17、商品開発と商会
「良かったな。明日からギルドでも回復丸の売り出しが始まる。
そうなればさらに増えるだろう。もう働かなくとも遊んで暮らせるぞ」
ニヤリと笑うマロウさんを、冷え切った目で見返します。
「そうですねーっとか言うわけないでしょうが。
だいたい大した努力もしないで手に入れたものに何の価値があるんです?
人間、額に汗して働いてなんぼです。
それに使いこなせない物や力を手にしたところで、自分だけでなく周りも不幸にするだけ。そんな生き腐れな人生、私は御免です」
「やっぱりトアちゃんだわぁ」
私の言葉にカレンさんが嬉しそうに手を叩きます。
「ふん、これで有頂天になって転げ落ちたら可愛げもあったんだがな」
詰まらなそうに言いながらも、グリグリと頭を撫でて来るマロウさん。
これが世に言うツンデレですか。
「でも現実問題としてそのお金はどうしましょうかね」
こんな大金、持ち歩くなんて怖くて出来ませんよ。
「はい、そこでお勧めなのがギルド信託」
「信託ですか」
地球でもお馴染みな制度ですね。
ちなみに信託とは委託者(私)が信託行為(例えば、信託契約、遺言)によってその信頼できる人(受託者・ギルド)に対して金銭などの財産を委託し。
受託者は委託者が設定した信託目的に従って受益者のためにその財産の管理・処分などをするものです。
もちろん管理料はきちんと徴収されますよ。
「取り合えず使う目的が決まるまで使用料は全額ギルドに預けます。
製薬だけで十分食べて行けるので」
「はい、承りました。これが契約証書、ここにサインね」
めくら判ほど怖いものはないので、渡された証書をじっくり確認してサインします。
「けど特許申請ってこんなに短期間で認可されるものなんですか?」
「トアちゃんの場合は魔法省の動きが早かったもの」
私の疑問にカレンさんが詳しく裏を教えてくれました。
普通は申請がされると、必ず何処からかイチャモンがつけられるのだとか。
曰く『これは自分の特許を利用したものだから使用料の半額は此方のものだ』
または『同じような物は自分が先に申請していた』『するはずだった』等。
けれど私の場合は製薬方法が新魔法の【脱水】ありきなので真似、利用という言い分は通用せず。
しかも魔法省が早々に【脱水】を新魔法と認めたので、魔法省に盾突く行為を好んで行う者は無く、すんなり申請が通ったとのこと。
「戦争で多くの魔術師が死んだからな。弱体化し消沈していた魔法省にとって新魔法はまさに活性化のための救世主になったわけだ」
つまりこちらもお祭り騒ぎに飛び付いたと。
そんな申請者の特許というわけで、他のものも右へ倣えとばかりに早々に認可されたようです。
しかし前世でも『主婦が洗濯ネットの特許で大儲け』という話は耳にしましたが、まさか今世で自分がそうなるとは夢にも思いませんでしたよ。
その後、必要な薬剤と薬瓶を買い、回復丸や毒消しだけでなく魔水を使わない一般薬の鎮痛剤、腹薬(下痢と便秘)傷軟膏、風邪薬などを売りギルドを出ました。
差し引き95,500エル也。
私の薬は効きが良いと好評なので、買い値を少し上乗せしてくれたそう。
嬉しいです。
「お待たせ、キョロちゃん」
ギルド前に繋いでいたキョロちゃんの手綱を取りつつ声を掛けると。
『おかえりー、まだねてるよー』
見ればマーチ君、キョロちゃんの上でぐっすりと眠りこけてます。
「変わったことはなかった」
『えっとねー』
キョロちゃんの話によると何人か羽根目当てに近づいてきたそうですが、クエッと声で威嚇するとすぐに逃げていったらしいです。
中にはしつこい人がいて、無理やり羽根を抜こうとしたので頭突きで対抗。
その剛脚を使わなかったのはキョロちゃんの優しさです。
『つぎはどこゆくのー?』
「えっとね、ソフィアさんっていう職人さんのところ」
簪の特許を買ってくれた人で、出来たら私に完成品を見て感想をお願いしたいとギルドに言付けがあったとマロウさんが教えてくれました。
