117、剣士の心得
「はっ!」
「おうっ」
剣を構えて対峙していた2人が同時に斬りかかります。
キンと高い音を上げて切り結び、何度か打ち合った後で飛び下がります。
「ふん、少しは腕を上げたようだな」
僅かばかり感心した様子でガラハッドがカナメ君を見やります。
まあ、旅の間中ウェルに向かっていってはボコボコにされて、回復薬を飲んで再チャレンジとそんなことを繰り返してましたからね。
ウェルに言わせると『まだまだだが筋は良い、この先の精進次第では名のある剣士になるだろう』とのことです。
「だが私もこの120年、ただ座していた訳ではない」
言うなり物凄い剣圧と共に神剣エッテダンテが振り下ろされます。
「がっ!」
受け身を取ったものの、堪えきれずカナメ君が石壁に叩き付けられました。
「剣聖という剣士の頂点を目指して鍛錬を続けてきたのだ。貴様のような異世界から来ただけの小僧に負けはしない」
毅然とそんな言葉を綴るガラハッド。
確かにウェルに稽古をつけてもらっていたとは言え、その実力は素人の私が見ても格差が有り過ぎます。
凄腕なのは間違いないのでしょうが、ずっと側で見てきたウェルの剣に比べ彼の剣は何というか…。
ウェルの太刀捌きが清流なら、彼のは泥流。
私風に言わせてもらうと雑味が多い澄まし汁のように思えます。
「そうだな、奴の剣には迷いを感じる」
私が感じたことを話すと、ウェルもそう言って頷きました。
「剣の師匠がよく言っておった。太刀筋にはその者の生き様が表れる。故に剣を手にする者は常に人に恥じぬ生き方をせよと。口ではどう言おうと、あの者は自らがしたことを恥じているのではないか?それが剣に迷いとなって表れておるのでは」
確かに余程の厚顔無恥でない限り、俺は悪くねーと開き直っても自分が犯した罪は心の底に澱となって残り消えることはありません。
「くそっ」
息を切らせて立ち上がったカナメ君に向かう歩み寄る足を止めるべく声を掛けます。
このままではKO負けは明らかですから。
「お聞きしたいのですが、【時止めの呪】を受けたのは剣の道を究めるのに人の寿命は短すぎると判断したからですか?」
「…そうだ」
お、どうやら相手をしてくれるようです。
「長命種の人達に比べて人族は長くとも百年に満たないで亡くなる人が多いですから、そうするのも有りとは思いますが」
「…何が言いたい」
「いえ、それで後悔は無かったのかと思いまして。自分は年を取らずそのままの姿なのに周囲はどんどん年を取って老いて死んでゆく。それは凄く孤独なことではないですか?」
私の言葉に、その顔に苦い表情が浮かびます。
どうやら何度もそんな別れをしてきたようです。
「それでも私は剣聖を目指すことを後悔はしない。神剣を手にし頂点に昇り詰めること、それが幼い頃よりの夢だったのだ」
「その夢の為には手段を択ばずですか?」
「何っ?」
睨むように此方を見るガラハッドに改めて問い掛けます。
「カナメ君がこの世界に来たばかりの時、右も左も判らなかった彼にこの世界で生きる術を教え、剣の手解きをし親身に世話したのは貴方と聞きました。そんな貴方がカナメ君を裏切って殺そうとした理由。それはその神剣にあるのでしょう?」
「…ああ、この剣は元々聖騎士の家系であった我が家に代々受け継がれてきたものだ。祖父も父も常にその腰に携えていた。私もそうなると信じていた。…だがっ」
「神国は貴方の家から取り上げて、カナメ君に渡してしまった」
「そうだ、ただ勇者というだけで…。いや、そいつは勇者ですらない。異界からやって来た甘ったれの小僧だ。だというのに奴は何の苦労もなくあっさりと神剣を手にしたのだっ」
憤怒の表情でカナメ君を睨み付けてからガラハッドはさらに言葉を重ねます。
「なのに奴は神剣の価値も知らず、ただの飾り程度としか思っていなかった。そのうえ『言えば渡したのに』だとっ。私がどれほどこの神剣を渇望し焦がれたか知りもしないで、あっさりと投げ捨てるように手放す…どこまで人を馬鹿にすれば気が済むっ」
「…俺は」
「それは教えなかった貴方が悪いです」
ガラハッドに何か言い返そうとしたカナメ君を遮って前に進み出ます。
「何っ!?」
「朝起きたら歯を磨いて母親が作ってくれた朝食を食べて、バスや電車に乗って学校に行く。そこで45分間の授業を6回受けて、それが終わったら部活に出て夕方になったらコンビニで買い食いしてから、また電車やバスに乗って家に帰って夕食を食べてお風呂に入って、テレビを見て、気力が残っていたら少し勉強をして就寝…これがカナメ君の日常でした。貴方にこの生活が判りますか?」
「……初めて聞く話ばかりだ」
「そうです。貴方がカナメ君の生活が判らないように、カナメ君だってこのアーステアのことは何一つ知りません。そんな子に神剣が何か、その価値がどんなものか判れと言う方が無理です。そもそも貴方はカナメ君にちゃんと教えたんですか?貴方にとって神剣がどんなものか」
