第2話 その男、一目惚れにつき
手を引かれて、寮の廊下を歩いている。
可愛らしく、暖かな女の子と手。
小さなリセナの手はこんなにも女の子らしいのに、力強く感じてしまう。
それもきっと、さっき私が救われたと感じたからだろう。
乙女ゲーの主人公とは確たるやと言わんばかり。
きっと私が僕ならば、すごくドキドキしてただろう。
でも私だから、ほんの少ししかドキドキしてない。
だって今は女同士なのだから、そうでなくてはダメなのだ。
「貴方、あんな真似が良くもできたわね。
普通なら怯んで、怖がって、あんな事は出来ないのに。
……格好よかったわ、アトリーさん」
女の子に対しての褒め言葉なのかは微妙なところだけれど、心より感じた事だから。
自分に現せる不器用な賞賛で、彼女に気持ちを伝える。
感謝も嬉しさも、共に彼女へと抱いているのだから。
「私なんかより、アスキスさんの姿の方がとっても可愛いです!」
けど、私の言葉なんて意に介さずに、リセナはそんな論点のずれた事を言って。
私の姿を見て、ほにゃっと笑っていた。
私の格好……例の、魔法少女スタイル。
未だにそのままで、リセナに引っ張り続けられてる。
「……こんなの、とっても恥ずかしいわ」
「そういう事を言って顔を赤らめてると、余計に可愛いですよ?」
この娘は、物怖じするという事を知らないのか。
仮にも伯爵家令嬢の私に、よくもここまでズケズケと物が言える。
感心半分、呆れ半分な気持ち。
決して嫌じゃないのが、また私の心を複雑にさせてくれているのだけれど。
「アトリーさんの方が女の子らしくて良いわ。
私なんて図書館に篭っているモグラが良いところよ」
そう言うと、リセナは足を留めて、私を見た。
どこか呆れたような、だけれども暖かなものが宿っていて。
思わず見惚れてしまっていたら、リセナはこんな事を言い出した。
「アスキスさんがモグラなら、私はミミズが精々になっちゃいますよ。
私、これでも美術品とかの価値はよく分かるんです。
アスキスさんの価値も、私は分かってます」
大胆にもそんな布告をして、私がむず痒い気持ちで背中がもぞもぞしている間に、再び歩き出した。
お陰で、頭の中で纏まりかけていた反論とかそういうものが、総じて吹き飛んでしまって。
私は咄嗟に、
「アトリーさんの目の色の方が、私なんかより何倍も見る価値はあるのに」
さっき彼女の目を見て思った事を、素直にぶちまけたのだ。
多分、可愛いなんて言われて良く分からない気持ちになっていたからだと思う。
それだけ、私は落ち着いていなかったのだから。
魔法少女なこの姿にも、リセナに引っ張られているこの状況にも。
「フフ、ありがとうございます」
だけれど、私の決死の言葉は、素直にリセナを喜ばしてしまっただけの様で。
私は言葉を失い、ただ引っ張られるだけの存在とかしてしまった。
……これもそれも、全部可愛いとかいう言葉を吐き続けたリセナが全部悪いんだ。
この垂らし娘め、などと心の中で囁いていた私は、きっと器の小さな人間だったのだろう。
でも、的確にこの子の事を表現できたのではないか、と我ながら関心もしていたのだった。
「あ、ここです」
そんなこんなで、黙ったり喋ったりして手を引かれている内に、例のお友達の部屋の前まで案内されてしまっていた。
時間が掛かったのは、この寮の広さが故にだろう。
まぁ、学生の大半が貴族なのだから、処置としては当然なのだろうが。
「お友達、だったわね」
「はい、ついでに言うと幼馴染なんですよ!」
「……え?」
今、君はなんて言ったかな?
