プロローグ おかしい、こんな事は許されない
「アスキスさん、貴女の番です。前へ出てください」
先生の言葉に従って僕、いや、私は前に出る。
先生は貴女になら簡単な事よ、と微笑んでおり、他の生徒達も私に期待の目を注いでいた。
私が小心者だってみんな知ってる癖に、ひどいと思う。
けど、避けては通れない道であるし、これも仕方ない。
そう自分に言い聞かせながら、杖を強く握った。
今日、二回生になってから初めての、魔法の実技の授業なのだ。
緊張もするし、いやな汗も流れもする。
今の私は学園内だけとはいえ、お家の看板を背負っているのだから失敗はしたくない。
下手を打てば、周りのお嬢様方からせせら笑いを一身に受けるのだし、当然と言えよう。
今回成功させなければならない魔法は、魔法を使う上での初歩の初歩。
自らの姿を、魔法使いへと変える魔法。
どういうことかといえば、魔法を使うには魔法力を引き出さないといけない。
その為の最適な形へ、自分を変身させるのだ。
これをやらなくても魔法は使えるが、その効率は大幅に落ちる。
変身したら魔物と戦えるだけの力を持てるが、そうでないのなら精々日常で料理の火や洗濯時の水を用意する程度。
だからこそ、これは魔法を習う時に最初に行う実践なのだ。
変身で成れる姿は自分の中にある。
自分の魔法使い像の具現化。
それが今からやろうとしている魔法の本質である。
例えば、賢者の姿だとか。
例えば、聖者の姿だとか。
例えば、勇者の姿だとか。
人によって千差万別、心の中にある憧れの投影といえよう。
でも、どこかでボロが出てくるのだ。
纏う憧れの衣装が、ボロボロになっている事が多いから。
マントだったり、鎧だったり、はたまた服装それ自体が継ぎ接ぎになっていたり。
本人に理想の姿への適正がなければ、ひどいギャップが出てしまう。
その姿は滑稽で、出来の悪い仮装パーティーと揶揄されるほどだ。
そんな姿から、真に自分に合った姿へ徐々に近づけて行く。
これは生徒達から大変不評であるが、教育の一環であると突っぱねられる。
伯爵家であろうが、公爵家であろうが、例外はない。
魔法を扱う者は、総じてプライドが高い故に、その鼻を折ろうとしているのだ。
それも全ては、お国の為に。
魔法使いの殆どは貴族であるし、そうでない人も選民意識が強いのだから仕方がない。
大人しくしてくれなければ、扱いづらいから。
「アスキスさん?」
気が付けば、先生が私の顔を覗きこんでくる。
グダクダと回想へ逃げていた私を、心配そうに覗きこんでいる。
じっと動かなかったのだ、そうもなるだろう。
「すいません、緊張で固まってました。
もう、大丈夫です」
ちょっと硬いであろうが笑顔も浮かべて、私は先生に言う。
それに先生は緊張は誰でもします、大丈夫ですよと安心させるように言う。
お陰で、心の準備はできた。
さぁ、始めよう。
「我に魔導の正しき姿を与え給え。
主と王の名において、今こそ顕現せよ」
震える声で、詠唱を唱える。
どうにも大仰で恥ずかしいが、詠唱とは総じてそういうものだと教えられた。
だから今は恥ずかしさを底に沈めて、静かに言葉を紡ぐのみ。
「今こそ、我が姿をこそ纏え。
マジカル・エンチャント!」
最後の部分は叫んで。
杖を微弱の魔力と共に振るう。
成功してと、強く願いながら。
――汝の願い、正しく叶えられん。
どこからか、そんな声が響いて。
私の姿が変わっていく。
眩い光に包まれて、服が変化を遂げていくのだ。
そして、徐々に光が晴れていく。
そうして現れた私の姿は……。
「え?」
それは誰が漏らした声か。
私か、先生か、それとも周りの生徒の誰かか。
分からない、だって今私は混乱しているのだから。
「アスキスさん?」
どこか呆然としたように、先生は私を見て呟いて。
私も、自らの姿を認識する。
「どう、して……」
思わず呟かずにはいられなかった私の姿。
それは黒と紫のロココ調の装いに、黒色のニーソを履いていて。
たなびく風が、ショートボブだった茶髪が長いストレートになっているのを教えてくれる。
そして極めつけは、握った筈の杖が何故か玩具売り場にでもありそうな可愛らしいステッキになっていたのだ。
それは他の生徒と比べて、一線を画す様な異常さであった。
理想の姿、それは大抵の魔法使いは自らの親か伝記に出てくる人物を想像する。
中にはドレス姿の人物も存在するが、ここまで露骨なのは存在しないであろう。
端的に言えば、今の私の姿はゴスロリにステッキを持った不思議少女。
――どう見ても魔法少女です、本当にありがとうございました。
事の異常さについて行けず、むしろ付いて行きたくないと脳が拒否反応を起こす。
私の理想の姿が魔法少女? それもこんなこってこての狙っているかの様な?
