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105、水の魔石と宗教改革


「見えてきたぞ、トア」

 ウェルが差し示す先に古びた石壁が現れました。

あれが目的地のサンスの街ですね。

本来は近くを流れるアイオリ河のおかげで豊かな水源を誇る街なのですが、数年来続く旱魃の所為で河の水量が激減し周囲の農地は砂漠のようになってしまっています。


で、前にデラントに現れたクラーケンから採れた水の魔石を使った給水の魔道具を設置する依頼が商会に来た訳です。

神国に向かう途中にある街なので、ちょっとばかり寄り道して依頼を完了させようとやって来ました。


ちなみにこの魔石の購入資金は魔国からの救済金で賄われています。

ですが魔国から援助を受けるとなると、絶対に神国から横槍が入るので(神国にとって魔族は血に飢えた蛮族という存在でなければならないようですから) 表向きはある篤志家からとなっています。


他国へ勇者病が拡散することを防ぐために行っていた110年に渡る鎖国政策。

ですがその所為で人族や獣人族の中に実際に魔族に会った者がいなくなり、神国が流した『魔族=悪』という風評は真実として定着してしまいました。

まったくもって迷惑千万ですよ。




「此処からは歩きだな」

 言いながらウェルがウィングボードを降り、続いて舟型の3人乗りのボード(座席付き)からイブさん、サミー、カナメ君が降り立ちます。

推進力の風魔法はイブさんもサミーも得意なので、交代で動かすようにしてます。


私はいつも通りにキョロちゃんにマーチ君と一緒にライドオンです。

何しろ体力は人族の平均くらいしかありませんから、この面子と歩くと完全に取り残されるので、申し訳ないですけど乗ったままで門まで行きます。



「通って良し」

 それぞれが薬師、冒険者×3(ウェル、サミー、カナメ君)イブさんは治癒師の身分証を呈示して無事に街へと入ります。


旱魃の所為か街中にあまり活気が感じられず、商店に置かれている品も少なく、それでいてかなりの高物価です。

これだと人々の暮らしは中々に厳しいでしょう。



「それでこれからどうするの?」

 イブさんの問いに、まずはと丘の上にある館を指し示します。

「御領主さまの所にノリスさん達が来ていると思うので、会えたら設置について話し合いです」

「だったら私達は街を見物してくるわ」

『せやなー』

「はい、ですけど気を付けて下さいね。大分治安が悪くなっているようですから」

 まあ、このメンバーで何かあるとは思えませんが、念の為に注意はしておきます。

「分かってるわぁ」

「行ってきます。ほら、カナメ」

「うわっ、引っ張るなって」

『行ってくるでー』

 離れて行く3人とサンダー君を手を振って見送ってから、ウェルやキョロちゃん達と共に領主館を目指します。



「マリキス商会から来ましたトアと申します。此方にノリスさんが…」

「おおっ、トアちゃん。早かったな」

 応対してくれた執事らしき人と話していたら、商会が派遣した魔道具技師のノリスさんが手を挙げて此方へとやって来ます。

彼には依頼があってからすぐに現地へ行ってもらい、最適な設置場所を調べてもらっていました。


ノリスさんの隣には細面の人の好さそうなおじさんが立ってます。

「領主のハザンド子爵様だ」

「ようこそ、サンスの街へ。マリキスのトワリアさん」

 満面の笑みを浮かべ、自ら私とウェルを応接室へと案内してくれました。


「それで、どんな感じです?」

「地形や利用農地の広がりを考慮して最適ポイントを割り出したんだが、そこには小さな集落があってな」

「立ち退くように要請をしているのですが…祈りの為の場所を動く訳には行かないと居座っていて困っています」

 交互に説明すると、2人して深いため息を吐きます。


「祈りの為…神国と同じ創造神さまを信仰している人達ですか?」

 人族のほとんどは創造神を主神とした一神教を信心しています。

まあ、中には鍛冶屋なら火の神、漁師なら水の神とこっそり別の神様も祀ってる人もいますけど。


「ええ、3年くらい前に神国の遣り方はおかしいと此の地にやって来た神官と信者達です。過去に神国から何度も酷い嫌がらせを受けたようでまったく此方を信用せず、何度訪ねていっても門前払いなのです」

 困り切った様子で首を振る領主さま。

民の心の拠り所である神殿や神官を(ないがし)ろにすると、何かと不味いですから強制退去と言う訳にはゆかないのでしょう。

宗教が絡むと事が一気に面倒臭くなるのは地球と変わりませんね。


「でしたらこれから行って話を聞いてきます」

 言うなり立ち上がった私を、2人共が驚いた眼で見ています。

「今からですか?」

「着いたばかりだろ、少し休んだ方が」

「いえ、善は急げと言いますから。それに給水の魔道具の設置は早い方が良いでしょう」

 そう言われて2人して困り顔のまま頷きます。


領都であるサンスの街ですら困窮している様子が(うかが)えました。

ならば地方の農村はもっと酷いことになっているはずです。




「此処だね」

「…随分と荒涼としているな」

『おみず なーい』

『完全に干からびてやすねぇ』

 