こういったアフターサービスも特許取得者の仕事の一つなんだとか。
ヨハン道具店…ぱっと見は道具屋ですが、その一角に間借りするように可愛いおしゃれ小物が置いてあります。
場所は偶然にもホルンさんの店のすぐ近くでした。
後で寄って靴を受け取りましょう。
「ごめんください。商業ギルドで言伝を聞いて来たんですが」
「きゃぁぁ!、待ってましたぁ」
飛び出してきたのは金茶の髪をしたポチャ可愛い系の女の人でした。
歳は…20くらいかな。
「これなんだけど」
並べられた簪は木製のもありますが多くが金属製で飾りに色石を使い、花だけでなく蝶や鳥をモチーフにしたものやトンボ玉のようなものもあり素晴らしい物に仕上がっていました。
「いいですね。どれも素敵で私も欲しいです」
「良かった。たくさん売れるといいんだけど。材料費がかなりかかってるから」
不安げなソフィアさんに少しばかりアドバイスを。
「実演販売をしてみたらどうでしょう。お客様の前で使い方を説明しながら簪を留めて見せるんです」
「確かにそれなら売れるわね」
「後はそうですね。取説をつけるとか」
「取説?」
「はい、使い方を分かり易く絵にして希望者に配るんです」
「でも手書きじゃそんなに多く作れないし。転写を頼む余裕もないし」
ちなみに転写とは書いたものを一瞬でコピーしてくれる魔法で、此方の本はすべてそれによって作られています。
ですが一度に1ページしか出来ないため、その作業は大変で必然的に料金もお高いのだそう。
「だったら印刷したらいいんですよ」
「い、印刷?」
思いっきり首を傾げるソフィアさんに昔懐かしガリ版印刷の概要を説明。
奥にいた木工職人のお父さんを巻き込んで印刷機を試作した結果。
「出来たぁぁ!」
「これなら100枚くらいは楽に刷れますから、簡単な広告チラシとかを作って配ればお店の宣伝にもなりますよ」
「ほう」
感心したような声が後から…嫌な予感しかしません。
「すぐに特許申請だな」
「なんで此処にいるんですかっ!?マロウさんっ!?」
「爆弾娘のことだ、絶対に何かやらかすと思ったが…案の定だったな」
真実なので反論できないです。
しかし此処で負けたらアカンと意地を振り絞ります。
「決めました。私、商会を立ち上げることにします」
「商会だと?」
「はい、私が種を蒔き、それをソフィアさん達みたいな職人さんに育ててもらい、花を咲かせ、実ったものはお客様の下に届けるための商会です。その運営費は特許使用料で賄います」
ソフィアさんと話していて思ったのですが、何をするにも材料費などの事前投資は必要です。
でも遣りたくともそのお金がない人は諦めるしかありません。
だったらそれを私が出します。
どうせ使い道のないお金ですしね。
「その為のスタッフを商業ギルドで紹介してもらえませんか?」
「つまり金とアイデアは出すが、その他は人に丸投げしたいと言う訳だな」
もう少しオブラートに包みましょうよ。
その通りですけど。
「いいだろう、面白い。ギルドマスターに話を通そう。あの人もこういったことが大好きだからな。全面バックアップしてくれるはずだ」
「よろしくお願いします」
ペコリと頭を下げてから、早速行動開始です。
「まずは後日でいいのでロアさんと話し合いの場を設けてもらえますか?教えたい染め方が幾つかありますし、それで作った服とホルンさんが作る靴、ソフィアさんの簪でトータルコーディネートしたものを売り出したりしても楽しいと思うんです」
「了解した、確かに楽しくなりそうだな。それで商会の名はどうする?」
「そうですね…。ではマリキスで」
師匠とマリアの名が混ざったデイジーに似た花があったことを思い出し、それに決めます。
「マリキス、春の訪れを知らせる白い花だな」
「はい、コンセプトは
『美味しいものとちょっとだけ便利な道具、そして女性を綺麗にしよう』です」
「戦いには何一つ役に立ちそうもないが、それもまたいいだろう」
笑うマロウさんに私も笑って頷きます。
ええ、平和が一番です。