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106、水の魔石と宗教改革 2


「えーと、落ち着きました?」

「は、はい」

 私の問いに、少し恥ずかしそうにムイルさんが頷きます。


いや、さっきまでの狂乱は凄まじかったですからね。

ウェルはドン引きしてるし、キョロちゃんとマーチ君はあまりの異様さに震えながら涙目でした。

しかしまさかこの世界でヘドバンが見れるとは。


ちなみにヘドバンとはヘッドバンギングの略で、主にロック、ヘヴィメタル、ハードコアなどのライヴで、リズムに合わせて頭を激しく上下に振る動作のことです。


感極まって住民全員が頭を振り始めた時は、前世で友人に連れて行かれたヘビメタのライヴ会場を思い出して感慨深かったです。



「あまりの嬉しさについ…。長い間、疑問に思っていたことの答えを得られて心が躍ってしまいました。『名が変わり、形変われど、月は月』どんな神であろうとも、我らを愛して下さる想いに違いはない。その真理を知ることが出来て、これ以上ないくらいに私の心は晴れやかです」

 まるで憑き物が落ちたみたいにさっぱりとした顔でそんなことを言うムイルさん。


「ありがとうございます!すべてトワリアさんのおかげです」

「いえ、お役に立てたのなら何よりです」

 私の手を取って感涙しているムイルさんに笑みを返してから、此処に来た目的を話すことにします。

でないとまた感極まってヘドバンを始めそうですから。


で、どうにか平静になったムイルさんと住民の皆さんを前にして給水の魔道具設置について説明します。

此処に設置すればアイオリ河の水量も増えて、完全にとはゆきませんが河の周囲にある農地を潤すことが出来るようになります。


「…そうですか。ならば我らが取る道は一つです。人々の為にこの地を去りましょう」

「よろしいのですか?こうして集落を作るのには苦労も多かったはずです」

「いえ、何処へ行こうと神は我らと共にあります。去ることで人々のお役に立つのなら、神も喜んで下さるでしょう」

 ムイルさんの言葉に住民の皆さんも大きく頷いています。

どうやら無事に設置が出来そうです。

良かったです。



『大変やーっ』

 とか思っていたら、サンダー君が血相を変えて此方に飛んできました。

また何かトラブル発生のようです。


「どうしました?」

『街の連中が此処の住民をブチのめしにやって来るでっ』

「はい?何でそんなことに?」

『実はなー』


困り顔のサンダー君の話によると、街を散策していたイブさん達が水泥棒の現場に居合わせたそうです。

この旱魃で街の井戸も枯渇寸前な為、桶1杯に500エルを支払わなくてはならないとか。

ですが民にとって毎回500エルは高額です。

特に農民は旱魃で作物がほとんど採れず、現金収入は無いに等しい状態。

なのでこっそり水を盗む者が後を絶たないのだそうで。


イブさん達が通りかかった時に捕まっていたのはまだ幼い兄妹で、病気の弟に水を飲ませたい一心で盗みに来たとか。

ですが子供であっても盗みは盗みと、大人たちに折檻されている様を見たカナメ君が制止の声を上げ事態は思わぬ展開に。


「水だったらもうすぐ給水の魔道具が設置されるから、それくらい良いじゃないか」

 カナメ君の言葉に周囲の人達が、本当かっと物凄い形相で詰め寄り。

その勢いに押されるまま魔道具のことを教えたら。

今度はその話が真実か確かめる為に街の住民が領主館に大挙して押し寄せてしまい、鎮静の為に領主さまも魔道具の情報を教えざるを得なくなったと。


で、何故すぐに設置しないとの鬼気迫る住民の問いに、つい此処の集落のことを口にしてしまったそうです。

まあ、それだけ長く続く水不足が住民を不安にしていたんでしょう。

それでその解決策である魔道具設置を救世と思い、設置の邪魔をするこの集落に怒りと日頃のうっ憤の全てを向けてしまったようです。



そうこうするうちに街の方から手に剣や棒、鍬や鎌といった農具を振りかざした群衆の姿が見えてきました。

これはもうブチのめすなんて生易しいものではありません。

完全に殺る気で来てますね。


「ど、どうしたら」

 私からの説明に慌てるムイルさんと住民の皆さんに、大丈夫ですと笑みを向けます。

「皆さんは念のため避難していて下さい」

 集落の奥へと下がらせると、隣にいるウェルを見ます。


「前に教えた打ち上げ花火のこと覚えている?」

「ああ、トアがいた世界での夏の風物詩だろう。それがどうかしたか?」

「同じようなものを光魔法で作ることは出来る?」

 火魔法でも良いのですが、被害が出る可能性があるので此処は害の無い光魔法でお願いします。


「可能だが…何をする気だ」

「うーん、あれだけ興奮した状態だとこっちの言葉なんて耳に入らないだろうから、ちょっと脅かして足を止めてもらおうかと思って」

「良いが…足を止めた後はどうするのだ?」

「ま、そこは見てのお楽しみ」

 ニッコリ笑う私に、判ったとウェルが頷きます。

「トアがそう言った顔をする時は、必ず何とか出来るからな」

 おおう、絶対の信頼をありがとうね。

では、始めましょうか。



暴徒と化した街の人達をギリギリまで引き付けてから、ウェルが天に向かって右手を挙げます。

その先から溢れる巨大な光の玉。

打ち上げられた光は、頭上で大きな音と共に弾けます。


そのさまに誰もの足が止まり、恐れに満ちた目を天へと向けたのを見計らい大きく息を吸って歌い始めます。



 Amazing grace how sweet the sound

 That saved a wretch like me.

