118、罪と罰
「はい、ちょっとそこ退いて」
「へ?」
「何するの?」
仲良く同じ方向に首を傾げるカナメ君とサミーが見つめる中、バッグから上級回復薬を取り出します。
それを寝ている聖騎士にぶっかけます。
「な、なんだっ?…ガフッ」
驚いて飛び起きたその口に2本目の回復薬を突っ込みます。
「シリアスに退場できると思いました?でもそうは問屋が卸しませんよ。簡単には死なせませんから」
無理やり飲ませた所為かゲホゲホと咽てる聖騎士にそう言ってやれば、理解不能とばかりに此方らを見ます。
「何故、私を助ける」
「貴方に言いたいことがあるからです」
問い掛けに答えていたら後で騒ぎが起こります。
「わあっ、カナメっ!」
サミーの叫びに振り返れば、カナメ君が大の字になって倒れてます。
「う、動けねー。何だこれぇ」
疲労困憊な様子で、困惑の表情を浮かべて天井を見つめています。
「まあ当然ですね。出来ないことを歌の力で無理やり出来るようにしたんです。その反動が大きいことは分かっていたでしょう」
「けど前に歌ってもらった時はこんなに酷くはなかったじゃないか」
そう不満を口にしますが、前の時は試しにとワンコーラスで終わらせたのでしばらく動けないくらいのダメージで済みましたが、今回は魔力MAXでのフルコーラスでしたからね。
たぶん丸一日は使いものにならないんじゃないでしょうか。
「嘘だろー」
私の説明にカナメ君から悲壮な声が上がります。
「これからラスボス戦なのに。これじゃ俺、足手纏いじゃん」
「ま、これに懲りたら、もう少し考えてから行動するようにして下さい。後先考えずに動くのはアホの遣る事です」
「…はい」
「大丈夫だよ、カナメ」
シュンとなって返事をするカナメ君を抱え起こしながらサミーが笑顔で言葉を掛けます。
「カナメの分も僕が頑張るから。神国の聖騎士に勝ったのは凄いことなんだから、カナメは胸を張っていればいいんだからね」
「…ありがとな」
照れた顔で小さく礼を言うカナメ君に、うんとサミーが嬉しそうに頷きます。
仲良きことは美しきことかな。
お互い、良い友達が出来て良かったですね。
そんな微笑ましい遣り取りを見つめてから聖騎士に向き直ります。
「取り敢えず…そこに正座っ」
ビシッと床を指差すと、慌ててウェルとサミーが動けないカナメ君を引き摺って部屋の隅へと避難してゆきます。
同時に私の側にピタリと張り付いていたキョロちゃんとマーチ君も焦った様子でウェル達の下に走っていってしまいました。
毎度のことながら…解せぬ。
まあいいでしょう、気を取り直して律義に正座した相手を見やります。
「まず貴方に言いたいことは」
「ッ…」
そうニッコリ笑いかけたら、化け物でも見たのかというくらい思い切り竦み上がられました。
失礼な。
「カナメ君にしたことを謝ってほしいところですが」
「それはもういいよ。戦ったことで俺の気はすんだから」
サミーに抱えられたまま、カナメ君がスッキリとした顔を向けます。
当人がそれで良いなら私から言うことはありません。
「ではその件は終了ということで」
そう言って改めて聖騎士を見据えます。
「貴方は長年、神国がしてきたことを見ていたはずです。カナメ君のように勝手な理由で利用され、不幸になったり命を失ったりした大勢の人の存在を知らないとは言わせません」
私の指摘に顔色を悪くしたまま聖騎士が頷きます。
「…確かにそうだ。神国が犯した罪を私は剣の道を究めることで目を逸らし、その事実から逃げていた。私は剣士である前に聖騎士であったはずなのに…どこで道を間違えたのか」
後悔の言葉を綴りながら膝に置いた拳を握り締めます。
親身になってカナメ君の世話をしたことからも、本来は気の優しい人だったのでしょう。
ですが自らが手にするはずの神剣を横取りされ、しかも当のカナメ君が神剣がどんなものか知らずに軽く扱っている様を目の当たりにして、激しい怒りと恨みに支配されてしまった。
前世で読んだ本に似たような話がありましたね。
『人には愛という綺麗な感情がある。
