122、万能薬と新たな旅の始まり
「で、何があったんです?」
「それがの…」
ため息混じりの美少年ジジイの話を要約すると。
私が提出したレシピと万能薬の実物は薬学会に一大センセーションを巻き起こしました。
何しろどんな難病でも治すことが出来る夢の薬です。
しかも特許取得者である師匠は既に亡くなっていますので、特許料を支払う必要はありません。
それで誰もが万能薬を作って大儲けを夢見ましたが、製薬にはドラゴンの血が必要と判ったところで殆どの者が挫折。
ですが効能は落ちますが代用品としてワイバーンの血が使えることもレシピに明記しておいたので、多くの薬師はそれで製薬という方法を取りました。
ワイバーンを狩るのは大変ですが、ドラゴンに比べたらその危険度は大幅にダウンします。
Aクラスの冒険者チームなら何とか倒せるレベルですからね。
ただワイバーンを使用した物は万能とはゆかないので有能薬と呼ばれ、だいたい一瓶50万エル…黒金貨5枚で取り引きされています。
しかし何処にでも欲の皮が突っ張った人はいるもので、どうにかして完全版の万能薬を手に入れようと躍起になっているそうです。
何しろ提出した万能薬に3千万エル…白金貨30枚の値が付きましたからね。
そりゃあ是が非でも手に入れたいでしょう。
ちなみに特許申請をする場合、魔法ならば発動の魔法陣を添えてちゃんと申請通りに発動するか精査されます。
商品の場合は作り方と一緒に完成品を提出して、その方法で作れるのか此方もきちんと精査される訳です。
でないと理論は完成していても実際には作れない…なんてことが起こってしまうからです。
誰だって絵に描いた餅は嫌ですからね。
よって今回の申請者の手元には、まだ万能薬が残っているはずだ。
無くてもまた作らせれば良いと考えて、執拗に申請者のことを嗅ぎ回っている輩がいるのだそうです。
「それだけなら大した危惧ではないのだがの」
「他に何か?」
「その中に申請者がハルキスの弟子だと思う者がおるようでな」
確かにもう亡くなっている師匠に代わって申請をした者がいるとなると、その者は弟子ではないのかと考える人が出ても不思議ではありません。
そんな彼らが私を探す理由はと言うと…。
「煙玉ですか」
万能薬…それは究極の毒消し。
人にとって害となるものすべてを消し去る薬効を求めて、師匠はずっと毒の研究をしていました。
その研究の一環として誕生したのが、猛毒を煙状にして周囲に撒き散らす広域毒ガス兵器たる煙玉です。
その威力は凄まじく、戦争で使用すれば戦局を大きく変える程のものです。
ですがその製法は師匠の死と共に消滅してしまいました。
それでも諦め切れず未だに探し続けている者は多いのです。
「シャドームーンは壊滅したが、他にも闇組織はあるでな」
「ですよねー」
私が狙われるだけなら良いですが、商会の仲間や職人さん達のように自衛が出来ない人達が巻き込まれる可能性は低いとは言え、無いとは言い切れません。
思わずため息をつく私に、だからのと美少年ジジイが言葉を継ぎます。
「ほとぼりが冷めるまで何処かに身を隠してはどうかの?実はサース大陸にある獣人国の一つ、アナンドの薬師ギルドから依頼が来ておるのじゃ」
「獣人国ですか?」
ちなみにサース大陸には4つの獣人さん達の国があります。
鱗を持つ者達…蛇、トカゲ、亀族の国であるサンシン国。
獅子、虎、狼、猪、ウサギ族など毛皮を持つ種族のエンダー国。
空を飛ぶ鳥族が住むアナンド国。
そして国土のほとんどが水中の魚人族の国であるルイートです。
「アナンド国の王妃が謎の病に罹ったとかで、優秀な薬師を派遣してほしいそうじゃ。…どうじゃ、行ってみんか?」
「…そうですね」
美少年ジジイの話に少し考え込みます。
新たな秋冬ものの服やお菓子の案はもう伝えてありますし、品質チェックもシャオちゃん達、商会スタッフに任せて大丈夫です。
