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116、当たり前のことを当たり前にすること


「猊下の計画の邪魔をするものはすべて抹殺するっ」

 鋭く伸びた、もはや凶器と言って良い爪を此方に向けながら狂信者がウェルとサミーを睨み付けます。

どうやら知能までは魔獣化しないでいるようですが…見た目は完全にオーガの変異種です。


風を切って迫る爪を躱してウェルの剣がその肩口を大きく切り裂きます。

その攻撃に合わせてサミーが白炎が上がるファイアボールを相手の顔面に叩きつけました。

「があぁっ!」

 たまらず上がる悲鳴に似た雄叫び。


「何だとっ!?」

「うそーっ」

 後に飛んで構えを取ったウェルとサミーの眼が驚愕に見開かれます。

大きく口を開けた肩の傷と焼け爛れた顔が、まるでフィルムを逆回ししたように元に戻ってゆきます。

とんでもない回復力ですね。

あまりのことに呆然とする2人に、狂信者は高笑いを上げます。

「新薬によって人を超えた私には何をしても無駄と言うものよ」



 自分は強い…。

戦ってみてモーゼスは自らの力に恍惚となった。

これ以上ない程に純度を高めた新薬を取り込んだこの身体と優れた頭脳を併せ持つ自分に敵はいない。



「すべての者を我が足元に平伏(ひれふ)させ、この世界の頂点に立つのは私以外にはいないのだっ」

 得意げな狂信者の言葉に引っ掛かりを感じて聞いてみます。

「頂点に立つのはガニメデスではないのですか?」

 その問いに狂信者から嫌な嗤いが漏れます。

「確かに猊下は偉大な方だ。だが今、私はその猊下すら超えた偉大な存在になったのだっ」

「…見事な手の平返しですね」

 ドーピングで力を得たと思ったら手の平モーター全開ですか。

ガニメデスも良い部下を持ったものです。

こうも簡単に裏切られるとは、彼の忠誠は口先だけだったようですね。

というより神国の中枢が腐り切っている証ですか。


「ま、そこまで腐っているのならとことん腐っていただきましょう。ウェル、サミー、攻撃を続けて下さい」

「相分かったっ」

「任せてっ」

 大変良い返事と共に2人の攻撃が再開されます。


魔法を纏ったウェルの剣と変幻自在なサミーの魔法攻撃が何度も狂信者いえ、もうガニメデスを信奉していないのでただの屑ですね。

屑の身体を壊してゆきます。

ですがその度に簡単にその傷が修復され、元の状態に戻ってしまいます。

「これじゃ切りが無いんじゃ」

 心配そうなカナメ君に、大丈夫ですと笑みを返します。

「そろそろ限界が来ますから」

「へ?」

 不思議そうにカナメ君の首が傾いだ時、それは起こりました。


「ええっ!?」

「どうしたことだっ?」

 戦っていたウェルとサミーが呆然と目の前の光景を見つめています。


「ぐがあぁぁっ!」

 絶叫と共に突然倒れ伏した屑が、悲鳴混じりの呻き声を上げながら床をのたうち回っています。

「な、何故…だっ。どうし…て…こんなぁ」

 (わめ)く屑にその理由を教えてやります。


「過剰摂取による飽和崩壊ですよ」

「な…に…」

「人の枠を超える程の劇薬です。それを身体に取り入れただけでも危ないのにその力に溺れて能力を一気に使い過ぎた為に起こった現象です。貴方は自らが作り出した闇に喰われて消えてゆくんです」

 罪もない人達に非道な人体実験を繰り返した報いを受ける時がきたのです。

 


「…バカ…な…こんな…こと…が…」

 うわ言のように呟く半身が飴のように溶け崩れた。

宙を彷徨う残された目が此方を見降ろす小娘の姿を捉える。

その横に不意に現れた半透明な板。

新薬によって彼の【鑑定】の能力が開花したのだ。

「そう…か…お前…は…」

 言ってモーゼスは崩れた顔で嗤った。

狂気の色を刷いて。


自分は強い。

自分こそが史上最強…選ばれた存在なのだ。

そんな自分が負けるとすれば、その相手は…神か魔に他ならない。

突然現れたステータス、そこに記されていたのは。


『創造神の加護』


自分が戦っていた相手は…神の使徒だったのだ。

こいつに関わった所為ですべてが狂ってゆく、壊れてゆく。

モーゼスはカッと片目を見開き、神の使徒の顔をその脳裏に焼き付ける。

この使徒の所為で自分は世界の頂点を掴み損ねたのだ。

そのまま彼は宙を仰ぎ、自分の物にならなかった世界へ呪詛の言葉を吐きつけた。

「滅び…ろっ!」

 その言葉を最後に、その身は崩れて形を成さなくなった。



「自業自得と言えばそれまでですけど、あまり気持ちの良い勝利ではないですね」

 ため息をつく私に、気にするなとウェルが肩に手を置いてくれます。

「自らの欲を支配できなかった者が辿る先は滅びだけ…エルフの里に伝えられている言葉だ」

 

