第5話 ちょっと気まずい朝食の席
カチャカチャと食器が擦れる音がする。
他の席からの喧騒もよく響いてる。
どういうことか?
まぁ、それはつまりだ……。
「――――」
「――――」
「???」
私達のいる席は今、沈黙に支配されていた。
ムッツリとした顔のフェルディナンドに、同じく語る言葉を持たず、只管に朝食を貪っている私。
そしてその状況を、良く分からなさそうに眺めているリセナ。
おい、誰かなにか喋れよ。
そんな感じの空間であった。
これもそれも、急に現れて居座りこんだコヤツが悪い。
そう思って、フェルディナンドに視線を一瞥すると、彼も私に視線を合わせてきて。
――重なり合う視線。
――彼の目は、透き通るように蒼かった。
「……何です?」
「いや……」
気圧されそうになるのを、声を出して踏みとどまる。
ここで目を逸らしたら、妙に負けた気分になるから。
でもそれは逆効果で、フェルディナンドの奴は余計に私の目をマジマジと覗き込んできて。
……結局、私の方が先に視線を下にズラしてしまったのだった。
「……それで、私に何か用ですか?」
「あぁ、あるからここに来た」
誤魔化し替わりに尋ねると、すぐに是と答えは返ってきた。
それもそうだろう、彼は滅多なことでは私に近づいて来ないのだから。
恐らくは、言うまでもなく今回の騒動の件で、彼は私に声を掛けてきたに違いない。
この脳筋属性を持っている奴にまで噂が響くとは、余程に衝撃的であったか。
彼としても、婚約者がやらかしたならば体面を気にせずにはいられなかったのだろう。
私も、婚約者が裸踊りして停学処分を受けた、何て聞けば天を仰ぐだろうから仕方の無い話だ。
彼がここに来た理由は想像できた、多方お小言の類であろう。
それが当然の反応、貴族とはそういうものなであるから。
なら、私はどうすべきか?
それは至極簡単で、グチグチと言われる前に自分の非を認めてしまえばいい。
そうすれば、この朴訥としても鼻白むしかないであろうから。
コイツは昔から無口であるから、そこさえ認めればそれ以上は何かを言う気は無くなるだろう。
「この度はお騒がせして、申し訳ございませんでした」
だからちょいと卑怯かもしれないけれど、先手を打つように私は頭を下げた。
割と不純な気持ちで。
でもコイツも困っているだろうから、それなりの誠意を持って。
そうして、五秒くらいしてから頭を上げると、そこには想像通りに口を噤んだフェルディナンドの姿。
語るべき言葉を失った、無口な男が一人。
想像通りに事態が運んだ事に、少々の安堵を覚える。
尤も、フェルディナンドの注意など、僅かな口数しかないので大した問題ではないのだけれど。
ただ、私としては、それでもフェルディナンド公爵家からの直接の注意、というのはあまり受けたくはなかったから。
こう、精神衛生的に。
まぁ、何にしろこれで無事に乗り切れ……。
「ちょっと待って、アスキスさんが謝ってるのって、昨日のこと?」
てなかったようだ。
そうだ、今私の近くには、お節介大魔神のリセナがいるのだ。
大魔王からは逃げられないの法則と一緒で、主人公からも逃れられない。
思わず目が遠くなりそうになるが、私は気を確かに持って、リセナへと告げた。
「そうよ、だけれどこれは貴族の社交辞令のようなものだから、何ら問題はないわ」
そういうものだから、と彼女に言う。
教会で朝の祈りを捧げるのと同義で、貴族はこういう形式があるのだと。
気にした風もなく告げたのだけれど、リセナはどこか納得いかなさそうに不満顔で。
「でも、アスキスさんに悪いところなんてないのに、納得行きません」
「アトリーさん……」
その気持ちは嬉しいのだけれど、もうちょっと落ち着いて欲しい。
話が伸びて余計に事態がややこしくなりそうだから。
って、ほら!
言った傍からフェルディナンドが顔を顰めてるしっ!
「悪いところはない、か」
「そうです、アスキスさんに落ち度も何もないです!」
好戦的に、リセナは堂々とフェルディナンドに宣言する。
が、ちょっと待って欲しい。
その男、公爵家である。
リセナは知ってか知らずか、どちらなのかは分からないが。
ヘタをすれば、放校処分にする権力くらいは、そいつは持っているのだ。
下手に逆らわない方が良い。
普段はそんな事をするタマではないが、今は機嫌が悪いかもしれないのだ。
どうなるのか、私にも分からない。
……いっその事、私が謝ろうか。
そんな事を考え始めた時に、フェルディナンドは口を開いて。
「そうだな」
それだけ言って、彼は立ち上がった。
何げに黙々と食べていたらしい、皿の中身は空だった。
「それだけですか?」
口早に立ち上がったフェルディナンドにリセナは追撃をかけて。
冷や汗を掻きながら、私はギュッとリセナの手を掴んだ。
「え? アスキスさん?」
驚くリセナを他所に、私は素早くフェルディナンドに頭を下げた。
「申し訳ございません、この娘は友達思いなだけなんです」
「……そうか、それは良いな」
顔を上げると、少し弧を描いていて。
決して、悪くないであろう心象であることを、私は感じることができた。
「では、俺は行く。
失礼する、マリア、それから……」
去り際ながらに、リセナの名前を聞いてなかった事に気がついたのであろう。
ふむ、と考え込みそうになる彼に、強気な目で、リセナが告げた。
「リセナ、リセナ・アトリーです」
「そうか、ではマリア、アトリー、これで失礼する」
繰り返して告げて、ようやく彼は去っていく。
ちょっと心臓に悪かったけれど、何とかなって良かったと思ってるのが大きなところだ。
「……結局、あの人はどう思ってたのでしょうか?」
不満そうに、不思議そうに、リセナはそう首を捻って。
私は彼女の頭に、このお騒がせものっ、と一発チョップをかますのであった。
痛いです、と涙目な彼女には、もう少しばかり薬が必要だとも思いながら。
フェルディナンドについては、次の話でマリアが授業中にどんな奴だったかと回想します。
にしても、我ながら短い文章です(白目)。