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108、ある勇者の呟き


「何だよ、これ…」

 足元がパッと光ったと思ったら周りの景色が見慣れた通学路じゃなく、石の床と壁になってた。

そこに座り込んでいた俺を取り囲むのは、黒や白のローブを着たおっさん達。

何かやたらと慌ててるんだけど。

でもそのおっさん達の後にいた甲冑を着込んだ兵士を見て、俺は此処がどこだか何となく判った。

だってその姿がやり込んでいたゲームに出てきた王城の騎士にそっくりだったから。


それでおっさん達に聞いてみたんだ。

「もしかして俺って勇者なのか?」

「勇者だと?」

「そうさ、悪い魔王を倒すために呼んだんだろう?」

 俺の問いにおっさん達が集まって何か話をしてたけど、そのうちの1人がこっちにやって来てこう言った。


「そうだ、勇者よ。どうか魔王を倒してくれ」



それからの毎日は楽しい事ばかりだった。

周りにいた人達からゲームの主人公みたいに勇者って呼ばれて頼りにされて、聖騎士に剣を教えてもらいながらのレベル上げ。

どんどん上がってゆくレベルに笑いが止まらなかった。


俺の世話役になってくれたガラハッドはすごくいい奴で、剣だけじゃなくこの世界で暮らしてゆく術を親身になっていろいろ教えてくれた。

ずっと欲しかった兄貴が出来たみたいで凄く嬉しかった。

俺のところ、姉ちゃんと妹しかいないからさ。


家には帰してもらえるのかって聞いたら、帰り方は魔王が知っている。

倒す前に聞き出せばいいって言われた。

家族には心配かけるけど全部終わったら帰って謝ればいいし、今は勇者の務めを果たさなきゃなって。


それでガラハッドに聞かれるまま、ゲームの勇者の話をした。

パーティーを組んでいろんなイベントを熟しながら魔王城を目指して最後は魔王を倒してエンディングを迎えるって。

その話に少し考え込んでから、ガラハッドは言ったんだ。


「ならば私はお前のパーティーメンバーとなろう。お前を守り、共に魔王を倒そう」


そう言ってもらって凄く嬉しかった。



でもそれは全部まやかしだった。

魔王に負けて、でも魔王は俺たちを殺しはしなかった。

それどころかこっちの心配までしてくれた。

話に聞いた魔王と全然違うじゃないか。

あの魔王のどこが残虐非道なんだよ。

それに他の魔族も凄く優しくしてくれて…人間を支配して、この世界を我がものとしようとしているなんて思えなかった。


だからガラハッドに聞いてみたんだ。

神国のおっさん達が言っていたことと違う。

本当に魔王は悪なのかって。


でも聞いてる途中で凄く気持ちが悪くなって、立っていられなくなった。

そうしたらガラハッドが嗤いながら言ったんだ。


「馬鹿めっ、すべては魔国の宝を手に入れる為の虚構よ」



苦しくてグラグラする頭に捻じ込まれた信じられない事実。


最初から勇者なんて召喚する気はなかった。

あの魔法陣は高く売れる珍しい異界の物を呼び寄せる為に使われていただけ。

そこにたまたま引っ掛かったのが俺。

人が現れたのには驚いたが、俺が言った勇者と魔王…これを上手く利用すれば魔国の宝が手に入る。

だから俺の話に調子を合わせて魔王討伐に向かわせた。

魔王を倒したら帰れるってのも嘘だ。

偶然やって来た俺を返す方法なんて最初からなかった。


「お前が悪いのだ。我らの思惑通りの働きをしないお前が」


何、勝手なこと言ってんだ。

俺をこの世界に引っ張り込んだのはそっちだろうっ。

家に帰してくれよっ。

こんな世界、もう嫌だっ。

家に帰って母さんの作ったカレーを食べるんだっ。


睨み付ける俺から神国で渡された神剣を取り上げながら、ガラハッドは言った。


「やっと我が手に来たか。本来ならこの神剣は私が下賜されるものだったのだ。それを異界からきたと言うだけのお前に横から攫われた私の屈辱が分かるか?お前の事を殺したいほど憎んでいると気付きもせず、此方を信頼するお前は滑稽の限りだったがな」


そんなの知らない。

良い兄貴だと思ってたのに。

それにその剣だってそっちが寄こしたものじゃないか。

嫌なら言えば渡したのに。


でも苦しい息でそう言ったらガラハッドはさらに怒って。


「お前のそんなところが許せん。他人がどんなに焦がれても手に入らない物を簡単に手に入れ、なのにその価値を知らず、あっさりと手放すと言う。人を見下すのもいい加減にしろっ」