教えてもらった場所はアイオリ河の近くで、本来ならすぐ側まで水が来ているはずなのですが…今は幅1mほどの細い川が遠くに見えるだけです。


「ごめんください。マリキス商会から救援物資を届けに来ました」

「そこを動くなっ」

 集落の入口にいた男の人に声を掛けましたら、いきなり手にした槍を向けられました。


「どうせ領主か、本国の回し者だろうっ」

 そう言ってメッチャこっちを睨んでます。

過去に酷い嫌がらせを受けたそうですから、自分たち以外がすべて敵に見えているんでしょうね。


「どちらでもありませんよ。私はヨウガル国の困窮を見かねた有志の方たちからの物資を届けて回っているだけです。御疑いなら此方をどうぞ」

 差し出したのは此処に来る前に慰問に行った孤児院の院長先生からの感謝状です。

それに目を通すと、少し待てと他の男の人を呼んで別所に走らせます。


「失礼をお詫びいたします」

 しばらくして神官服を着た40才くらいの男の人がやって来ました。

どうやらこの人が集落のリーダーのようです。


「ムイルと申します」

「マリキス商会のトワリアです。まずは物資をお渡ししますね」

 軽く自己紹介をしてからアイテムボックスから小麦粉や豆、野菜、肉を取り出して小山を作ってみせます。


「こ、これは…助かります」

 目の前に積まれた食料に、集落の奥に隠れていた女の人や子供、お年寄りが出てきて嬉々とした表情を浮かべます。

総勢で50人程でしょうか、誰もが細木のように痩せていて痛々しいです。


「いろいろとお話したいことがありますが…取り敢えずは炊き出しですね」

「は?」

 怪訝な顔をするムイルさんの前でボックスから大鍋を取り出します。

唖然とする人達を横目に、サクサクとお肉と野菜たっぷりの雑炊を作ってゆきます。

あれだけ痩せた身体にいきなり重いものは良くないですからね。


「各自、器を持って集合して下さい。たくさんありますから慌てなくて良いですよ」

 出来上がったところでそう声をかけると、皆して食器を取りに家へと走ってゆきます。

ムイルさんの話だと、久しぶりのまともな食事なのだそうです。

旱魃の所為で畑は全滅状態、獣も少なく狩りは不調続き、仕方がないので木の根をかじって飢えを(しの)いでいたそうです。

本当に限界が近かったんですね。

間に合って良かったです。



「ムイルさん達はどうして此の地に?」

「それは…」

 皆が満腹になったところで問い掛けてみたら、聞かされたのは試練の連続なお話でした。


ムイルさんは人族とドワーフとのハーフで、実家では創造神だけでなく火の神も普通に信仰していたそうです。

でもだからといって神国が言うような創造神からの神罰が下る事もなく。

幼い頃からずっとそれが不思議だったそうです。

それで真実はどうなのか知りたくなり神官学校に行きいろいろと調べたら、神国が唱える教義の矛盾に気付いたとか。


「創造神さまが他の神を崇める民を(とが)めるような事実が何一つ無いのです。ですがそれを口にすると枢機卿さまから酷いお叱りを受けて」


神官になって数年は我慢していましたが、祝福料という名の強制献金を私欲の為に使い、贅沢三昧な生活を送る上司や同僚の姿がほとほと嫌になったのだそうです。


それに比べて他族の神殿は創造神だけでなく他の多くの神を崇めながら神官も質素な生活を送っている。

これこそが神殿が本来あるべき姿なのではないか。

 

そう説いて廻ったら神国側から猛烈な弾圧を喰らったそうです。

人は都合の悪い真実を指摘されると激怒しますから、神国もムイルさんのことが目障りでならなかったのでしょう。

何度も命を狙われ、神国にいられなくなったので自分の説を支持してくれた信者と共にこの地へと落ち延びたそうです。


まるでマルティン・ルターのような人ですね。

ルターは1517年に当時の教会の問題点、主に贖宥状(しょくゆうじょう)(免罪符)の販売を批判した『95ヶ条の論題』を教会の門扉に貼り出しました。

それを発端にローマ・カトリック教会とは別視点での教義を主としたプロテスタントが誕生することになった宗教改革の中心人物です。


「ムイルさんの言っていることは正しいと思います。私の故郷にはこんな言葉があります。『名が変わり、形変われど、月は月』と。月は日によって姿が変わります。その姿に合った名も有ります。けれどそれが月であることに変わりはないでしょう。神様も同じなのではないでしょうか?」


余談ながら…アーステアにも月はあります。

地球より少し大きめで白銀色に輝いて、凄く綺麗です。


「確かに…」

 私の話にムイルさんが雷に打たれたような顔で此方を見返します。

「トワリアさんの言う通りですっ。私がずっと探し続けていた真実。『名が変わり、形変われど、月は月』 これこそが神の姿であり。ならば創造神さまが神罰を下される訳もないっ」

 おおう、何やらイッちゃった目をして狂喜してますが大丈夫ですか?

ムイルさんの興奮が周囲にも伝染してしまったようで、誰もが近くの人と抱き合って号泣してます。

完全にカオスです。


集落移転の話は、皆さんが落ち着いてからでないとダメですね。






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