Slip the Universe
つい書いてしまいました。頭のおかしい作品ですがどうぞお願いします。
宇宙旅行なんてのが夢の話じゃなくなって、しかも格安で行けるようになった時代。
流行りに流行ったスポーツがある。
その名もスリップ。
スリップは専用のボード、スライドボードを乗りこなして宇宙空間を滑り、速さを競うレース形式のスポーツだ。コースは様々で惑星の衛星軌道に沿って作られるのが基本だ。
そんなの危ないだろって? 当たり前さ。命懸けのスポーツなんだ。だからその一瞬に全てを捧げられる人々、つまりプロのスリッパーだけが正規のコースを滑れるんだ。
アマチュアはプロになるため日々練習場で鍛錬を積む。
練習場は無重力の感覚を再現しているからボードの扱い方を覚えるのに最適だ。
でも所詮似せてるだけで、本物で味わえる高揚感や緊張感はない。
「おい! 倉ぁ! 速ぇよー!」
流暢な英語で叫びながら滑る青年、ルーカスは目前に迫る擬似小惑星をかわした。
僕はそれを無視して、練習場の難所、流星群ポイントに突入する。
ほんの少しの合間をターンを繰り返して進んでいく。一瞬で練習場にいた人々の注目の的になった。
最後の擬似小惑星をかっこよくスピンしながらかわすと、ゴールが僕を迎え入れた。
「ふぅ……」
ゆっくりとボードから降りて缶に口をつける。コークの炭酸が喉に染み渡った。
「お前速いって!」
遅れてゴールしたルーカスが文句を言う。
「仕方ないだろ。簡単すぎるんだから」
「さっすが、最年少でプロになった人は生きる世界が違いますねぇ」
ルーカスが口を尖らせて言った。
「そういうんじゃないよ……」
そうだ。そうなのだ。僕、倉 駿馬は世界で初めて、15歳でプロフェッショナルなスリッパーになった。既にスポンサーもついてるし、CMにだって出てる。
なんで僕がこんなにも若くしてプロになれたかというとほとんどがじいちゃんのおかげなんだ。
僕がスリップを始めたのは5歳の時。それは僕を男手一つで育ててくれた父さんが死んでじいちゃんに引き取られたのが主な原因だ。
母さんは元々顔を知らないから父さんを亡くした僕は早くも人生に絶望していたんだ。そんな僕をじいちゃんは当時日本に一つしかなかったスリップの練習場に連れて行ってくれた。
その時僕の目に映ったのは夢の世界だった。練習場内のコースはより宇宙の感覚に近づけるため下から反重力が働いてるから、人が宙をビュンビュン駆け回る姿が間近で見られる。
僕がやりたいって言ったらじいちゃんはすぐに僕だけのスライドボードを買ってくれた。毎日練習場に通ったさ。1日も欠かさず。
じいちゃんは楽しそうに生きてる僕に言ったんだ。
「好きなことだけしてていい」
ってね。だから学校には行かなかった。まあ後悔はしてないよ。それから数年間はスリップだけしてる日々が続いて、ちょうど去年だったかな。
僕が練習場で滑ってたら背の高い男の人に声をかけられた。多分スカウトってやつだったんだと思う。
スリップの大会への誘いだった。飛行機代や宿泊代等は全て面倒見るって言ってくれて、そしたらじいちゃんも了承してくれた。
向かった先はUSAの旧ワシントン.D.Cだった。今英語が話せるのはここに住んだからってのは大体わかると思う。今の名前はよく知らない。
そこで僕は数日間の調整の後、初めてスリップ用宇宙服を着た。
肌にピッタリ馴染んでまるでウエットスーツみたいだった。
周りはみんな大人ばかりだったし、宇宙船は酔いそうになったけどそんなこと気にならないくらい初めて目にする宇宙は綺麗だった。
スリップのスタートは宇宙空間に放り出されて始まるから流されないように気をつけなきゃならない。
宇宙服着てるからって普通に寒かったし、何もない空間が広がってるってのは想像以上に恐怖だ。でも、僕は自分の滑りするように心がけたよ。
そしたらいつの間にかゴールしててね。結果を知らされた時は驚いたよ。
僕は初めての大会、しかも飛び入り参加で優勝しちゃったんだ。
すぐに正式にプロ契約をして、優勝賞金の半分はじいちゃんに仕送りした。それは今でも続けてる。
スリップは、僕に与えられた唯一の居場所だと思う。広大で果てしない宇宙を滑っている時、地球のしがらみなんてのはいつの間にか吹き飛んでるんだ。
「どうした? ぼーっとして」