叫ぶなり神剣を抜いて俺に向かってきた。


「やめてっ」

 悲鳴を上げるルーナスに抱き着かれたと思ったら、フワッと身体が浮いた気がした。

それから後のことは判らない。

真っ黒な闇に吸い込まれるように俺は意識を落としたから。




次にはっきり目が覚めたら、信じられないことにあれから百年近くが経っていた。

時々ぼんやり意識が戻った事もあったけど、すぐに眠くなってまた眠ってしまってた。

ルーナスが言うには、毒に侵された身体が必死にそれを消そうとしていたからだって。

身体能力のすべてを浄化に使っていたから、なかなか意識が戻らなかったらしい。


意識ははっきりしたものの、まだ身体の方は全然上手く動いてくれなくて。

唯一出来たのは闇魔法で虚像を飛ばすこと。

勇者に闇魔法は似合わないからずっと使わなかったけど、俺は光より闇の方が適性が高かったみたいだ。

【時止めの呪】の所為で他の魔法は初級くらいしか使えないのに、闇は中級まで難なく使えたから。


暇つぶしに好きな所に虚像を飛ばしていたら、ある屋敷…不正で私服を肥やす悪徳貴族のところでロルガって男と鉢合わせした。

いきなり斬りかかってきたけど、俺が虚像だと気付いて話しかけてきた。


俺に組織の密偵にならないかって。

この力があれば何処にでも誰にも気付かれずに忍び込める。

引き換えに金が欲しければいくらでも出すって。

だから金は要らないから復讐に協力しろって言ってやった。


俺を騙して殺そうとしたんだ。

だったら今度はこっちが騙して仕返ししてやる。


それからは組織の奴らの依頼でいろんな所に出入りして、城や屋敷の宝物庫の場所や警備の人数、衛士の配置。

知られたらヤバイ書類の在処とか必要な情報を集めて回った。

その情報がどう使われるかなんて考えもしなかった。

虚像越しに見る世界は、テレビドラマを観てるみたいで現実味がまったく無かったから。



そんな時に見つけた、ある国の城の隠し部屋にあった古文書。

そこに書かれていたのが竜乞歌の楽譜と歌詞だった。

どうやら誰かが研究していたけど、途中でその人は死んだらしい。

部屋のあちこちに資料が散乱した状態で、埃まみれで放置されていたし。


もしかしたら何かに使えるかもしれない。

最初はそんな軽い気持ちで虚像越しに見たものを書き取っておいた。


そんな日々の中、ロルガが魔王討伐に関する事を教えてくれた。

神国だけは結界があるから、俺の虚像も入り込むことが出来ない。

でもさすがは闇組織、裏から調べて廻ったおかげですべての真相が判った。


神国が言っていたことはすべて嘘。

魔国にある鉱山の利権が欲しくて、ヨウガル国とサクルラ国と結託して勇者を使って侵略戦争を仕掛けようとした。

その結果は失敗に終わったって聞いたけど、そんなことで俺の気持ちは全然収まらなかった。

むしろ絶対に復讐してやるって強く思った。


でも少しだけ気になった報告もあった。

あの後、魔国は鎖国している。

どうやら勇者病と呼ばれる疫病が蔓延したかららしいって。


その話を聞いてガラハッドが言っていたことを思い出した。

討伐の真の目的は俺が持ち込んだ病気を魔国にバラ撒くためだって。

確かに神国に戻る途中でも病気の魔族を多く見た。

それが俺の所為かもって思ったけど、風邪みたいに見えたから大したことは無いだろうって勝手に思ってた。



どうやって復讐してやろうか考えていたら、ヨウガル国とサクルラ国が戦争を始めた。

どちらにも大きなダメージを与えられる方法はないかって思った時、竜乞歌のことを思い出した。


それでこれを上手く使えないかロルガに相談したら、良い方法があるって言い出した。

歌巫女の素養がある娘の歌でドラゴンを呼び寄せ、そのドラゴンを両軍に(けしか)ければいいって。

確かにその方法ならどっちの国にも大きな被害を与えることが出来る。

俺を騙した報いだ。

それくらい遣られて当然だって思った。


ドラゴンを呼ぶ手筈は全部ロルガがしてくれた。

俺には高みで見物してればいいって言ってくれたから、その通りにした。


虚像を飛ばして戦場の上空で待っていたら、歌につられてドラゴンがやって来た。

驚いて自分達からドラゴンに攻撃を仕掛ける様を見て、馬鹿だって笑った。

そんなことをしたら怒るに決まっているじゃないか。

案の定、怒ったドラゴンがブレスを吐いて辺りを焼け野原にした。

