103、あるギルマスの話
「魔国一行は帰ったのかの?」
「ええ、指定された商品が無事に全部揃いましたから」
何かと大変じゃったようじゃが、やり切ったと言った顔をしとるから良いじゃろ。
「ですが…」
出された茶に口を付けてからマロウが口を開きよった。
「帰りがけに竜人族も含めて集まって相談していました。何でも『魔都とデラントを繋げる魔法陣の研究を始めよう』だそうです」
「ほほう」
残念ながらサクルラ国内に転移魔法陣は存在せんからの。
一番近い所で隣国のヨウガル国の『妖の森』じゃが、それを使っても移動には3日はかかるでな。
「余程この町が気に入ったんじゃな」
「そのようです。食べ物は珍しくて美味い、温泉は気持ちが良い、新製品が手軽に買える、良いこと尽くめだと言っていました」
まあ滞在中、誰もが子供のように喜んどったからの。
「エルフ族の間でも同じような話で盛り上がっておる。メル辺りが仲介役となって共同研究となれば、その実現は意外と早いかもしれんな」
最近、デラントでも売られ始めたアンパンを口にしながらワシも笑みを浮かべる。
そうなればこの町もさらに発展するじゃろ。
しかし魔族があんなにも気質の良い者たちじゃったとは…。
カナメと行動を共にしていた時のワシの至らなさを思い知らされたの。
あの頃、もっと周囲を見る目を持っていたら事態は変わっておったのではと、そう思うのは今更ながらの繰り言かの。
じゃがだからこそ、ワシに出来ることはすべてせんとな。
せっかく【時止めの呪】から解放してもらったことじゃしの。
魔法の腕は使わなかった120年の間にだいぶ錆びついてしまったが。
何、すぐに全盛期にまで戻してみせるわ。
少しでもトアちゃんの役に立てるようにの。
「ところでその転移魔法陣始動計画はどうなっています?」
「トアちゃんに言われた通りに出来る限りの根回しはした。明日には商業ギルドから各国に魔法陣についての情報を公開する予定じゃ」
「そうなると神国がどう出るかですね」
顎の下に手をやって考え込むマロウに、まあ大丈夫じゃろうとワシはニヤリと笑う。
「魔法陣が発動したらどれ程の利益が出るか、具体的な数字も一緒に発表するでな。それを見て大人しく神国の言う事を聞く馬鹿はおるまい」
「確かに…」
神国にある今は使われていない古い魔法陣を廃棄するだけで、巨万の富が生まれるのじゃ。
しかもそれを強固に反対すれば、祝福料が減ることを惜しんでいるのだと言われるだろうしの。
そうなれば自分達が拝金主義者だと認めるようなものじゃし、神殿の威信は一気に暴落、信徒の不興を買うのは間違いないじゃろ。
祝福料と信徒からの献金で成り立っている神国は、どちらにしても資金源を断たれることになるわな。
「それを見越しての転移魔法陣始動計画じゃからな。兵糧攻めとは良く思いつくものじゃ。トアちゃんだけは敵に回してはいかんのう」
ワシの言葉にマロウも深く頷く。
「そうですね、勇者のことも簡単に捕まえましたし。今はその性根を叩き直されている最中だそうです」
「ま、カナメにしたらそれは幸いかの。ルーナスは父親に会いに姉と一緒に魔国へ行ったしの。甘やかす存在がいなくなって、漸く自らを鍛えることが出来るじゃろう」
万能薬によって毒の後遺症から解放されたカナメを、完治と見做してルーナスはその世話を終了させ、あっさりと別れを告げよった。
『元気になって良かったわ。これからはカナメも自分らしい生き方を見つけてね。私も自分の遣りたいことが見つけられるように頑張るわ』
そう言って姉のテンサリーヌと共に魔国へと旅立っていったそうじゃ。
結局、ルーナスにとってカナメは側に寄り添ってやる患者でしかなかったということじゃな。
