろう」
つまり神殿に閉じ込められて、死ぬまで歌わされ続けるってことですよね。
それは絶対に嫌だわ。
「何かごめんね、私って騒動の種でしかないね」
いつ爆発するか判らない爆弾娘。
マロウさんが付けた呼び名は当たっていたかも。
「気にするな、トアはトアだ。私の大切な友人で守るべき者だ」
ポンポンと頭を叩きながら優しい声で紡がれる言葉に泣きそうになります。
「…ありがとう」
クールビューティーで可愛くて、さらに漢前なんて反則。
惚れてまうやろっ。
評価が 100ptを超えました。
本当にありがとうございます。
これからも楽しんでいただけるよう頑張ります。