……有り得ない、というか有り得てはイケナイ。
考えれば考えるほど、頭はフラフラとしていく。
もう、何も考えたくないと拒否するかの如く。
あぁ、うん、もうダメ、おしまいだ。
お家に知られたら、なんてふざけた姿にと嘆かれるだろうし、学校でもこの痛々しい姿は鮮明に記憶されたであろう。
明日からは私も一躍有名人で、令嬢達の間で囁かれる存在になったに違いない。
どう考えても、お先真っ暗である。
そこまで考えて、自分の今後に耐え切れなかったのか、段々と私の意識が遠のいていく。
最後に聞こえたのは、”アスキスさん!?” と悲鳴を上げる先生の姿であった。
マリア・アスキス伯爵令嬢、それが私の名前であり立場である。
ブリテン王国有力貴族、アスキス伯爵家の一人娘。
他者から見た私はそんな看板を掲げていて、典型的な貴族の令嬢だと思っているであろう。
しかし、だ。
私には誰にも言えない秘密がある。
それも、他の人に話せばドン引きされて、医院か教会にでも連れて行かれそうな。
だから私は、自分の心の中で時折思い出すだけにしている。
私の記憶と、心についてのことを。
だから今も、ふと思い出してしまったのだ。
――マリア・アスキスは転生者である。
……いつ思っても、痛々しい上にどうしようもない程に手遅れな感じ。
しかもこれに、前世は男でここは『貴方と私で鳴らす鐘』という乙女ゲーの世界でした、なんて付け足したら即座に哀れみの視線を頂戴することだろう。
こんな事、他の人になんて絶対に喋れないし、聴かせるつもりなんて毛頭ない。
けれども、それが私の真実。
世界で私だけが知っている、ただ唯一のこと。
何故こんな事になったのか、それは分からない。
転生自体、徳の低い人が人生もう一回罰ゲームコースなので、もしそうだとするのならあながち間違ってはいないと思う。
徳が高い行いなどしてこなかったし、何より両親より先に逝ったのだから、それだけで十分に罰ゲーム確定であろう。
前世の家族達の顔をぼんやりと思い出し、溜息を吐いてしまう。
前世、私が僕であった頃。
その頃は男であり、一人称は僕であった。
そんな僕は大学受験が成功した直後で、人生薔薇色真っ最中。
受験中の灰色が嘘だったみたいに、明るさ燦々と満ち溢れていた。
我が世の春が来た! と思わず喝采したほどである。
……誰もいないところで叫んでいたはずが、何故か妹に目撃されていたのであるが。
それからは、残り少ない高校生活をのんびりと過ごしていた。
最後のテストなんて、余裕こき過ぎて赤点ギリギリだったのは反省してしかるべき出来事だろう。
しかしそれを乗り越えて、どうにかして大学生になろうとしていた。
そんな矢先の出来事であった。
大学生活が始まる一日前。
明日からの生活を夢想して、ウキウキとしていた時の事である。
――僕はコンクリート製の階段を踏み外して、ゴロゴロと最上段から一番下まで転げ落ちていったのだ。
出かけている最中の、自らの不注意が呼び起こした事故。
もし立ち上がれたのなら、今後はこのような事が無いようにしよう、と自らの不注意を恥じるだけで終わっただろう。
でも、残念ながら僕は大学受験で、運の殆どを使い切っていたようで。
頭の打ちどころが悪く、恐らくはその時に死亡した。
それ以降の記憶がないのだから、そう判断するしかないのだ。
受験の成功で親を喜ばせた直後の悲劇。
受験戦争は生き延びられても、人生から脱落するのでは本末転倒といえよう。
注意一秒、怪我一生とは正に名フレーズであったわけだ。
命は二度と戻らないのであるのだから。
何だかんだで両親は泣いてくれているだろう。
妹も、僕に罵詈雑言を飛ばしながら泣くだろう。
そこまで思考が行き着くと、非常に親不孝なことをしてしまったと自覚してしまう。
申し訳なさが、どこからともなく湧いてくる。
そして、こんな事で死んでしまった自分を恨むほかない。
まるで出来の悪い喜劇だ。
誰も笑えない、不格好極まる出来事。
それで終わるのなら、単なる馬鹿の、どこにでもある一生で終わったであろう。
――けれども、そうは問屋が下ろさなかったから、私は今ここに居て。
気が付けば、オギャーと言う泣き声と共に、新たな人生を歩み始める事になったのだから分からないものである。
もしかしたら魂を司る者が、”親不孝者め、猛省せよ!” ということで転生させたのかもしれない。
徳が不足していたという推察は、ここから来ているものである。
だからこそ、今度の人生では上手に生きようと決意する。
前世が常に綱渡りをしていて、不幸という風に煽られただけで死んでしまったから。
今世は、地に足を付けて歩もうと思ったのだ。
まぁ、僕から私に、男から女に性別が変わっていた時は、非常に思うことがあったのだけれど。
それでも、何とか今まで生きてきた。
婚約者ができたり、乙女ゲーの世界だと気がついたり、自身が悪役令嬢だって気がついたり、お嬢様方のお茶会でボッチになったりとかしたのだけれど、それでも私は外面は優等生という外殻を纏って、何とか生きてきたのだ!
……割とロクでもない人生の軌跡ではあるが、アメンボだって生きているのだから仕方がない。
それでも、今まで自分なりに上手くやってきたつもりであった。
前世には無かった、憧れの魔法学校にも来て、一年時は座学しかやらせてもらえなかったから暇ではあったが、それでも順風満帆な学生生活を送っていた……筈だったのに。
――ズキリと、頭が痛んだ。
自覚する、私は目覚めようとしているのだと。
ふっと、浮き上がるような感触と共に、私の目は開かれた。
見せる風景は白い天井、ここが医務室である事が容易に理解できる。
そこで漏らしたのは、たった一つの言葉。
「どうして、こうなったし」
「何を言っているの、アスキスさん?」
どこか変なものを見るような養護教諭の目が、何だか痛い。
私は、全ての原因である、あの例の出来事を思い出し、頭を抱えてしまうのであった。
ちくしょー……。
調子に乗って連載開始しました。
基本はこことは違う別のサイトで、二次創作を書いているのが本業なので更新はのんびりとしたものになりますが、どうかよろしくお願いします。