悪く言えば自分が理想とする『立派な治癒師』である為に必要なアイテムくらいの認識じゃったんじゃろうな。
毒に苦しむカナメを献身的に世話をする自分に酔っておったが、そこをトアちゃんに指摘されて目が覚めたと言ったところかの。
早々に魔国に旅立ったのも、今までの理想の姿に自己陶酔しておった己を思い返すと恥ずかしくてならなかったからじゃろな。
トアちゃんが言う『黒歴史』というヤツじゃな。
あっさり別れを告げられたカナメはそれがまたショックだったらしく、しばらく生きる屍のようになっておったようじゃが、トアちゃんにビシビシ鍛えられ、それで気が紛れたんじゃろな。
今は叱られながらも忠実な下僕としての日々を送っているらしいぞい。
「それはそうと今回は歌巫女の従者で誘き寄せることで上手く行ったが、釣れなかった時は何をする気じゃったんじゃ?」
ワシの疑問に、マロウがため息と共に口を開きよった。
「カナメ・ヨネハラを名乗る凶悪盗賊を登場させるつもりだったそうです」
「ふむ、確かに自分の名で悪評を広められたら、さすがに隠遁中のカナメも出てきて何とかしようとするじゃろうからな」
「ええ、ですが偽者とは言え凶悪な盗賊が徘徊しているとなると隊商の動きも悪くなりますし、住民にいらぬ不安を与えます。弊害が大きいので次案にしたそうです」
「そうか、使わんで済んで良かったの。しかし相変わらずとんでもない手を考えるものじゃ」
「まったくです」
2人揃ってため息を吐いてからワシはマロウに声を掛ける。
「明日の発表の後は何かと忙しくなるでな。よろしく頼むぞい」
「ええ、ようやく王宮のゴタゴタも終息しましたし。魔法陣始動に本腰を入れられます」
ニヤリと意味ありげな嗤いを浮かべるマロウ。
元ワシの部下とは言え、恐ろしい男じゃ。
半月前のことじゃ。
以前より王太子が探っておったロウズ家事件の真相が白日の下に曝され、主犯のパウエル伯爵は投獄の後に処刑。家名も断絶。
事件に関わった共犯の子爵、男爵家も当主が蟄居のうえ領地の何割かを没収となった訳じゃ。
彼らの寄り親であり、今回の黒幕であるセロン侯爵は追及をのらりくらりと躱し逃げ延びおったが、手下のほとんどが拘束された状態では以前のような権勢は望めまい。
この一件で活躍したのは暗部の者達じゃが、奴らが見返りとしてパウエル伯爵から受け取った金や物の流れを突き止めたのは目の前にいるマロウじゃからな。
巧妙に隠された手管を看破するさまは実に見事なものじゃった。
トアちゃんという賢才な上司を得て、持ちえた才能が開花した…と言ったところかの。
トアちゃん同様、金銭面では絶対に敵に回してはいかん人物じゃな。
「それでトアちゃんは今、何処におるんじゃ?」
「歌巫女の一行から離れてヨウガル国の特に旱魃が酷い地域にいます」
「クラーケンの魔石を使った給水の魔道具を設置する為にじゃったか」
「はい、魔石自体は魔国から融資された資金を使ってヨウガル国が購入したものですが魔道具自体はマリキス商会からのレンタルです。その代金は出世払いとかで、経済が立ち直ったら受け取る手筈になっています」
相変わらず損はせんが、大した得の無い事をやっとるの。
「確かお前さんのところの密偵と交代したんじゃったな」
「ええ、偽巫女役をレリナに任せて旅を続けているようです」
そういえばウェルがトアちゃんの使い魔達を迎えに来ておったな。
歌巫女の道中に連れゆく訳には行かんので商会に留め置かれておったが、漸くにして主人の下に戻れた訳じゃな。
しかし物凄い一行じゃ。
奇跡の賢女にSクラス冒険者、魔国の王子、光龍、雷竜、そして元勇者。
ほんにこのパーティーだけで簡単に世界征服が出来そうじゃ。
はてさて、どんな旅を続けておるのかの。
帰ってきた時の土産話が楽しみじゃな。