私が居なくても不測の事態が起こらない限り、特に困ることはないでしょう。
「ウェル達と相談してみます」
「出来たら早めに答えが欲しいの」
「ええ、病人が待っている訳ですから明日にはお返事します」
「頼むぞい」
軽く頭を下げる美少年ジジイに会釈を返してからギルマス室を後にします。
「それでトアはどうしたいのだ?」
最近のウェルのお気に入り、高野豆腐の含め煮を口に入れながら聞いて来ます。
「神国から帰ってきたばかりだから、もう少しゆっくりしたかったんだけどギルマスの話からすると旅に出た方が良さそうだね」
「ならば私の返事も決まっておる。私が立つのは常にトアの隣だ」
相変わらずの漢前、毅然と言い切る様は文句なしにカッコいいです。
『アッシらもそうですぜ』
『あるじと いっしょー』
『せやな、ワイもサース大陸には行ったことが無いよって楽しみやで』
ウチの3人組も否やはないようです。
「私も行きたいところだけど。もう、どうしてこういう時に呼び出しが掛かるのかしらぁ」
不満たらたらなのはイブさんです。
何でも光龍の長が1万歳を迎え、これを機に引退することになったので次代の長を決める話し合いをするので里に帰ってくるように言われたとか。
ちなみにサンダー君が呼ばれないのは、まだ話し合いに出席できる年齢に達していないからだそうです。
参加は3千歳以上と決められていて、サンダー君はまだピチピチの2千歳(本人談)なんだとか。
ドラゴンと言えば闇竜のアトラさんですが…あの後、長にガッツリ叱られて、次に父親の愛ある鉄拳をお見舞いされ、百年の自宅謹慎を命じられたとか。
ですが『これでずっと巣に居られる』と本人は引き籠もり生活を満喫する気満々で、あまり堪えた様子は見られなかったとはサンダー君の弁です。
「それなら準備が整い次第、サース大陸に向かって出発だね」
「うむ、どんな料理があるか楽しみだ。…お代わり」
空になった茶碗を差し出すウェルに笑顔で頷きます。
『ワイもお代わりやー』
「私もお願い。ああ、だけど離れている間はトアちゃんの作るご飯は食べられないのよね」
悲し気にそんなことを言うイブさんに、だったらと提案します。
「神国から御褒美としてもらったアイテムバッグに料理とお菓子をいっぱい入れておきますから、それを持っていって下さい」
「あら、良いの。トアちゃんがもらった物なのに」
嬉しそうなイブさんに、ええと頷きます。
「私にはアイテムボックスが有りますし、神国のは時間停止機能が付いた優れものですから腐ることもないでしょうし」
「良かったわー。大好きよートアちゃん」
キャッキャッと燥ぐイブさんに笑みを向けながら茶碗にお代わりをよそいます。
ちなみに今晩の夕食メニューは
高野豆腐の含め煮
茄子射込みふわふわムース
海老しんじょの湯葉巻き
季節野菜の天ぷらに空豆の掻き揚げ
しらす御飯
豆腐と揚げ小芋の御味噌汁
デザートは紫陽花見立ての寒天饅頭と…初夏の和食にしてみました。
寒天饅頭の作り方は超簡単。
1、こし餡を3㎝くらいに丸めます。
2、小鍋に粉寒天2gと砂糖30gを入れて混ぜ、水200ccに食用色素の青色を2滴加えて混ぜます。
3、中火にかけてゴムべらで混ぜ、ところどころ固まって来たら弱火にして透明感が出るまで混ぜます。
4、透明になったら火からおろして平らなバットに流し込んで冷やします。
5、同じ手順で食用色素の青色と赤を混ぜて紫色の物を作ります。
6、固まったら約5mm角に切ってラップに乗せて、その上に丸めた餡子を乗せ、茶巾絞りの要領で包んで紫陽花のようにまとめたら出来上がりです。
暑い日にピッタリのデザートですのでお勧めです。
みんなの意見も纏まったことですし、鳥族の国アナンドを目指して旅立ちましょう。
出来れば平穏な旅であってほしいものですが…。
たぶん…いえ、きっといろいろな厄介事に巻き込まれるのでしょうね。
まあ、それもまた良し。
新たな旅を楽しみますか。