 I once was lost but now am found,

 Was blind but now I see.


 'Twas grace that taught my heart to fear,

 And grace my fears relieved,

 How precious did that grace appear,

 The hour I first believed.



イギリスの牧師ジョン・ニュートンが1772年に作詞した賛美歌で、特にアメリカで慕われ愛唱されている曲の一つでもあります。

作詞者の自ら行った黒人奴隷貿易に対する深い悔恨と、それにも拘わらず(ゆる)しを与えた神の愛への感謝が込められていると言われています。

 


荒涼とした大地に歌声が響き渡り、その歌に誰もがじっと聞き入って中には涙を流している人もいます。

自らの行いを反省して、神の恵みを賛美する歌ですからね。

誰もが何かしら思い当たることがあるようです。


長きに渡って愛され、歌い継がれてきたものなだけあって歌自体の力も半端ない上に、私も魔力を全開にしたので、あれだけの暴徒と化した群衆が無事に落ち着いてくれて良かったです。



「はい、皆さん。注目っ」

 歌い終わった後、万雷の拍手が収まったところでムイルさんにウェルが土魔法で作ってくれた台座の上に立ってもらいます。

さあ、心の丈を思い切りぶち撒けて下さい。


「我らはたった今からこの地を去ります。何もなかった地に集落を作るのは大変でしたが、それは神が我らに与えた試練だったのでしょう。ですがそのおかげで我らは真理を得ることが出来ました。此処を去ることが皆様の為ならば、我らは喜んで此処を離れましょう。皆様に神の御恵みがあらんことを願って」


ムイルさんの言葉に誰もがバツが悪そうに視線を彷徨(さまよ)わせています。

自分達のことしか考えず、罪もないムイルさん達に悪意を向けた行いがどれほど醜いものだったか思い知ったようです。


「ムイルさんに何か言いたいことはありますか?」

 そう問いかければ誰もが謝罪の言葉を口にこそすれ、文句を言う人はいないようです。

「ではこれにて解散とします。皆さん気を付けて帰って下さい」

 私の言に人達は思い思いに頭を下げながら街へと戻ってゆきました。

やれやれです。



「はい、何か言う事は?」

 人達が去った後に残った3人組+1匹を前にして、ニッコリ笑顔で問い掛けます。

ですが誰もが顔を青くしたまま口を開こうとしません。


「騒ぎを起こしてごめんなさい」

 しばらくしておずおずとサミーが頭を下げてきました。

うん、素直でよろしい。


「ごめんなさいねぇ。まさかこんなことになるなんて思ってなくて」

 あまり誠意を感じられませんが…一応謝ったのでギリセーフとします。

ですが次はないですからね、イブさん。

その想いを込めて笑顔で見返せば、ヒッと小さく声を上げて身を竦ませます。


『さすがやなー、光龍の姉ちゃんをビビらせたで』

『あるじ すごーい』

『怒った姐さんに勝てる奴はそうは居ねぇですからねぃ』


 後ろの方で何やら聞き捨てならない会話が成されてますが、今は不問とします。

先に〆ないとならない相手がいますから。


「さて、カナメ君」

「は、はいっ」

 直立不動でこっちを見てますね、自分がやったことの重大さは判っているようです。


「何度も言いますが、此処は日本ではなくアーステアです。水を盗んだことを『それくらい』と言えるのは、貴方が水が無くて苦労した経験がないからです。ですが此処では水は金貨よりも貴重で、それを手に入れる為なら、さっきのように簡単に人を殺しても良いと考える人がほとんどです。貴方にとっての常識が此処では非常識になることを忘れないで、常に考えて行動するようにして下さい」

「…はい、すみません」 

 まあ、カナメ君の場合は虚像を飛ばした先でこの世界のことを見聞きしてそれなりの知識はありますが、それだけですしね。


良い例がAED(自動体外式除細動器)です。

心停止した人に電気ショックを与えることで心室細動を止めて正しい心臓のリズムに戻す為の機器ですが。

実物を使った講習を受けた人と知識として使い方を知っているだけの人とでは、いざ使うとなるとその発動時間が大きく異なります。

知識だけの人はパニックになって正しく使えないことが多いからだとか。

このように実体験を伴わない知識は、無いよりマシ程度であまり役に立たないのです。

故にカナメ君にはもっとたくさんの経験が必要ですね。


自分の何気ない一言が、あの暴徒を生み出す原因になった。

一つ間違えたらムイルさん達は街の人達に皆殺しにされていたかもしれない。

そのことをよく考えるように(うなが)してから、全員を見回します。



「今回のことは魔道具のことを口止めしなかった私にも非があります。よって連帯責任としてウェルとキョロちゃん、マーチ君以外の全員は1週間、おやつ抜きとします」

「えええっ!」

「そんなぁ…」

「マジ…かっ」

『嘘やろーっ』

 

 私の宣言に誰もが膝から崩れ落ちて動かなくなりました。

イブさんなんてガチ泣きしてます。

1週間のおやつ停止がこれほどのダメージになるとは。

言った私もビックリですよ。


まあ、反省しているようなので解禁になったらみんなの好きなおやつを山ほど作ってあげましょう。

 






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