幼馴染? えぇ、幼馴染と言ったね。
乙女ゲーの主人公の幼馴染。
これ即ち……。
「フィリップー、あなた今日はとってもラッキーよ!」
「藪から棒に何かな、リセナ」
「開ければ全て分かるわ」
扉越しにリセナと、部屋の主が会話をし始める。
すごく親しげに、互いのことを深く知っているのだと分かるような砕け方。
――気安げな、男の子の声。
この中の人物が誰なのか、容易に理解してしまい固まってしまった。
フィリップと、確かにリセナは彼の名を呼んだ。
私の記憶の書庫に、該当する人物が一名ばかり存在する。
大きな商屋の出であり……『貴方と私で鳴らす鐘』の攻略対象であった人物であるのだから。
私の思索を他所に、ドアノブが回る。
キィ、と音と共に、部屋から一人の人物が現れた。
赤毛の男の子、元気さの中に理知的なものを感じさせる目をしている。
そんな彼が、人好きしそうな笑顔でリセナを迎えて――そして私を見て停止した。
電源でも落ちたのかと言わんばかりに。
然れど、表情には驚愕を貼り付けて。
「紹介するわね、こちらはフィリップが話題に出していたマリア・アスキスさん。
すごい褒めてたから、変身してもらってきちゃった」
素敵よね、アスキスさん、何て言いながらのリセナの自己紹介。
それに合わせて、何とか呆然としていた意識をつなぎ合わせて、私はゴスロリのスカートを軽く掴んで会釈する。
「こんにちはノース君。
授業外でこうして会うのは初めてね」
目の前の固まってる彼。
リセナの幼馴染にして攻略対象である商屋の息子、フィリップ・ノースに軽く笑いかけた。
何げにクラスも一緒であるので、事務的には幾度か会話はしたことがある。
けど、こうして寮で話すのは初めてなので、少し緊張しながらの挨拶。
どうにも緊張で胸の鼓動が早くなっている。
何時も口が達者である筈のフィリップが、口を閉ざしてしまっているから。
だから余計に、場が重く感じてしまって。
「ほらフィリップ、何かアスキスさんに言ってあげてよ」
業を煮やしたリセナの仲介が入った。
それで、ようやく正気に戻ったのか、フィリップは私の目に視線を合わせてきて。
良かった、ようやく話を進められる、と思った時に――それは、起こった。
「アスキスさん」
急に真剣な声音で、フィリップは私の手を握ってきた。
え? と困惑で目を丸くする私に、彼は続けざまにこんな事を言いやがったのだ。
「貴女のその姿に一目惚れをしました。
どうにか、俺と付き合ってもらえませんか?」
冗談など混じりようがない本気の顔で、そんな事をのたまって来たのだ。
……え、本気? ドッキリとかじゃなくて?
思わず隣に視線を逸らそうと思ったが、彼の真剣な目にロックされて視線が逸らせない。
釘付けになって、目と目が合わさる。
――握られている手が熱い、どうしようもない程に心臓がバクバクしてる。
え、何これ。
訳が分からない、意味も分からない。
それほどに唐突で、理解が及ばなくて。
けど、彼は真剣だって事だけは分かって。
あば、あばばばばばばば!
どういう事なの、これ!?
「このお馬鹿、急に何してるの!」
「グハッ!?」
リセナからのチョップがフィリップに直撃して、ようやく私は視線から逃れることができた。
多分あのまま目を合わせていたら、熱視線で私は蒸発していただろう。
無論、ここから逃げかえる的な意味合いで。
だから私は、リセナの後ろの隠れて、こっそりとフィリップの方を伺った。
この意味不明なカミングアウトをカマしてくれた相手に、どう対処するかを考えながら。
それを見たフィリップがしまったという顔をし、リセナがおイタを仕出かした犬を見るような目をしていた事が印象的であった。
うん、ざまーみろ。
心より、そう思って私は彼を警戒しまくるのであった。
「つい、脊髄反射での出来事でした。
誠に申し訳ない、反省している」
「それで済んだら、全てを許してくれる神様なんて存在はいらないのよ」
結局、廊下で立ち往生すること約五分。
こんな所で揉めてても、という事でフィリップの部屋に入ることに。
私的には、この危険人物の部屋なんかには入りたくなかったが、リセナの手前拒否する事もできずに渋々と承諾した。
でも、警戒は一切解かずに、間にリセナを挟んで私達は部屋にいる。
無論、リセナは私の味方をしてくれて、今もありがたい話をフィリップに聞かせていたのだ。
私としても、大いに助かっている。
が、こうも地の底まで沈んだ顔をされたのでは、私としても鬱陶しく感じてしまう。
だから、ちょっぴり流れを変えようと、私からも彼に問うたのだ。
「どうして、あの様なハレンチな真似を?」
正直、意味不明だった。
もしかしたら私のせいで、乙女ゲー攻略対象たる彼の純情だった精神をおかしくしてしまったのか?
もしそうなら、私も相当に業が深い存在になってしまう。
出来れば、早急に気の迷いだったという事にして欲しい。
そう、強く願っていたのだけれど……。
「ハレンチだなんてそんな!
俺は単にあまりのアスキスさんの愛らしさに、我を忘れただけなんです!」
アウトー!
