15、コアラといったら
トスカの町に行ってから10日が経ちました。
正確な日付が判ったので、サイコロカレンダーを作って作業台に設置。
毎朝、ひっくり返すのが日課となりました。
買ってきた緑の布を壁カーテンにして殺風景だった石壁に吊り、そこに色違いで大きさの違うポケットを幾つかつけると飾りにも収納にもなって便利です。
シャツはハルキスのお下がりがあるので、それに似あう胸当てと吊り紐が付いたサロペットスカートや、8枚の三角布を合わせて裾にかけて広がりを持ったゴアードスカートなんかも作りました。
今は裾を広げると円形になるサーキュラースカートを鋭意製作中。
もともとランプぽい魔道具はあったんですが、あまり光度がなく、日が落ちたらすぐに寝ていたんですが、LED照明の魔法のおかげで夜の作業が捗って助かってます。
ですが此方ではチェック柄は見かけましたが、他の柄というか無地で単色以外の染物を見かけませんでした。
代わりに花や鳥の柄を刺繍で縫い付けるスタイルがほとんどで、けどこれだと手間が掛かる上に値段が高いんですよね。
手描き染めや型染めは専門技術がいりますが、ろうけつ染めとか絞り染とかは素人でも簡単に出来るんですが。
今度ロアさんに聞いてみましょう。
食材が豊富になったことで、3度の食事が楽しくてなりません。
夢に見た御飯にお味噌汁、野菜の一夜漬け、焼き魚、卵焼きの和朝食。
昼はパスタや天ぷらうどんや蕎麦、パンサラダにクラムチャウダー。
夜には肉汁たっぷりのハンバーグやサクサクとんかつの定食に、大豆から作った豆腐と野菜と牛肉のすき焼きとか。
一度にたくさん作ってアイテムボックスに収納しておけば、いつでも食べられて助かってます。
キョロちゃんのおかげで行動範囲が広がって綿蕎麦の木を発見しました。
栗のイガぐらいの大きさの固い木の実を割ると、中に綿が詰まってまして。
さらにその中に黒い種が一杯入ってます。
鑑定したらなんとその種、蕎麦の実と同じでした。
これ幸いと綿はパッチワーククッションや布団の中身に実は【乾燥】をかけた後、【高速遠心分離】で殻を取って【粉砕】で蕎麦粉に変身させました。
一部は焙煎してソバ茶に。
自然の恵みに感謝です。
「キョロちゃーん。お風呂だよー」
前に私が洗濯兼お風呂を堪能していたら『ぼくもー』と走り寄ってきました。
どうやら水浴びが大好きなようです。
それ以来、洗濯フルコースは二人一緒に受けることにしています。
『あるじー、ただいまー』
散歩に行っていたキョロちゃんが私の声を聞きつけて、急いで帰ってきます。
凄く耳のいい子なんです。
「…それ、何?キョロちゃん」
首の付け根あたりにくっついてる薄茶色の毛玉。
『ともだちー』
そうしたら意外な答えが返って来ました。
「へ?」
思わず見返したら、毛玉が結界に阻まれて後方に弾け飛びます。
「…コアラ?」
イテテとばかりに起き上った姿は、どう見てもオーストラリア原産の双前歯目コアラ科コアラ属です。
『つかいまになりたいってー』
「使い魔って、私の?」
『そー、ぽろろのは、だいすきだからー』
それが志望動機ですか。
ならばと早速コアラを鑑定。
【ゴアラル… Lv12 草食 常時睡眠中、時魔法の使い手
格闘家、好物・ポロロの葉】
草食、常時睡眠中ってまんまコアラじゃないですか。
けど時魔法って何なのでしょう。
それに格闘家? コアラなのに?。
首を傾げていたら、のそのそとコアラが近づいてきました。
真っ黒な丸い目でじっと此方を見つめてます。
それ反則。
キョロちゃんの友達だということですし、此処は覚悟を決めましょう。
「名前は…マーチ君で」
コアラと言ったらマーチです。
異論は認めない。
しかしながら…。
『マーチとは随分とシャレオツな名じゃねえか。ありがとうよ、姐さん』
ヒョイと片手を上げた姿は、可愛いコアラというよりは鉄火場のオヤジ。