ルーカスが顔を覗き込んできて言った。
「なんでもないよ……それより、フロントターンの練習しなくていいの?」
「もうそろそろ休憩時間終わりだし、会社戻るわ」
僕は去っていくルーカスに手を振って見送った。
ルーカスは今年で24歳になる僕より6つも上の、スリップが好きな大人だ。
僕には同年代の友人がいない。もちろんルーカスはいい奴だし、別に悲しいなんて思ったことはない。だけど、欲しいと思ったことがないわけじゃない。
いいんだ。明日もスリップができる。
これは凄く幸せなことだ。
僕はスリップと共にある。優勝することが僕の存在意義だ。
サインを求めてくる人達の相手をしたあと、マネージャーに電話をかける。
「いつものとこに迎えに来てくれ」
僕は高層マンションの最上階に住んでる。
3年前一躍時の人となってから生活は一変した。まあ当然のことなのかもしれない。
指紋、網膜、声、顔認証を済ませ部屋に入る。
いつ見ても広い部屋だ。一人暮らしには広すぎる。
トイレも3つだ。
僕はリビングのソファに腰掛けた。お気に入りの場所だ。
ここからは部屋の壁一面に飾ってある僕の優勝トロフィーや、ポスターが一望できる。
SCS、WSC、あらゆる大会でトップの座に君臨した。
スリップに愛された男。それが僕だ。
なんとなくテレビをつけた。
金髪でセミロングの女の子の顔で画面が埋め尽くされる。
アマチュアの世界大会優勝者が特別枠で次のSCSに出られるから、そのインタビューらしい。
寒い所なのか、女の子の頬は赤くて、話す度に白い息を吐いていた。心なしか雪が吹雪く音も聞こえる気がする。
女の子は感激している様子で、終始涙目になったり咳き込んだりしていた。
気づくと僕は彼女のことがかなり気になってたらしく、すぐにネットで検索していた。
「スリップ アマチュア大会優勝者」と打ったら案の定、候補欄の一番上に出てきた。
名前はレイ=ロリポップというらしい。父親は2年前に他界。現在17歳だ。
17ってことは一個下だ。この瞬間僕の中で何かが動いた。
正直この時の僕はどうかしてた。これは運命だなんとかほざいてた気がする。
とにかく、大会までの一ヶ月は間違いなく僕の人生で一番長い一ヶ月だったってのは確かだ。
『3、2、1、0』
轟音が鳴り響き、地球が遠ざかっていく。
計3機の宇宙船が総勢30人のスリッパーを乗せて発射された。
皆スリップ用の宇宙船を着て、頭にも同じようにスリップ用のヘルメットをかぶっている。
もちろんただのヘルメットなんかじゃない。スリッパー達の命綱と言った方が近い。
通称、セーフティドライブ。レースのナビゲーションやスライドボードの操作を視線や脳波で行える。宇宙服の酸素濃度を均一に保っていられるのもこいつのおかげだ。
「おぇぇぇぇ!」
僕は船内のトイレにフワフワ浮きながら盛大にぶちまけた。
便利なことに吐いたゲロは全部宇宙空間に捨てるから問題ない。
「また吐いてんのかよ。汚ねぇな」
話しかけてきたのはホワイト。万年2位の黒人だ。僕に絡んで来てくれる数少ない奴だ。
ちなみに31歳。
「うるせぇ……好きで吐いてるわけじゃ……おぇ……ない」
離陸時は大体こうなんだ。もちろん吐くときはセーフティドライブは外してるからな。
「それよか、今回は負けねえからな。チャンプ」
「どの口が言ってんだ? おぇぇ……」
「汚ねぇな」
少し落ち着いてきたときに、船内を見渡すと気になっていたレイも乗っていた。
目が合ったので手を振ろうとすると、彼女は顔を背けてしまった。まあ、ゲロ野郎は嫌ですよね。僕も嫌です。
もうすぐスタートだ。さっきまでの緩い空気とは一転、ピンと張り詰めている。
皆、ハッチの前でボードに乗って待っている。僕はいつものおまじないを始めた。
手を合わせて目を瞑る。
「じいちゃん。行ってきます」
ものすごい爆発音とともに体が投げ出される。
コースはセーフティドライブのディスプレイに表示されてる。僕は最初のジェットを噴射した。
スリップってのは減速のスポーツだ。
宇宙空間には摩擦力が無いから一度進みだしたら別の力が加わるまでその進行方向を変えることができない。つまり、的確なタイミングで的確な方向へ力を加えることが大切ってことだ。
しかし、ボードに積める燃料に限りが無いわけではない。燃料切れが何を意味しているかわかるだろ?