私の問いにガラハッドからの答えはありません。
「カナメ君もですが、貴方もただ自分は不幸だと嘆くばかりでなく少しは周りを見れば良かったんです。そうすれば不幸なのは自分だけではないと気付いたはずです」
「私だけではない?」
「ええ、カナメ君はごく普通の高校生として戦いとは無縁の世界で平和に暮らしていたのに、無理やり家族と引き離されてこの世界に連れてこられた。そのうえ勇者と呼ばれ、神国の勝手な都合に振り回され利用された挙句に信じていた貴方に裏切られて殺されかけた。自分がそんな目にあったら貴方はどうします?」
「…そうした神国や相手を憎むだろうな」
ポツリと呟かれた言葉には、指摘されて初めて自分がカナメ君に憎まれていることに気付いた驚きと少しばかりの悔恨が滲んでいました。
自分がしたのは正当な報復と思っていたみたいです。
この人もカナメ君と一緒ですね。
相手を憎んだり恨んだりするばかりで、自分がしたこと、されたこと、それが何も判っていなかった。
「もういいよ、トアさん」
そんな中、カナメ君が立ち上がって剣を構え直します。
「あんたは俺が許せない。俺もあんたのことを許すつもりはない。だったら此処で決着を付けよう」
「…良いだろう。お前を憐れとは思うが、それ以上に私もお前という存在を許そうとは思わん」
そう言ってガラハッドも神剣を構えます。
「トアさん、あれを頼む」
「良いのですか?」
「ああ、これは勝負じゃなく戦いだ。使えるものは何でも使う」
「分かりました。ですが後が大変なのは覚悟しておいて下さい」
「構わない」
凛然と顔を上げるカナメ君に頷き返し、大きく息を吸って歌い始めます。
ウェルやサミーに運命の一曲があるように、カナメ君にもあるのを旅の中で見つけました。
曲は狼の顔を模した黄金鎧を纏った魔界の騎士が活躍する特撮作品の主題歌です。
息子がドハマリして、放送時間が深夜だったのでよく一緒に観てました。
そういえば主役のイケメン騎士…マロウさんに似てますね。
どこかで見た顔だとずっと引っ掛かっていたので、思い出せて良かったです。
それでは張り切って歌いましょうか。
「はあぁぁっ」
私の歌に誘われるようにカナメ君の全身から魔力が溢れ出します。
「馬鹿なっ【時止めの呪】によって魔法は使えないはず」
「そうさ、けど今なら使える。…ライデインっ」
叫びと共に手にした剣に稲妻が宿ります。
ウェルやサミーの場合は歌の力で戦闘力が向上するのに対し、カナメ君の場合は【時止めの呪】で封じられている魔力を歌の間だけ、以前と同じに使えるようになるのです。
「やぁっ」
「ぬうっ」
歌の力を借りて戦い始めたカナメ君の動きは滑らかで、どうやら攻撃魔法だけでなく身体強化の魔法も使っているようです。
その為かあれほどあった実力差がまったく無くなって、互角に打ち合っています。
「むうっ」
鋭い突きを簡単に躱されてガラハッドが小さく唸ります。
次の瞬間には火魔法を纏ったカナメ君の剣が一閃。
必死に手にした神剣で受け止めますが、強い力で押し切られてガラハッドの身が後に下ります。
体勢が崩れたところに蹴りが来て、そのまま床に叩き付けられました。
「ぐぅ」
痛みに呻きながらもガラハッドが起き上がりますが。
「がっ!」
その左肩に深々とカナメ君の剣が突き刺さり、その勢いのまま再び床に倒れ込みます。
余談ながら、カナメ君が使っている剣は魔王さまからもらった物です。
名は魔剣レーヴァテイン。
サミーの剣と同じ魔鉱石から打ち出された兄弟剣だそうです。
ちなみにサミーのは魔剣ダーインスレイヴ。
魔剣というくらいですから魔法との相性が良く、通常の剣より威力が増すそうです。
カナメ君の驚くほどの強さは、この魔剣を使っていることも大きな要因ですね。
「そろそろ終わりにしようか」
「っ…望むところだっ」
両者が最初の時のように剣を構えて静かに対峙します。
「次の一撃で決まるぞ」
身を乗り出すウェルの言葉通り、2つの影が物凄い速度で交差します。
しばしの静寂の後、彫像のように動かなかった2人が同時に振り返ります。
「…見事だ」
小さな呟きと共にガラハッドの身体が崩れ落ちました。
ゆっくりとカナメ君がガラハッドの下に歩み寄ります。
「…こっちに来て何も判らなかった俺にいろんなことを教えてくれたのはあんただった。剣の扱い方もあんたに習った。だから俺にとってあんたは…剣の師だ。そのことに感謝する。…面倒を見てくれてありがとう。嬉しかった」
そのままガラハッドに向けて深々と頭を下げます。
「ふっ…世話を焼かなければすぐにでも死んでしまいそうな雛だったお前がそこまで成長したか。…私が負ける訳だな」
苦笑を刷いてガラハッドは静かにその目を閉じました。
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