その威力はさすがはドラゴンって感心するほどだった。


虚像越し…それも遠目だったから、そこで多くの人間が死んだとは判ってもゲームのワンシーンみたいでまるで実感がなかった。

やってやったって興奮の方が大きかった。


でもそのことをルーナに得意げに話したら…凄く泣かれた。

復讐なんてやめてって言われたけど、俺は頷けなかった。

だってまだ神国が無傷で残ってる。

奴らに復讐しないうちは終われない。

遣られっぱなしで何の報復も無しなんておかしい。

そう言ったらルーナは諦めたようで、その後は復讐について何も言わなくなった。


しばらくしてヨウガル国は被害が大きくて困窮することになったけど、サクルラ国へのダメージはそんなに無かったってロルガが教えてくれた。

だったらもう一度ドラゴンを呼んでやろうってことになって、ロルガの指示通りにサクルラ国でいろいろ情報を集めて回ったら復讐をしたがっている女を見つけた。


だったら彼女の復讐に手をかしてやろうってことになって、俺が集めた情報を元にロルガが計画を立てた通りに事を運んだ。

結果は失敗だったけど。

相手は生き物だからそうそうこっちの思う通りには動いてくれないのは仕方がない。


でも次は失敗しない。

呼ぶだけじゃなく、こっちの指示通りにドラゴンを動かす歌があるらしい。

そいつを見つければいい。

そう思っていたらロルガがマリキス商会の話を持ってきた。

聞いて驚いた。

そこから出された特許が全部、日本で俺が使っていた物や食べた物だったから。


もしかして俺と同じようにこの世界に召喚されたのかって期待したけど、調べたら申請者はこの世界で生まれた女だった。

ロルガが言うには、俺の後に召喚された勇者が遺した知識を基にしているらしいって。


どうにかしてその女を手駒に出来ないかって熱心にロルガが言うから虚像を飛ばして会いに行った。


会ってみたら何か凄く迫力のある女で、簡単に言い負かされて逃げるように戻るしかなかった。

何なんだよ、あいつはっ!?。




「こうして実体で会うのは初めてですね。こんにちは、薬師のトワリアです」

 笑顔を浮かべながら、その全身から溢れる威圧に身動き一つ出来ない。


まんまと誘き出された俺を正座させると、そこから始まったのは思い出すのも恐ろしい説教だった。

そして教えられた…俺が仕出かした事を。


神国の奴らに復讐したかった。

俺がされたことを返したかった。

でもそれが何の関係もないたくさんの人を不幸にした。


3万人…突き付けられたその数。

その中にはさっき会った子供たちの父親が含まれている。

それを知った時、初めて後悔した。

自分がやったことの大きさと罪に圧し潰されそうになる。


謝っても謝り切れない。

だって此処はゲームじゃない。

死んだ人は決して生き返らない。

そんなことも俺はちゃんと分かってなかったんだ。


ただ自分が不幸だと嘆いて相手を責めるばかりで、この世界のことをちゃんと知ろうとしなかった、向き合おうとしなかった。

俺の所為で不幸になった人達に死んで詫びたいって思ったけど。

でもそんな俺にトアさんが言ってくれた。


逃げずに自分がした事と向き合いなさい。

貴方の罪は死んで終わるような軽いものではないのだから、何があっても生き抜いて罪を償いなさい。


やり方が判らない?

それくらい自分で見つけなさい。

でもヒントくらいはあげましょう。

ある物語の登場人物がこう言っています。


『一度に全部のことを考えてはいかん。次の1歩のことだけ、次にすることだけを考えるんだ。いつもただ次のことだけをな。するとひょっと気付いた時には、全ての事が終わっとる。どうやって遣り遂げたかは自分でも判らん』


判らないのなら今、自分が出来ることをしなさい。



その言葉に縋って、俺は此処に居る。

まずは神国にある召喚陣の破壊。

それを遣り遂げたら次にヨウガル国に行こう。

俺の所為で不幸になった人達が幸せになってもらえるようにする。

凄く時間のかかることだから償いが終わるまで【時止めの呪】は掛けたままでいい。

そうやって少しずつ罪を償って行く。

俺がそうしたいからやる。

それがこの世界に来て、俺が初めて心から望んだことだから。





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