第4話 ちょっと微妙な朝のひと時
朝の少し冷たい廊下を歩く。
窓から見える光は明るく、良い朝だと言えるだろう。
尤も、私自身の夢見はイマイチだったので、完全にそう言えるかといえば首を傾げざるを得ない。
まぁ、あれ自体も今の私を形作る一つの思い出であるのだから、否定するつもりもないが。
気分転換のため、私は誰も見てないのを確認して、んーっ、て声を上げて背伸びをし、背を真っ直ぐにする。
どうにもおじさん臭いが、これはこれで中々に気持ちが良い。
そのままちょっと間抜けな格好で背伸びをして、辛くなるギリギリのところでやめる。
気分転換完了、とっても良好である。
よしっ、これでおっけー。
と、そういう訳で、切り替えて出来るだけ気配を消してエントランスへと出た。
生徒が疎らに、おはようとか、今日の授業は? なんて会話をしている。
幾つかの視線が私に突き刺さるが、今更気にするつもりは……少ししかない。
仕方がない、私だって気にしたくないが、反射的に反応してしまうのだから。
目立たないようには、努力をしてはいるのだけれど。
「あ、アスキスさん、おはようございます!」
「あらアトリーさん、おはよう」
そんな中で、私も朝の友達からの洗礼を受ける。
リセナがとっても笑顔で、私の所まで駆けてきたのだ。
ちょっと犬っぽくて、頭を撫でたくなってしまう。
まぁ、イキナリそんな事をされたら戸惑うだろうから、何もしないけど。
「朝から貴女は元気ね」
「アスキスさんは、朝は辛い方ですか?」
「好んで早起きをしようとは思わない程度にはね」
「眠いですもんねぇ」
元気溌剌でそんなことを言うリセナ。
そういえば、確かリセナは教会の出だった様な覚えがある。
うろ覚えではあるが、それが彼女のマジカル・エンチャントに大きな要因を残した、とそんな記憶がある。
生で彼女の変身を見たことがないのだから、私としては一回直で見てみたいとは思ってる。
何だかんだで、それは綺麗なんだろうなって、想像ができるから。
心が綺麗とは、ちょろくない私からの、リセナに対する私見に過ぎない。
が、それでも、やはり信じれてしまう辺りがこの娘の怖いところなのだろう。
何時の間にか絡め取られていた攻略対象たちは、こんな気持ちだったのか。
男よりも男らしいとは、密かにプレイヤー達の中で言われ続けていた彼女の称号である。
リセナからすれば、そんなものは業腹に過ぎない中傷じみたものだが。
「ノース君は?」
「幼馴染だからって、わざわざ朝に起こしに行ったりなんてしません」
そういえばと思って尋ねると、きっぱりとリセナはそう言い切った。
哀れ幼馴染……と言えれば、気は楽だったのだろうが。
本命が私に向いてる現状では、肩を落とすしかない。
元が僕だった私としては、彼の気持ちはとても重すぎるから。
それに魔法少女なアレで惚れられても、ぶっちゃけ嬉しくなんて全然ない。
嫌な……事件だったね、と受け流したい案件である。
頼むから、正しい恋愛をしてくれ、純愛推奨! と激励を送りたい。
「それともフィリップ、必要だったりしますか?」
「結構です」
あ、もしかして、という顔で尋ねられて、私は間髪入れずに笑顔で答えた。
朝からフィリップの顔を見るのは、とてもじゃないが勘弁して欲しい。
嫌いな人ではないが、それでも苦手意識は持ってしまったから。
あぁ、可哀想、なんてリセナが呟いてるが、その分君がしっかりすれば良い話なんだよ? と耳元でねっとりと囁いてやりたい心境だ。
もうハーレムルートでも何でも良いから何とかして欲しい……《貴方と私で鳴らす鐘》にはハーレムルートは実装されてなかったが。
でも、そう思えてしまう程に私的にピンチであった。
魔法少女が皆に知れ渡って云々の次くらいには、危機を感じてしまっている。
男の子、男、私と男の人がキスしてアレする。
……どう考えても拷問を超えたナニカです、本当にありがとうございました。
「どうかしましたか? まるで今にも身投げしそうな顔をしてますけど。
……悩み事ですか?」
「私が好きで悩んでることだから、あまり突っ込まないで欲しいわ」
こんなことを言われるくらいに、私にとっては有り得ない。
大きな悩みが一日に二つも訪れるだなんて、本当に昨日はついていない日だった。
フィリップについては悪意がない分、余計に対処がしづらく感じてしまう。
本当に、困った事この上ない。
「そうですか、でもいつでも相談に乗りますから、困ったことがあったら私にすぐに行ってくださいね。
そうでなくても、アスキスさんが困っていたらすぐに助けに行きます!」
「ありがとう、アトリーさん」
相変わらずの押せ押せなリセナ。
流石というか、何というか。
この子のこういうとこ、ゲームの時は凄いお節介だなと思ってたけど、実際に困っている今となれば、逆に頼もしく思えるのだから、人間とは誠に自分勝手である。
……もしかしたら、人間の部分がマリア・アスキスと書き換えられるかもしれないが。
それは置いといたとして、人目の多いエントランスで延々とだべり続けるのは辛い。
既に、私とリセナは多くの目を集めつつあって、その殆どが好奇心などのロクでもないものであるのだから。
「一緒に朝ご飯でもどう? アトリーさん」
「良いんですか!」
「こちらからお願いしたいくらいにはね」
「私からもですよ!
