10、使い魔登録
「えっと、ピクルスの作り方はですね」
私の説明をマロウさんが素早く文章に書き起こして行きます。
結局、オリーブもどき…クルルの実の油での石鹸の作り方の特許はカレンさん・薬師ギルドが。
その他の使用法はマロウさん・商業ギルドが担当することで落ち着きました。
余談ながら、現在流通している石鹸ことシャボワールは動物の脂を使ったもので匂いが悪い上に汚れの落ちもあまり良くないのだとか。
私の場合は製法は似ていても、オリーブオイルを主成分にハーブを入れたりと工夫したところが特許対象なんだそうです。
そして今はマロウさんの取り調べ…ではなく、聞き取り調査を受けている最中です。
「まずクルルの実を針などで数か所刺します。
瓶に水と実を入れ、冷暗所で6日間ほど浸します。
水は毎日取り換えてアク抜きをします。
その後、水を抜いて塩をまぶして冷暗所で6日間寝かせます。
これでクルルの実の塩漬けの完成です。長期保存も可能ですよ。
食べる時は1時間ほど水に浸して、塩抜きをしてから頂きます」
此方では光の日、火の日、水の日、風の日、土の日、闇の日の6日で
1回り、つまり1週間となります。
1ヵ月はそれが5週で30日、1年は12ヵ月なので12×30=360日です。
「酢と果実酒、水、砂糖、塩、ローリエ、唐辛子、ニンニクを入れて沸騰させ
しばらく煮詰めたら塩抜きしたクルルの実と一緒に瓶に入れ、一晩寝かせたら
ピクルスの出来上がりです。他の野菜で作っても美味しいですよ。
その時に軽く茹でるとよく漬かります。…ちなみにこれが完成品です」
自作のオリーブ…ではなくクルルの実のピクルスを差し出すと、まじまじと観察した後で徐にマロウさんが口に入れます。
「ふむ、悪くない」
「サラダやお酒のつまみにも打って付けですよ」
「いいだろう、これも申請しておけ」
「いえ、これは私の故郷の料理法なので…」
特許は何でもかんでもあるわけではなく、発明者が不明だったり発明証明が出来なかったものには施行されません。
自称発明者が権利を横取りしない為の処置ですね。
なので郷土料理のレシピなんかは、発明者不明扱いで特許が発生しないとさっきジェレミーさんに聞きました。
ちなみに発明者が亡くなると、支払い先が消失したとみなされて誰でも無料で使うことができるそうです。
「チッ、仕方ないな。作り方を広報に載せるだけにしておくか」
露骨に舌打ちされました。
いいじゃないですか、広報誌は有料で収益はギルドの懐に入るんですから。
利に繋がる記事が多ければ購読数も上がるでしょう。
それにこれ以上の特許は必要ありません。
特許が新たな技術開発を促進するというから、応じましたが
元々は地球産の知識ですし、これでお金を貰うのは反則でしょう。
「お腹すいた…」
そんな遣り取りを続け、やっとギルドから解放されたのは昼を過ぎた頃でした。
もう何枚サインしたか記憶にありません。
当分の間、申請書類は見たくないです。
フラフラと詰め所に向かって歩いていたら、良い匂いを漂わせる屋台に遭遇。
胃袋が限界を訴えてきたので、いそいそと近付きます。
売っているのは挽肉と大豆ぽい物に、赤と黄色のパプリカらしき野菜のみじん切り。
それらを炒め煮にしたチリビーンズを丸パンに挟んだ物です。
青い表札が出ていることを確認して購入、いざ実食っ!