だがその感情をずっと保ち続けてゆくには多大な労力と、揺らぐことのない強い想いが必要だ。
相手を大切に、そして愛しく思う感情は時間の経過や些細な出来事で簡単にその感情と同じほどの強さの憎しみに変わりうる。
中でも最初に綺麗な感情に大騒ぎしていた者ほど、やがて形を変えてしまった己の想いに愕然となる。
初めは大切に抱えていた暖かい想いも、憧れも、繋がりも気付けば顔を背けたくなるほどに醜いものに変わり果てていたら、人はそのすべてを抹殺したくなるのだ』
カナメ君に対して抱いてしまった憎しみや妬みの感情。
その想いを神国に利用され、手先として好いように使われた。
それについては同情しますが、だからと言って彼がしたことが許される訳ではありません。
「知っていながら見て見ぬ振りをした貴方には、その人達に対しての罪を償う義務があるはずです」
その言葉に肩を落として小さく頷く聖騎士。
彼も心の底では自分や神国がしていることが人々を不幸にしていると判っていたのでしょう。
彼の剣に迷いがあったのがその証拠です。
でもそれを認めてしまったら、自分が立っている場所が音を立てて崩れてしまう。
その恐怖ゆえに、その罪から目を背け続けていました。
ですがもう逃げることは許しません。
きちんと向き合って、自分がしたことの責任を取ってもらいます。
「神国の所為で不幸になったすべての人を笑顔にする。それが貴方が成すべきことです」
漠とした、それ故に遣り遂げることが難しい償いに弾かれたように聖騎士の顔が上がります。
「だがそれはどうやって…」
「それくらいイイ年なんですから自分で考えて下さい」
バッサリ切られて聖騎士が途方に暮れた目をします。
「でもヒントくらいは差し上げます。今から言うのは私の故郷で有名な宮本武蔵という人が遺した言葉です。彼は13歳で初めて勝利し、以来29歳までに60余回の勝負を行い、そのすべてに勝利したと言われている剣豪です」
「…それは凄いな」
武蔵の戦歴に素直に感心する聖騎士に彼の言葉を伝えます。
『一生の間、欲心を思わず。世々の道を背くことなし』
「この言葉が持つ意味を自分で考えて答えを出して下さい」
「…分かった」
小さく頷く聖騎士に背を向けウェルの下へと戻ります。
「…あ、あのさ」
消沈している聖騎士に、オズオズとカナメ君が声を掛けます。
「俺もあんたと同じだから」
「…どういうことだ」
怪訝な顔をする彼に、カナメ君は正直に自分がドラゴンを使って2万人の犠牲者を出したことを告白します。
「勇者って呼ばれて調子に乗って…そのうえ騙された八つ当たりに関係ない人達にいっぱい迷惑をかけた。そうしてしまったのは俺が子供で未熟だったから…だからどんなに時間がかかっても俺はそれを償ってゆく。一生、卑怯者で終わりたく無いから」
「…そうか」
雛から巣立ちを迎えた若鳥に成長した姿に、聖騎士は眩しいものをみるように眼を細めます。
「ならば私も負ける訳にはゆかんな」
徐に立ち上がり、私達の方に向かって頭を下げると静かに地上への階段を昇ってゆきました。
「行かせて良かったのか?」
その背を見送ったウェルの問いに頷きます。
「たぶん大丈夫でしょう。それにまた悪さをしたら今度こそマジ説教ですし。もしくは竜人国送りですね」
ニッコリ笑ってそう答えたら、何故かカナメ君が震え上がりました。
「…どっちも地獄じゃん」
「大丈夫だよ、悪さしなければ良いことなんだし」
「…お前って素直なのか、タチが悪いのかよく判らないな」
「そうかなー」
何やら後で話し込んでいる2人に声を掛けます。
「そろそろ下に行きますよ。動けないカナメ君はキョロちゃんに乗って下さい」
「いいけど…俺、地上には戻らないから」
「ええ、本当なら帰した方が良いのでしょうが、元勇者のカナメ君は召喚陣の破壊を見届けるべきですからね」
私の言葉に安心したように頷くと、サミーに手伝ってもらいながらキョロちゃんに乗り込みます。
さて、残るはラスボス・ガニメデスだけですね。
多くの人々を不幸にしてきた元凶です。
二度と悪さが出来ないように徹底的に潰します。
覚悟して下さい。