「そうですね。『眼横鼻直(がんのうびちょく)』は難しいことだと改めて思います」

「何、それ?」

 私の言葉にサミーが不思議そうに首を傾げます。

『はじめてきくー』

『いったい何ですかい?そいつは』

 サミーと同じような顔をする一同に、それにまつわる話をします。


この言葉は鎌倉時代に禅宗を開いた道元という高僧のものです。

苦労の末に中国の宋へ留学して帰国した時に言った言葉と伝えられています。

当時、宋へ行くとなると小さな船で荒波を越えて行かねばならず、まさに命懸けの旅でした。

そんな危険を冒してまで宋への留学を果たし帰国した道元に人々は、さぞ素晴らしいことを学んできたに違いないと、彼にそのことを問い掛けました。

すると道元は『眼横鼻直、私が学んできたことはこれだけです』としか言いませんでした。


新しい知識を得ようとしていた人達はその答えに大いに失望しましたが、しばらくしてこの言葉の持つ意味を知り、道元の偉大さに感服します。

人の眼は横に付いていて、鼻は直に付いている。

これは当たり前のこと。

つまり道元は当たり前のところに当たり前のものがあることの大切さ。

当たり前のことを当たり前にすることが人間にとって、どんな学問にも勝る徳であると教えたのです。


「当たり前のこと…か」

「ええ、この当たり前のことを当たり前にするというのは、一見簡単そうでなかなか出来ることではありませんからね。自分の行動を振り返ってみると、それがどんなに難しいか判るでしょう。


人の心や命を大切にすること

自分に与えられた責任を果たすこと

自分の力を人の為に役立てること

礼儀正しく人に接すること

社会や集団の決まりを守ること

少しくらいの困難に負けないこと


他にもたくさんありますね。

けれど人は自らの欲に目が眩むと、この当たり前のことが出来なくなってしまいます」

 私の話に、カナメ君が身を震わせながら口を開きます。

「…俺も復讐に囚われたままだったら…ああなっていたのか」

 崩れてしまった、既に人とは思えない姿を恐れを刷いた眼で見つめます。


「でもカナメ君はもう気付きましたよね?ですから周囲の者全員が当たり前でないことをしてもそれに逆らう勇気を、従わない強さを、誰にでも持ってほしいと思います」

「…ああ、俺も当たり前のことがちゃんと出来る人間になる」

「うん、僕も」

「うむ、良き話だ」

『へい、アッシもそうなれるよう精進しやす』

『あるじのいうとおりに なるー』

「はい、私も含めてお互い頑張りましょう」

 笑顔でハイタッチを交わしてから、地下2階を目指して進み出します。



階段を降りきると1階と同じような扉が現れました。

さて、此処には何が待ち受けているんでしょうか?

「ふむ、中に居るのは1人だけのようだ」

 探査の魔法を展開したウェルがそう言って考え込みます。

「何か不審な点でも?」

「いや、中の者からほとんど魔力が感じられないのだ」

 ランキング最下位の人族でも魔力はそこそこ持っています。

それなのにほとんど感じられない相手となると。


「入ってみたら判るんじゃない?」

「そうですね」

 サミーの言葉に頷く私を後に下げると、ウェルが扉に手をかけます。

そのまま一気に押し開くと。

「…よく来たな」

 待ち受けていたのは銀色に輝く騎士の鎧を纏った男でした。

兜の所為で顔は判りませんが、声の感じからすると40代くらいでしょうか。

「神国の最も聖なる場所に無断で入り込む背徳者は私が粛清する」

 言うなり腰にあった剣を引き抜きます。


「あ、あれはっ!?」

 その剣を見てカナメ君が身を乗り出します。

「どうしました?」

「あの剣は神剣エッテダンテだ」

 それはカナメ君が神国から与えられた剣の名です。

その剣を持っているということは…。


「それにその声っ。何でお前が此処に居るんだっ、ガラハッド!?」

 なんと、勇者一行にいた聖騎士…カナメ君を裏切り殺そうとした張本人の登場です。

どうやら彼も【時止めの呪】仲間のようですね。

魔力がほとんど感じられ無かったのもこれで納得です。


「ほう、私を知っているのか…誰だ、お前は?」

 (いぶか)し気に問い掛けながら兜の前を空けて顔を覗かせます。

現れたのは白と黒が混じった髭に覆われた渋いオジサンです。

「私の存在は神国でも極秘扱いだ。それを知るお前は…」

「俺を忘れたとは言わせないっ」

 ガラハッドを睨むカナメ君の姿が元の黒髪と黒目に戻ります。


「お前は…カナメか?」

 驚いた様子で聞き返すとニヤリと口の端を引き上げます。

「生きていたか。面白い、今度こそ殺してやろう」

「そいつは俺のセリフだっ」

 カナメ君も剣を構え、ガラハッドと対峙します。


「120年前の因果、此処で断ち切らせてもらうっ!」

 そう意気込むとカナメ君はガラハッドに向かってゆきました。


2人の戦いの決着は如何に。






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