「ん、おいひぃ」
ピリッとした辛さの肉と野菜がライ麦パンぽいモソモソした食感とよく合っていて、本当に美味しいです。
これで200エル、一緒に買ったフルーツジュースが100エル。安価美食です。
余談ながら、小麦で作るパンには発酵にイースト菌がよく使われますが、ライ麦パンはサワードウ(ヨーグルトなどを使った乳酸菌酵母)を使うので生地に酸味があります。
室温に放っておいても元気に発酵してくれて、硬くて密度が高く、麦の濃厚な旨みもあって食べごたえがあります。
おかげで腹持ちがいいです。
しかもビタミン、ミネラル、食物繊維が多く含まれているのでお勧めです。
「美味そうに喰うねぇ、お嬢ちゃん」
「はい、凄く美味しいです」
「そうかい、そりゃ作った甲斐があるってもんだ」
ニコニコ顔のご亭主に、疑問に思ったことを聞いてみます。
「ハンバーガーは無いんですか?」
「へ?、何だいそりゃあ?」
「挽肉とみじん切りにした玉ねぎとパン粉、卵、それに塩と胡椒を入れてよく捏ねてから平たく丸めて焼いて、それをパンに挟んだものです」
「…聞いたことねぇなあ」
首を傾げる様に、やっぱりかと軽い溜息を吐きます。
マリアの記憶にないだけで、何処かにあるかと期待していたんですが。
「だがそいつは美味そうだな」
「はい、私の故郷の料理なんですけど。特許申請はされてませんから勝手に作っても大丈夫ですよ」
その言葉にご亭主の顔がパッと輝きます。
「挽肉にナツメグっていう香辛料を入れるとさらに美味しくなるんです」
ナツメグの特徴を伝えたら似たような物があり、予想通りチリビーンズにも使ってました。
「トメトをベースにしたソースをかけても良いし、チーズや野菜を挟んでみるのもいいかも知れません」
私の言葉に、ご亭主が実に良い笑顔で頷きます。
「おう、いいことを教えてもらったぜ。明日から売り出してみる」
「はい、頑張って下さい。食べられるのを楽しみにしてます」
ご亭主の創意工夫を期待してます。
「お待たせ、キョロちゃん」
『おかえりー、あるじー』
私の姿を見るなりキョロちゃんが嬉しそうに駆け寄ってきます。
「遅くなってごめんね」
『だいじょうぶー、たのしかったー』
「へ?」
首を捻る私に、キョロちゃんは詰め所であったことを教えてくれました。
ポロロの葉を食べ終わった頃、キョロちゃんの背後に忍び寄る影。
だが触れる寸前でひらりとその身が躱される。
再び手が伸びるが結果は同じ。
触れるか否かの距離を保ちながら逃げるキョロちゃんと、それを必死に追う兵士さん(正式名は衛士さんだそうです)達。
私が到着するまで、そんな鬼ごっこがずっと続いていたそうです。
話を聞いて『捕まえてごらんなさぁい♡』とキラキラ輝く海辺をバックに走る青いダチョウと筋肉ムキムキの男達という図が浮かんでしまったのは秘密だ。
「お、戻ったか」
キョロちゃんを撫でる私に気付いたボリスさんが詰め所から出てきました。
「すみません、お世話をかけたみたいで」
「いや、人様の騎獣にいらんちょっかいをかける方が悪い」
チラリと木陰で疲労困憊状態のサム君を始めとする同僚達をみやってからボリスさんが話を続ける。
「フェアリーバードは珍しいからな。それにその羽根を持ってると幸福がやってくるっていう言い伝えがあるもんだから」
「ああ、それで」
キョロちゃんの羽根目当てで追い掛け回していたんですね。
「ところで身分証は作れたか?」
「はい、おかげさまで」
出来立てのカードを差し出すと、ボリスさんが笑顔で頷きます。
「そいつは何よりだ。だったらさっさと使い魔登録を済ませちまおう」
先に立って歩き出したボリスさんに付いて詰め所の中へと向かいます。
「ほれ、これで完了だ」
返されたカードにはしっかりと『使い魔・フェアリーバード』の文字。
これで名実ともにキョロちゃんは私のものになりました。
良かったです。