もう戻れなさそうな奥底まで落ちてるよ、この人……。
堂々とこんなことが言えてしまう辺り、特にそう感じる。
「まぁ、気持ちは分かるけど」
「え?」
サラっと、リセナも同調するように呟く。
こんな状況で同調されても、恐ろしさしか感じない。
味方だと思ってたのに、一瞬にして掌を返された気分だ。
「私は愛らしくも可愛くもないわ!!」
だからやけっぱちに、そんな事を私は大きな声で二人に伝える。
魔法少女の格好なんて、いくら可愛いって言われても単なる羞恥プレイにしか過ぎないのだから。
しかも今でさえ手に玩具ステッキを持っている。
これでは、可愛いと言われても馬鹿にされているようにしか感じられないと、今更ながらに気がつく。
これでは魔法少女の姿をしたピエロだ。
「二人共、私を何だと思ってるのっ」
僅かながらの憤慨も混ぜながら、私はリセナとフィリップに対して問いただす。
どうにも遊ばれている気がしてならなかったから。
けれど……、
「何って……そうですね。
私にとっては、お姫様みたいで可愛い人です。
正直、すごい憧れている自分がいます」
「俺も、貴女のその姿を見た時、天使と見間違った。
それ程に、完成された愛らしさがある。
一目惚れなど眉唾だと思っていたが、本当にあるのだと感心しましたよ」
二人揃って、そんなおかしな褒め方をしてくる。
しかも遊ばれてると思ったけれども、どうにもどちらも本気らしい。
真面目な表情で、互いの感想を述べ合っているのだから、こちらとしてもどうすれば良いのか分からなくなってしまう。
「二人共、何か変なのね」
自分の姿を棚に上げて、私は何とかその言葉だけ捻り出した。
今の言葉は、リセナとフィリップの言葉を信じた私の負け惜しみに過ぎない。
悔しさ半分、照れ隠しがもう半分の私からの降伏宣言であった。
「アスキスさん、お顔が真っ赤ですよ」
クスリと笑みをこぼして、リセナが言う。
照れ隠し、どうやら失敗していたようだ。
何だろう、本当にムズムズしてしまう。
「見た目だけじゃなくて、中身も可愛らしいとは……」
フィリップまで便乗して変なことを言うから、余計に紅潮しているのが自覚できる。
だって顔が熱いのだから。
「馬鹿な事を言わないで。
私、本当に困るわ」
お陰で、私はどうしようもない程に振り回されているのだから。
何かが崩れて、どうしようもない私の地が現れそうになる。
それだけ、今日はリセナに振り回されたのだ。
「あはは、確かにアスキスさんは真面目ですからね。
今日は色々あって疲れたでしょうし」
「心の底からね」
変身事故から始まり、晒し者になったと思ったら助けられて、良かったと安堵していたら告白された。
……うん、我ながら意味がわからない。
こんな濃ゆい一日、今世で一度もなかった気がする。
何度もあったら、それこそ問題だと思うけれど。
「今日は、そろそろお暇しようかしら」
チラリと、フィリップを見て私は言った。
ここは彼の部屋であるのだし、女子が長いこと居るのもよろしくないと思ったから。
リセナの目的であった私を彼の前に連れてくるなどの目的も達せられているし、もう問題はないだろう。
そう判断して、私は立ち上がったのだ。
「え、もう帰るの?」
マジすか、と言わんばかりの表情をして、フィリップが私を見ていた。
ぶっちゃけ、そんなんだから危険を感じてしまっているのだけれど。
でも、彼が私に抱いているのは好意であって敵意や蔑みではない。
今は、それだけ分かっていれば十分かと思ったのだ。
「えぇ、お喋りも良いけれど、今日は疲れたもの」
「確かに色々ありましたからね。
……残念ね、フィリップ」
「まぁ、そういう事情なら仕方がない。
ゆっくりと休んで、また話しましょう」
告白してきたにしては呆気なく、フィリップは帰ることに頷いてくれた。
ごねられても、無視して帰るつもりであったが。
「でも、少しだけ良いかな?」
でも、やっぱりフィリップは私を呼び止めた。
彼を見ると、かなり真剣な目をしていて。
もしかしてまた、と思わせられる程のものである。
私は黙って彼を見つめて、言葉を発するのを静かに待っていた。
そうして僅かな沈黙のあと、彼は言ったのだ。
「友達から……お願いします」
「友達まででお願いします」
彼の言葉から三秒にも満たない時間で、私は即答していた。
それも、満面の笑みを持って。
ここは譲れぬ一線だよ? と強調するように。
でも、彼は目を輝かせていた。
全然、全く諦める気配を見せていないのだ。
「友達には、なってくれるのですよね?」
「えぇ、普通は自然となってるものだと思うのだけれどね」
私の皮肉混じりの回答を聞いても、彼は嬉しそうに頷いていて。