『無事、使い魔にしてもらいやしたし、早速いただきやすぜ』
言うなり身軽な動作でポロロの木に登ると枝の二股部分に腰を下ろし、むしゃむしゃと葉を食べ出しました。
まあ、その姿を見るだけでも癒される(口を開かなければ)ので使い魔にするのも吝かでない。
とか思っていたら、マーチ君。意外と有能でした。
まずは時魔法。
これはお腹にある袋(アイテムボックスと同じで収納能力絶大)の中に入れたものを時間を操って新しくしたり、古くしたり出来るという夢のような魔法でした。
ちなみに生き物は入れられません。
でもこれでお肉の熟成や漬け置きが短時間で出来ます。
そう言って喜んだら、そんな使い方をするのは姐さんくらいだと呆れられました。
解せぬ。
後で聞いたら人間なら普通は古くなった武器や道具を新品に戻したり、新しい調度品を古くして骨董品として売りさばいたりするそうです。
おかげでゴアラルは欲深い人間達に乱獲され、人工繁殖の成功例は無いので(環境や相性とか繁殖条件を揃えるのは難しい事が多いですからね)ほぼ飼い殺し。
今では少数が森に隠れ住んでいるだけだとか。
「大変だったんだね」
『いやー、俺っちよりキョロ達の方がよっぽどだぜ。
足が速ぇだの、羽根が幸運を呼び寄せるだのと人間に追い掛け回されてよぉ。
姐さんみたいなお人に拾われて、俺ら幸せもんだぜ』
そう言ってもらえ続けられる主でいられるよう精進します。
そしてマーチ君のもう一つの特技『格闘』。
ちょっと動いてもらったら、カンフースター顔負けの技の数々。
短い手足を補うために長く伸ばした鋭い爪を駆使した戦闘スタイルは見ていて惚れ惚れするほど。
これは頼もしい仲間が増えたと喜んだんですけど…。
ここで残念なお知らせ。
マーチ君の活動時間は一日4時間が限界。
時魔法は負担が大きいので魔力&体力温存の為に他の20時間は木の上での睡眠に費やされます。
でもまあ、可愛いから許す。
さて、それから2日後。
そろそろまた町に行かないといけません。
食料はまだ大丈夫ですが、いろいろ作ったので薬剤が不足気味ですし、薬瓶も補給したいです。
それに靴も出来上がっている頃ですしね。
「キョロちゃん、お願いね」
『まかせてー』
『俺っちも行くぜぇ』
マーチ君もキョロちゃんの首に掴まりライドオン。
『あるじー、うた、おねがいー』
「はいはい」
今回は海賊アニメの主題歌集にすることにして歌い出すと、キョロちゃんだけでなくマーチ君もノリノリで合いの手を入れてくれます。
『スゲエぜ、姐さん。力がもりもり湧いてくらぁ』
喜んでもらえて何よりです。
そうこうしているうちに見慣れたトスカの町が見えてきました。
「まずはマーチ君を登録しないとね」
キョロちゃん同様に希少な魔獣らしいので必須です。
「うー、寒っ」
さっきまでキョロちゃんの風の障壁に守られていたので気づきませんでしたが、前より風が冷たく感じられます。
これは本格的に冬支度をしないといけませんね。
『クソォ、せっかくの人間の町だってのによぅ…眠みぃ』
門の手前でマーチ君がそんなことを言い出しました。
「少し寝たら?どうせ手続きとかで時間を取られるし、それが終わったら起こしてあげるから」
『ありがてぇ。頼んますぜ、姐さん』
言うなりマーチ君はクークーと寝息を立て始めます。
昨日は町へ行くことに興奮してよく寝られなかったらしいですから無理もないです。
『ねてもおちない、ふしぎー』
首にしがみ付いたままのマーチ君を、キョロちゃんが小首を傾げながら見つめます。
「でもマーチ君らしいよね」
『ほんとー』
そんな会話を交わしていたら私達の番になりました。
「お久しぶりです。ボリスさん」
「と、トアちゃんっ。無事だったかっ!」
「はい?」
私の顔を見るなり血相を変えて両肩を掴んできたボリスさんに頭の中で盛大なハテナマークが飛び交います。
いったい何があったのでしょうか?