ディスプレイのナビに従って右に旋回する。
ギリギリで曲がるためにジェットの出力の微調整が必要だ。
幾つもの人工衛星がレースの一部始終を全国に生中継している。
僕を世界中の皆が見ている。そう思うだけで雑念は取り払われた。
もう僕の前には誰もいない。
後ろを見る。
見慣れた顔ぶれが追いかけてきていた。まだまだレースは序盤だ。油断は禁物。
コース内には障害物として小惑星や彗星が乱入してくる。これをかわすのもスリップの醍醐味だ。
フロントターン、バックターン、スピン、宇宙の塵やゴミを颯爽とかわす。
もし当たったら自分が塵やゴミになってしまうのに、緊張なんてしなかった。
「くっそ! なんでだ! 追いつけねぇ!」
ホワイトが叫んだ。そんな彼を嘲笑うかのようにぐんぐんと駿馬のボードは小さくなっていく。
僕にはスリップしかない。
左へ旋回。
スリップと共に生きるって決めてる。
右へ。
僕が引退するときは死ぬ時だ。
急降下、そして左へ。
死に場所はもちろん宇宙。
「1位をぶっちぎっているのはやはりこの男! 本大会3連覇を狙う駿馬だぁ! 今日もこいつに優勝させていいのかぁ? いいのかぁ⁈」
実況の音声がセーフティドライブのスピーカーから聞こえてきた。
突然ディスプレイのアラート音が鳴り響く。
流星群だ。
練習場とは桁違いの危険。かわすなんてもはや神業だ。普通のスリッパーなら過ぎるまで待つか、コースを大きく外れていくだろう。
けど僕は、真正面から突っ込む。
その時、ふとレイ=ロリポップのことを思い出した。
無事かな。唯一の同年代。
後で声をかけよう。
きっと、仲良くなれーー
「おっと⁈ 駿馬を追ってレイが流星群に突入だ! 大丈夫なのか⁈」
この実況を聞いて驚いた人はたくさんいたと思う。僕もその一人だ。
急いで振り返る。その瞬間さえも隕石をスピンしてかわさなきゃならない。
遠くに小さな黒い影が見えた。ボードに乗っている。
右に左に、迫り来る流星群の間を抜けていく。
彼女は上手い。もし黒い影がレイ=ロリポップなら確実にそう断言できた。
でも負けるつもりは毛頭ない。
「あり得ない! チャンピオンの速さに引けを取らないレイ=ロリポップぅぅ! このまま追いつけるのかぁ!」
バカ言え。そんなこと、させるものか。
僕はラストスパートをかけた。フルパワーだ。
ボードが小刻みに揺れて速さのあまり操作しづらくなる。しかし、その程度の誤差は僕の力量からすれば問題なかった。
これで逃げ切る。
最後のコーナーを曲がり、残すは直線のみとなった。瞬間、燃料が切れた。
でもまあ、大丈夫だ。あとはゴールするだけだし、この速さなら追いつかれない。はずだった。
僕の横をすり抜けていく閃光。その真新しい黄色いボードからは目が離せなかった。
ディスプレイ越しに彼女の顔が見える。
レイ=ロリポップは僕のことなんて見向きもせず、ただ一心にゴールだけを見ていた。
ゴールへの限りない執着。それが彼女の目線からは感じられた。
空気のない宇宙空間で聞こえるはずのない彼女の口笛があの時は確かに聞こえた気がしたんだ。
***
帰りの宇宙船内でインタビューや表彰を受けた。もちろん優勝者は僕。と言いたいところだけど今回はレイ=ロリポップだった。
スリップはシビアな世界だから、人気はあれども優勝者以外に賞金はない。
もう最悪。
でも僕は大人だからね、クールにインタビューを済ませたよ。
「はい……1位になれなかったのは悔しいですが、レイ選手は素晴らしいスリッパーだと思います。え? ストリッパー? 面白くないですやめて下さい。……いや怒ってないですよ。……彼女とはそんな関係じゃないですよ。会ったことないし」
あの記者は苦手だ。
長い溜息をついて、窓の外を眺めた。
やはり地球は丸かった。
いつでもどんな時も。僕が負けた時も。
地球は変わらず青くて丸かった。
そう思うと少し楽になった。
もう少しで大気圏に突入しようかという時後ろから声がかけられる。
「あの……」
レイだった。バカにしに来たのだろうか。コンチクショウ。
「何?」
できるだけ柔らかい口調を意識したつもりだった。
少し間を置いて彼女は言った。
「私ずっとファンでした!」
どうやら本当にバカにしに来たらしい。
たった今そのファンにボコボコにされたんですが。
黙りこくっていたらレイは言葉を続けた。
「駿馬さんの技とか、スタイルとか憧れてテ……ほら! このボード、駿馬さんのと同じ型なんデス! 私、駿馬さん見てスリップ始めたんデス! だから、アノ、こうして同じ舞台に立てるだけで幸せで……」
泣き出してしまうレイ選手。今気づいたが日本語で話してくれてるみたいだった。僕は溜息をついた。だからあなた、さっきチャンピオンになったんだってば。
どう答えたらいいかわからず、僕は気が動転してこう言った。
「サ、サインいる?」
「ハイ! ぜひ! ……あと1つだけお願いがあって……」
何だい宇宙の塵となれって? 僕は半ば投げやりに聞き返す。
「何でも言って」
「私と結婚を前提に付き合ってください!」
なるほど。ガッテンショウチ。ってえ?
えぇぇぇぇぇ!
少しそばかすが見える頬を朱に染めて、僕を上目遣いで見上げ懇願する女の子に、僕は心底お手上げだった。
逃げ出したくてもシートベルトが邪魔をする。真正面からの彼女の視線が痛かった。
大気圏に突入して行く僕ら(を乗せた宇宙船)は一段と熱く、燃え上がっていくのだった。というかむしろ沸騰に近かった。
短編は初めてなので至らない点あったと思います。好評であれば今連載中のモノが終わり次第続きを書こうと思っています。宇宙のことについて間違っていることがあればすぐに指摘してください。音速で直します。