まずは足掛かりが出来たと言わんばかりであった。
よくもそこまでポジティブになれると、非常に感心してしまう。
私としては、即刻諦めてくれた方が楽なのだけれど。
「アスキスさん、ありがとう。
また今度、一緒にお茶でもしましょう」
「アトリーさんを含めた三人でなら良いわよ」
「それで十分です!」
予防線をあからさまに張ったのに、ここまで元気に答えられると、どうにも悪い事をしている気分になってくる。
けど、実際に付き合う事になるのは困るのだから、これくらいで丁度良いのだろうが。
「良かったわね、フィリップ」
「ありがとう、リセナ」
そして主人公よ、それでいいのか……。
もうちょっとばかり、君には頑張ってもらいたいものだ。
でなきゃ、これからも私は彼に求愛され続けられるのだから。
「じゃ、これで失礼するわ。
アトリーさんはどうする?」
「私はもう少しこの馬鹿と離してから帰ることにします。
お疲れ様です、また明日会いましょう、アスキスさん」
「そうね、また明日」
「アスキスさん、俺も」
「えぇ、ノース君もまた明日」
二人にそう挨拶して、私は扉に手を掛けた。
本当に色々とあったなと思いつつ、私は扉を開けて。
……そしてそこで、背後から声を掛けられたのだ。
「アスキスさん、私も友達で良いですか?」
振り返ると、どこか期待と不安を織り交ぜにしたリセナの顔が目に入ってきた。
安心させるような瞳も、今は大分揺れていて。
あぁ、やっぱりこの娘も女の子なんだって、強く思った。
頼りになる姿しか見てなかったから、そう感じてしまうのだろう。
だから私は、彼女にしっかりと目を合わせて、とびっきりに微笑んで言ったのだ。
「勿論、私の方こそよろしくお願いするわ。
頼りになる、優しいリセナ・アトリー」
「っはい!」
私の回答に、とても嬉しそうに返事をするリセナ。
そんな顔をされたら、私まで自然と笑顔になってしまう。
やっぱり、この娘は天然人誑しなんだ。
彼女の笑顔には、裏なんて無いのだから。
そう、暖かな気持ちを感じながら、私は感じたのであった。
「ふぅ」
そしてようやく、私は自室へと帰還できた。
そこで変身を解いて、ようやく何もかもから解放された気持ちになったのだ。
体は大丈夫だけれど、気疲れからかベッドでゴロンと寝転がると直ぐに寝れる自信がある。
だから私は、欲望に忠実に従って、ベッドへとダイブしたのだ。
そこで、少しばかり今日一日の事を思い出してしまう。
思い返して、そしてその内容が混沌としている事に、思わず溜息を吐いてしまう。
だって、これ程の事態で、私への目も昨日と明日では大いに違うであろうから。
……だけれど、と私は彼女の姿を思い浮かべる。
彼女、リセナ・アトリー。
彼女だけが、あんな中で私に堂々と味方をしてくれた。
ぶっちゃけ、男よりも男らしかったといっても過言ではない。
でも、キチンと女の子らしくもあって、そのギャップが彼女らしいのだろうと、勝手に自分の中で結論を下す。
今後も彼女とは仲良くしていきたいから、特に意識してだ。
そして次に思い起こしたのが……私のアレの事。
どうしようもないくらいに、良く分からない格好になってしまっていた。
何故こうなったのか、原因は恐らくだが、前世の記憶であろう。
魔法を使う女の子が、イコールで魔法少女という愉快な括りに繋がっていただけ。
お陰であの惨事である。
自分のオタク的な知識が、妙に恨めしく感じてしまった瞬間であった。
でも、だ。
決して、全ての人に嫌われていない事は、今日の出来事で分かった。
優等生の仮面はひび割れたけれど、まだ修復が可能な気がするのだ。
だから、今後の私の目標は、まずそれを第一にしようと思った。
それが、私なりの意地なのだ。
そこまで思考をまとめて、私は考えるのをやめてしまった。
だって、瞼が重いのだから。
目を閉ざせば、今すぐ夢の国にご招待されるであろう。
それは、とても素敵なことの様に感じられる。
けれども、その前にこの決意表明だけは、言葉にしておこう。
そう決めて、私は声を発したのだ。
「汚名返上、しなきゃ……ね」
私は微睡みながら、小さく呟いたのだった。
きっと叶うと、強く強く信じて。
書いてて思ったのですが、文字数的に多いかな? とふと思った何かです。内容が軽いだけに、長々続けるのは云々。
……まぁ、正直な事を言えば、作者の日産文字量が3000~4000文字程度なので(それも毎日頑張ったと仮定して)、どうすれば良いかな? と思った次第です、はい。
単なる愚痴のようなものですね、すみませんでした。
今後とも、読んで頂けるならよろしくお願いします!