よろしくお願いします!!」
わーい、と元気さ満天なリセナ。
流石の健康優良児と言ったところか。
見てたら、不思議とこっちまで元気になって来る気がする。
テンションが高いから、話してると眠気も何時の間にか吹き飛んでいる。
こういうところが、きっと攻略対象たちの活力になっていたと思うと、中々に面白い。
「じゃあ食堂にでも行きましょうか」
「はい、お供します!」
そういう訳で、割とルンルン気分で私達は食堂に向かい始めたのだった。
今日は何を食べようか……ロールパンにベーコンエッグに、と空腹を気にしながら。
「へぇ、意外と庶民的というか、何というか」
「朝は適度に食べたいの、詰め込めば良いというものではなくてよ」
何がなくてよ、なんて自分に突っ込みつつ、リセナと食堂のテーブルを一つほど占拠していた。
食堂、幾つものテーブルが白いテーブルクロスに覆われて、お上品な雰囲気を醸し出している。
そんな中で、私が注文してテーブルに運んでもらったのは、さっき考えてた通りにベーコンエッグにロールパン。
庶民的ではあるが、嫌いではない品なのだ。
何か懐かしくて、無性に食べたくなるもの。
リセナは、へぇ、なんて感心したふうに呟いて、頷いていた。
彼女としても、無駄に豪華なものを朝から注文して残す連中には、目くじらを立ててたのだから。
まぁ、尤も、そういう連中は大きい家の貴族で、ご飯を残すくらいに立派な財力を持っているのだよ、という示威行為なのではあるが。
……ここの食堂、タダなんだけどね。
「それでは、主よ、自然の恵みに感謝を」
「感謝を」
手を胸元に持ってきて、囁くように呟く。
この国では、これが頂きますと同義なのだ。
神様のいる世界って、大抵こんな感じなのだろうか。
何げに面倒くさいって思っている事、神様には伝わらないで欲しいものである。
「では、食べましょうか」
「はいっ」
そう二人で笑い合って、フォークやナイフなどを持つ。
リセナはクロワッサンとスープしか頼んでない為、持っているのはスプーンだけだけれど。
「うぅ、相変わらず美味しぃ」
「そう? 何時もこんな感じでしょう?」
「私は新学期が始まるまで、生まれ育った教会まで帰ってたんです。
そこで出されるスープの薄さといったらもぅ」
「た、大変だったのね」
「贅沢に慣れると、人間質素が敵に思えてくるのですね。
主よ、どうか罪深く良く深い私をお許し下さい」
へへ、と遠くを眺めているリセナに、私は思わず苦笑いを返してしまっていた。
リセナのレベルで罪深いのならば、私なんて地獄行き確定であるのだから。
貴族の特権ってこういう時に思い出すと怖い。
そのうち赤い革命がー、とか変な妄想をしてしまうから。
「そういうのわね、主と作った生産者や料理人達に感謝を常に持っておく程度でいいわ。
折角作ったものが罪深いものなんて、そう考えると報われないでしょう?」
「それもそうですね。
お百姓さん、コックさん、ありがとございます」
ありがたやありがたやと手を拝むさまは、正に修道者。
……ぶっちゃけ、宗派が違うような気もしなくはないが。
とまぁ、こんな感じでワイワイとそれなりに楽しく、二人で食事をしていた。
女の子とは言え、庶民なこの娘は意外と私の周波と合致していたから。
庶民でも、ここまで会話が続くのは珍しいけれど。
あぁ、私が男の子だったらなぁ、と妄想を広げて。
――そんな時に、彼が、声を掛けてきたのだ。
「ここ、良いか?」
はへ? とリセナは間抜けた声を上げて、スプーンを加えたまま、顔を上げて。
私は、おうふ、と冷や汗を存分に掻きながら顔を上げた。
――そこには、一人の無骨っぽい男が立っていた。
――しかも、それは私にとって縁がある人物で。
「……お久しぶりです、フェルディナンド様」
「あぁ、そうだな」
素っ気ない言葉で、私に返答をした人物。
それは私の……婚約者、フェルディナンド・チャーチルであったのだった。
ぴしりと、私は固まってしまって。
それを不思議そうに、リセナが眺めていた。
微妙にケチのついた夢の内容であったが、こういうことかよ……。
そう、小さく私は心の中で悪態をついた。
悪い奴ではないが、間の悪い奴め、とフェルディナンドを心で小さく罵りながら。
唐突な婚約者、やっぱりお約束ですよね(適当)。